深灰と赤紫の糸   作:空白零無

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ロス⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎モリー

 

 

 

 ────―何もない。いつもと変わらない日常だ。

 父さんと一緒朝ごはんを食べて、姉さんと一緒に学校に行って。そして、帰りはいつも通り学校の美術室で絵を描く。

 

 最近、父さんはあまり仕事が上手くいっていないらしい。いつも疲れたような表情を見せる。

 だから、父さんと記憶の中にいる母さんと。私と姉さんのいる家族の絵を描く。母さんは何年も前に亡くなったけど、母さんのくれた暖かみや匂い、声も全部鮮明に覚えている。

 

 今ぐらい歳を重ねたらどんな顔になってるかな。

 今ぐらい生きてたらどんな声になってたかな。

 そう考えながら、今日も持ち込んだキャンバスと画材達を使って絵を描いている。

 

「…………もう少し、なんだけどなぁ」

 

 最近の父さんはあまり笑わない。疲れた顔をすることが多くて。記憶はその顔でいっぱいだ。

 よく笑っている時の記憶が埋もれて上手く思い出せない。

 

 あとは、父さんと私を描くことができれば完成なんだけど。

 

「……私って、どんな顔してたっけ?」

 

 自分の顔が思い出せない。

 この部屋に鏡はないし、仕方がないから自分の顔を手でペタペタ触ってみる。……うん、わからない。

 

 仕方がないので、トイレまでいって鏡を見てこよう。まじまじと自分の顔を見ることなんてないから、新しい発見があるかもしれない。

 

「あれ? 宵崎さんじゃん。また絵を描いてたの?」

「…………?」

 

 美術室を出るところで廊下を歩いている女子生徒に出会った。艶のある長い黒髪に、緋色の目をした女子生徒。確か、……

 

「……鹿野彩?」

「そうだよ。隣の席の柊彩だよ」

 

 クラスメイトで隣の席の女子生徒が廊下を歩いていた。

 

「鏡、持ってない?」

「持ってるよ。つかう?」

「……貸してくれるとありがたい」

「いいよ。はい」

 

 彩が手渡した小さな鏡を受け取って、鏡に映る私の顔を見る。

 赤い血のような液体が顔にかかっていて、瞳孔が開いている、まるで絶望しているような表情だ。

 

「……なに、これ」

 

 鏡から顔を上げると、私は教室にいた。

 夕日が差し込んでいて、逆光で彩の姿は上手く見えない。

 

「──さよなら、玲音」

「! 彩! 待って、ダメ!」

 

 首にカッターナイフが突き立てられて、流れるように首を切った。

 血が溢れて止まらない。崩れ落ちる彩の手を引いて抱き止め、必死に声をかける。傷口を押さえてみたり、止血を試みる。

 だけど、温かい血が彩の体温を奪って流れ出ていく。彩の目は虚で、光がなくなっていく。呼吸音もしない。ただ体が重くのしかかってきて、生き物から物へと変わっていく。

 

「逝かないで、逝かないでよ!」

「まだ作りたい物、一緒に描きたい物があるんだよ」

 

「置いていかないで、私を……置いていかないで」

 

 彩は何も答えない。ただ、流れ出ていく血が私を濡らしていく。酷く鉄臭くて、吐き気がする。見たくない現実がそこにあるのに、血の温かさと重たい彩の体が逃避をさせてくれない。

 

「あ……、ああ……」

 

 ああ、こんなの夢だ。夢に決まってる。

 ……夢なら、死んだら覚めるかな。……ちょうどよく、そこに、彩のがあるじゃないか。

 

 カッターナイフを取って首に当てる。不思議と感覚はない。このまま突き刺して──

 

『──大丈夫。大丈夫だよ、玲音』

「……誰?」

『大丈夫だから。私は、玲音の側にいる』

「……誰なの?」

 

 声が聞こえる。優しい、少し温かい声。

 

『いつか、また笑えるようになるから』

 

『その時はまた、私と一緒に。曲、作ろう?』

 

 ああ、姉さんの声か。優しくて、私が大好きな声。夜空に浮かぶ、月のような優しい光をくれる声。

 

 気がつけばあの光景はなくなっている。私は、またあの夢を見ていたらしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し息苦しい。まだ薬が抜けてないのか、瞼が重くて頭がぼーっとする。

 

「起きた?」

「…………姉、さん」

「うなされてたけど、大丈夫?」

「……ん。姉さんのおかげで、大丈夫だよ」

 

 まだ頭がぼーっとする。今の状態を確認しよう。

 私が息苦しいのは、寝たまま姉さんを抱きしめているから。……なるほど、だから姉さんの匂いもすると。

 

「……姉さん、どうして一緒?」

「部屋の扉が空いてて、うなされてたから……」

「声をかけたら、私に引き摺り込まれた?」

「うん」

「……ごめん」

「大丈夫。気にしないで」

 

 申し訳ないことをした。何処か怪我はしていないだろうか。私に腕を引っ張られたのなら、肩とか痛めてないだろうか。

 

「どんな夢見てたの?」

「……中学の時の夢」

「……玲音」

 

 少し強めに抱きしめられた。姉さんの華奢な体が私を包もうとしている。

 

「……辛いなら。辛いって言っていい。苦しいなら、私に教えて欲しい。隠し事されると寂しい」

「……姉さん」

 

 いい姉を持ったと思う。私を大切にしてくれて、優しさがたまに空回りすることもあるけど、優しい姉だ。

 

「もう少しだけ。もう少しだけでいいから、こうしてて欲しい」

「……いいよ」

 

 姉さんの鼓動が聞こえる。息づかいも、服越しに人肌の温かさも感じる。父さんの日記縛られて、壊れた私に縛られて。それでも前に歩こうとする強くて優しい姉さん。弱いのに、休もうともしなくて。フラフラなのに一人で歩こうとする危なっかしい姉さん。

 だから、私は姉さんを支えられる誰かが見つかるまで私が支えたい。私が私でなくなるその日まで。

 

 でも、今は。今だけは、私が支えられている。

 今だけ、姉さんへのわがままが許されるなら──

 

「姉さん。大好き」

「玲音。私も好きだよ」

 

 そう、家族として。頭が働いてないんだ。今だけ甘えさせて。薬が抜けたら(仮面を被れたら)、またいつもの私に戻るから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 K『……ただいま。今帰った』

 

 Amia『おかえり。遅かったけど、何かあったの?』

 

 K『少し、弟と話をしてた』

 

 えななん『それって、今必要だったの?』

 

 K『うん。弟は、この時間寝てるし。あまり活動時間が合わないから』

 

 雪『話すタイミングが今しかなかった』

 

 K『そう』

 

 Amia『なら、一言くれればよかったのに。えななんが何かあったんじゃないかって心配してたんだよ?』

 

 K『ごめん』

 

 えななん『次は教えてよね。それで、K。イラスト出来たから共有ファイルに送ってあるの。確認出来る?』

 

 K『わかった。今から確認する』








追記
誤字報告があったので明記しておきます。
鹿野彩と柊彩は同一の人物であり、時系列的な問題で柊を名乗っています。
知り合って近い未来に、何かがあって鹿野彩になるのでしょう。
鹿野彩にも秘密あり。自殺の理由に繋がってたりするんでしょうね。

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