深灰と赤紫の糸   作:空白零無

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数年経っても影は消えない

 

 

「本当に、あなたは良い絵をお描きになる」

「……」

「ご謙遜を。あなたの描く世界は美しく、そして脆い。今の時代を表すような絵だとワタクシは思いますよ」

「……」

 

 私は日守康作と美術館に来ている。

 外は夏の日差しで暑いが、ここは涼しくていい。しかも、出展者なので自由に観覧してもいいと事。基本的に誰かの作品を参考にしたりすることはあまりないけど、創作への刺激にはなるらしい。定期的に来ても良いかもしれない。

 

 日守康作と見ている絵は、彼岸花が咲き乱れる花園で微笑む少女が前屈みの姿勢でこちらを見ているというもの。題名は『九泉の渡り岸』作者は『空亡』となっている。

 暗い世界ではなく、晴れた空の下に彼岸花と少女を置くという構図。時期的にお盆が近いので描いた絵だ。

 

「…………隅、よかった」

「そこそこの知名度がありますからね。出回ることは基本ありませんし、依頼も受けていない。コメントの返信もメッセージの返信もしない。謎の多い芸術家が空亡という方ですから」

 

 返信しないし、出版社に顔を出さないだけなのに。

 

「だからじゃないでしょうか」

「……」

 

 リモートで話し合いはしてるし、身バレと言うか。私は有名になりたくないので合成音声ソフトで喋ってるだけなのに。

 

 空亡の正体を知っているのなんて、姉さんと日守康作だけでいい。暁山瑞希にはミク(⬛︎⬛︎)に釣られてバレたが、あれさえなければシラを切り通せた。……いや、鋭いところがあるからいずれバレていたかもしれないが今の段階でバレることなんてなかったはず。

 

「君には、この絵がどう見える?」

「……?」

「おや、これはこれは。東雲先生。お久しぶりです」

「日守さん、久しぶりですね。お孫さんですか」

「いえ。お店の常連で、絵描きさんですよ」

「…………東雲慎英」

 

 東雲慎英。他の芸術家、画家をよく知らない私でも知っている程著名な画家。

 

「呼び捨ては感心しないな」

「……東雲画伯」

「まあいい。お前は、この絵に何か感じたのか?」

「……」

 

 感じたも何も、描いたのは私だ。ただ、完成した絵に対して感じることがあるとするなら、

 

「……冷たさ」

「……そうか。そうだな。この絵は冷たい。冷たくて、悲しい絵だ。雰囲気だけが不気味なほどに明るい。しかし、絵は暗い」

 

「この絵を描いた人物は、親しい人に何かあったんだろう。良い絵だが、描いた者の傷が見え隠れしている」初めて見る絵でそこまでわかるものなのか。

 

「やはり、あなたの良い審美眼を持っている様で」

「経験だ。多くを見て、多くの苦難を絵と生きている。この絵を描いた人物が、画家ではなく。いろんなものに手を出す人間であることは見ればわかる」

 

 やはり、経験というのはすごいな。ここまでわかるのか。

 

「薄くなっていて見えにくいが、左上、右下の両角に句の様なものが書いてある。背景に紛れているからよく見ればわかる程度だ。〝彼岸より、回帰を願う〟と書かれている。暗い絵の中に、亡くなった誰かへのメッセージか。それとも強い執着か。今の時期に合わせた作品なんだろう」

「……」

「この絵は暗く寂しい。しかし、一つの絵ではなく芸術作品としてみれば心に訴えてくるものがある」

「気に入ったのですか?」

「……この作家に会ってみたいと思っただけだ。ただの憶測だが、この作家は若い。それも、10代ぐらいだろう。苦しいなら、やめる様勧めてやりたい」

 

 創作をやめる。無理な話だ。私が創作をやめるということ。それは、今の私を殺すことだ。自分に渦巻くモノを抑える術を失い、行き場のなくなった力だけが暴走する。

 鹿野ちゃんを背負うモノとして、苦しくても私は創作を続けなければならない。

 

 ────玲音の絵って、素敵だよね。

 …………。

 

「ほう。それは何故」

「ここまで才能溢れる作家だ。今潰れるには惜しい」

「……日守康作」

「おや。他の作品を見てこられるのですか?」

「……」コクコク

「かしこまりました。では、何かあればご連絡ください。空亡先生」

 

 私の描いた絵から離れる。東雲慎英には全てが見透かされそうで苦手だ。

 

 ──―わかるよ。だって、玲音のことだから。

 

 ……。本当にフラッシュバックがひどいな。過呼吸が起こるほどのものではないが、めまいで視界は歪むし頭痛もしてきた。休める場所で少し休もう。

 

 最近は本当にフラッシュバックが酷くなってきた。安定剤は変えたばかりだ。もしかしたら、合っていないのかもしれない。

 合っていないだけであって欲しい。

 

 休憩スペースへ行って水を買い、頭痛薬を口に放り込んで一気に水で押し流す。

 これで頭痛はマシになる筈だ。フラッシュバックは今はどうしようもないが、気分が落ち着けば良くなるだろう。

 

『大丈夫かい。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(マスター)

「……大丈夫、だよ」

ミク(ボク)には大丈夫そうに見えないけど、本当に大丈夫かい?』

「……わからない」

 

 私は、大丈夫なんだろうか。

 

「…………ミク(⬛︎⬛︎)。私は、大丈夫」

『……本当に?』

「……多分」

『気を紛らわせてきなよ。ここにはたくさんの絵がある。芸術作品がある。参考にすることはなくても、創作意欲は刺激されるんじゃないかな』

「……そうする」

 

 休憩スペースの近くには、アマチュア部門の絵が飾られてあった。アマチュアとは名ばかりの良い絵も悪い絵もあるが、あまり刺激にはならない。

 

「…………?」

 

 あまり刺激にはならない。けど、目を惹く作品があった。

 構成、バランスはあまり良くないし。色もところどころ不自然。質感も陰影にも若干のズレが見られる。素人ではないが技術的に玄人でもない。技術としては中級者ぐらい。しかし、感情に訴えてくる。

 配色が、絵が、私の視覚に感情(薄れたモノ)を直接揺らしにくる。

 

 ────ねえ。本当にこんな絵でいいの? 玲音みたいに綺麗なのが描きたいんだけど

「…………」

 

 鹿野ちゃんの様な、見るものに殴りかかってくる様な絵。違いがあるとすれば、この絵を描いた人物の方が技術的には優れているという点だろう。

 個人的には好きな絵だ。ただ、バランスが取れていないだけ。バランスを操る方法を習得すれば化けるんじゃないだろうか。

 

「……良い絵」

「どこがよ」

「……?」

 

 感想を呟いただけなのに、後ろから反論をくらった。……見覚えがある人物だ。

 確か、喫茶店で暁山瑞希と居た。

 

「…………東雲絵名」

「何よ。私のこと知ってるの? ていうかあなた誰よ」

「……宵崎玲音。瑞希の友達」

「えっ! あの時のが……。瑞希の言うおり、暗い雰囲気なのね」

 

 ほぼ初対面なのに失礼では? 別に良いけど。

 

「それで、こんな絵の何処がいいのよ」

「……殴ってくる」

「暴力的って言いたいの?」

「…………部分的にそう」

「何も分かってないくせに……」

 

 どうやら怒りはじめてしまった。ミク(⬛︎⬛︎)にも良く言われるが、言葉が足りなかったんだろう。仕方がない。

 

「──東雲絵名の絵は、感情、視覚を直接殴りかかってくる絵。構成、配置、色彩。それぞれのバランスは取れていないところもある。その点で言えば、この絵は不恰好。でも、人の感情を動かす力がある。絵が、見るものに殴りかかってくる」

「ただ未熟なだけじゃない」

「でも。でもだよ。上手いだけの絵じゃない。ただ、バランスがまだ取れていないだけ。技術が足りないだけ。壊滅的なモノじゃないから、技術が身につけば化ける。私は、そう感じた。この絵は、とても良い絵。成長と苦悩の過程の絵」

「……そう。こんな絵が、あなたも好きなの?」

「……最後には結果しか残らない。でも、結果が残れば、過程は必要とされ残る」

「だから、大成するのを見たいってこと?」

「……ん」

 

 一気に話すのは疲れる。

 

「あんたも瑞希達と同じこと言うのね」

「……」

 

 暁山瑞希にも似たことを言われているらしい。

 

「……良い仲間に、恵まれた」

「そうね」

 

 姉さんにも仲間がいる。神代類にも。…………私には、もう──

 

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(マスター)!』

「……ありがとう」

 

 日守康作のところへ戻ろう。今私に何かあった時、今は彼が頼りだ。

 

「……東雲絵名。機会があれば、また」

「ええ。機会があればね」

 

 機会があれば、東雲絵名と暁山瑞希の二人をモデルに絵を描かせてもらおう。ビジュアルが好みだから。

 

 

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