出番が終わって早々に
「あ、宵崎さんだ。やっぱりクラスTシャツ着てないんだ」
……クラスメイト? 別に無視してもいいか。
「あー、無視しないでよ」
「…………邪魔」
「ひどーい!」
私は一刻も早く屋上に行きたいんだが。どうせ屋上には神代類がいるだろうし、運が良ければそこに天馬司もいるだろう。
それに、誰もいなかったらいなかったで屋上からの風景を書いても良い。滝沢秀昭曰く、クラスの方は客も落ち着いたし、自分がコーヒーとかはやっておくから好きにしていいそうだ。
「………………何か、用?」
「いや。宵崎さんってクラスTシャツ着ないからなんでかなーって。クラスでも浮いてるし」
「……」
それに何か問題あるのか? たかだかたまに来る程度の場所で浮かないようにする必要を私は感じない。
「暁山さんもそうだけどさ。気になるなら着れば良いのに」
「……だから?」
何を気にする必要がある。どうせ、この一年もろくに関わってきてない人間にあれこれ言われる筋合いはないし、私はこのスタンスを変える気はない。
「だから、って……。なんか冷たくない」
「…………邪魔」
冷たいも何も。優しくする理由がない。気にかける理由もない。
横を通り抜けて屋上へ向かう。後ろから文句が聞こえるが気にしない。どうせ聞くに値しない戯言だ。
早足で屋上に向かい、扉に手をかけて開ける。扉の向こうには
「おや、噂をすれば」
「あ、玲音。やっほー」
「……」
暁山瑞希と神代類の二人が屋上にいた。神代類は屋上からの景色を眺めていたようで、暁山瑞希も並んで景色を眺めている。
私も二人の側まで行って屋上からの景色を見た。いろんな人達がこの文化祭に訪れて楽しんでいる。誰も彼もみんな笑顔で、泣いてる、悲しんでいる人間もあまりいない。
「……眺め、良い」
「そうだろう。……宵崎さん。君には、この景色がどう見える」
「…………わからない。けど、嫌い、ではない」
人混みは嫌いだ。処理しなきゃいけない情報は増えるし、方向感覚を失いそうになるから。でも、引いた目でこう見ていると、この喧騒も悪くないように見える。当事者ではないというだけで。
「あっ、そういえば。玲音、さっき体育館で歌ってたよね。Kの曲」
「そうなのかい?」
「すごかったんだよ。玲音って歌上手なんだね」
「…………ん。でも、周りに合わせられない。から、あまり歌わない」
「えー、勿体無いなあ。そうだ。今度、カラオケ行かない? 類も一緒にさ」
「カラオケか。気が向いたらね」
「えー。玲音の声気にならないの?」
「それは気になるから、体育館に置いておいたカメラをあとで回収して確かめるとするよ」
「そんな場所にまで……」
神代類。一体どれだけの撮影ドローンを学校に設置しているんだ。
「……」
「非難するような目を向けてくるけど、倫理に反するような場所には置いてないし。追跡しないようにしてあるから大丈夫だよ。更衣室には入らないし、カメラ機能も止まるようにしてある」
「……ロボット技師」
「ただの演出家だよ」
「色々プログラムできる時点ですごいんだけどね」
「……」コクコク
特に実のない会話だ。そんな会話に混ざれる私がまだいるとは知らなかったよ。
「類」
「どうかしたかい?」
「……あの日、約束」
「いつの日の……。ああ、あの時の約束のことかな?」
「…………ん」
あの日の約束。タイミングなら今だろうか。今なら神代類に言ってもいい。宣言できると思う。
久しぶりに会ったと思えば合作をして。それまでも出会えば話をして。遊びに行った。いい景色を見させてもらった。私は、神代類達のショーを作る仲間にはなれない。私は、人を笑顔にすることが出来ないから。でも、あの日の約束は今ここで果たせる。
「…………類。友達、四人目の」
「それは光栄だね。玲音さん」
「……玲音、でいい」
あまり敬称をつけられるのは好きじゃない。私は私だ。尊敬されるような人間でもないし、本当に敬称をつけられるべき私はもう失われてしまっているから。
「思ったより早かったね」
「…………ん」
「もう少し時間がかかるものだと思っていたけど、そうでもなかった」
自分でも驚きだ。もう少し時間がかかった上で、その頃には神代類は私から離れて行っているとものだと考えていた。
実際は創作を手伝ってもらったり、彼の見たい。やりたい景色を見ることが出来た。その景色は綺麗で、私にはない景色、作れない景色だった。
「……瑞希」
「なに?」
「…………瑞希から、は。いろんな
あまり会って話すことは少ないが、東雲絵名も暁山瑞希から伸びて繋がった。神代類なんて、暁山瑞希が私のスケッチブックを落とさなければ繋がらなかったし、私から神代類に声をかけることもなかっただろう。そしておそらく、神代類が私に接触をしようとしてきても、私はそれを聞き入れない。周囲の雑音と判断して絵や詩を書いていたことだろう。
……この二人なら、セカイを見せても良いかもしれない。この二人が、私のセカイを見たらどんな反応をするだろうか。私の秘密の断片と精神状態が反映されるあのセカイは、私の居場所で安心できる特別な場所。
そんな場所だから、二人を連れて行っても良いかもしれない。
ふとスマホの画面を見ると、現在時刻は午後四時半頃。そろそろ文化祭も終わり、切なさと余韻がこの学校に満ちる。
…………やっぱり、暁山瑞希と神代類にセカイを見せるのはやめておこう。奥まで進まれて、暴かれたら私はもう。二度と
友達に仮面しか見せないのは、私もどうかとは思う。だけど……。素顔の私は脆すぎるから、何かの拍子に壊れたら。私はもう生きていけないかもしれない。信用がないわけじゃないけど、私がいつもの私であるためにこの仮面は必要だから。
「やっと見つけた! 探したぞ、類」
「あ、いたいた。探したんだよ」
屋上の扉が開いて白石杏と天馬司が入ってくる。
「宵崎さんも瑞希も探したんだよ」
それからゾロゾロと人が入ってくる。……賑やかだな。ここは……。
うるさいのは嫌いだし、人がたくさんいるのも苦手だ。……でも
──楽しいね。玲音
……。
「──これから後夜祭だけど、宵崎さんも行こう」
「玲音も後夜祭出る?」
白石杏が声をかけて、暁山瑞希が手を伸ばす。
「………………いや。私は、姉さんが待ってる。から、大丈夫。……滝沢秀昭にも、伝えてある」
「そっか。じゃあ、また学校でね」
「…………ん」
私は、その手を取れなかった。
姉さんが家にいるのは事実だ。でも、待ってはいないだろう。「楽しいといいね」と送り出してくれたから。
……でも、私は。…………あの楽しい空間には居られない。私は、笑えないから。外から眺めているだけで良い。
誰かが。私の知る誰かが笑顔であれば、私はもう笑えなくていい。
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