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寒くなってきた季節。
朝から身体がだるい。まだ薬がちゃんと抜けてないようで、頭も少しぼーっとする。
先日、睡眠導入剤を変えたばかりだから、まだ身体が慣れていないらしい。
姉さんは寝てたから朝食はラップをしてあるし、昼食は冷蔵庫にしまっておいた。
やらなきゃいけないことはやってある。あとは、学校に行って教室に入れば良い。遅く行っても良いが、どうせなら朝から教室にいれば出席したことになるし、教室で絵でも描いていよう。
にしても、おかしいな……。かれこれ一時間は動いているはずなのに身体は重たいままだし、意識もあまりはっきりしない。
「……おはよう。玲、音……」
「…………あ、あ。おはよう、姉さん」
「……」
? どうかしたのかな。足早に近づいて──
姉さんに腕を引かれて額を合わせられた。姉さんの額がひんやりして冷たい。
「……熱がある」
「……そう、なの?」
ああ。だから、体はだるいし頭も上手く働かないのか。
あっ、自覚すると一気に力が。
「……! 大丈夫!」
「……ん」
姉さんに寄りかかるわけにもいかないので、壁にむかって体を倒して体を押し付ける様にズルズルと床に座り込む。体格も私の方が大きいし、姉さん細いから私に寄りかかられると簡単に押し倒せされてしまう。
怪我させるのは避けたい。
「……動けそう?」
「……今は、ちょっと。……かな」
「お水いる?」
「……欲しい、かも」
思う様に体が動かない。
「大丈夫?」
「……多分」
「……自分の状態、わかる?」
「……わからない」
「立てそう?」
「頑張れば……」
姉さんの持ってきた水をもらって飲む。喉に痛みはない。いつもの季節の変わり目で風邪を引いただけだろう。それにしても体が重たいな。
壁に体重を預けながら立ち上がるけど、体が重くて持ち上げていられない。
手がひんやりとした手に掴まれてそのまま姉さんの肩に回される。
「これで、歩きやすくなった?」
「……ありがとう」
本当に優しい姉だ。私がバランスを崩せば、そのまま一緒に倒れてしまいかねないのに。
そのまま私の部屋まで肩を貸してもらってベッドに座る。制服のネクタイを緩めてブレザーのまま横になった。
「とりあえず検温して、薬。……連絡は入れておくから」
「ありがとう」
「……気にしないで」
頭がぼーっとする。
「大丈夫?」
「……ん」
頭が働かない。あ、姉さんの顔だ。きれい。
「どうしたの」
「……姉さん。顔……」
姉さんの顔、ひんやりしてる。はだ、冷たい。
「……手、熱いね」
「……ひんやり」
──ピピッ
「……38.0℃」
「…………風邪?」
「風邪だと思う」
風邪か……。この時期だと、一回は確実にかかる。
「…………ぼーっとする」
「……風邪薬。どこに置いたっけ」
「……リビング。の、食器棚、下」
「わかった」
ああ。姉さんが優しい。いつも優しいけど風邪を引いた時はいつにも増して優しい、ような気がする。
薬を用意して、ゼリー飲料を持ってくる。
私が体調を崩したらいつもだ。もう、毎年恒例だ。
「持ってきた。飲めそう?」
「……ゼリーで押し流せば、いける」
オブラート代わりのゼリーがあるぐらいだ。ゼリー飲料で押し流せば無理にでも飲めるだろう。
体を起こして、薬を口の中に入れ。ゼリー飲料を握りつぶすように押し出し、そのまま薬を今では押し流す。無理やり飲まされているような感覚はあまり好きじゃないけど、しかたがない。これ以上姉さんに負担をかけるわけには行かない。
「……私は、もう寝てれば治る。から、姉さんも寝てきて、いいよ」
「……わかった。何かあったら呼んでね」
「……ん」
少し名残惜しいけど、軽く握っていた姉さんの手を離して見送る。自分の部屋へ戻っていく姉さんの姿を見送って、私は目を閉じた。
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──玲音。
誰かが呼んでいる。優しい声で、私を包み込むように抱きしめてくれる。
「お母さん、いっぱい。お絵描きしたよ」
「玲音は本当に絵が上手ね。将来は絵描きさんかしら」
「お絵描き好き。でも、お人形も、いっぱい好き。お父さんのお歌も、お姉ちゃんと遊ぶのも好き」
「好きなことがいっぱいなのね」
「うん! 玲音ね! お母さんとギュッてするのも好き! みんな、みんな好き!」
微笑む母さんが居て、たまに母さんを独占できる時間が好きで。父さんや姉さんと一緒にいるのが好きで。……好きに囲まれた幼少期だったと思う。
「じゃあ、玲音はたくさんの好きに囲まれてるから、幸せね」
「しあわせ?」
「うん。玲音は、幸せなの。玲音が幸せなら、お母さんもお父さんもお姉ちゃんも嬉しいのよ」
「…………うん!」
元気だな。幼少の私は……。
それから数年後、母さんはこの世を去った。家には悲しみが満ちたけど、私はよく笑う子だった。
母さんに、私が幸せと思えるなら、父さんも姉さんも。母さんも幸せだと言ってもらえたから。私はみんなを幸せにできるんだと思っていた。私は、笑うことで幸せでいられると思っていた。
それから、私も姉さんも大きくなって。父さんとお墓参りに行ったりするときは、できるだけ笑顔でいるようになった。
楽しそうな私の姿を、母さんは微笑んで見ていたから。
……………………でも、私は──
「マスター、これより先は危険だ。もう目覚めたほうがいいんじゃないかい?」
「……だれ?」
「ああ、この状態だと。マスターはボクを認識しきれないんだったね。でも、流石に夢の中ではあの姿じゃいられないんだ」
この声は、
「ボクは生まれが特殊だからね。あり方も特殊なのさ。…………で、マスター。引き返す気はあるかい? これ以上、この
「……」
「うん。それがいい。とても賢明な判断だと思うよ。……起きて、夢から醒めるといい。なに、どうせ夢なんだ。起きたらすぐに思い出せなくなるさ」
「──起こしてしまいましたか?」
「……」フルフル
「ならいいんですけど。体調はお変わりないですか?」
「……少し、良くなった」
「そうですか。りんご、剥いたんですけど。食べられそうですか?」
「……ん」
「では、持ってきますね」
目が覚めて体を起こすと、家事代行の人。望月穂波が部屋に居た。
私のタンスの上に畳んである服が置かれている。干してあった服を取り込んで畳んでいたんだろう。
家事代行のバイトではあるけど、掃除の手伝いや夕食の準備の手伝い。買い出しも手伝ってくれる。
「どうぞ。うさぎにしてみたんです」
「……ありがとう、ございます」
皮の剥かれたりんごはしゃりしゃりして美味しい。一人で食べる時は剥くのが面倒で丸齧りすることが多い。剥くのは姉さんが風邪をひいたりする時ぐらいか。
「…………うちに、りんご。なかったはず」
「奏さんが買いに行ったのをわたしが剥いたんですよ」
姉さんがわざわざりんごを買いに出かけたらしい。優しさが染みる。……起きてよかった。
「玲音さん。なんだか、いつもより表情が明るいですね」
「……? そう?」
「はい。風邪だからおかしな話ではあるんですけど、少し微笑んでる感じがします。いい夢を見ていたんですか?」
夢。夢か……。どんな夢を見ていたか覚えていないけど、微笑みを浮かべるということはいい夢を見たんだろう。
「あまり覚えてない。ですけど、いい夢。だったんでしょう」
自分の顔を軽く触る。確かに、少しだけ口角が上がっている。
でも、自覚するといつもの表情に戻った。
「あ、いつもの顔になりましたね」
「……」
私は、誰の顔を真似ていたんだろう。
夢で見た誰かなのは間違いない。そして、私の顔でないことも。見たのが姉さんじゃなくてよかった。
「少し、お部屋をお掃除していきますね」
「……お願いします」
望月穂波に掃除を任せて、私はもう一度横になった。夢の続きは……いいか。
目を閉じて、身体の怠さに身を任せよう。大丈夫。
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