深灰と赤紫の糸   作:空白零無

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珈琲の香る場所

 

 

 制服の上からエプロンを着て、ズレない様に帯を縛る。髪は後ろでまとめて前髪は髪留めで横に退ける。

 

「よくお似合いですよ。玲音くん」

「今日はよろしくお願いします。店長」

「はい。では、立ち上げからやりましょうか」

 

 別にお金に困ってるとかそんなことはない。お婆ちゃんからの仕送り以前に、私の動画や作品の収益。賞金などがそこそこあるから、生活に困ることは基本的にない。こういう時だけは熱心なファンたちに感謝だ。怖いからコメントも返さないし、反応しないけど。

 

 それなのに、なぜ私は日守康作のところでバイトをしているかというと。単なる気分転換だ。作品作りをしているとどうしても詰まってしまう。そして、詰まりをそのまま押し流そうとするとインスピレーションだけが湧いてきて形にすることができなくなる。

 スランプとは違うが、案が湧いてくるだけスランプよりもタチが悪い。

 

 それをどうにかするには、一度創作から離れて別のことをすればいい。作品のことなど気にせず、思い切って作りかけはほったらかして別のことをする。それだけで意外となんとかなったりする。

 

 それに、私はこの店が好きだ。雰囲気もそうだが、ここのコーヒーの匂いも好きだ。他の常連客からもそこそこ良くしてもらってるし、面白い話が聞けたりする。

 怖い話が好きな人に、メイクが好きな人。プログラマーから車好きの人。いろんな人がこの喫茶店に来て、日守康作と話をし、飲食を楽しんで帰る。

 そんな人達を見ていると、創作のインスピレーションが湧いてくる。

 

「テーブル拭きと椅子のセッティング。終わりました」

「ありがとう。最近腰の調子が良くなくてね。時間がかかっていたんだよ」

「……ここは私の大切な場所だから、もう少し頑張って欲しい」

「ははっ。そうですね。ワタクシももう歳ですから。後を任せられる人材を育てなくてはなりませんね」

 

 なぜ私を見る。私はただのバイトであり、客だ。この店を継ぐなんて流石に無理がある。

 

「継がないとは言わないのですね」

「……実力不足」

「ですね。いくらコーヒーは上手く淹れれるようになっても、玲音くんは対人能力が低いですから。その辺も出来るようになってもらわないと任せきれませんね」

「……継ぐ、言ってない」

「ええ。ですが、〝今は〟ですよね?」

「………………考えておく」

「良いお返事をお待ちしております」

 

 なぜ私なんだ。他にいい人材はいるだろうに。

 

「優しいあなただから。と言っておきましょう。ご来店ですよ。ワタクシは在庫の確認と発注がありますので、基本的には玲音くんにお任せします。何かあれば、お呼びください」

「わかりました。────いらっしゃいませ。会員証はお持ちですか?」

 

 継ぐ継がないは後ででいい。とりあえず客を捌こう。入ってく人の数は少ないが、常連との会話だったり。食事の注文だったりあるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 お昼頃。読書好きの常連さんが最近読んだらしい本の感想を聞いていると店の扉が開いた。最近見た顔だ。

 

「いらっしゃいませ。会員証はお持ちですか?」

「はい。って、宵崎さんじゃん。ここでバイトしてるの?」

「臨時ですがね。……はい、拝見いたしました。お好きな席へどうぞ」

 

 白石杏がやってきた。休日というのもあって学校の制服ではなく、ストリート系ファッションの私服。

 ……制服だったからあまり刺激がなかったのか。この姿ならそのまま絵にしてもいいかもしれない。今度モデルを頼んでみようか。

 

「日守さん居る? 父さんが様子を見てきてくれって言っててさ」

「店長ならカウンターの方に座ってればそのうち出てくると思いますよ」

「りょーかい。じゃあ、カウンター座るね」

 

 カウンター席に座って注文を聞く。白石杏はアフォガードをご所望のようだ。

 冷たいバニラアイスに熱いエスプレッソをかけて、溶かしながら食べるデザート。私も好きだ。アイスとエスプレッソを分けて食べるのもいいが、甘いアイスがエスプレッソに溶けていくと、エスプレッソもだんだんと甘くなっていき。溶け切るまで異なる甘さ、味を飲んで楽しめる。

 作るのも簡単で、家でもエスプレッソマシーンとアイスクリームがあれば簡単に作れるし、作るのがめんどくさいけど少しちょっとオシャレなデザートが欲しい。そんな時に食べたりする。

 

「アフォガードです。バニラアイスを溶かしながらお楽しみください」

「ありがとう。いただきます」

 

 満足いただけたようで何よりだ。

 

「おや、杏ちゃん。来ていたのかい?」

「あ、日守さん。今来たところですよ」

「そうでしたか」

 

 親が知り合いなら、子も知り合いと。人は何処でどう繋がっているのかわからないものだ。

 私も、暁山瑞希と東雲絵名が姉さんのサークルのメンバーだと知って少し驚いた。隠してはいない様だが、公言もしていないので私から突くことはないし、突いて蛇が飛び出して来ても困る。

 

「──で、日守さん。宵崎さんってこっちの跡取りなの?」

「まあ、そうですね。あくまでも候補ではありますが。最有力とだけ言っておきましょう」

「へー。お気に入りなんですね」

「ワタクシは玲音くんのファンですから。それに、まだ未熟で磨かなければならないところもありますが、基礎は出来てますし。知識も及第点ではありますがそれなりにあります。豆、茶葉の目利きも出来て、淹れ方も心得ているので後は経験と数をこなすだけですね」

「めっちゃ褒められるじゃん。いいなー」

「お褒めの言葉ありがとうございます。ですが、私にもやらねばならないことがあるので、お返事に関しては前向きに検討します。とだけ」

「今回のはいけたと思ったんですがね。口説き落とすのも大変でございますね」

 

 神谷さんも会話に混ざり、少し賑やかな空間になる。店員をやっていれば、自分で淹れたコーヒーを飲めるので淹れたエスプレッソをストレートで飲む。

 苦味が口一杯に広がり、飲み込んでも舌の上にコーヒーの苦さが残る。それを和らげる様にアイスクリームを舌に乗せて口の中で溶かす。個人的にはこの飲み方が好きだ。苦いも甘いもの両方同時に楽しめる。が、今はただの店員なので、エスプレッソをストレートで飲んだだけ。これはこれで好きなので、別に苦ではない。

 

「エスプレッソストレートって、胃大丈夫? お腹痛くならない?」

「白石ちゃん。宵崎ちゃんはいつもこんな感じだから大丈夫だよ」

「玲音くんは苦いコーヒーが好きですからね。出会ってまもない頃は心配しましたが、来店するたびに飲んでますから。大丈夫ですよ」

「エスプレッソに砂糖を入れたり、水で割ったりも好きなんですけど。やっぱり個人的にはこの飲み方が好きなんですよね。豆そのままの味が楽しめますし、ダイレクトに苦味が来るので」

 

 私のエスプレッソは、ロブスタ豆だけを使った物なので、強烈な苦さで目が冴えるし、余計な考えが吹き飛んでいく。ただ、カフェイン含有量が多いので大量には飲めない。そもそも、コーヒーは嗜好品なので大量に飲むべき物ではないんだけど。

 

 そんなこんなで一日のバイトが終わり、新しい刺激を受けた私は創作に走る。バイト代も出るし、刺激で創作も捗る。

 やはり、日守康作の居るあの喫茶店はなくてはならない場所だ。

 

「…………誰か、継がないかな」

 

 私は継げるだなんて思わない。こんな継ぎ接ぎだらけの人間はいつでも今日の様な動きができるわけじゃない。

 模倣も解けなく成り、次第にその思考に飲まれて自分を見失い、剥がれなくなった仮面をガリガリと掻きむしりながら下にある自分の顔ごと仮面を割るしかなくなる。

 

「…………もう少し、早く。出会いたかったな」

 

 まあ、日守康作の店は孫がいるらしいし、その孫が継いでくれると助かる。あったことはないが、スイーツ系。特にパフェ作りが趣味なのだと聞いた。

 是非とも、あの店を継いで欲しいものだ。

 

 今日の夕食の野菜炒めの味は……よし。いい感じだ。

 あとは皿によそって姉さんの部屋に持っていけば今日のやることはおしまいだ。……。

 

「あ……」

「……姉さん?」

 

 カップ麺を啜る我が愛しの姉は、私の顔を見ながら固まっている。

 

 …………とりあえず。

 

「……姉さん?」

「…………なに?」

「ご飯、ラップして冷蔵庫入れとく?」

「………………そうして欲しい」

 

 余程お腹が空いていたのか。それとも、私が帰ってきたことに気づかないほど集中していたのか……。まあ、食べてしまったものは仕方が無い。確認を怠った私のミスでもある。だけど、栄養管理もしてるから。あまり黙って食べないで欲しい。せめて一報入れてほしい。

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