放課後の美術室。
もう今年も残すところ1ヶ月ほど。陽が落ちるのも早くなり、今日は夜間の生徒も美術室を使わないとのことなので、美術室を暁山瑞希と貸し切っている。
暁山瑞希には適当にポーズを取ってもらい、それを私が模写しているかデッサンをしている。
約一年、暇なときや描きたいときにモデルを頼んでいたこともあって、今ではモデルになるのにも慣れてきたらしい。休憩を挟めば、3枚分描けるようになった。ただ、動きを止め続けるのはやっぱり体が固まってきついらしい。それでも、会話をしながらできるようになった。
「……そういえばさ。柊さんってどんな人だったの?」
「…………私の友達」
「いや、それはわかるけどさ」
2枚目を書いていると、そんなことを言われた。
「……鹿野ちゃんのこと。知りたい、の?」
「まあ、気になりはするかな。なんで玲音だけ、鹿野ちゃんって呼ぶのかなって」
「…………そう、鹿野ちゃんにお願いされたから」
鹿野ちゃんは、柊という姓は嫌いだしそう呼ばれたくなかった。
当時仲のよかった私は、鹿野と呼ぶように頼まれたので鹿野ちゃんと呼んでいる。それ以外に理由はない。
「……仲良かったんだね」
「………………仲、良かったのかな」
仲は良かった。手紙の内容的に、私は鹿野ちゃんに好かれていた。……でも、私は。
────私ね、
────クソ男と見てるだけだったお母さんを。
「……何も、出来なかった、よ」
首を切る鹿野ちゃんを止めることも。鹿野ちゃんの痛みを少しでも知ることすら、私には何も出来なかった。
「玲音……」
「…………暗い話になる。けど、聞く?」
「聞きたい」
私は、平常心で話せる気がしない。
ただ、私の心中。感情を知りたいと言うなら。
「…………話せる自信はない。けど、──
『はいよー』
〜♪
「この曲──」
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いつもの沈むような感覚と全身に感じる冷たい水に濡れるような感覚を超えてセカイに入る。
「なに今の感覚! 濡れたのかと思った!」
「…………説明、忘れてた」
「びっくりしたー。先に一言欲しかったよ」
「……ごめん」
私は慣れてるけど、暁山瑞希はそういえば初めてだ。さぞ驚いたことだろう。帰りに高いアイスで許してくれるだろうか。
「やあ、いらっしゃい。
「ここは……」
「…………私のセカイ」
いつものように
「あ、初めまして。ボクは暁山瑞希。よろしく、玲音のセカイのミク」
「初めまして。
空は赤く、無数のカラスが渦巻くように飛んでいる。朽ちかけの廃墟が立ち並び、赤い虚な月が大きく、このセカイを見下ろすように存在している。
ただ、見かけないモノが一つだけ増えている。
「…………
「ああ、アレかい? アレは昨日、気がついたら生えてたんだ。セカイは変容するモノ。気にするだけ無駄だと思うけどね」
「…………そう」
このセカイに触れれば、何となく私のことはわかるだろう。
だから、この浅瀬に位置するセカイ。私の精神は、【
「へえ、時計塔かな。秒針は動いてるみたいだけど、進んではないみたいだよ」
「……よく見える、ね」
「時計塔がそこそこ大きいからね」
ふよふよとあたりを漂う楽器が私にぶつかり、赤い液体を撒き散らしながらセカイに溶けて消える。
それを見た暁山瑞希はとても驚いた顔をしている。
「ねえ、ミク。今のって楽器だよね」
「ん? ……ああ、そうだね。このセカイで自動生成されてる物体は全てびっくりするぐらい壊れやすいんだ。触れただけでもそこからヒビが入って砕け散ってしまうほど脆く、壊れやすい。今の
「……そんなに、脆くない」
「最近、頓服の量増やしたのに何言ってるんだか」
フラッシュバックが増えたから増やしただけだ。
「ミクは玲音のことをいっぱい知ってるんだね」
「…………ねえ、友達さん。
「わかった。じゃあ、虚白ちゃんで。ボクのことは瑞希でいいよ」
「はーい。で、質問の答えだ。
なんだかんだ4年近い付き合いだし、私の過去に関してはよく知っている。
知りたいなら教えることは出来る。ただ、私の口からはまだ語れない。
「で?
「…………鹿野ちゃんのこと。瑞希に、教えてあげて」
「りょーかい。んー、じゃあ何から聞きたい? なんでもいいよ」
「んー、玲音との関係だけでいいかな。詳しいことは、玲音から直接聞きたいし」
「ふーん。だって、どうする?
「…………今は、無理」
「だって。じゃあ、詳しいことは抜きにして、簡単なプロフィールだけ」
どこからともなく一枚の写真を取り出して暁山瑞希に渡す。私に渡してこないということは、鹿野ちゃんの写真かなんかだろう。
「……この子が」
「そ。その写真の子が、柊彩。
「すごいカワイイ人だね。美人さんだ」
「だろう? まあ、美人さんだったから不幸にも見舞われたわけだけど。今は話すべきではないね」
そう。美人だから起きたとは言えないが、美人だから起きやすくなったんだろう。
「名前は柊彩。身長は158㎝で、血液型はAB。誕生日は11月22日の女性。柊になったのは10歳で、元の姓は鹿野。この場では、彼女の意思に基づき。柊彩ではなく、鹿野彩と呼称する。
「今のボクと玲音みたいな関係だ」
「そうだね。でも、今の瑞希と
「…………ごめん」
「……いいよ。実際そういうところもあるし」
暁山瑞希には悪いことをした。まあ、実際。友達ごっこと言われても仕方がないところはある。一緒にいて楽しいのは本当なのだろう。だが、本当に楽しんでいるのかはわからない。もう、そう感じる機能は弱まっているし。まだ、暁山瑞希をモデルにするためにこの関係を続けているだけだ。
暁山瑞希にも、そう言った何かしらの考えがあって私と一緒にいるのだろう。私は創作の邪魔にはならないなら一向に構わないので気にしないでほしい。
「まあ、続きと行こう。鹿野彩と
「…………手紙、無くした。読ませられない」
「だって」
「……重いなぁ」
「ああ、憐れんでやるなよ? 過去を憐れまれるのは
「……まさか。憐れもうなんて思わないよ。今の玲音を否定したいわけじゃないしね。それに、気遣いで付き合われるのはボクも嫌いだし」
「そうか。なら良かった。
「……かもね」
良縁、ね。……長くを望めばどうせ消える。楽しいのは一瞬だけなんだ。だから、私はこの度重なる刹那しか見られない。
「照れるなよ。……まあ、鹿野彩についてはこんな感じかな。疲れただろう。今日は解散して、帰って休むことを勧めるよ」
「…………代わりにありがとう」
「別に
「虚白ちゃん。ありがとうね」
「どういたしまして。……面倒なやつだけど、
来る時と同じように冷や水に浸かるような感覚の後に現実世界に戻ってくる。
外は暗くなっていて、時間を確かめてみれば20時半過ぎ。もうそろそろで21時、夜間高校も終わる時間帯だ。
「……疲れた、ね」
「……そうだね」
疲れた。私も聞いてるだけだが、思い出しているだけでしんどい。このことを思い出しながら話していたら私は間違いなく過呼吸を起こすだろう。
「…………ファミレス、行く?」
「……ううん。今日はもう疲れたからいいかな」
「……そう」
なら、今日は大人しく帰路に着くとしよう。
姉さんには遅くなると伝えてあるから、カップラーメンか缶詰を食べていることだろうし。
駅までは道が一緒なので、駅で別れた。一緒に歩いていても、私と暁山瑞希が話す事はなかった。
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