深灰と赤紫の糸   作:空白零無

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君の神様⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎い(2)

 

 

 冬休みが終わった。今年の冬休みはあまり休んでいなかった。

 

 公園で出会った少年にギターを教え、病院まで送り出した。

 その合間に倉庫という名のアトリエに言って歌を収録したり、カバー用のイラスト描いたり、素材集めて動画編集したり、MIXしたり……。結構集中していたから楽しかったんだろうが、休めてはいない。

 

「…………で、セカイ(ここ)で寝てると」

「……ん」

「学校に行けば良いのに」

「……用事ない」

「ほら、瑞希いるかもしれないよ?」

「…………最近、見てない」

 

 なんなら話もしてない。あれから若干避けられ気味だ。モデルにしようにも出会わないし、避けられるしでモデルにもしきれていない。大体会う時は私から声をかけるか、そのまま捕まえている。

 ……そろそろ禁断症状が出そうだ。

 

「……瑞希」

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(マスター)。キミは恋する乙女か何かかい? 話がしたいなら自分から誘えば良いのに」

「…………気遣いは嫌だ」

「わがままだなぁ」

 

 暁山瑞希は社交性が高く、優しいから私がメッセージを送れば話に付き合ってくれることだろう。……しかし、それは違う。私はそんなことを望んでない。

 ……どこか出かけようかな。

 

「おや、出ていくのかい?」

「……少し、出かけようかなって」

「まあ、家に篭りっぱなしより。精神的にも身体的にもいいんじゃない?」

「…………行ってくる」

「いってらっしゃい」

 

 セカイから出て、服を着替える。服を脱いで肌着を着て、タイツ履いて……

 

 ──コンコン。

 

「入るよ……」

 

 着替えている姿を見られた。長袖の肌着は着てるからセーフだ。姉さんが私の姿を見て固まっている。確か、こういう時は……

 

「……キャー、エッチ?」

「……ごめん」

「……別に気にしてない」

 

 気にする理由もないし、そういうものだからそうしているだけだし。それに、最悪左腕が見られていないならそれでいい。

 

 それはそうと、黒メインの白から黒のグラデーションのコートに紺色のマフラー姿の姉さん。……ということはだ。

 

「……姉さん。これから出かけるの?」

「玲音と出掛けたいなって思って」

 

 珍しいこともあったものだ。まさか、姉さんから私に誘いが来るなんて。

 

「……もしかしてスランプ?」

「違う。ただ、玲音と出かけたいだけ」

「……そう」

 

 ああ、なんということだろう。姉さんが私と出かけたいだなんて……。今日はいい日だ。何があっても良い日だ。

 

「……着替えるから待っててほしい」

「わかった。用意が出来たら出てきて」

「……ん」

 

 私もいつも通りの服装でいいだろう。モッズコートにフレアスカート。東雲絵名が選んだこのスカートだが、暖かいし、熱もあまり逃げなくていい。いい買い物をしたと思っている。別に髪型も変える必要はないか。……でも、姉さんと出かけるんだし。変えた方が良いのか? ……出かけてから考えよう。前髪をどかすぐらい、すぐ出来るし。

 

「……準備終わった」

「じゃあ、行こうか」

 

 出る前に戸締りは確認し、姉さんが家に居ようが居まいが、私は鍵を閉めて出るのでいつものように鍵を閉めた。

 

「……玲音、今日学校じゃないの?」

「……休んだ」

「日数大丈夫?」

「……補講出るから大丈夫」

「……」

 

 そんな怪しむ様な目で見ないでほしい。ちゃんと補講行くから。

 

「ちゃんと行ける?」

「……行く」

「ならいい」

 

 これ以上は留年したくないし、早く学校から解放されたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 今年入って初めて。というよりも、1年ぶりぐらいに玲音と外へ出かけた。

 買い物は全て玲音が買ってきてくれるし、家の備品で必要なものがあれば玲音が大体一人で買いに行ってしまう。

 夏の炎天下でも、極寒の冬、たとえ吹雪の中でも玲音は何も言わず、家のあれこれを揃えてくる。

 わたしの曲作りを裏から支えてくれる。ご飯を作って持ってきてくれたり、洗濯したり。家にいる時は常にそうだ。

 玲音も自分の作品を作るのに家に帰ってこなかったり、朝帰りしてきたりするけど。基本は家にいるし、家事があまり得意ではないわたしに変わって色々やってくれている。

 

「……姉さん。どこに行こうか」

「最近できたらしい、カップ麺の専門店に行ってみたい」

「……案内、お願いしても良い?」

「いいよ。まだスマホの扱いなれないの?」

「…………多分、一生無理」

「……本当に機械苦手だね」

「……ん」

 

 何度教えても、どれだけやっても基本的な機能しか使えない玲音。説明書は完璧に覚えられるのに、うまく使えないのは今でも不思議だ。玲音のパソコンのデスク周りも手伝ったけど、配線とかの位置は問題なかった。でも、実際に扱うのは苦手。

 そういうところが可愛いところではある。ただ、困っているならいってくれれば手伝うのに……。

 

「玲音」

「……」

 

 目を離すとすぐに迷子になるから、玲音と手を繋ぐ。興味が引くものがあればフラフラとそこへ向かうし、人波に抗うのが面倒になってそのまま流されたり。

 少し手のかかる弟。

 

「こっち」

「……ん」

 

 そこそこ駅の近くにあるから、逸れることもない。出来たばかりらしいから人が多いのが難点。

 

「……玲音は外で待ってる?」

「……一緒に入る」

 

 わたしが心配なのか、人混みが苦手なのに一緒に入ってくる。優しい弟。

 

 玲音と相談しながらカップ麺をいくつか買って、本屋に行ったりして帰る。黙ってわたしの隣を玲音が歩いてついてくる。わたしの様子を気にしながらも、握った手を離しはしない。これが例え、怖がる振りだとしても、わたしは少し嬉しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 出掛けるのが終われば、少しだけリビングで話をしたりしている。

 玲音と話している時の会話なんて、大体わたしの曲の話ぐらいだ。曲の感想だったり、その曲のイメージを聴いて、それを玲音が絵にしてみたり。

 わたしたちの時間なんてそんなもので。会話はほとんどない。同じ空間で玲音がコーヒーを飲んでいたり、わたしが玲音の作ったケーキやクッキーなどのおやつを食べているだけ。

 

 話すこともなくなれば、お互い用事がないなら好きなタイミングで部屋に戻って作業をしたり。玲音が家事をしている。

 

 

 わたしは、玲音のお姉ちゃんを出来ている? 

 

 コメントを見れば、いつも誰かがわたしの曲で救われている。救うことが出来ている。

 曲を作り続けて、たくさん作っていれば、多くの人を救うことができるのかも知れない。

 

 でも、玲音には響かない。

 玲音の曲は寂しそうで、今にも消えてしまいそうな曲ばかりだ。風で揺らめく微かな灯火を見ている様な気分になる。

 玲音はいつだってそう。自分よりもわたしのために動く。ご飯を作ったり、掃除をしたり。望月さんと一緒に家のあれこれをやってくれている。

 わたしがいなければ、自分の食事も家事も雑になっているか、やっていないことも知っている。

 

 わたしの夢を応援するために。玲音は、……わたしに隠し事をする。

 

 玲音が薬を飲んでいることも。柊彩のことで深く傷ついているのもわたしは知っている。

 でも、何も出来ない。

 

 お父さんみたいな微笑みを浮かべて笑ったり、いつも無表情なのはそもそも感情の大半が欠落している状態だからというのも、お父さんの日記と挟まっていた診断書で知っている。

 それに、同じ中学に通っていて、毎日一緒に過ごす家族で、わからないはずがない。

 柊彩の噂で傷ついているのも。それで悩んでるのも知ってる。それを先生たちに抗議したけど、それが返って玲音を苦しめてしまったのも知っている。

 

 わたしは、玲音に何もしてあげられていない。

 わたしの曲を聴いている間は、少しだけ穏やかな顔をするけど。聞き終わるといつもの様な無表情に戻ってしまう。

 

 わたしには、玲音に何をしてあげればいいのかわからない。

 どうすれば玲音が喜ぶのか。どうすれば少しでも楽になるのかわからない。

 

 でも、それでも。わたしは玲音の部屋に行って。いつもの様にデモを聴かせる。

 

「玲音。デモ出来たから聴いてほしい」

「……うん。わかった」

 

 部屋に訪れて、スマホとイヤホンを貸して玲音に聴かせる。わたしの曲を一番知るファンで、大切な弟だから。

 

「……カンザキイオリ、『君の神様になりたい』の、カバー?」

「そう」

 

 玲音が好きな歌で歌わせてほしい。わたしは(玲音)神様(生きる希望)になりたいから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 父の日記より

 

 ◯月△日

 私は……何もしてやれない。

 玲音を病院へ連れて行った。カウンセラーをつけた方がいいんじゃないかなと考えたから。

 ……玲音は、もうほとんど感情が残っていないらしい。極度のストレスで前頭葉の収縮が見つかった。

 今の玲音に喜怒哀楽はほとんど存在してない。

 でも、それを日常的に見られるのは他人から学習して最適な感情を表現。模倣しているからだそうだ。

 私も耳を疑った。自分の息子が、感情を失っただなんて考えたくなかった。前髪の一部が脱色してしまってもう白から変わらないだなんて知りたくなかった。

 ……なんで、こんなことになってしまったんだろうな。

 

 ………………すまない。君との大切な子供を、守ってやれなくてすまない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◯月×△日

 ……僕の曲が採用された。奏と玲音のアレンジしたフレーズだけが、採用された。高く評価された。

 

 やはり、もう。僕には……

 

 二人は天才で、二人なら。僕にはもう出来ない、誰かを幸せにする曲を作れるだろう。

 

 僕は、二人に嫉妬してまった。傷ついた息子とこんな僕を心配する娘を余計に傷つけてしまった。

 こんな私に、親の資格など……

 

 

 

 

 

 ◯月×□日

 玲音から表情が完全に消えた。

 僕のせいで。僕の放った一言で、玲音から表情を奪ってしまった。

 ………………すまない、二人とも。こんな親で、すまない。

 

 

 

 

 

 

 

 

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【宵崎玲音 診断書】

 

 患者氏名: 宵崎玲音

 性別: 男

 年齢: 14

 診断日: ××××年△月◯日

 診断医師: [医師名] 田中実(精神科医・神経内科専門医)

 

 診断概要

 主診断:

 1. 心的外傷後ストレス障害(PTSD)

 • 症状: 過去のトラウマに関連したフラッシュバック、悪夢、強い不安感、回避行動。特定の刺激(例:血液の匂い)に対する過剰な反応。

 • 診断基準: DSM-5に基づき、トラウマ体験後の持続的な症状(再体験、回避、過覚醒、認知・気分障害)が確認された。

 • 経過: 慢性的な症状が持続し、日常生活に影響を及ぼしている。

 

 併存疾患・症状:

 1. 過呼吸症候群(Hyperventilation Syndrome)

 • 症状: ストレスや不安を誘発する状況下での過度な呼吸、動悸、めまい、しびれ感。

 • 所見: ストレス負荷時に発作的な過呼吸が観察される。動脈血二酸化炭素分圧の低下が推定される。

 2. ストレスによる前頭葉の収縮

 • 所見: 神経画像検査(MRI)にて、前頭葉領域の軽度萎縮が確認された。慢性的なストレスホルモン(コルチゾール)の過剰分泌が原因と推測。

 • 影響: 感情制御。主に感情の発露が極端に低下しているよう。

 3. 前髪の一部の脱色化

 • 所見: ストレスまたは自己免疫反応による局所的な毛髪色素喪失(推定:ストレス誘発性白髪化または限局性脱色症。マリーアントワネット症候群)。

 • 経過: 進行は緩やかだが、心理的ストレスとの関連が疑われる。

 4. 寒さへの過剰反応

 • 症状: 低温環境下での異常な身体的・精神的過敏反応。

 • 所見: 自律神経系の過剰反応が疑われる。PTSDによる交感神経系の亢進が関与している可能性。

 5. 嗅覚の知覚過敏(血液限定)

 • 症状: 血液の匂いに対して極端な感受性(不快感、回避行動、PTSD症状の増悪)。

 • 所見: 嗅覚系の中枢性過敏が疑われる。トラウマ関連の感覚刺激として特異的な反応。

 

 

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 治療計画

 1. PTSD:

 • 心理療法: 認知行動療法(CBT)、眼球運動による脱感作と再処理(EMDR)を推奨。トラウマ処理に焦点を当てる。

 • 薬物療法: 選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI、例:セルトラリン)を低用量から開始。必要に応じて抗不安薬を短期間使用。

 2. 過呼吸症候群:

 • 対処法: 呼吸法指導(腹式呼吸、ペーパーバッグ法)。ストレス管理技術(マインドフルネス)の導入。

 • 緊急時対応: 発作時の対処マニュアルを提供。

 3. 前頭葉の収縮:

 • 管理: ストレス軽減プログラム(瞑想、運動療法)。神経保護を目的とした生活習慣指導(十分な睡眠、栄養管理)。

 • 経過観察: 定期的な神経画像検査で進行状況をモニター。

 4. 前髪の脱色化:

 • 管理: ストレスの軽減が主。必要に応じて皮膚科専門医と連携し、局所的治療を検討。

 5. 寒さへの過剰反応:

 • 対処法: 保温対策(適切な服装、暖房利用)。自律神経調整のためのリラクゼーション技法を指導。

 6. 嗅覚の知覚過敏:

 • 管理: 暴露療法を慎重に導入(PTSD治療と連携)。血液関連刺激の回避策を指導。

 

 

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 医師コメント:

 宵崎玲音様の症状は、PTSDを基盤とした複合的な心身反応が特徴的です。心理的・生理的症状が相互に影響し合っており、包括的な治療アプローチが求められます。定期的な診察と患者様の積極的な治療参加が重要です。

 署名:

 田中実(精神科医・神経内科専門医)

 [医療機関名] 神山総合病院

 

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