休日明けの学校。バレンタインは四日前に過ぎ去り、何もない平日。
しかし、私にはやることがあった。紙袋を手に持って登校し、席に座る。
「宵崎さん。おはよう」
「……白石杏」
「? これは……クッキー?」
「……バレンタイン。私、学校いない」
「ああ、バレンタインのチョコ的なやつ?」
「……」コクコク
そう。バレンタインデーの消化だ。大体世話になった人にお菓子を配り歩く日となっている。白石杏はたまにarchaicで会うが、確実に会うなら学校だ。
文化祭以降、何かと話す機会があったので渡すことにした。
「友チョコってこと?」
「………………大体、あってる」
「今の間はちょっと気になるけど、ありがとう」
「……ん。コーヒー、と会うかも」
友チョコを渡すほどの仲ではないけど、それを否定するのも不粋というモノだろう。
味覚の好みはわからないので、無難にクッキーってことで。甘さ控えめなので、甘いものが苦手でも食べやすいと思う。
「これから瑞希にもあげるの?」
「…………ん。滝沢秀昭にも渡す、予定」
そして、神代類や天馬司、草薙寧々、鳳えむにも渡す予定だ。なんだかんだ関わることも多かったし、いっきに量を作る方が楽だ。
一応、全員個別で作ってある。好みを知っている人当てにはその好みに寄せたし、知らない相手には無難なモノにしている。
「……あと、これ」
「? これは?」
「…………試作品」
小箱に入っているのは、喫茶店で出す予定の試作品。考案は私の品だ。
「開けてもいい?」
「……」コクコク
「! 何これ、すごい! 飾りも全部チョコレート?」
「……」コクコク
「へえー、手先器用なんだ」
小箱の中身はガトーショコラで、飾りとしてストロベリーチョコで小さなバラを作り飾ってある。多分、暁山瑞希ぐらい手間のかかった一品だ。
「どうしよう。ホワイトデーに返す自信が……」
「……日守康作からの試作品、だから。バレンタイン。は、関係ない」
「だとしても、これ。宵崎さんの発案でしょ? 日守さん、こういう系はあまり作らないだろうし」
「……たまに、店員だから。新作、考えて欲しいって、頼まれた」
「あー、なるほどね」
最近は日守康作の腰の調子があまりよろしくないそうなので、割と手伝いに入っている。上手く使われているような気がしなくもないが、日守康作の腰が悪化してあの喫茶店が機能しなくなる方が問題だ。
「後で食べるね。ありがとう」
「……ん」
2年生の教室まで行って、神代類を探す。
天馬司達の分は、神代類に任せればいいだろう。今日は喫茶店の手伝いだし、暁山瑞希もバイトが終われば来るらしいし、日守康作には練習した紅茶を淹れなければ。
「……誰かお探しですか?」
同じ文芸部の委員長女子に声をかけられた。何かしらあれば、この人物によく会う。
「……」コクコク
「……もしかして、神代さんをお探しでわ?」
「……」コクコク
この人はこの人で察する力が強い。あまり声に出さなくても伝わることが多々ある。創作への刺激は特にないが、一緒にいて楽な人物。
彼女がどうかはわからないが、私は楽だ。
「……神代さんはB組ですから、呼びましょうか?」
「……」フルフル
「……これは、遅めのバレンタインチョコレートですか? これを届けて欲しいと」
「……」コクコク
「……わかりました」
届けてくれるなら助かるぐらいには考えていたけど、実際届けてくれるのは助かる。
予備で持って来たやつだけど
「……神代さんに渡すのはこれで全部ですか?」
「……」
「これは……何故これだけ別で」
「……あげる」
「私に?」
「……ん」
「……ありがとうございます」
予備で持って来た紅茶クッキーだ。日守康作曰く、今日は夕方ごろから閉店まで孫が手伝いに来るらしいので、餌付けしようと持って来た。まあ、なくても頑張れば関係自体は円滑に行けるだろう。大体の人間は物で釣れる。
「……あまりお菓子作りは得意ではありませんから、お返しに期待はしないでください」
「……お返し、いらない。言葉はもらった。だから、それでいい」
お返しが欲しいわけじゃない。ただ、雑用への感謝で渡しただけ。それに、感謝の言葉はもらった。
それ以上を望むつもりはない。
さて、そろそろホームルームの時間か。教室に戻って喫茶店にでも行こう。滝沢秀昭チョコは……渡すのはやっぱりめんどくさいから、白石杏にでも任せよう。
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「ほお、これはバラですか」
「はい。チョコレートで作ってあまりますので、全て食べられますよ」
学校を抜けて来て喫茶店の手伝い中。試作品のガトーショコラを日守康作と廃墟探索が大好きな常連客、岸波に食べてもらっていた。ビターチョコを多めに使っているので、苦味が少し強めでチョコレート感の強い物となっている。
「んー、少し硬いかな。ウチは好きだけど、このお店の客って平均年齢高いし大丈夫なのかな」
「最近はワタクシの孫が人を連れて来たりしてますし、玲音くんや瑞希くん。絵名くんと言った若い子達も来ますし、いいと思いますよ。それにしても、綺麗に形成しましたね」
「バラをつくるのには結構失敗しましたよ。一切れでも邪魔にならないサイズで作るのは特に」
暁山瑞希のバレンタインチョコも大変だったが、ガトーショコラの飾りであるミニバラよりはマシだった。最終的にピンセット使ったし。姉さんには失敗作の消費を手伝ってもらった。しばらくチョコは遠慮したい。
あー、コーヒーが美味しい。
ここは居心地がいい。店内の照明が強くないのがいい。そして、コーヒーが美味しい。最近手伝いをしていて感じるが、カウンターから見える風景も悪くない。各々楽しむ客を見ながら絵の構想を練るのは楽しい。仕事中だから実際書くことはないけど、楽しんでいる客が多い分。こちらもやっていて気持ちがいいモノだ。
────〜♪
「いらっしゃいませ」
「やっほー、来たよ」
ふわりと巻かれたピンクのサイドテールが揺れる。暁山瑞希が来た。もうそんな時間か。
「いらっしゃいませ、瑞希くん。お好きな席へどうぞ」
「じゃあ、カウンターで。アイスのアップルティーとアイスボックスクッキーをお願いします」
「かしこまりました。玲音くん」
「わかりました。しばらくお待ちください」
最近紅茶も合格をもらえる様になって来た。まあ、まだ安定はしていないが合格率は上がった。
それに、ここの淹れ方として、アイスのアップルティーなどのフルーツティー系統は事前に作ってあるモノを入れている。そもそも合格をもらえないと客に提供されない。
氷を少し入れたグラスに紅茶を注いでクッキーを皿に並べ、暁山瑞希に提供する。
「アップルティーとクッキーです。そして、こちら。瑞希様へのバレンタインチョコとなっています。こちらも一緒にお楽しみください」
「今渡すかー」
「はい。帰りに渡しそびれると困るので」
小箱の中には暁山瑞希用に作ったチョコ。ラナンキュラスの形を模したチョコレートが入っている。
「おー、花の形だ。結構手が込んでるね」
「姉さんよりはまだ手はかかっておりません。それに、パーツを作るのが大変なだけで、意外と簡単ですよ」
姉さんには作業中でも食べやすいように、マカロンとカヌレだ。除湿機にはものすごく頑張ってもらった。意外とあの家湿気がある様で、一度失敗した。もちろん、失敗したものは全て美味しくいただいた。だから、しばらくは食べたくない。
「へえー。ラナンキュラスの花だ」
「知ってるんですか?」
「家が花屋だからね。ああ、花言葉とかは知らないよ?」
「赤いラナンキュラスの花言葉は、『あなたは魅力に満ちている』だったと記憶しております」
「日守さんは知ってるんですね」
「ええ。学生の頃、妻から頂いた時に教わりました。いや、懐かしい」
奥さんから贈られた花らしい。……なるほど、そんな意味が。ストロベリーチョコレートが安値で手に入ったから赤いラナンキュラスにしたが、なるほど。暁山瑞希にはぴったりな花だ。
「へえー。玲音から見て、ボクは魅力的なのかあ」
「そうですね。とても魅力的な方ですよ。私に無いものを、美を幾つも持っています。尊敬する人間ですよ」
顔面とか、体つきとか、服のセンスとか性格とか。人間らしいところも魅力的だ。
「そんな真面目な顔で言わないで欲しいな。照れちゃうじゃんか」
「この程度、照れるほどことは言っていませんよ」
「ははっ、仲がよろしい様で」
「友情って美しいねぇ。はあ、ウチももう一度青春したいわー」
楽しい会話が続き、日守康作の孫が来る頃には暁山瑞希も岸波さんも帰り、初めて会うと思っていた日守康作の孫が同じ部活の委員長系女子生徒、夜凪百合子だったり。
閉店まで手伝って帰った。
姉さんはまたカップ麺を食べた様なので、ビタミン剤の購入を検討している。最近、帰りが遅くなっているから仕方がないんだけどさ……。
……望月穂波に手が空いていたら夕食の準備をお願いしよう。
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