深灰と赤紫の糸   作:空白零無

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一人芝居

 

 

 もうそろそろで、あの日がくる。今日は天気も良く、梅雨時なのに珍しく晴れている。

 暁山瑞希は学校にいないし、ちょうど良い機会なので神代類を屋上に呼び出した。

 

「僕に見て欲しいお芝居ね。なぜか聞いても?」

「……芸術家。だから、お芝居にも手を出してみた。それに、……まあ、見て」

 

 神代類にこの芝居を見て欲しい1番の理由は、私を伝える手段が限られているから。そして、私は私を表現する手段として創作以外に持っていないから。

 

 舞台は屋上。小道具は扇子一本だけ。あとは、観客である神代類がいればいい。

 

「……あるところに、一人の少年が居ました」

 

 手首に隠し入れてあった扇子を取り出して演技を始める。

 始めてしまえば神代類は絶対に最後まで見るだろう。私が神代類に見せたい作品を彼は無碍に出来ないだろうから。

 

「その少年は美しいモノが好きでした。大地に寝そべり、花を愛で、空に向かって手を伸ばす。そんな、何気ない日常が好きな少年でした」

 

 語りは静かに、扇子を閉じたまま舞のように緩やかで見やすい動きで語りを進行させる。

 幼少期の私は、綺麗なモノ、美しいモノが好きだった。自然が好きで、空を飛ぶ鳥が、目に見える世界が全て美しく見えて好きだった。

 

「そんな少年は、成長と共に周りから浮く様になりました。周りと少し違うだけ。記憶力が周りよりも優れる。それだけで少年は孤立していきました」

 

「しかし、そんな幼い少年は気に求めませんでした。なぜなら、周りには大好きなものがたくさんあって、大好きに囲まれていたからです。暖かい家族がいて、好きなことをすることができる環境にいて、それだけで良かったのです」

 

 周りの子達よりも記憶力がよかっただけ。

 一度見たものは忘れない。顔も名前も声も全て覚えている。

 誰かに喜んでもらうことが好きで、誰かの笑顔が好きで。誰かの幸せを一緒に笑える。

 

 どれだけ周りから孤立しても、一瞬だけでもふれあい。自分の作品で相手を笑顔にできるなら、それでよかった。

 

 元々活発な方ではなかった。一人で静かに絵を描いたり、楽器を触っていたりする時間が多かった。

 姉さんと一緒に父さんの仕事をただ見ていたり。父さんの音楽を聴いたり、描いた絵を父さんや姉さんに見せたり。

 とにかく、創作が好きだった。

 

「自分が好きなモノが誰かを笑顔にできる。自分の作品が誰かを幸せにできる。日々の中で家族が喜んでくれる。いつか、憧れの父のように誰かを笑顔にできる作品をいくつも作れるような人間になりたい。そう願っていました」

 

 父さんみたいに、いろんな人を笑顔にできる。幸せにできる作品()を作りたい。今はまだ無名だから、いつか有名になっていろんな人に作品を届けたい。

 そんな夢を見ながら、毎日創作を続けました。自分が美しいと感じたものには片っ端から手を出し、自分の持つ技術として身につけ、創作の中に落とし込んでいった。

 

 その過程で必要だった身体の柔軟性や可動性、巧緻性といった身体把握操作能力を身につけるために努力は怠らなかった。

 

 喜ばしいことに美しいモノ、好きなモノを表現するための才能には恵まれていた。そして、父さんも母さんもそれを否定しなかった。

 だから、今の私はこんなにも多くの創作ができる。

 

「ある日、少年には大切な友達が出来ました。美しいモノを表現する仲間が出来ました」

 

 大きく楽しげに、扇子を広げて舞う。声も楽しげに聞こえるようにトーンを少しあげて、聞きやすくする。

 

 鹿野ちゃん。私の。中学でも孤立していた私の初めての友達。

 美術室で絵を描いている時に話をして、そこから放課後にも一緒にいることが増えた。

 別に姉さんと仲が悪かったわけではない。ただ、クラスも違ったし、姉さんは家で趣味で曲作りをしたり、父さんの作業を見ていたから。学校に放課後までいる私と時間があまり合わなかっただけ。

 

「その友達と少年は多くの時間を共にしました。一緒に絵を描き、詩を詠み、歌を歌いました」

 

 時には一緒に踊ることもあったけど、鹿野ちゃんは運動はあまり得意ではなかったみたいだから、踊るのは私一人だけだったけど。鹿野ちゃんも歌うのは好きだったみたいだから、鹿野ちゃんが歌って、私が踊ることが多かった。

 

「楽しい日が続きました。しかし、いくら仲を深めてもお互いに踏み込むことはありませんでした。少年はどこまでも受け身で、表面しか見ていなかったから。友達の苦しみに気がつくことはできませんでした」

 

 扇子を広げて口元を隠す。そして静かに、トーンを落として静かに、重くのしかかるように声を出す。

 

「ある日、少年は友達を失いました。梅雨明けごろの夕方。友達は少年の前からいなくなってしまいました。別れを告げて、そのまま去ってしまったのです」

 

 梅雨明け前のあの日。珍しく晴れた夕方の教室。鹿野ちゃんは首を切った。私に「ごめんね」と言ってこの世から去っていった。

 

「少年は深く悲しみました。悲しみ、憂い、後悔が少年の心を支配しました」

 

 一週間ほど引きこもった。一週間ずっと鹿野ちゃんのことを考えていた。後日届いた手紙でさらに苦しくなったが、それはそれだ。

 現実の理解と拒絶で大変だった。しかし、人間慣れてしまうモノで、どれだけ辛くとも辛くなくなる。傷の痛みはいずれ感じられなくなる。

 

「苦しむうちに、少年はバケモノになってしまいました。痛みに鈍くなり、他人がわからなくなり、自分もわからなくなり。そして、理解する術(感情)を失いました」

 

 何も感じられなくなった。喜びも悲しみも感じられなくなってしまった。作る楽しさも失ってしまった。

 

 全てがわからなくなった。ふとした拍子に鹿野ちゃんを思い出して、吐き気と呼吸が詰まってできなくなる。視界も霞んで見えなくなり、現実感がなくなっていく。

 そうしていくうちに、周りの環境は変わっていき、気がつけば私はバケモノになっていた。

 人に興味が持てなくて、共感できなくて、感情の理解できないバケモノ。痛みだけが自分を現実に引き戻してくれた。

 

「バケモノになってしまった少年は、ある時。不思議な存在と出会い、人間であれるように助言をくれました。バケモノになったとしても、元は人間なんだから。人間だった頃の自分を真似すれば、人間でいられるんじゃないか。そう助言されて、少年は過去の自分を思い出しながら模倣するようになりました。わからないところは他人から借りることで、人間に戻ろうとしました」

 

 広げた扇子で顔を一瞬だけ覆い、笑った表情(暁山瑞希)にかえて、悲しい表情(神代類)をしてみたり、怒った表情(天馬司)。隠れる一瞬でコロコロと変える。

 本当に不思議な身体だ。誰かの模倣なら出来るのに、自分の顔だけは出来ない。

 

 他人の感情を模倣することで、自分の状況から想定される感情を表現する。

 そうすることで、他人とのコミュニケーションをとった。まあ、当然うまくはいかず、孤立していたけど。

 

「しかし、戻ることは叶わず。少年はバケモノままでした。休むことなく使い続けた借り物はもうボロボロで、全て砕け散ってしまいました」

 

 所詮は借り物。私のものではないから、定着なんてするはずもなかった。だから、表現できなくなってしまった。必死にかき集めて、継ぎ接ぎの仮面に作り直した。その結果、たまに無意識に模倣するようになったが意識的に出せはしない。

 

「かき集めて作った仮面を被り直し、人間として振る舞い。そうしていると、新しい友達が出来ました。臆病な少年と孤独な少年。初めはただの人間になるための手段。自分を保つための道具でしかありませんでした。しかし、バケモノは少年達に触れてしまいました」

 

 暁山瑞希に神代類。高校2年目に入って多くの人間に触れてしまった。そうして、仲間というものに対して憧れのようなものを抱いてしまった。

 でも、もう私には誰かと常に合作し続けられる精神状態ではない。いつまで人間の振りが続けられるかわからない。

 

 他人の創作の邪魔になるなど、私にはごめんだ。

 

「そうしてバケモノは、もう一度人間に触れてみよう。そう考えました。自分を少しでも保てるように」

 

 楽しかった創作は、今はもう過去の話。今、私が創作を続けるのは、過去を模倣することで自分を保つためだ。

 その結果生まれたのが空亡のアカウントに投稿されている作品達だ。父さんが作ったなら、ネットにあげてみるのも手なのではないか。そう言われて開設し、投稿を始めた。

 

 その結果、熱狂的なファンが生まれて困ってはいるが。作品を投稿するには良い場所だったし、元は過疎サイトだったから好んであのサイトにあげていた。今は詩集が商品化されているため広報などの役割から別のサイトでもアカウントを開設している。

 

「バケモノは今日も人間の振りをして生活しています。狂気に埋もれぬよう、ただ作品を作り続けて……………………。おしまい」

 

 こんなものか。意外と、一つの作品としてしまえばあっさり明かせるんだな。

 フラッシュバックが起こるわけでもなく、過呼吸もない。私は一切苦しい思いはしていない。

 

 ……なのになぜ、神代類は寂しそうな顔をしているんだ? 

 

「……それで、そのバケモノになった少年はどうなってしまうのかな?」

「…………わからない。完全にバケモノになってしまったら、退治されるんじゃないかな」

 

 バケモノは退治されなければならない。人間社会において異物でしかないんだ。淘汰は当然と言える。

 

「そうか。悲しい話だね」

「……いっそ、退治される方が幸せかも、ね」

 

 まあ、それだとただただ悲しい話になるだけだ。

 

「まあ、予想はしていたけど演技も出来るみたいだね」

「……魅せ方は、学んでいるから」

「それで、なぜ僕にだけ一人芝居を見せたのかな? 演技は寧々や司くんの方が心得がある」

 

 それはそうだ。でも、私は意見が欲しいわけではない。

 

「……なぜ、か。わかっている。でしょう?」

 

 私の意図なんて、見通しているくせに。

 

「本気で言っているのか?」

「…………私は、いつでも本気」

「……大変だったんだね」

「……人並みには」

 

 知って欲しかった。ただそれだけ。それ以上の意味はない。

 

 そして、万が一。私が人間でいられなくなった時、私を退治して(⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎)────

今後の投稿について

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