深灰と赤紫の糸   作:空白零無

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6月の匂いは繰り返す

 

 

「……」

 

 鹿野ちゃんの命日。

 墓石に水を掛けて軽く磨く。ひんやりしていて冷たい。彫られた柊彩と言う文字をなぞって気を紛らわせながら最近のことを話す。

 今日は暁山瑞希が一緒なわけではないから、言いたいことが全て言える。どれだけ吐き出しても、誰も聞いていないから。

 

「……話したんだ。瑞希と類に、私と君のこと」

 

 二人に私たちのことを話せた。ある意味大きな進歩だろう。姉さんや父さんにだってちゃんと話せていない。それをあの二人には話せた。

 いつか、ちゃんと姉さんにも話さなくてはいけない。でも、そんな勇気はない。出来れば墓まで持っていきたい。

 

「……君が死んだ理由はまだ話していない。けど、君が目の前で死んで、私が壊れてしまったことは話したよ」

 

 手紙の内容は話していないし、話せるとも思わない。優しい二人は、君に共感してしまうだろうから。

 

「…………ねえ、鹿野ちゃん。もしもだよ。もしも、私が手を差し伸べられていたら。君が助かっていた。まだ、あの日々は続いていたのかな」

 

 いつも考えていた。少しでも、痛みを察知出来ていれば。私が、君を。彩の痛みに気がついて手を差し伸べられていたら、君はまだ生きていたのかな。

 まだ、放課後の教室で一緒に曲を考えたり、絵を描いたり出来ていたのかな。

 

「……出会った頃からだけどさ。元々頭もあまり良くなかったんだ。いつも検討はずれだったり、計画が破綻することなんてよくあったのにさ。……なんで、学ばないのかな。今回だって目論みが外れてるのに」

 

 馬鹿は死んでも治らない。そもそも死んだらどうしようもないんだが、馬鹿はどこまで行ったって馬鹿だ。私を苦しめるところしか成功していないじゃないか。

 

「……せめて最後まで成功させて欲しかったな」

 

 恨みがないことはない。でも、恨めない。許せないという気持ちはあるけど、状況が近かった時期があるからわかるから許したいとも思う。

 助けなんて、求めたくても求められないんだ。近ければ近いほど怖くなる。かと言って遠ければ相談する気にもならない。

 

 近くでもダメ。遠くてもダメ。なんてめんどくさい生き物なんだろうか。もう少し単純な方が生きやすかっただろうに。

 人間は複雑で難しい。だから、自分の命を落としてしまうんだと思う。

 どれだけ命を落とさぬように必死に抱えていても、小石に躓けば落としてしまうこともある。どれだけ適当に生きていても、老衰まで生き続ける者もいる。

 

『死にたい』そんな言葉がどれだけの人を困らせるのか。どれだけの人を悲しませるのか。残された側の私には少しわかる。

 少なくとも、私がそういえば姉さんや暁山瑞希、神代類たちぐらいは悲しんだり、思い悩んでくれるだろう。そして、私が言葉通りに死んでしまえば深く悲しんでくれるだろう。

 ……でも、人はいつか乗り越えてしまう。例え忘れられなくても、私や姉さん、父さんが母さんの死を乗り越えられたように。

 忘れることはなくても、いつか死んだ者の辛さなど考えることもなくいつもの日々を戻ってしまう。

 

 私は、それがどうしようもないぐらいに嫌だ。

 

 母さんのことはもちろん好きだ。愛している。私や姉さん、母さんのことを忘れてしまった父さんのことも私は愛している。姉さんは言わずもがなだ。

 

 ……けれど、どれだけ大切で、特別な存在でも。人間は脆くて、時が経つと共に、何かの拍子に忘れてしまう。

 それが嫌で、一生私が死ぬまで苦しんでもいい。苦しむことになろうと、私は君のことを忘れない。トラウマという形であっても。私がどれだけ辛い思いをしようと、私は風化させたくない。

 

「……今日は、命日だからさ。曲、持ってきたよ。私の未公開の新曲。……いつも、一番先に聴かせてたからさ。持ってきたんだ」

 

 電子オルガンをメインに置いたバラード曲。

 ゆったりとした曲調に冷たい歌詞。亡くなった者との思い出を歌った曲。静かに眠れ、目覚めることもなく。ただ次があるならば、その次は穏やかな生であることを願った歌。

 暖かさなどない。ただ冷たく、温もりを冷ましていくような曲。こんな歌を聴いて笑顔になれる人間などいない。辛さが深化していくだけだろう。

 

 ……こんな歌じゃ君を救えない。私の作品じゃ、君は救えなかった。それでも、今日ぐらい君に聴かせたいじゃないか。あの頃のように、父さんや姉さんよりも先に聴かせたかった。

 

「……」

 

 曲が終われば、ポツリポツリと雨が降り始めた。念の為にと傘を持って来ている。……鹿野ちゃんが泣いているのか。それとも、梅雨時だからか。

 雨のせいで傷が痛む。古傷と共に、君が傷つけた癒えない傷が痛む疼き出す。

 

 ────私ね、雨が好きなの。全部洗い流してくれるから。

 ……私は雨が嫌い。君は、雨が好きだったから。

 ────でも最近はね。雨のせいで玲音の匂いが流されると寂しいから。──ぎゅってさせてね。

 

 ……雨の日はよく抱きつかれた。おかげで私は傘をさしているはずなのに濡れることが多くて、濡れて肌に張り付く制服が気持ち悪くて。濡れて肌に張り付き、透ける君の姿から目を逸らした。

 冷たいけど温かくて、煩いぐらいに心臓の鼓動を感じていた日々。

 もう戻らない。戻れない。巻き戻ることのない日々。

 

「…………じゃあね。向日葵が咲いた頃に、また来るよ」

 

 君は向日葵が好きだったから。太陽が嫌いなくせに、一途に見えるから。大きくて綺麗だから綺麗だと君は言っていた。だから、私は毎年向日葵を持ってまた会いに来るよ。君を忘れないために。

 

 春になったとはいえ、雨が降れば冷える。

 梅雨が明けるのはもう少し先だ。……どうやら、今年も乗り越えられそうだ。頓服は事前に飲んでも効いていてくれるみたいだし、フラッシュバックもまだ緩和されている。

 

 さあ、家に帰ろう。目的は果たした。身体を冷やして風邪を引く前に身体を休めよう。まだ、私にはやること(生きる理由)があるんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

『気分はどうだい? ⬛︎⬛︎⬛︎(マスター)

「…………あまり、良くはない」

 

 帰りの電車内。雨のせいで腕は痛いし、体は重たい。そこまで強く降っているわけではないけれど、雨音は色々思い出してしまうから苦手だ。

 

 スマホを起動してファイルアプリに入っている鍵付きのファイルを開く。

 ファイルの中身は過去に描いた鹿野ちゃんの絵。上手いと言うことはない。素人に毛が生えたレベルの画力だけど、抽象画で感情に響かせるような絵は得意だった。特に、暗くて重い気分になるようなモノは特に得意だった。

 私は、人に何かを教えるのは。特に絵を教えることに関しては苦手だ。私は感覚でしか物事を捉えられないから。感覚を言語化して、教えている個人に対してアドバイスをするなんてことは苦手だ。

 

「…………ねえ、ミク(⬛︎⬛︎)。私が鹿野ちゃんの痛みに気づいていたら。鹿野ちゃんはまだ生きていたのかな……」

 

 ミク(⬛︎⬛︎)に聞いたってどうしようもない。

 ミク(⬛︎⬛︎)は鹿野ちゃんの事や私たちの中学校生活を情報でしか知らないんだから。

 

『んー、ミク(ボク)はなんともいえないな。人間は脆い。いつ、何が理由で死ぬかなんてわからないからね。たとえ⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(マスター)が鹿野彩の痛みや苦しみに気づいていたとしても、助けられたかは別の話だ。もっと鹿野彩が苦しむ未来もあっただろうし、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(マスター)が言うようにまだ生きている未来もあっただろう』

「…………」

『でも結局のことろ、もしも(if)は所詮空想でしかない。今を生きている⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(マスター)に出来るのは、()()()()()()()()。そう信じるしかないのさ』

 

 そんなことはわかっている。わかっているさ。

 けれど、私は信じられない。現実を未だに受け入れられない。でも、それは私がまだ完全にバケモノになったわけではないと言う証明だ。私はまだ人間でいられている。もう人間に戻れはしないけど、完全にバケモノではない。

 この葛藤が消えて、何も感じなくなれば簡単に受け入れられるのかな。全て投げ捨てられたら楽になれるかな。でも、バケモノにはなりたくないな。

 

「…………人間って、難しい。ね」

『そう思えるならよかったじゃないか。まだ悩めるだけの機能は残っているんだ。今はうんと悩むといいさ。まあ、それはそうと、しんどいんだろう? ひどい顔しているよ』

「……そんなに?」

ミク(ボク)が言うんだ。間違いないよ。気分転換に喫茶店にでも行くかい? 多少はマシになると思うよ』

「……」

 

 喫茶店に、日守康作の所で飲みたい気分ではない。

 少し冒険でもしてみよう。駅の中にパンケーキ屋さんができたらしいし、そこでコーヒーを飲んで帰ろう。

 

 ひどい顔のまま姉さんに会いたくはない。心配はあまりかけられないからね。

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