深灰と赤紫の糸   作:空白零無

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ここ最近やることに追われて執筆が間に合わない作者でございます。




映る人を描いて

 

 

 

 夏休みの真ん中。今日は高文祭の日だ。

 近隣の高校の文化部や文化系コミュニティが集まって開催される少し規模が大きめのイベントで、作品を持ち寄っての批評会や各コミュニティの人間と関わったり、出し物があったり。まあ、文化祭のようなモノだ。

 

 私の所属する神山高等学校文芸部は、特に出し物などはない。批評会用に作品を作ってそれを持ち込んだり、先に提出したりしているだけ。そもそも、今の文芸部には、夜凪百合子と私。私は姿を見たことがないが、1年生が3人居るらしい。その3人はこれからくるらしいのだが……。夜凪百合子曰く、遅れてくるそうだ。

 

「…………宵崎さん」

「……?」

「……暑くないんですか?」

「……暑くない」

「……そうですか」

 

 今日の外気温は34℃の猛暑日となっているが、会場内は冷房が効いているようで快適だ。いつも通りブレザーで会場に来て、集合場所らしいベンチに二人で座っている。

 

「あっ、宵崎先輩と夜凪先輩だ! おはようございます」

 

 高文祭は一校につき一つのコミュニティではないので、まあ今回は新聞部も参加するんだろう。

 

「汐田さん。おはようございます」

「……おはよう。汐田美優」

「広いのに涼しいっすね。ここ、人もいっぱい居るし。初めて来たっすけど、もう楽しいっす」

「汐田さん、あまりはしゃぎ過ぎないでください。人にぶつかってしまいますよ」

 

 元気だな。汐田美優。私は人が多くてもう帰りたい。

 なぜ私は家から出てしまったんだろうか。いつものように作品を出すだけ出して放置して家にいればよかった。セカイに篭って絵でも描いていれば良かった。

 

「ああ、宵崎先輩が萎れてるっす」

「……いつものことよ。彼、人が多いところは苦手だから」

「あー、確か前にそんなこと言っていたような」

 

 顔も名前も知らぬ後輩たちが来る前にこの場を去ろうかな。トイレに行くふりをして時間が来るまでセカイに篭るとか。そのまま帰るとか。

 ……よし、帰ろう。まだ帰れる筈だ。

 

「…………宵崎さん。まさか、帰ろうなんて思っていませんよね」

「……」

「……無言は肯定と言うことで。もし、終わりまで居てくれればお爺さんに頼んで一緒にカレーの仕込みでもしましょうか」

「居る。帰らない。頑張る」

「…………そうしてください」

 

 日守康作の作るカレー。喫茶店の人気メニューであるカレーは、日守が前日の昼に一人で仕込み、翌日に提供される。

 そして、基本的に仕込みを手伝わせてもらえないのでレシピはわからないし、スパイスも日守康作のオリジナルブレンドだ。私をはじめとして、日守康作の孫である夜凪百合子もレシピを知らない。

 美味しいので家で再現を試みたが、量を作りすぎて父さんからお叱りを受けたこともある。再現は出来ていない。

 

 レシピさえわかれば作れるようになる。

 居るだけでレシピを知れる可能性があるならい続けよう。別に会場内の適当な場所で時間を潰せば良いんだから。

 

「宵崎先輩って結構現金なんっすね」

「……扱い方がわかりやすくて楽で良いわ」

 

 ちょろいやつだと言われている気がするが、まあいい。私に利があれば良いのだ。

 

「流石は滝沢先生(珍獣使い)ね」

 

 ああ、滝沢秀昭から何かアドバイスでも聞いたんだろうか。まさか、空亡の事を……。

 

「……あら。来たみたいね」

「……?」

「あっ、あおっち、あかっち、くろっち。おはよう!」

 

 色関連のあだ名か。汐田美優の手の振る方に目を向けると、赤茶色の髪の男子。蒼紺色の髪の女子と黒髪の女子。汐田美優の知り合いだろうか? 

 後ろの方から滝沢秀昭の姿も見える。

 

「……汐田美優。知り合い?」

「はい。3人ともクラスメイトっすね」

「……あなたは知らないかもしれないけど、あの子達が全員今年入った新入部員よ」

 

 男子1名、女子2名か。私が他人に言えたことじゃないが、わざわざ文芸部に入るなんて物好きもいたものだ。基本的に活動なんてないし、去年もそうだけど、あの部室には基本的に夜凪百合子と前部長と私ぐらいしか居なかった。

 他の卒業した先輩たちはみんな兼部で文芸部に所属している人たちだったし、基本的に個人創作が主なので部室に集まること自体少ない。

 

「…………物好き、トリオ」

「……言いたいことはわかるけど、私たちが言えたことじゃないわよ」

 

 ……赤茶の男子。なぜ私を見て目を逸らす。

 

「……あなたたちは、宵崎さんと初対面よね。宵崎さん、自己紹介お願いできる?」

「…………宵崎玲音」

「…………おしまい?」

「……」コクコク

 

 名前以外に何を紹介しろと。別に私の好きなものとかそんなものに興味はないだろうし。

 

「……彼は2年の宵崎玲音。何をするよりも創作をする事な生粋の変人よ」

「夜凪先輩。紹介がひどいっす」

「……」

 

 事実だから反論ができない。

 

 夜凪百合子が代わりに自己紹介をしてくれた後、後輩達の名前を聞いた。

 赤茶の髪は赤崎(あかさき)(やまと)。蒼紺の髪は、青山(あおやま)美音子(みねこ)。黒髪は黒木(くろき)美琴(みこと)。と言うらしい。

 

「基本的には自由に動いて良いけど、神山高校の学生として来ているから、各所であまり失礼のないようお願いね」

 

 後輩達にここでの行動について少し話をしていると、奥の方に滝沢秀昭が見える。誰かと話しているようだ。

 

「宵崎先輩! 一緒にまわりましょう!」

「…………断る」

「えー、まわりましょうよぉ」

「…………断る」

 

 断る。私は人混みが嫌いだ。わざわざ人の多そうなところに進んでいかなきゃ行けないんだ。……面倒臭い。

 

「汐田さん。ごめんなさいね、宵崎副部長に少し話があるのだけど、譲ってくれない?」

「しょうがないっすね。宵崎先輩、あとで回りましょうねー」

 

 もうしばらく話しかけないでくれ。私は汐田美憂のテンションにはついていけない。巻き込まずに静かにやっていてくれ。

 

 新入部員の三人を連れて周りに行った。

 

「……話、とは?」

「……出まかせよ。話は別にないけど、困っていたでしょう。珍しいですね。あなたが苦手な人を突き放さないなんて」

 

 私は汐田美憂が苦手だ。見せている元気がたとえ空元気だとしても、無理に自分を作っているものだとしても、そのテンションの高さが苦手だ。

 慣れていなさそうな馴れ馴れしさや、絡み方も苦手だ。

 苦手な相手は認識の中に入れないし、率先して近づかないように突き放す。突き放してもズケズケと入ってきて隣に居座った大人がいないこともないけど、基本的にそんな相手は認識の外へ追いやる。

 

「…………なんで、だろうね」

 

 分からない。

 最近は本当にわからないことが多くて困る。

 

「……ふむ。では、質問を変えましょう。あなたが汐田美憂さんを描く時、どんな絵になりますか?」

 

 汐田美憂の絵か。描いたことないし、描きたいもの思ったこともないから分からない。……でも、どんな絵になるんだろうか。

 現物があった方がわかりやすいんだろうが、今は絵の具を持っていない。スケッチブックとシャープペンぐらいだ。細かい色のイメージは伝えにくくなる。

 

「……時間がかかっても構いませんから、私に教えてもらえますか?」

「…………少し、待って欲しい」

 

 時間が少しかかってもいいなら……。

 青みの強い紫に光の薄く、暗い世界。

 暗がりでこちらをみて笑みを浮かべる仮面をかぶる囚われの少女。

 

 周りには人影と偽りの光。

 

 ……ただただ孤独な少女。明るく振る舞い、居場所を求めて彷徨う迷い人。

 

「……イメージが固まった。今から、書く」

「……時間はかかりそう?」

「……それ、なりには」

「……なら、移動しましょう。ここは通路ですし、目立ちますから」

 

 夜凪百合子が辺りを見回して私の手首を掴んで引く。

 わざわざ手を引かなくてもちゃんとついていける。

 

 そのまま座れそうな場所に連れて行かれて、夜凪百合子が先に座る。

 

「……時間がかかるのなら、私は読んで待っていますので。気にすることなく描いていてください」

 

 夜凪百合子が取り出したのは『ヒガン岸』。あまり考えたくはないが、夜凪百合子は私のリスナーとかなんだろうか。熱心な人達ではないことを願うよ。

 

 それはそうと、私はスケッチブックに絵を描く。

 黒一色で、しかもシャープペン一本で絵を描くのは久しぶりだ。いつもはデッサンだけだし、色も全て黒で表現する。

 楽しそうだ。技量の見せ所とでも言おうか。

 

 スケッチブックのページにペンを走らせ、世界を描く。そうして絵全体の輪郭が浮かび上がってきて、姿が明らかになっていく。

 ……なるほど。わからない事は絵で描いてみれば意外と理解できるようになるのかもしれない。描いているうちになんとなくではあるが、普段は掴めない要素を掴めるような気がしている。今度朝比奈まふゆの絵を描いてみよう。そうすれば、私に何がわからないがわかるかもしれない。

 

 

 

 ……。

 

「………………まだかかりそうですか?」

「……」

「……聞こえていませんか」

 

 ……全体的に暗くて重たいな。

 ……私には、汐田美優がどう見えているんだ。この前、垢抜けを頑張ったと言っていたし、去年の文化祭の時の姿から見ても地味系から少し派手な感じの姿になっている。

 どんな心境の変化があったのかはわからないが、根本は変わっていないんだろう。

 

 そう考えるなら、汐田美優は無理をしているんだろうか。

 

「……できた」

「…………やっと出来ましたか」

 

 よし、こんなものだろう。上手く描けたと思う。

 

「……では、その絵を見て。あなたはどう感じますか?」

 

 完成した絵。暗い砂漠を彷徨う人間と、ただ遥か遠い一点で輝く北極星。

 

「……暗い夜の砂道、冷える夜。光は彼方遠く。ただ、彷徨うばかり」

 

『辛く寒い、重い夜を彷徨う人間』。汐田美優の姿は、私にはそう見えているらしい。

 

「……夜凪百合子。には、どう見える?」

「……そうですね。私はあまり絵を見る事がないので、直感的なものになりますが。……美しいものを探している人でしょうか。遠くに見える星に対して手を伸ばしていますし」

「……美を求める人。ね」

 

 この問答に正解はない。題材となった人物をイメージして描いたものがそうなっただけなのだから。

 でも、他者からの感想での気づきもあるだろう。後で滝沢秀昭にも見せて感想をもらおう。あと、汐田美優本人からも。

 

「……何か掴めそうな物はありましたか」

「…………ん。ありがとう。夜凪百合子」

「……構いませんよ。お力になれたならよかったです」

 

 インスピレーションを得て描いていたけど、そうか。他者へのイメージ。その直感だけで描くのもいいな。

 

「…………私は、なぜ。汐田美優を避けない?」

「……それはわかりません」

 

 わからないことは結局わからないままじゃないか。

 

「……ですが、あなたがお人好しであることはわかりました」

「……私が?」

「……はい。あなたはお人好しで、傷を持つ人に敏感であることはわかりました」

 

 そうなのか? 私には全然わからないけど。

 

 ──玲音は優しいねー。私はそんなに優しく出来ないもん。

 

 ……あれは、たまたま手が空いていたから貸しただけ。進んで助けになろうとは思わないよう。

 

「……もう少し、座ってますか?」

「……ん。ここ、快適。だから」

「……そうですか」

 

 絵を描き終えたらまた別の絵が描きたくなった。

 夜凪百合子も別にどこかへ移動する気はないらしく、本のページが捲れる音が聞こえる。

 

 ……2年前は気が付かなかったけど、案外。夜凪百合子の隣は居心地がいいな。静かで、懐かしい匂いがする。誰の匂いだったか。

 まあ、誰でもいいか。思い出せないなんてことはないし、そのうち思い起こせるだろう。

 

 まだしばらく、隣に居させてもらおう。空調付近だから快適だし、まだ絵を描いていたい。






超記憶にも例外ってあるんですね

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