夏の暑さでいつでも溶けそうな作者でございます。
夏休みの話は次回話で最後となります。もう少しお付き合いください。
朝。私はいつも通り朝食を作っていた。
夏休みも半分を切るが相変わらず外は暑い。夏バテ対策には魚や肉類が良いと聞いたので今日は焼き鮭と味噌汁だ。
朝起きて顔を洗い、歯を磨いて……。髪の毛、だいぶ伸びたな。
ふと見た鏡に映る私の髪は肩よりも伸びていて、そろそろ切らないと邪魔になりそうだ。
──玲音の髪って綺麗だよね。シルバーアッシュっていうんだっけ?
……そういえば、鹿野ちゃんも──。やめておこう。
両手で頬を叩いて気を紛らわせる。ふぅ、……あの日のことは、あまり思い出したくないな。
顔を拭いて冷蔵庫から鮭と味噌汁の具材を取り出して調理を始める。
フライパンを温めて鮭を焼き始め、片手鍋に水を入れて火にかける。ネギを切り、豆腐も切り……そういえば、油揚げがあったはずだから入れよう。いなり寿司を作ろうかと思ってたけど、次回でいいか。
……時計に目をやる。時刻は7時。いつもなら朝比奈まふゆが起きてきて塾の課題やら自習を始めるんだが、今日はどうしたんだろうか。朝比奈まふゆは数時間寝ても勉強のために起きて来るのに。
結局、朝食を作り終わっても朝比奈まふゆは起きてこなかった。
姉さんを起こしに部屋の扉をノックして戸を開ける。
「……姉さん。朝食……」
「あっ。玲音、おはよう」
扉を開けて足を踏み入れると、ベッドの上で朝比奈まふゆの抱き枕にされている姉さんを発見した。
珍しく、朝比奈まふゆはまだ寝ているようで、逆に姉さんが起きている。
「……朝食。どうする?」
「……まふゆはまだ寝てるし、わたしは動けないから。ラップしてくれてると嬉しいな」
「……ん。わかった」
姉さんは動けないらしいので焼き鮭はラップして、味噌汁は鍋に蓋をしておいておこう。起きたら食べるだろう。先に朝食を食べ、何かあったら連絡をするように書き置きだけおいて私は部屋に戻る。
今日は特に予定ないし、やることもない。……ああ、そうだ。今日はパン屋にでも行こうかな。久しぶりにあそこのクロワッサンとか、メロンパンとか食べたい。9時から開いていたはずだから、今から準備して店前で少し待つことになるけどいいぐらいだろう。
長くなってきた髪の毛を結んでマスクをして、前髪を整える。
「……
『おはよう、
「……おはよう。パン屋に行く」
『いつもの場所? なら、
買ってこいと? 別にいいけど。
服も着替えて静かに家を出る。
……近々鹿野ちゃんのところに行こうかな。向日葵の時期だし。
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パン屋に到着して、姉さんからの注文のサンドイッチ用の食パンとミニクロワッサン。朝比奈まふゆからはお任せとのことなのでクイニーアマンと焼きそばパン。
にしても外が暑い。家でかき氷でも作ろうか。シロップはないから買いに行かなきゃいけないけど。
……いいや、めんどくさい。近道して帰ろう。
裏路地に入って建物の間を縫って行けば対して時間はかからないし、体力配分をそこまで考えなくてもあとは家で休めばいい。
──ピピピッ! ピピピッ!
ん? 電話か。誰からだろう。……出版社の編集からか。緊急の何かだったら嫌だな。
「……………………もしもし」
『もしもし、空亡先生ですか』
「…………何用?」
『珍しいですね。ボイスチェンジャー使ってないなんて』
「…………何用?」
仕方がないだろう。外出してるんだから。
「……用、無いなら切る」
『あっ、ちょっと。待ってくださいよ。確認したいことがあってですね』
「…………」
用があるなら早く言ってくれ。裏路地にいるからまだ暑く無いとはいえ、暑いんだ。
『えっとですね。新しく入った新人記者がいるんですけど、企画として近年人気の人物にインタビューをして、それを記事にするんですけど』
「…………その取材、受けてくれないか。と?」
『まあ、そうですね。はい』
人はどのタイミングで身バレするのかわからない。名字がバレる程度ならいい。年齢とか、身体的な特徴がバレるといつ何処でバレるかわからない。話し方からもうっかり出た訛りで出身地がバレることもある。
私の場合、空亡というアーティストを考察するための掲示板やファンサイトが存在する。下手なことはできないのだ。
「…………お断り、させていただきます」
『ですよね……』
想定してたなら、わざわざ聞かなくてもよかったのでは。
「……用件は、もうない?」
『あー、一応もう一つありまして』
なんだ。随分と言い淀むな。あまり良くない話しなのかな。
『うちは夏期と冬期の二つで大きい賞を開催してるじゃないですか。それの優秀賞者に作家さんと話してアドバイスとかをするっていうのがあるんですけど。そのアドバイザーとして先生に出てもらいたくて』
なんだそれは。と言うか、そんなコンテストがあったんだ。初知りだ。
そんなことより、私がアドバイザーね。……何を無茶なことを。
「…………私は、アドバイス出来ない」
『はい。こちらでもそれは想定の内ですし、1年も先生の担当をしていればなんとなくわかります。しかしです。担当者側で話す事を決めて──』
「………………ごめん。暑い、から。家に戻ったら。掛け直す」
そろそろ暑い。それに、外で話すような内容でもない。座って考えながら話したい。
『…………はい、了解しました。では、……そうですね。この番号にかけ直してくれれば取りますので。切りますね』
「……ん」
……さて、帰ろうか。なるべく早く。
作家という肩書きを得てからはやることが増えた。でも、人の目に触れることも増えた。……私は、誰かの拠り所に慣れてるかな。
──楽しかったよ。一年と少しの時間だけだったけど。今日の日までは。この一年と少しの間だけは、私は生きていたいって思えたんだ。
……居なくなったくせに。手紙で言い逃げしたくせに。………………家に帰ったらセカイに行こう。
『ハロー、
「……
……いつもタイングよく現れる。私の気分でも読み取ってるのかな。
『あらら、どうしたのさ。あまり声色が良く無いけど。まさか、欲しかったパンが売り切れてたりした?』
「…………そんなことない。いつもの」
『……いつもよりも酷そうけど、大丈夫なの? 少しこっちくる?』
「…………そのまま家に帰る。帰ったら、そっちに行く」
夏の暑さが私を疲れさせているだけだ。鹿野ちゃんが迎えられなかった向日葵の季節が、私を焼いているだけだ。
「…………ねえ、
『なに?』
「…………私は、疲れてるのかな」
『夏バテだと思うよ。暑さで頭がやられているだけだ。だって、まだ立って前を見れているじゃないか』
……そういう事を聞きたかったわけじゃないけど、そうか。まあ、そうか。熱で頭がやられているだけ。まだ私は立っていられる。まだ歩ける。
前に進まなきゃ。休んでいる暇はない。鹿野ちゃんのいない世界を、私はまだ生きなきゃいけない。姉さんのために。姉さんの夢のために。
……明日。向日葵を供えに行こう。そろそろ行っておかないと行く機会を見逃しそうだ。
それに、……あまり考えたくないけど。そろそろ本当に限界かもしれない。
物語も折り返しを過ぎ、もう時期に終盤に入ります。終盤に入れば、玲音の過去が明らかになるでしょう。
その秘匿を破るのは誰なんでしょうか。