深灰と赤紫の糸   作:空白零無

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熱が夢を見せるなら

 

 

 電車に乗り、バスに乗り換え。いつものルートで鹿野ちゃんの祖父母の家を訪ねる。

 今回の手土産はスイカだ。時期的にお盆も近いし、親戚も集まってくるだろう。大玉のやつを持ってきた。

 

「……来たよ。今年も暑くて、溶けちゃうんじゃないかと思うぐらい暑い。鹿野ちゃんは暑いの苦手でしょ。冷水ぐらいしかかけてあげられないけど、無いよりはマシだと思うから、かけておくよ」

 

 借りた柄杓で鹿野ちゃんお墓に上から水をかけて軽く拭く。定期的に拭いているらしいが、私がやってくる時期だけ、鹿野ちゃんのお墓はあまり拭かないい。私にやられた方が、鹿野ちゃんも喜ぶだろうからと。

 実際どうなのかはわからないけど、私が拭くと喜ぶというなら……嬉しいな。鹿野ちゃんにとって私は特別な存在なんだと思えるから。

 

「……向日葵、好きでしょ。持ってきたよ。時期だから買いやすくていいし、鹿野ちゃんは好きだし。……そういえば、スイカも好きだったでしょ? 持ってきたから、おばあさんに後で供えてもらいなよ」

 

 私はスイカは苦手だから、あまり食べないけど。……生きてる君の隣で一緒に食べるならいいと思ったんだけどね。

 

「……鹿野ちゃん。たぶん、私はもう来られないかもしれないんだ」

 

 最近、本当に精神的によろしくない。鬱というわけではない。ただ、ふと自分を見失う。

 周りを見れば色んな人に囲まれていて。君以外の人と友達になって。私以外にも姉さんを支えてくれる人たちが出来て。

 ……私は、自分の生きる理由を見失いかけている。

 

 今までは姉さんの夢を支えるために生きてきた。誰かを幸せにする曲を作り続ける。その夢を、目的を続けるために私は生きてきた。姉さんの生活を支えるために、私は生きている。でも、家事は望月穂波がやってくれていて。隣で支えるのは朝比奈まふゆが。辛い時は、サークルのメンバーが手を貸してくれている。

 

 ……私はもう必要ないのかもしれない。姉さんが生きていく上で、私の役目はもうない。

 私が死ねば悲しむ人はいるだろう。でも、それが生きる気力になるかと言われるとそんなことはない。私にとって、姉さん、父さん、鹿野ちゃんに勝るものが無い。

 

 ああ、よくないな。よくない思考だ。

 

 別に死にたいわけではない。疲れたから消えてしまいたい。私は彩の側に行きたいだけなんだ。その手段が死ぬということなだけだ。しかし、その隣に行ける確約はない。ただ死後は未知の領域ゆえ、行ける可能性が0ではないというだけ。

 

 ────さよなら。玲音。

 

「……会いたいよ。彩」

 

 さよならなんて言うなよ。何で……。辛いなら、苦しいなら言って欲しかった。助けになりたかった。

 

「……本当に、思い切りが良すぎるところは嫌いだよ」

 

 恨み言でも届くなら嬉しいな。

 

 また曲を作って持ってきたから。この曲も届くといいな……。

 会いたいけど会えない。寂しくて、ただ会えないのがつらくて。歳月だけが流れていく。時が経つに連れて変わっていく私と、時が経っても変わることがない君。もう会えない事を受け入れたくなくて、引きこもって、腐っていく私。

 

 何年経っても、記憶の中で色褪せることなく笑顔(悲しそうな顔)で、楽しそうな鹿野ちゃん(流れ出る血で染まった君)の姿がほんの少し前のことのように思い出される。

 

 太陽が雲で遮られて、ポツポツと雨が降ってきた。

 ……傘、忘れちゃったな。予報、外れてるじゃんか。晴天の予報だったのに。

 でも、雨か……。すこし、ありがたいな。

 

 もう、泣けない。泣くことなんてできない。でも、雨が降ってれば泣いていようと、泣いていなかろうと顔が濡れてわからないから。

 空が雨を降らせて私の代わりに泣いてくれる。私の代わりに感情を表現してくれる。……一つ、絵でも描きたいな。

 

「……彩。私は、いまだに君が好きらしい。また、来るよ。きっと、また」

 

 墓石に刻まれた彩の名前を撫でて少し手を合わせて帰る。

 次来る時に、まだ私がバケモノになりきっていなければまた来るよ。今度は、君の誕生日に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 雨に濡れたまま家に帰り、軽くお風呂に入ってから部屋に戻る。

 はあ、憂鬱な気分だ。姉さんも起きてるから今日は切ってないし、今日はもう動きたくない。

 

 自然と本棚に視線が行く。デスクの鍵戸の中にある開かずの箱。その箱の中には手紙と一緒に梱包もなく入った形見のような物がはいっている。

 本棚上段にしまってある本の一冊に鍵を隠してある。その鍵で開かずの箱を開けることができる。

 

 本を手に取り、鍵を隠してあるページを開いて鍵を取り出す。

 アンティーク調の小さな鍵で、今は亡き母さんからもらった小箱の物。今やもう開かずの箱として鍵戸にしまわれている。

 

 ────私はね。もう、汚れちゃったから。

 

 ……やめておこう。開けても良いことないし、精神状態が悪化するだけだ。

 

「……はあ」

 

 ……今日はもうダメだな。

 

⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(マスター)

「……?」

『不穏な気配がしたから来たよ。大丈夫? 大丈夫じゃなさそうだけど』

 

 ミク(⬛︎⬛︎)がやって来た。最近、気づいたら急にやって来くることが増えた。暇なのかな。

 

「…………彩のところ、行ってたから」

『……あー、なるほどね。うん。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(マスター)、今からセカイに来れる? どうせもう今日は動きたくないんだろう?』

 

 まあ、確かに動きたくないから姉さんにカップ麺で済ませてほしいと伝えるつもりだったけどさ。……セカイに行くのも少ししんどいなあ。

 

『セカイに来ればメッセージのやり取りはミク(ボク)が代わりにできるし、ひんやりしていて過ごしやすいと思うんだ』

「……」

 

 ……ひんやりか。いいね。

 

『好きな時に絵だって描けるし、詩とかも描ける』

 

 好きな創作がしやすい。……いいね。

 

『そして、可愛いミク(ボク)とセカイをデートできる』

「……」

 

 それは別にいらないない。

 

「……別に、いらない」

『はぁ? ミク(ボク)可愛いだろ。⬛︎⬛︎(電子)︎の歌姫だぞ』

「…………言葉足らず。別に、セカイを見て回る気はない」

 

 立地も大体把握しているし、いつもいる場所さえ知っていれば良い。そこから離れる気もないし、動く気もない。

 

『ふーん。つまり、ミク(ボク)は可愛いし、デートしても良いけどセカイでデートする気はないと?』

「……ん」

『珍しくミク(ボク)から誘ったのにフラれたんだけど。あーあ。傷ついちゃうなー。プログラム製のハートが傷ついちゃうなー』

 

 この程度で傷つくほどメンタル弱くないでしょ。ミク(⬛︎⬛︎)は。

 

『まあ、茶番はここまでにして。……おいでよ、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(マスター)

「…………」

 

 私が精神的に疲れている時だけの声音。とても優しくて力強さを感じる声。私の知る初音ミクからは出てこない声だ。

 ……今セカイに行けば、しばらく現実に帰れなくなるような気がする。少しでも私を現実から逃すために、ミク(⬛︎⬛︎)は私を閉じ込めるだろう。

 

 4年前。中学3年生の時も、一時的にセカイに隔離されたことがある。当時は父さんも居たし、姉さんも父さんもセカイの存在を知らないから早めに出してもらえた。父さんや姉さんが近くにいれば、ミク(⬛︎⬛︎)がスマホからの監視で済んだ。しかしだ。

 今は家にいる人間はセカイの存在を知っている。全然帰れなくなる可能性はある。

 

『いや、待って。やり直しを要求する』

「…………どうしたの」

『こういう時は、少し強引に行った方がキュンとするかと思ってさ──』

 

 パソコンから『虚独な月』が流れ出し、沈むような感覚と全身を冷たい水が包み込むような感覚が私の感覚の全てを支配する。

 

 ああ、やられた。浮遊感と共に目を開ける。悪戯が成功したと言いたげな顔をしたミク(⬛︎⬛︎)が居た。

 

「やあ、いらっしゃい」

「…………拉致」

「ひどい言いようだ。違うよ。ミク(ボク)⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(マスター)を守りたいだけさ」

 

 強引にセカイに引き摺り込んでおいて何を……。とは、言いたいところけど。

 

「………………⬛︎⬛︎」

 

 自分で発したはずなのに、うまく聞き取れない音。その言葉にミク(⬛︎⬛︎)が驚いたような顔をした。

 

「! ……なに?」

「………………少し、一人にさせて」

「りょーかい。じゃあ、何かあったら呼んでよ。すぐに来るからさ」

「…………ん」

 

 でも、そんなことより。今は一人になりたい。

 ここはいつでもカラスの鳴き声でうるさいけど、今はそれで良い。良いんだ。

 

 

 

 

 暗い水底で、命は溺れて血が冷める。ただ()は底で溶けていく。

 

 眠たいなあ。………………

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