私事ですが、また歳を重ねた作者です。
今回は朝比奈まふゆの視点となっています。
早朝。リビングの方に行けば、当たり前のようにキッチンの方で私と奏の分のお弁当を作る玲音の姿がある。
「おはよう」。そう声をかけると、私の方に振り向いて挨拶を返す。特に微笑むでもなく、ただ無表情。前髪で顔が隠れていてるし、顔全体が見えていても全然感情が読み取れない。何を考えているのか全くわからない。
打算もなく、ただ私が少しでも楽にいられるように食事を作り、善意で動き続ける人間。
この前、奏に勉強を教えていたから勉強も出来るようだし、絵に描いたような天才とは彼のことを言うんだろう。
「……朝比奈まふゆ。朝食のリクエスト。ある?」
「……玲音に任せる」
「……ん」
弁当を作り終わったのかガチャガチャと片付けを始め、用意してあったのだろうフレンチトーストの液。アパレイユと言うらしい液に漬けられている厚切りの食パンを取り出し、バターをひいたフライパンの上に載せて焼き始めた。
「……リクエスト聞く必要あった?」
「……ん。フレンチトースト。朝比奈まふゆと姉さんのおやつになる」
リクエストがあればリクエストしたものを作り、無ければフレンチトーストにする予定だったらしい。どう考えても手間でしかない。疲れないんだろうか。
「…………朝比奈まふゆ」
「……なに?」
「……そう言えば、今日。日曜日」
「……そうだね」
「…………お弁当。作っちゃった」
……そして急にポンコツになる。
日曜日は基本的に私も家にいるし、奏や玲音だってそうだろう。出掛ける用事どころか、今日はお父さんが来る予定だから、出掛けることもない。
「……お弁当。お昼に食べればいいんじゃない」
「……それもそう、か」
曜日感覚もたまに曖昧で、何を考えているのかわからないけど。
悪い人ではない。奏のためとは言いつつも、ほとんど見ず知らずの私に対して私のために世話を焼いているんだ。奏と似て手に届く人に対して優しいだけなのか、ただのお人好しか。……いや、瑞希の話を聞く限り、かなり排他的な人物だ。気まぐれに私に手を貸しているんだろう。
私のいる生活に慣れて仕舞えば弁当だって作らなくなるだろうし、元の生活リズムに戻るだろう。
そう、今は私と言う存在に慣れていないだけ。慣れていないから気を遣っているだけなんだ。
考えながらかれこれ2ヶ月近く生活している。
私から踏み込みに行かない限り、玲音から何か動きを起こすと言うことはない。
そして、玲音は私を一定以上踏み込まない様に言葉を濁す。
人との距離感の取り方が上手なのかと思えば、急に近くなったり遠くなったりを繰り返す。今のところ法則性はわからない。奏にそれを言うと、「なんだかんだ、玲音と上手くいけてるんだね」と言っていた。元々人との距離感を取るのが苦手なので、強引に詰めてみたり、怪しそうなら離れてみたりを常に繰り返すそうだ。
「…………?」
「……どうしたの」
「…………………………いや、そういえば、頭がぼんやり、するなって」
調理が終わり、いつものように珈琲豆を挽こうとしていると、少しふらついている。
前髪で隠れている顔をよく観察してみると、いつもよりも少し赤い。
……これが季節の変わり目のやつということだろうか。
「……玲音。風邪引いたの?」
「……わからない。違う、と思う」
「……とりあえず熱を測って、休んで。薬はある?」
季節の変わり目に玲音は決まって風邪を引くと聞く。風邪を引いた翌日あたりから気温が上がり始めたり、下がり始め、季節が変わるのだと。
「……食器棚の、下」
「……わかった。一人で動ける?」
「……ん。まだ、動ける」
とは言うけど、少しよろめく。
普通、起きたときとかに体調がおかしいことに気がつく物だと思うんだけど。玲音はそうでもないらしい。少し体が怠くても、体が暑くても、薬の副作用と勘違いをしてそのまま動いてしまうそう。
そして、症状を自覚した瞬間から急激に弱り始める。
「……無理なら言って。手伝うから」
「………………………………少し、肩。貸して欲しい」
「……なら、動かずに少しじっとしてて」
「……?」
肩を貸してといいながら前に進もうとするのをやめない。どうも無意識のうちにそう動いてしまうらしい。
肩を貸して欲しいと言いながら、体は自力で前に進もうと体重を前に移動させて、そのまま崩れ落ちた。
「……大丈夫?」
「……そうでもない。かも」
「……手、貸して」
「……ん」
熱を感じさせる手。かなり高熱かもしれない。シャツ首元に手を──……。
今問うのはやめておこう。とりあえず、簡単に体温だけ調べて。……結構熱い、季節の変わり目で体調を崩したと言うより、これは風邪かな。
玲音の手を私の肩に回して一緒に立ち上がる。身長もあまり変わらないし、体重もそこまで重くない。
「……立ち上がるよ。いける?」
「……大丈夫」
前言撤回する。意外と重たい。力がうまく入っていないのかな。
一緒に立ち上がって玲音をベッドまで運んで寝かせる。食事は……味見をしながら作ってたから少しは食べてるだろうし、薬を飲んでも大丈夫だろう。
「……検温計と薬は食器棚の下であってるんだよね」
「…………ん」
「……取ってくるから、少し待ってて」
……お父さんが来る予定だったけど、玲音のこともあるし断りを入れておこう。後日、また時間がある日にズラせるといいんだけど。
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「……そっか。ありがとね、まふゆ」
「……私も、玲音にはお世話になってるから」
「わたしを起こしてもよかったのに」
とは言うけど、昨日は遅くまで作業してたから、起こしたくなかったんだよね。
一応、炊飯器でお粥を炊いてるから、もし玲音が空腹で起きても大丈夫だ。
「そうだ。玲音は、ちゃんと寝た?」
「……さっき行った時はぼーっとしてたよ。でもその前は寝てたかな」
「そっか。……」
奏が何かを考えている。風邪をひいている玲音は何かあるのかな。
体温が極端に上がると錯乱したりする人がいると言うのは聞いたことがあるけど。
「……一晩すれば良くなるから、明日の朝には元気になってると思うけど……。まふゆ、玲音の部屋に行く用事がある時は気をつけてね」
「……どうして」
「……玲音、抱きつき癖があるから。たまにだけどベッドに引き摺り込んじゃうからさ。体調が悪い日は、ね」
「……奏は引き摺り込まれたことがあるの?」
「うん。何度もあるよ。寝てる時に話しかけたり、うなされてる時に近くにいるとね。捕まることが多いかな」
人の気配とかを無意識ながらに知覚しているのかな。神経質ならそういうのに敏感だって聞くし、玲音もそうなんだろう。
「ああ、あと。一部だけど、メロディー出来たから聴いてほしい」
「……わかった」
音楽ソフトを起動し始める奏。……私は、邪魔じゃないのかな。
元々奏が使っていた部屋を使ってもいいと玲音は言っていた。でも、奏が私と一緒の部屋にいたいと言うことで今も私は奏の部屋にいる。
本当は私が居る日々の疲れとかストレスで玲音は体調を崩したのかな。
「…………うん。いいと思う」
「そっか。よかった。……まふゆ」
「……なに?」
「……玲音は、まふゆのためとかじゃなくて。自分がやりたいからやってるんだと思う。だから、まふゆのせいとかじゃないよ」
……そうだと良いけど。
「……早いけど、先に作業しちゃおうか」
「そうだね」
夕飯はカップ麺かな。それとも、奏が何か作るのかな。
……それとも、私が作ってみようかな。いつも作ってもらってるし。……目玉焼きぐらいなら、私も作れるし。
〜〜〜♪
「……」
──♪ 〜〜♪
「……奏、音漏れてる」
「? わたしはなにも聴いてないよ」
「……じゃあ、この音は」
耳を澄ませばかすかに聞こえる音色。
とても冷たい寒空の下で、暖炉の暖かさ思うようなメロディー。
聞き覚えのあるメロディーだ。でも、聞き馴染みのあるものではない。
「…………なんの曲だろう」
「たぶん、玲音が歌ってるのかな。……でも、玲音はこういう感じの声じゃないし」
「……じゃあ、だれが」
中音域のバラード曲。
確かに、言われてみれば空亡の楽曲らしさのあるメロディーだ。でも、歌っている人物が違う。
「……玲音のミクが歌ってるのかな」
私が家を出る直前、私が自分の気持ちを押し殺そうとしたとき。ミクは奏の歌を歌ってくれた。
……玲音も、何かと戦ってるのかな。
「……そういえば、玲音って彼女とか恋人がいるのかな」
「? どうして」
だって、
「……玲音の首に、何かが吸い付いた痕があったから」
玲音の首にあった鬱血。いつからあるものかはわからないけど、ついてしばらくしていると思う。
昨夜はずっと家の中にいたし、玲音もいつも通り寝ていたはずだから、外出もしていないはずだ。
となると、それをつけたのは……
「……玲音と玲音のミクって、どんな関係なんだろうね」
「眠れないんだね。仕方がない、ボクが寝かせてあげるよ」
「大丈夫。目を閉じて、ボクに身を任せて。悪いようにはしないさ。だって、調律者君はボクの大事な大事なヒトなんだから」
「どれだけ現実が辛くても大丈夫。今は甘い蜜のような夢の中で、ただ静かに眠ればいい」
「そう。そうだ。さあ、おやすみ。目を覚ませば、また元気になれるはずだからさ」
「おやすみ、玲音」