深灰と赤紫の糸   作:空白零無

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孤独なあなたへ(2)

 

 

 

「……あの日、何があったの?」

「……」

 

 顔が暗い。相当言いにくい何かがあったのか。

 

「……後夜祭で、瑞希は東雲絵名と屋上に行った。その時、何かがあったのはわかる。でも、何があったかはわからない」

「……」

「……沈黙は困る」

 

 うーむ。切り込みすぎたか。

 

『暁山瑞希。ごめんね、ウチの⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(マスター)が会話苦手でさ。⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(マスター)は、キミになんで連絡をスルーされているのか気になって。連絡が何故取れないのか心配して来ただけなんだよ』

「そうだったんだ」

『だから、ぶっちゃけると後夜祭の時に何があったのかとかはあんまり興味はない。ただ、何故自分が今こうなっているのかを知りたいだけなんだよ』

「……ん」

 

 まあ、音楽サークルの方にも顔を出していないみたいだし、姉さんたちも心配しているから会いに来た。あの日に何があったのかとかも普通に気になるけど、あまり重要ではない。

 

「玲音」

「……? なに?」

「……実は、ボク。男なんだ」

「……???」

 

 え? だから何? 

 

「男なんだよ」

「……?」

 

 だからなんだ? 

 

「……だから?」

「だからって……。知らなかっただろ。だって、玲音は体育祭とか、体育の授業に居ないし。ボクが……男だって」

「……? 知ってたけど」

「え?」

「え?」

 

 何故知らないと思ったのか。

 

「……もしかして、誰かから聞いてた?」

「……違う。私は、瑞希の絵を何度も書いてる」

「そうだね」

「……絵を描いていれば、瑞希の一挙手一投足を見る。男女で、筋肉のつきかた。骨格は異なる。そうなると、動き方も、異なる」

「それで、ボクが男だってことは知ってたってこと?」

「……ん」

 

 初めて出会ったあの日。その日から、暁山瑞希の性別が男性であることは知っていた。まあ、あの日までは暁山瑞希に対して興味のカケラもなかったから、存在すら知らなかったんだけど。

 それに、ポーズの調整で手や足、腰や首元に触ることはよくあった。なぜそれで気が付かないと思うのか。

 

「そうだったんだ」

「……ん」

「絵名たちの次ぐらいには悩んだんだけどな」

「……今は、悩んでない、の?」

「……もう。いいかなって」

 

 暁山瑞希曰く。もう姉さんや東雲絵名、朝比奈まふゆには関わりたくない。関わらない方がいいとのこと。

 

「……誰も、瑞希が男でも気にしない。と思う」

 

 現に、私は誰にも気にされていない。東雲絵名も朝比奈まふゆも、そして姉さんも。私がどんな服装をしていようが、3人とも気にすることはない。

 

「ボクもそう思うよ。でも、……」

 

 かなり尻込みしている。拒絶でもされたか。それとも、拒絶よりも酷いことをされたか。

 ……背中を押すのは得意じゃないんだけど。

 

「……何故、瑞希は打ち明けようと思った」

「それは、……ボクのことを知って欲しかった。それでも、一緒にいたかったから」

「……言わなくてもよかったかもしれない。としても?」

「それでも、ボクは。……ボクは」

「……進んでしまったなら、後戻りはできない」

 

 人生は一方通行だ。

 後ろを振り向けば今までの軌跡を見ることはできる。でも、後戻りはできない。

 取り返しが効くものもあるけど、大半は効かないものばかりだ。

 

「……時間は、止まることを許さない。止まろうとしても時間は瑞希を引きずって進んでいく」

 

 立ち止まっても、自分が止まっただけで時間は止まることを知らない。ただ、時間だけが過ぎ。いつか、立ち止まってしまったことを後悔する日が来る。

 修正は早い方がいい。でも、それが怖くて出来ず。そのまま壊れてしまうことなんてたくさんある。

 

「……玲音にはわからないよ。玲音は強いからそう言えるんだ」

「……私に人の傷はわからない。それに、強くない」

 

 人の傷が、痛みがわかるなら私は。…………私は、鹿野ちゃんの苦しみに気がつけていたのかもしれない。でも、私は鈍感ゆえに気が付かなかった。

 それに、私は別に強くはない。痛覚を持たない人間にナイフを突き刺したところで痛くないのと同じだ。

 

「……瑞希。……やけになるのもいい。でも、……時間は止まってくれない。いつか進まなければいけない。そして、止まっただけの対価を支払わされる。……時間は、問題をなあなあに済ませることは出来ても、解決はしてくれない」

「……玲音はボクに説得しに来たの」

「……違う。私は、瑞希と話をしに来ただけ」

 

 かなり一方的にはなってるけど、話がしたいだけ。

 

 ──さよなら。玲音。

 ──ごめんね。君を1番傷つけて。

「……もう、失いたくないから」

 

 話し合いが出来ないまま、鹿野ちゃんは終わってしまったから。

 私は、もうそんな別れ方はしたくない。暁山瑞希は、まだ手を掴めそうだから。私は手を掴んで離したくない。……せめて、私が死ぬより先に死んでほしくない。欲を言えば、後追いしそうな姉さんのメンタルケアやらを頑張ってもらいたい。

 

「…………辛いのは、わかる。苦しいのも、わかる。……でも、お別れするなら、話してほしい。…………一人は、……」

 

 ──楽しいね♪ 

 ──雨だよ! 玲音は水が苦手なんだっけ? 冷たくて気持ちいいのに。

 ──おはよう。今日もいい顔してるね。

 

 ────明日は何をしようか(さようなら、玲音)

 

「……一人は、寂しいよ。とても」

 

 鹿野ちゃんのいた日々はあの日に。対話の前に崩れ去った。私の中に冷えていく感覚と、ずっしりとした重さを刻み込み、赤い血を伴って私たちの外へと。手の届かない場所へと流れ出ていってしまった。

 

「……だから、一人になる。その前に、みんなに話をしてあげてほしい」

「…………わかったよ」

「……お願い」

 

 人との出会いは一期一会。どんな形であれ出会いがあるのだから、別れは必然であるもの。

 でも、突然居なくなられると誰でも寂しいものだから。

 

 それから学校の話を聞いた。

 なんでも、あの日以降行っていない様で。連絡も最低限しかしていないらしい。それに、今は両親共に家を空けており、飲食も外で食べるか。コンビニのおにぎりやらお弁当で済ませているのだとか。

 

「……私、ご飯作りに来る?」

「いいよ。ボクも料理ぐらい出来るし」

「……コンビニのお弁当だけじゃ、栄養偏る。栄養の偏りは、思考、美容、健康に良くない」

 

 若いから無茶がきく。という言葉を耳にするけど、その無茶が原因で未来に体調を崩すのだと考えると無茶は良くない。その無茶のツケは未来に繰り越されるだけだ。

 なら、今のうちからあまり無理のない様に動き、食事をする方が長期的に活動していきやすいはずだ。

 

 私は一切の協力は惜しまない。

 

「そこまでしなくてもいいよ。大変でしょ?」

「……別に。食事は、いっぺんに作ると楽」

 

 3人分も4人分も変わらない。いや、暁山瑞希宅で料理をするなら確かに手間は増えるけど、好きでやってるし、家事を苦だと思ったのとはない。無心になれるし。

 

「大丈夫。流石に、これ以上迷惑は」

「……迷惑はかけていい。友達、でしょ?」

 

 別に迷惑ぐらい気にすることはない。私が好きでやりたいわけだし。手が回らないならそもそも提案しない。

 

「……明日、また来る。しばらくは、ここに来る。食生活の改善がなければ、私が、ご飯を持ってくる」

「わかったよ。……ごめんね」

「……気にしない、で。私がやりたくてやってる。瑞希の気にすることではない」

 

 食生活の改善。具体的には、食事はちゃんと摂る。コンビニのお弁当だけでなく、ちゃんと自分で作って食べる。野菜とかも食べてほしい。

 

「……あ」

「どうしたの」

「……本題。私は何故未読スルーされてたの」

「ああ、それは。……玲音は、奏たちと連絡取れるから。怖くなって……」

「……」

 

 様は、姉さんたちと関わるのが怖いし、連絡のつく私は避けたかったと。……気持ちはわかるけどさ。

 

「……無視、良くない」

「返す言葉もない」

「……今日、瑞希と会ったことは言わないでおく」

「頼むよ」

「……でも。……進むと決めたなら、ちゃんと、進んでね。引き返すには、進み過ぎてしまったから」

 

 過酷な道を、荊棘の道を進む。

 身体は傷だらけになるし、歩くのも大変だ。それを引き返したって、またいずれはその道を歩かなければならない時が来る。

 なら、いっそ。駆け抜けてその道を滅茶苦茶にしながらでも進んだ方が、まだ傷は浅いだろう。

 

「……私の方に連絡、履歴が残るのが嫌なら。ミク(⬛︎⬛︎)を経由して伝えればいい。それだと、足跡は残らないから」

「わかった。そうするよ」

「……そろそろ、帰らないと」

 

 そろそろ帰って、夕食の準備をし始めなければ。

 今日は朝比奈まふゆも早く帰ってくるらしいし、朝比奈まふゆに簡単な料理を教える約束もしてある。

 

「そっか。……気をつけて帰ってね」

「……ん。瑞希、……また、明日ね」

「……うん。また明日」

 

 暁山瑞希に玄関まで見送られて、私は外に出た。

 

 ……進むのが怖くなってしまった友達。こんな未来は望むところではないだろうに。

 

 前を向いて歩くしかない。辛くても進み続けるしかない。……私が人に言えたことじゃないのに。

 

 いつまでも鹿野ちゃんを忘れられなくて。鹿野ちゃんを忘れたくなくて。あの日々が今でも愛おしくて。……いまだに手放せず、前に歩み出しすらしない私が言えたことじゃないのに。

 

「……明日、学校行こうかな」

 

 そろそろ行かないと、補習の課題が増えてしまう。

 

「……ミク(⬛︎⬛︎)。帰りの道案内」

『はーい。じゃあ、地図アプリ開くから。その指示に従ってねー。ミク(ボク)は話し相手になってやるからさ。どうせ、鬱気味なんだろ?』

「……そんなことない」

『ならいいんだけどね。ほらほら、早く帰るよ』

「……ん」

 

 ミク(⬛︎⬛︎)の開いた地図アプリで、自宅までの経路を選択してバイクに跨る。ヘルメットを被って……。よし、帰ろうか。

 

「……ミク(⬛︎⬛︎)

『なんだい』

「……これで、よかったのかな」

 

 もう少しかける言葉があった気がしなくもない。

 

『さあね。結局、友達くんが動こうと動かまいと友達くんの選択だ。ミク(ボク)には⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(マスター)の言葉が正しいのか、正しくないのかなんてわからないけど、あれでいい。これでいい。そう考えるしかないよ』

「……」

 

 そうか。……そうだよね。

 

「……ミク(⬛︎⬛︎)。パン屋さん、寄って帰ろう」

『いいね。フランスパンも買ってくれるのかい?』

「……元々そのつもり」

 

 ミク(⬛︎⬛︎)には、迷惑をかけてばかりだから。

 今日は感謝の意を込めて、フランスパンを送らせていただこう。

 

『よし行こう。フランスパンがミク(ボク)を待ってるぜ』

「……そうね」

 

 急いだって、そんなに早くなくなるわけじゃないんだから。スマホの中で走り回らないでほしい。

 

「……家の近くか。ここの近くか」

『いつものフランスパンが食べたいから、駅のパン屋さんで頼むよ』

「……わかった」

 

 はーい。じゃあ、駅に向かいますかね。

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