深灰と赤紫の糸   作:空白零無

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孤独なあなたへ(4)

 

 

 

「いやー、悪いね。ご飯任せちゃって」

「……別に良い」

 

 暁山瑞希宅。私は作ったカレーを鍋ごと持ってやってきた。

 

 暁山瑞希の家に毎日通う様になって1ヶ月近くが経過する。そろそろ親も帰ってくるらしく、私が食事を持ってくる必要もないらしい。らしいのだが、遠慮だったとしても少し困るので念のためしばらく通うことになるだろう。

 まだ学校に来る勇気は湧かないらしく、文化祭が終わってから一度も登校していない。それで──

 

「……瑞希。補講受けないと不味いって、滝沢秀昭が」

「あー。うん。そうだよね……長いこと学校行ってないし」

 

 ああ、どんどん顔が暗くなっていく。……よし。

 

「……そして、私も補講」

「なんでさ」

「…………小テスト、休んだから」

「なんでさ!」

「……てへぺろ?」

 

 学校をサボってarchaïqueに行ってたら小テスト逃しただけ。別に補講に出ればいいだけだし。

 

「……まあ、補講出ればいいし」

「それで留年したんじゃなかっだけ」

「……今回は上手くやる」

 

 だって、失敗から学んだんだから。補講を受けるタイミングも決めた。今回の私は上手くやるでしょう。

 

「……だから、私も一緒に行けるよ」

「もしかして、ボクと一緒に行くためにわざと休んだの?」

「……黙秘する」

 

 まあ、そうだね。最終手段ではあるんだけどね。

 小テストの日を忘れていたなんてことはない。いかなければ補講に行かなければ行けなくなるのもわかっていてサボった。

 

「……でも、私も補講に行くから。一緒に、行く?」

「……」

「……やっぱり、勇気が。わかない?」

 

 恐怖に立ち向かうには気力も必要だ。

 私は立ち向かうことを辞めたから。目の前に立つ恐怖が強すぎて、立ち向うことは出来なかった。

 前に進む方法なんて知らない。だから、私には何もできない。せいぜいこうやって側にいることぐらいしかできない。

 

「まあ、……ね」

「……わかった。カレー、食べよ」

「そうだね。暗い話しててもつらいだけだし、カレー食べよっか」

「……ん。いただきます」

 

 私の持ってきたカレーのレシピは、夜凪百合子経由で教わった日守康作のレシピ。つまり、archaïqueで作られるカレーになっている。

 

「おいしいね。このカレー」

「……ね」

 

 archaïqueで出されるカレーなんだから当たり前だ。私が普段作るものよりも時間かけて美味しく作ってるんだから。

 

「……喫茶店のレシピ。教えてもらった」

「そうなんだ。ってことは、これがそうなの?」

「……ん」

 

 そうです。これは日守康作のレシピで作られたカレーです。材料費がそこそこかかるし、スパイス揃えたりお酒の入手が大変だったけどなんとかなった。滝沢秀昭には感謝だ。

 用途と使用状況の報告はしなければいけなくなったけど、手に入ってよかった。でないと成人までお預けされるところだったから。

 

「……瑞希」

「なに?」

「……私は、何をすれば良い?」

 

 私は、暁山瑞希の為に何が出来る? 

 暁山瑞希が前に向かう為に、私は何が出来る? わからない。いくら考えても、私には暁山瑞希に何もしてやれない。

 私はあなたの悩みに同意できないから。私は孤独を知っている。仲間を失う事を知っている。でも、私はそれを諦めてしまった。私の仲間はもう戻ってこないところに行ってしまったから。

 

「……玲音は、今まで通りボクと友達しててよ」

「……わかった」

 

 でもね。一人は。仲間から。好きな人たちから離れて行くのは辛い事だよ。

 

 話したくないかもしれないけど、話した方がきっと──。…………いや、私は部外者だから良いか。

 

 〝・-・── ……-…… ・-・-・- ・-…… ──- ・──- ・-…… ……- ──・ ──── ・-・-・ ・-・── ……〟

 

 秘密の暗号。

 スマホの背面をタップして送るミク(⬛︎⬛︎)宛ての秘密の信号。

 

 ──ブーッ! ブーッ! 

「玲音、何か通知来てるよ」

「……? 来てない。気のせい、じゃないかな」

「そう? もしかしてお化けかな」

「……そうだと、面白いかもね」

 

 ……頼んだよ。KAITO(⬛︎⬛︎⬛︎)

 

 

 

 カレーを食べ終えて、私と暁山瑞希は少しだけ話をして解散した。「補講で会おう」とだけ約束して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

「……」

「……」

 

 補講の日。その日は決戦の日。

 サークルメンバーを避ける暁山瑞希捕獲作戦。これまでも何度も行われていたらしいのだが、私は参加していないので詳細はわからないけど、全て空振りに終わっていた。

 しかし、今日は違う。今回の補講を休めば暁山瑞希の留年は確実となる。それを避ける為には、暁山瑞希は神山高校に来なければならない。

 

 餌があって、食いつく魚が来る可能性が非常に高いのは補講が行われる神山高校。

 そこで、姉さん、朝比奈まふゆ、東雲絵名。そして、朝比奈まふゆの指名により私が加わった。

 

「……来ないね」

「玲音。今何時?」

「……まだ16時30分。補講は17時からだから、まだ来ないと思う」

 

 いつも暁山瑞希は授業開始のギリギリにやってくる。普段の行動パターンから、まだ来るには早いだろう。

 

「……玲音は教室に行かなくて良いの?」

「……大丈夫。小テストを受けるだけだから」

「遅刻はしちゃダメだからね」

「……ん」

 

 私は最悪遅刻しても少しお小言を言われるだけで済む。ただ、暁山瑞希は……。

 

『うーん、結構離れてるよ。一定の範囲外でゆっくり近づいては遠くなってを繰り返してる』

 

 ワイヤレスイヤホンから聞こえるミク(⬛︎⬛︎)の声。来るか来ないかを迷っているのか。それとも、もう諦めているのか。

 

「奏、まふゆ、玲音。私、瑞希を探してくる!」

 

 学校内で待機していた東雲絵名。東雲絵名は定時制の生徒。私や暁山瑞希のように補講に出席するわけではないから、暁山瑞希を探しに行くのも大したリスクはない。

 

『行かないのかい?』

「……」

『このまま、暁山瑞希の別れを見続けるだけにするかい?』

「……嫌な事を言う」

「玲音、どうしたの?」

 

 行けるなら行きたいさ。でも、私が居たところで何もない。出来ることも、やれる事もない。

 

『なら、見てるだけにすると良いんじゃない? まあ、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(マスター)なら、暁山瑞希の場所もわかるのに』

 

 ……ああ、確かに。私は暁山瑞希の居場所がわかる。

 私なら、暁山瑞希を捕まえられる。

 

「玲音?」

「……行ってくる」

「……行くって、何処に」

「……」

「……玲音!」

 

 引き止めようとする姉さんと朝比奈まふゆを振り切って走る。

 

 

 走っていれば、先に走り出していた東雲絵名に追いついた。

 

「……東雲絵名。ついて来て」

「あんた、補講は」

「……私は、大丈夫」

「いや、補講なんだから玲音は学校に「私なら、瑞希の場所がわかる」なんで」

「……私は、瑞希の場所がわかる。だから、ついて来て」

 

 東雲絵名。正論は聞いていない。でも、私の話は聞いてほしい。

 

「本当にわかるの」

「……ん。わかる」

 

 ミク(⬛︎⬛︎)と瑞希の場所の遠さでわかっている。電源を切っていようと、何をしていようと。KAITO(⬛︎⬛︎⬛︎)なら場所を教えてくれる。

 

「……こっち。ついて来て」

「わかったわよ! 信じるからね」

「ん」

 

 東雲絵名の前を先行しながら、ワイヤレスイヤホンが落ちないように抑えながら走った。

 

『この位置は。……なるほどね⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(マスター)。暁山瑞希は、彼が好きな被服屋の近くに居そうだ。そこ周辺まで行ってほしい』

「……東雲絵名。もう少し走れる?」

「まだ、まだ行ける」

「……ん。なら、ペースは落とさず。行こう」

『うん。近づいて来たよ』

 

 なら、やっぱり暁山瑞希はあの場所に居るのか。

 

 

 東雲絵名と休みながら歩いたり、走ったりを繰り返すこと数分。

 シブヤのスクランブル交差点の向こう側。俯き気味の彼を見つけた。

 

 交差点を渡って、東雲絵名が暁山瑞希を捕まえた。

 

 しかし、暁山瑞希はその手を振り払って逃げる。私も逃げる暁山瑞希の手を掴もうとしたが、転んでしまった。

 

「ちょっ、大丈「気にしないで。早く追いかけて」。うん! ちゃんと来なさいよ!」

「……ん。後で追いつく」

 

 東雲絵名がもう一度走り出す。私も立ち上がって走り出そうと足を踏み出し……て、崩れ落ちた。

 痛みはない。何処か違和感も特にない。

 

 立ち上がり、足をぷらぷらふる。うん。特に痛みがあったりはしない。……では何故? 踏み出すと上手く力を込められない。……まさか、転んで骨でも折った? 

 

 壁に背を預けて足首を触って、タイツ越しに脚を触診する。……やっぱり痛みは特にない。でも、足首が少し腫れているような気がする。……後で応急処置をしよう。痛みがないなら動く。

 でも、上手く動いてくれないから。捻ったであろう右脚を少し庇いながら二人の後を追いかけた。

 

 

 

 

 私が二人に追いついた頃には、二人は和解していた。

 

 ……結局。私は必要なかったらしい。

 

 

 

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