深灰と赤紫の糸   作:空白零無

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 どうも、作者です。この作品も最終編に突入いたしました。
 前日譚になりますので、いつもよりも短めです。






前日譚 崩れゆくモノ

 

 

 

 

 創作活動をする。たまに学校へ行って、授業を受けて、家に帰って食事を作って、薬を飲んで寝る。

 

 今まで行ってきた日常。今までの日々。少なくとも、三年以上は続く日々の中で。

 

「……」

 

 流れ出る血をただ眺めた。

 

 もう一週間も前になるが、転んで足首を捻ったことがあった。

 

 特別痛いわけではないし、違和感もなかったから立ちあがろうとしたら足に上手く力が入らなかった。

 一応病院に行って検査したけど異常はなく。精神科の方で話したところ、かなり深い解離状態にあるからだと言う。

 脳の一時的な麻痺。痛みは感じられなくても、身体が反射的に痛がると言う反応をする。ただ、脳が痛みを処理しきれていないだけであると。

 

 今はお風呂場でまた左手を切っているが、痛みはない。普段はヒリヒリとした痛みが必ずあったけど、今はそんなモノない。

 ただ切り傷がそこにあって、血が流れ出ている。その血が肌をつたい、指をつたって風呂場のタイルに滴り落ちる。ただそれだけ。

 

 痛みはない。

 

 そういえば、血の匂いもあまり気にならないな。

 いつもは血の匂いがちゃんとしていたはずなんだけど……気にして匂いを嗅がないとわからない。大きく鼻から息を吸えば匂いがわかるけど、それでも大して気にならない。

 

 本当に、年末まで感覚が保つかどうか怪しくなってきた。

 

 ……でもまあ、痛覚ならまだいいか。

 怪我をしたり、何処か痛めても気が付かないのは困るけど。注意してやって行けば問題はない筈だ。

 最悪、感情か創作意欲がなくならなければそれでいい。必要分はもう確保してあるし、そろそろ片付けよう。

 

 シャワーで傷口を洗って、ペーパーで水気を取る。その後に、ガーゼを被せて包帯で巻いて傷を隠す。あまり見られて気持ちがいいモノでもないだろうし。誰かに見せるつもりはないけどね。

 

 今は姉さんも朝比奈まふゆも居なくてよかった。……姉さんが帰ってくるまでに匂いが消えてればいいんだけどね。今の私は匂いを感知しきれないかもしれないし。換気扇には頑張っていただきたいところだ。

 

 さて、やることがない。掃除はもう終わっているし、夕食の準備や仕込みはもうやった。

 何か作ろうか。とは、思ったけどそんな気分ではない。

 

「……ミク(⬛︎⬛︎)

『はいはい、どーしたの』

「……今からそっちに行ってもいい?」

ミク(ボク)は構わないよ』

「……じゃあ、今から行くよ」

 

 自室に戻ってベッドの上で横になる。

 スマホからいつもの様に『孤独な月』が流れ始め、……何も感じることのないままセカイに入った。痛覚の麻痺で冷たいあの感覚も感じられなかったか。

 

「やあ、いらっしゃい。どうしたんだい」

「……特に、理由はないよ」

 

 特別来た理由はない。ただなんとなく。ミク(⬛︎⬛︎)と話したい気分だった。

 

「……ミク(⬛︎⬛︎)と話がしたくなっただけ」

「そっか。じゃあ、何かお喋りしていくかい? カウンセラーの真似事ならミク(ボク)でも出来るし。切ったんだろう?」

「……見てたの?」

「まあね。…………嘘だよ。なんとなくそうなんだろうなーって思っただけだよ」

 

 見られているのかと思った。ミク(⬛︎⬛︎)の察しがいいのは今に始まったことじゃないんだけどさ。

 

 ミク(⬛︎⬛︎)が椅子を二つ出して、片方は私が受け取って設置してそのまま座る。

 

 足を組みながら私をじーっと見つめて、ため息をついた。

 

「はあ。……⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(マスター)。その虚な目をどうにか出来ない? ミク(ボク)じゃなくてもバレるよ」

「……そんなに、出てる?」

「うん。目が死んでる」

 

 そうか。……でも、私ってどんな顔してたってけ。

 

「お、それそれ。無気力でものすごく眠そうな目。元に戻ったね」

「……それはよかった」

 

 無気力で眠そうな目ね。この表情が私の顔か。

 

「まあ、⬛︎⬛︎⬛︎⬛︎(マスター)の顔はさて置き。……今日、父親のところに行ったんだろう、珍しいことに」

 

 そう。()は珍しく父さんの所へお見舞いに行った。

 最後に行ったのは3年前で、それ以降は顔を出していない。父さんが()の事を覚えていない。忘れてしまっていると言う現実を直視したくなくて、ここ3年は一度も父さんの病室に顔を出さなかった。

 

「……ん」

「で、どうだった?」

「……覚えて、なかったよ」

「おや、起きてたのかい?」

「……ん」

 

 父さんは珍しく意識を戻していたらしい。病室に入ると体を起こしてぼーっとしていた。

 

「……どちら様かなって。優しく、微笑んでくれたんだ」

 

 父さんは、優しく微笑んでくれた。()に向かって。他人と接するように、優しく微笑みを浮かべていた。

 

「……それは、良かったね。でも、その言い方だと思うところがあったんだろう?」

「……ない。なにも、ないんだ」

 

 以前のような悲しい気持ちも。寂しい気持ちも。逃避したいと思う気持ちもない。

 

 ただ、何も感じない。

 

「そっか。それは、……困ったね。ほら、過去を思い出してとか。フラッシュバックもなかったのかい?」

「……ん」

 

 過去の感情を思い出して、釣られて感情が動くこともなかった。

 

「……ただ、父さんは僕のことがわからないんだなって」

「…………」

「……もう、父さんの中に、僕は居ないんだなって」

 

 思い出すような素振りもなく。それで苦しむ様子もない。ただ、父さんの記憶の中に僕は存在していなかった。

 

「……だから、もう終わりかなって」

 

 僕はもう時期に終わる。痛みも匂いもわからない。感情もわからなくなった。

 

 でも、まだ作れるから

 

「……もう少しすれば、彩の誕生日だから。誕生日までは頑張ろうと思うよ」

 

 まあ、その作品はこれから作るけど、彩の誕生日までには間に合うと思う。

 

「じゃあ、誕生日超えた後はどうするんだい?」

「……その日に決める予定。……まだ、火が燃えているなら稼働し続ける。燃え尽きればおしまい。それだけ」

 

 少なくともまだ創作意欲もあるし、味覚も多分残ってる。だから、彩の誕生日までは頑張るよ。誕生日までは。

 

「……ねえ、ミク(⬛︎⬛︎)

「なんだい」

「…………あと少しの間だけの付き合いになるけど。よろしく頼むよ」

 

 ミク(⬛︎⬛︎)は何も言わない。ただ、悲しそうな顔をして僕を見ている。

 

「…………ああ。よろしく、⬛︎⬛︎⬛︎君(マスター)。まだ、もう少しここにいるかい?」

「……ん」

 

 構想をまとめたいし。おそらく空亡の最後の作品になる。

 いくら捨て置き場とは言え、思うものもある。

 

「……最後は、自画像でいいか」

 

 空亡の初めての自画像。そして、最後の作品。

 

 そうだな。作品の名前は────

 

 

 

 







 そう言えば、味覚と嗅覚って近しい感覚みたいですね。


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