深灰と赤紫の糸   作:空白零無

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死ぬほど可愛い

 

 

 

 

 

 放課後。いつもの美術室……ではなく、今日は校舎裏の近く。

 人気は少ないから静かで僕は好みだけど、今は先客がいる。

 

「柊さん! 付き合ってください!」

「えっと……ごめんなさい! 誰かと付き合うとか考えてなくて」

「じゃあ、友達から」

「下心を抱えられたまま友達って言うのは、ちょっと私的には無理かな」

 

 柊彩さんを校舎裏に呼び出し、そこで告白するも砕け散った僕は名も知らない男子生徒。校舎の陰に隠れる形で僕は彼女を待っていた。

 待たされている理由は単純で、彼女から頭を下げて頼まれたから。

 

 最近告白されることが増えて、そろそろ怖いから近くで見守っていてくれないか。とのことだった。

 

 人の恋路を邪魔して馬に蹴られる趣味はないので、一度は断った。しかし、頭を下げて頼み込まれれば仕方がない。柊彩さんは僕の友達で、絵描き仲間。そんな真剣な頼み事を無碍には出来なかった。

 

「じゃあ、私約束があるから!」

「あっ、……」

 

 こちらの方へ駆けてくる柊彩さんを、曲がり角で迎えて校内に戻っていつもの美術室へ一緒に戻り、椅子に腰掛ける。

 

「はあー。……ほんと、嫌になっちゃうよ」

「お疲れ様。柊さん」

 

 椅子にどかっと座って肩を落とす。相当疲れているんだろう。

 ……でもまあ、仕方がない。

 

「今日で16人目か。モテモテだね」

「みんな私のおっぱいしか見てないけどね」

「……悲しいね」

 

 僕が柊彩さんと出会ってから。中学校生活が始まって約1ヶ月半で、男子生徒から告白された人数。大体2、3日に1回は告白されている。

 しかも、相手は下心をあまり隠さない男子生徒たちばかり。心労はいくら溜まっているか僕にはわからないけど、思うところぐらいはあるんだろう。

 

「はい。りんごの紅茶」

「ありがとう。……悪いね、いつも貰っちゃって」

「心の疲労は良い創作への障害だからね。気にせず貰ってほしいな」

 

 柊彩さんの好きな、自動販売機で売られている缶ジュース『りんごの紅茶』。りんご風味の紅茶ではなく、りんごの味が強めの紅茶で、僕はあまり好きではないけど、柊彩さんはこれが好みだと言う。

 慰めや気晴らしになるかはわからないけど、疲れた彼女に僕が出来るのはコレぐらいだし、気にせず受け取ってほしい。

 

「全く。男子はいつも私のおっぱいばっかり。……こんなの邪魔でしかないのに」

「持つ者の悩みってやつなのかな」

「そうかもね。私は玲音くんのお姉さんが羨ましいよ」

「あまり弟の僕から言及したくはないけど、……まあ、姉さんは無いからね」

 

 姉さんの胸部は特に成長していない。いや、ないわけじゃないんだ。ないわけじゃないけど、……俗に言う貧乳と呼ばれる部類だろう。まあ、成長期だから2、3年経てば大きくなってる可能性もあるけど。

 

「……玲音くんは下ネタに忌避感はないけど、興味関心薄いよね」

「まあ、うん。別に気にしたことないからね」

 

 人の身体構造と体付きも一つの芸術。それに対して欲情したり、劣情を抱くのは相手に対して失礼というものじゃないだろうか。

 女性らしい丸みを帯びた体でも、幼児のようなのっぺりとした体型でも、どれも人体という神秘が作り出した芸術。それに対して関心がないわけではないけど、欲情したり劣情を持ったことはない。

 

「彫刻とか、絵画で女の人の裸とかは見る機会がそこそこあったし、それの影響かもね」

「それはそれでどうかと思うけど」

「? なんで?」

「……いや、なんでもないよ」

「?」

 

 柊彩さんがため息をついて肩を回す。……そういえば、胸が大きいと脂肪を支えるために力が入って肩が凝るって聞いたことがある。

 

「肩凝ってるなら、マッサージする?」

「え?」

「肩を揉んだり、叩いたりするのは良くやるから、僕が解す?」

 

 徹夜明けや長時間パソコンの画面と睨めっこをして、眼精疲労で首とか肩が凝り固まっている父さんの身体を解すのは良くやるし。まだ初期段階の柊彩さんの肩ならすぐ解せるだろう。

 

「出来るの?」

「父さんによくやってるから、出来ると思うよ」

 

 まあ、父さんの体に合わせたやり方だから。柊彩さんに最適化させないといけないけどね。

 

 軽く腕を回して、首を回して柊彩さんは僕に背中を向ける。

 

「お願いしても良いかな」

「いいよ。じゃあ、肩触るよ」

 

 柊彩さんの両肩に手を置いて、掌底で軽く押しながら前後に動かす。……うん。凝ってはいるけど父さんほど凝ってはいない。

 

 軽く揉みほぐしながら親指の腹でぐりぐりと指圧する。

 

「痛くない?」

「ちょっと痛いけど、心地いいかな」

「それならよかった」

 

 筋肉を解すには、固まっている場所を刺激しなきゃいけないから痛みはある。でも、心地がいいならこの力加減でいいだろう。

 

「……」

「……」

 

 マッサージしていると、沈黙が生まれた。

 別に話す内容も特にないし、今聞きたいこともない。告白云々はあまり深掘りするのも良くないだろうから、これ以上は触れないでおこう。

 ……ん? ここも固まってるね。解しておこう。

 

「……ねえ、玲音くん」

「? どうしたの。痛かった?」

「いや、痛くないよ。もう少しやっててほしい」

「わかった」

 

 どうしたんだろう。少し畏まったような雰囲気で僕に声をかけた柊彩さん。何か大事な話があるのかもしれない。

 

「柊さんって呼ぶの。……やめてほしいんだ」

「? なんで?」

「……実は言うとさ。柊って、お母さんが再婚した時になった名字なんだよね。……だから、出来れば旧姓で呼んでほしいなって」

 

 それは構わないけど、あまり再婚した父親とうまく行っていなかったりするのかな。……でも、僕が他の家に口を突っ込むわけにはいかないし。ここはスルーしよう。

 

「いいよ。なんて呼べばいい?」

「……鹿野。鹿野(かの)って、読んでほしい」

 

 鹿野。んー、鹿野彩が元の名前か。鹿野さん。……しっくりこない。

 

「じゃあ、鹿野ちゃんってどう?」

「なんでちゃん付けになったのさ」

「んー、なんか違ったんだよね。鹿野さんだと、すごい他人みたいな感じがして」

「……柊さんと何が変わるのさ」

「僕の中の解釈」

 

 うん。鹿野さんだとすごく他人行儀な気がする。

 

「……ダメだった?」

「いや、良いけど。……なんなら、名前で呼ぶ? 彩って、呼び捨てで」

「いや、それはいいかな」

 

 距離感が近すぎて、今の僕と鹿野ちゃんの距離感では適切ではなさそうだから。

 

「……本当に距離感測るの下手だね」

「鹿野ちゃんに言われたくはないなー」

 

 一気に距離を詰めようとしたり、離れてみたりを繰り返す君には言われたくない。

 

「でもまあ、……鹿野ちゃんは僕の初めての友達だからさ。距離感を変に図り損ねるようなことはしたくないんだよね」

「私は実験に使われてるのか」

「そんなことはないよ。……ただ、長く一緒に居られる距離を探してるだけだよ」

 

 鹿野ちゃんは僕の創作仲間で、初めての友達。大切にしたいんだよ。

 

「……玲音くんはやっぱり変わってるよね」

「……最近、僕もそう思うよ」

 

 まあ、比較対象は鹿野ちゃんしか居ないんだけどね。あと、姉さんとか父さんとか。

 

 肩凝りをだいぶ解して、手を離す。

 僕が手を離すと腕を回したり、首を回したりして感覚を確かめて頷いた。

 

「うん。だいぶ楽になったよ。ありがとう、玲音くん」

「どういたしまして。少しでも楽になったならよかったよ」

 

 気持ちが良かったなら僕も嬉しいし、感謝されるとやり甲斐もある。

 

「ああ、あともう一つお願いしても良い?」

「? 僕に出来ることならやるけど」

 

 何かを思いついたように僕をみて、ニヤリと笑う鹿野ちゃん。もう一度、僕に背を向けて

 

「私のおっぱいってそこそこ重たいんだよねー。代わりに持ってくれない?」

「……」

 

 ……ごめん。ちょっとよくわからないや。

 

「私、Gはあるんだ。大体1キロちょっとぐらいが肩に乗っててしんどいんだよねー」

「……へー、そうなんだ」

「だから、代わりに持ってくれない?」

「……」

 

 特にやましい気持ちはない。ないけど、こちらに顔だけ振り向いてすごくニヤニヤと楽しそうな鹿野ちゃん。……僕を揶揄って遊んでいるんだろうけど。

 

「ただの脂肪だって思うなら持てるよね? だって、恥ずかしいことなんてないもんね」

 

 まあ、持てと言われれば持つけどさあ。

 あまりそう言われても、やらない方がいいんだよ。セクハラとかになったりするし。

 

「え? ちょっ、玲音くん!?」

「……」

「無言の圧は辞めない? ねえ?」

 

 バックハグの要領で後ろから鹿野ちゃんに抱きついて、腕に乗せる感じで持ち上げる。……でも、うまくならないから、結局手で持ち上げた方が良さそうだ。

 

「れ、玲音くん!?」

「? どうしたの?」

「ど、どうしたのって。恥ずかしいとかは」

「無いけど」

 

 ないよ。別に。

 鹿野ちゃんの乳房の下側を手のひらに乗せて持ち上げる。手の感覚的にブラジャーとかしているんだろうから、僕が持ち上げる意味があるのか問いたいところだけど。

 

「重さは楽になった?」

「なった! なってるよ! でも、恥ずかしい! 恥ずかしいからおしまい!」

「……」

 

 恥ずかしいなら初めから頼まなければいいのに。

 

「そんな目で見ないの。……本当にやるなんて、思ってなかったもん」

「肩凝りの原因がその胸で、持てば鹿野ちゃんが楽になるならそうするよ」

 

 胸を庇うように抱いて、羞恥心で赤面しているまま僕を睨みつける鹿野ちゃん。……なんだろう。とてもこう。……なんと言うか。

 

「……可愛いと思う」

「へ?」

「………………なんでもない」

 

 可愛いと思う。こう、……腕の中にしまっていたいというか。抱きしめたくなる可愛さがある。

 ……僕にはあまり理解できないけど。コレは不思議な感覚だ。

 

「か、かわ。玲音くんが、私に、かわいいって」

「……うん。言った」

 

 おや? だんだんとさらに顔が赤く。

 

「ば」

「ば?」

「バカー!!」

「なぜ罵倒された」

 

 鹿野ちゃんが自分のカバンを持って美術室を飛び出した。……あ、顔だけひょっこりと。

 

「…………感想。私のおっぱい、どうだった?」

「ブラジャーでよくわからなかった」

「…………ばか」

 

 少し硬い布の感覚はあったけど、それ以外はなんとも言えない。

 

 僕の答えが気に入らなかったのか。鹿野ちゃんは拗ねて帰ってしまった。

 

「…………」

 

 美術室で、1人になるのはいつぶりだろうか。

 

 ……まだ、後ろから抱きついた時の匂いがする。

 

「…………いい匂いだったな」

 

 懐かしくて、好きな匂いが鹿野ちゃんからした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌朝。何事もなかったかのように鹿野ちゃんは僕に話しかけてきた。

 あの感じだと相当恥ずかしかったはずだ。僕から深掘りは避けておこう。

 

 

「? どうしたの?」

「……なんでもない」

「…………へんなの」

 

 昨日と同じく鹿野ちゃんからは、僕の好きな匂いがした。

 

 

 

 

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