深灰と赤紫の糸   作:空白零無

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気づけば

 

 

 

 

 

 休日。

 学校は勿論休みだし、いつもなら食材の買い出しでスーパーマーケットを転々としたり、自室で絵を描いたりしている。

 でも、今日はいつもと違う日常。

 

 シブヤの駅前。学校以外で会うことのない鹿野ちゃんと、待ち合わせをしていた。

 待ち合わせの時間まで時間はまだあるけど、楽しみで早めに来てしまった。

 早く来たんだから駅内のコンビニで何か買おうかと考えていると、見知った背格好の少女が僕を見つけて手を振っている。

 

「おはよ、玲音くん」

「鹿野ちゃん、おはよう」

 

 小走りで駆け寄って来たのは制服姿ではなく、カジュアルスタイル。薄手の白いTシャツに黒のロングワンピース。いつもより身長が高く見えるから、ヒールでも履いているんだろう。髪もいつものように下ろしているわけではなく、ハーフアップになっている。

 うん。可愛いと思う。よく似合っている。

 

「玲音くん、予定の時間よりけっこう早く来たね」

「楽しみだったからね」

 

 友達と出かけるというのは初めてだし、遅刻するのも悪いから1時間は前に来るようにした。父さん曰く、こういう時に女の子は30分ほど前に来てもいたりするから、早めに行くといいと助言をもらった。なんでも、母さんがそういうタイプの人だったらしい。

 なので、鹿野ちゃんを待たせるわけにもいかないので1時間前に来た。まあ、鹿野ちゃんも1時間前に来るとは思ってなかったけど。

 

「えっ、あっ。……うん。そうだったんだ」

「そうだよ。あと、今日のふっ「だめ! 今は何も言わないで」……な「なんでも!」……わかった」

 

 よく似合ってるから、それを伝えようとしただけなのに……。まあ、いいか。後で伝えられるし。

 

「なんで顔をそらすの?」

「……だめ。今私の顔見ないで」

 

 何か怒らせるようなことをしたかな……。ん? 耳が赤い。

 

「もしかして、恥ずかしい?」

「っ! わかってるなら聞かないでいいから」

「恥ずかしがり屋さんだね」

 

 なんで恥ずかしいのかはわからないけど。

 やっぱり、鹿野ちゃんは見ていて面白い。

 

「わかった。じゃあ一言だけ。〝可愛いね〟今日はとっても」

「〜っ! ばかー!」

 

 こっちを向いて前のように僕にバカと叫ぶ鹿野ちゃん。叫んで注目集めるのは恥ずかしくないのに、何故僕に見られると恥ずかしいんだ。

 顔は赤いし、耳まで赤い。……なにか言っても余計に怒らせそうだから今は黙ろう。

 

「なんでわからないかなぁ……」

「未知、だからかな」

 

 わからないものはわからない。だから教えて欲しいんだけど、それを言ってもダメそうだから、今は聞かない。

 

「はあ」

「落ち着いた?」

「……まあね。ふう。……おはよう、玲音くん」

「うん。おはよう」

 

 この感じはやり直しだろうか。

 

「……いいや。玲音くん、早く集まっちゃったけど。行こうか」

「わかった」

 

 今日は一緒に画材調達をすることになった。

 近くにはショッピングセンターがあるし、テナントで入っている文房具ショップで鹿野ちゃんが使う筆とか絵の具を探すことにした。

 僕はネットで買ってるし、そう言ったところで見ることは滅多にない。

 

「ごめんね、付き合わせちゃって」

「いいよ。気にしないで」

 

 友達と出かけるのは初めてだし。見慣れない姿の鹿野ちゃんを見るのも楽しい。

 

「鹿野ちゃんの私服見れたから」

「……」

「何で顔そらすの」

「……玲音がいじめるから」

「?」

 

 いろんな表情をするから、僕は君と居て楽しいよ。

 

「玲音は私が好きすぎかよ」

「それはそう。好きじゃないと一緒にいないよ」

 

 創作の邪魔だし。

 ? なぜ立ち止まる。

 

「…………玲音」

「? なに?」

「……私、今日死ぬかもしれない」

「……理由だけ聞いても良い?」

「幸せすぎて」

「?」

 

 死ぬ理由が幸せすぎるとは一体。大体の人は、幸せだから生きていたいと思うモノだろうに。本当に不思議な人だ。

 

「まだ、きっと幸せはあるよ。だから、生きて」

「……」

「……生きて。本当に」

 

 天を仰ぐな。なぜ僕に手を合わせる。

 

「ありがたやー。ありがたやー」

「……大丈夫? 体調悪い?」

「うん。大丈夫だよ」

 

 急に元に戻った。……まあ、いつものことか。気にするだけ無駄な気がする。

 

 でも、不思議と鹿野ちゃんへ視線がいく。

 身に付けている物はシンプルなデザインだけど、体付きのせいでいつもより大人びて見える。

 

「……? どうしたの」

 

 数歩先を歩いて僕に向かって振り返る彼女の動き。それに合わせて動く服。いつもは気にならないけど、動作の一つ一つに不思議と目が行って理解し難い気分になる。

 

「なんでも。……いや、後でモデルやってくれる?」

「うん、いいよ。何処で書くの?」

「何処でも良いよ」

 

 絵のいいところは、紙とペンがあれば何処でも描ける所だ。時間は取るけど場所は取らない。

 きっと、僕は今の鹿野ちゃんを描きたいんだと思う。見慣れない姿を、紙のうちに収めたい。だから、こんなにも鹿野ちゃんに触れたいんだろう。

 

「んー、フードコートで描く?」

「何処でも良いよ。鹿野ちゃんと一緒なら」

「……なら、……なんでもない」

「……」

「そんな白い目を向けないでよ。ちゃんとラインは超えなかったじゃん」

 

 鹿野ちゃんの視線を辿るとそこにあったのは、豪華そうなホテル。看板には『短時間休憩出来ます』と書いてあるタイプのホテルだ。好奇心で入ったことはあるけど匂いが好きになれなかった。そして、未成年者は基本入れないので。

 まあ、いつもの冗談の延長だったんだろうし。別に良いけどさ。

 

「まあ、良いよ。鹿野ちゃんがエッチなのはいつものことだし」

「すごく心外なんですけど。そもそも、こんな話をするのなんて君だけなんだからね」

「……複雑だ」

 

 すごく複雑だ。

 下ネタは別に苦手でも嫌いでもないけど、好きでもない。というか、興味がない。ただの繁殖行為に何か思うこともないし、それで愛情がどうのこうのと言う話は耳にしたりするけど理解できない。

 僕には、他人の感情が理解できない。感情は当人のものだから。僕には僕の感情しか理解できない。

 

 逆に言えば、僕の感情は理解できるはずなのに。鹿野ちゃんと居ると、僕自身の今の感情がわからなくなる。

 

「そんな、複雑って言われてもわからないんだけど。玲音くんって、感情を描くことはできても言語化って苦手だよね」

「そうだね。……あまり文字にしてこなかったからかな」

 

 感情の言語化。もちろん、単純で簡単なものであれば言語化できる。でも、今僕が抱えているこの感情を言語化しようとすると、言葉が増えて伝わらなくなりそうだから言語化出来ない。

 

「まあ、そうだねー。玲音くんはワードセンスないからねー」

「鹿野ちゃんは、感情表現系はずば抜けて得意だからね」

「まあね。そこに関しては玲音くんのお墨付きだから自信しかないけど」

 

 鹿野ちゃんは言葉選びだったり、文章を作るのが上手だ。僕のように単調ではなく、少し詩的で聞いていて理解は出来ないけど面白い。

 

「ねえ、玲音くん。玲音くんは、今どんな気持ちなの?」

「……わからない」

 

 感じたことがない。ただ、少し直視したくない様で、もっと見ていたい。感じたくないけど感じたい。触れたいけど触れたくない。

 そんな相反する感情が自分の中で蠢いていて非常に気持ちが悪い。

 

「でも、楽しいよ」

 

 でも、そんな今が楽しい。気持ちが悪いのにとても楽しい。未知というのはとても怖いけど、知りたいと言う好奇心が先行していく。それはとても不快だけど、気分がいい。

 

 鹿野ちゃんなら、上手く言葉に出来るんだろう。でも、僕にはこの気持ちを表す適切な言葉は知らないから〝楽しい〟としか言えない。

 

「ふーん。楽しいならよかったじゃない」

「うん。楽しいよ。鹿野ちゃんといると」

 

 気がつけば鹿野ちゃんの手を握っていた。いつから握っているのかはわからない。

 少し冷えていて、温かくなり始めた今の季節にはひんやりとして気持ちがいい肌。

 

「珍しいね。玲音くんから手を握るなんて」

「ふふ、そうだね」

 

 僕から手を握ったのか。……わからないなぁ。でも

 

「きっと、今の僕は。いま目の前にいる鹿野ちゃんに触れていたいんだと思う」

「! そっか。それは、嬉しいね」

 

 嬉しい、ね。触られて嬉しいなんて僕にはわからない。触れたら嬉しいというのもよくわからないけど。

 

「……人に触れるって、嬉しいんだね」

 

 僕は、鹿野ちゃんの手を握っているだけで、一枚の絵を完成させた様な幸福感を得ている。ただ手を握っただけなのに。

 

「まあ、そこはちょっと複雑というか。人に触れる、イコール嬉しいではないけど。玲音くんが嬉しいなら私も嬉しいよ」

「鹿野ちゃんが嬉しいなら、僕も嬉しいのかもね。……手を繋いだまま行ってもいい?」

「お? いいね。玲音くん、方向音痴だから強めに握ってれば逸れなくて済むしいいかもね」

 

 僕は方向音痴だから、お互いに強く手を握っていれば逸れなくてもいいだろう。でも、そんなために握ったんじゃない。

 

「でも、この繋ぎ方だとまだ離れやすくなるから──よし、これで行こう」

 

 お互いの手のひらを合わせて、指を噛み合わせて握り合う。密着し合う形になって、どうも離れられない。

 

「恋人繋ぎって言うんだけど、腕も手も絡むから中々離れないと思うんだ」

「恋人繋ぎ……」

 

 なんだかむず痒いような感覚だ。でも、心地がいい。

 

「……じゃあ、この繋ぎ方で行こう。僕と鹿野ちゃんが逸れないために」

「いいの?」

「うん。……鹿野ちゃんが良ければだけど」

「私は全然いいよ。じゃあ、向かおうか」

 

 手が触れ合って、離れない様に近寄れば僕の好きな匂いがして。それを意識すればむず痒い様な、心地がいい様な感覚が脳を刺激する。

 

 この感情の名前はわからない。でも、今までこんな感情を抱えたことは一度もない。

 

「玲音くんって、普段どんなやつ使ってるの?」

「僕は──」

 

 なんてことの無い話をしながら歩くのは。姉さんと雑談しながらする登校と同じぐらい、僕は楽しかった。

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