深灰と赤紫の糸   作:空白零無

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わからない

 

 

 

 

 

「好きです、付き合ってください!」

「……」

 

 さて、どうしようか。

 

 目の前にいるのは小柄の女子生徒。場所は体育館裏。されているのは告白。そして、僕の手にあるのは靴箱に入っていたラブレター。

 

 軽く目を通してここに来てはいるけど……。ふむ、恋する人はこんな感じなのか。勉強になる。

 

「それで、返事を……」

「……うん。ごめんね。僕は、誰かと付き合うとか、恋人になるとか考えてないんだ」

 

 必要だと考えたことがない。

 居ても創作の縛りになって大変そうだし、創作の時間が消えそうだから嫌だなぁ。

 

「……そう、ですよね。宵崎くんは、柊さんが居るし」

「え?」

 

 なんで鹿野ちゃんの名前が上がるの? 

 

「別に付き合ってないけど」

「え? でも、放課後いつも一緒で」

「うん。友達だし」

「……スキンシップもたくさん。今朝だって、柊さんと宵崎くんは抱き合ってたし」

「ひんやりしてて少し気持ちいいから」

 

 鹿野ちゃんは基礎体温がそこまで高くないから、少しひんやりしてて気持ちいいし。別にスキンシップぐらい、友達なら普通では? 

 

「宵崎くんって、意外と節操なし?」

「そんなことないよ」

 

 鹿野ちゃんとか姉さん以外にしないし。……いや、体調を崩したら父さんにもやったりするかな。記憶が飛ぶことが多いからよくわからないけど。

 

「……でも、付き合ってないで柊さんとの距離感はおかしいよ」

「それ、君に関係あるの?」

 

 君が僕と鹿野ちゃんの関係に関係あるのかな? 

 正直言って目の前にいる少女に僕は興味がない。話をかけてきた物好きが居たから会話しているだけ。

 

「で、話は告白だけかな」

「え、……うん。そうです」

 

 そうか。なら、返事はしたし用事も終わったなら僕は美術室に戻ろう。今日は千切絵をやるんだ。

 

「あ、宵崎くん」

 

 用はないはずなので、愛想笑いを浮かべて手を軽く振ってその場を去る。

 鹿野ちゃんも心配するだろうし、早く戻ろう。

 

 ……はあ。やっぱり、わからないことはわからない。理解できないモノに、解釈が存在させきれない。そう言った演技も出来ないし、共感も出来ない。

 本当にどうしたものか。

 

「れーいーね。迎えに来たよ」

 

 考えながら歩いていると、鹿野ちゃんが正面から飛びついてきた。

 

「待ってるんじゃなかったの?」

「いやー、まあ気になるじゃん。他人の恋路は楽しいからね」

「そういうものなの?」

「そういうものだよ」

 

 そうか。他人の恋路は楽しいものか。

 ……。

 

「ねえ、鹿野ちゃん」

「なに?」

「鹿野ちゃんは、誰かに恋をしたことがあるの?」

 

 僕にはわからない。

 自分のうちにある感情はわかる。好きだというのは理解できる。一緒にいたいのもわかる。でも、何故付き合い。お互いに縛り合うのかがわからない。

 何故付き合うと言う手段を取るのかが理解できない。

 

 一緒にいたければ居ればいいだろうし。好きなら好きで個人の感情として持っていればいいだろうに。

 

 フラれて諦めがつくなら。好きという感情は所詮その程度だったという所だろう。

 

「んー、恋したことあるように見える?」

「わからない。表面化されるもされないも個体差だろうから」

「そこで個体差って……せめて個人差って言わない?」

「感情は経験によるものだけど、それを表す力。表情の動きや筋肉のつきかたは遺伝によ「はいはい。そういう理屈はいいから」。……まあ、うん。使い方的に個体として見た方が適してると判断した。それだけだよ」

「でも、結局のところ個人によって違うなら、個人差でいいの。そんな理屈並べなくたって」

「……それもそうだね」

 

 それもそうか。

 

「鹿野ちゃんが恋をしたことがあるのか。という質問に対しては、わからないと答えておくよ」

「……まあ、だろうね。うん、知ってる。だって感情に対しては鈍感だしね、玲音くんは」

「……返す言葉もないよ」

 

 他者の感情変化の察知はどうも苦手だ。あからさまなもの、態度が変わるものならわかる。でも、初めから変化がないものはわからない。

 初めから僕のことが嫌いな人が、僕を嫌っていることはわからないし。初めから僕のことが好きな人が僕を好いていることはわからない。

 反応の変化でしか感情を測れない僕には、僕といる鹿野ちゃんしか知らない時点で、一方的な解釈の押し付けになる。理解には至れない。

 

 だからこそ、普通に教えて欲しいところだ。

 

「うーん。そうだ」

 

 いいことを思いついた。そういいたげな彼女は、僕の目の前に回り込んでにっこり笑う。

 

「最近暑くなってきたと思わない?」

「……まあ、確かに。気温は上がってきたよね」

 

 梅雨明けの初夏。気温が上がり始めて、日差しが強まり、夏の暑さの片鱗が見え始めたこの時期。

 暑さを感じるのはわかるけど、それが何につながるんだろうか。

 

「アイス奢ってくれるなら教えてあげようかなー?」

「……アイスが食べたいと」

「うん」

 

 ……仕方がない。アイス一つで解釈に繋がりそうな情報が得られるなら安いものだろう。根掘り葉掘り聞かせてもらおう。

 

「わかったよ。で、なんのアイスが食べたいの?」

「うーん。最近出来たカフェのやつがいい。噂でしか聴いてないけど、かなり大きいんだって」

「大きいのはロマンがあるけど、お腹壊さない?」

「大丈夫、大丈夫。食べきれなかったら玲音くんも一緒に食べてくれるでしょ?」

「まあね。残すのは気分が良くないからね」

 

 見える範囲での食品ロスは見逃せない。食材となった命への敬意が足りないと思ってしまうから。

 

「よし。じゃあ、決まりだね。玲音くんのお金でアイスクリーム〜」

「ご機嫌だね」

「食べて見たかったからね。いやー、楽しみー」

 

 機嫌が良くて何よりだよ。でも、今校門向かわれても困る。僕のカバンはまだ教室に置きっぱなしなんだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学校を出て歩くこと十数分。

 駅近くに出来た小洒落た喫茶店『みるくメイク』。外から軽く見ただけでもわかるほど女性客が多く、男性はいても一緒に女性が座っている。

 

「いやー、悪いね」

「いいよ。理解のための必要経費だから」

 

 鹿野ちゃんの目の前に置かれたのは、30cm程に盛られたソフトクリームと最早飾りとなったカップコーンがちょこんと乗っている。

 

「おっきいね。1人で食べ切れるかな」

「……カップル用ってやつだから、1人で食べるとお腹壊しそうだよね」

 

 この喫茶店独自のサイズ。カップルサイズ。

 シェアすること前提の量と言うことだろう。いや、アイスクリームで30㎝は2人で分けて食べるには大きいと思うけどね。

 

 アイスクリームが目の前に置かれたの鹿野ちゃんはとても楽しそうで、眼をキラキラと輝かせている。

 

「じゃあ、いただきまーす」

「溶ける前に頑張ってね」

 

 アイスクリームを食べるべく、スプーンで掬って食べ始める鹿野ちゃん。

 そんな鹿野ちゃんを見ながら、僕は頼んだコーヒーを飲む。……うん、おまかせにしたからかな。甘い。結構砂糖が入ってるみたいだ。飲めなくもないけど、あまり好みではない。

 

「んー、美味しーい」

「よかったね」

「玲音くんも食べる?」

「……そうしようかな」

 

 スプーンを取り出して使おうとすると、鹿野ちゃんから待ったをかけられた。

 

「はい。あーん」

「……?」

 

 アイスクリームを掬ったスプーンをこちらに向けて口を開ける鹿野ちゃん。……何がしたいんだろうか。

 

「あーん」

「……ああ。あーん」

 

 理解した。鹿野ちゃんは、僕に食べさせたかったらしい。

 同じように口を開けると、アイスクリームを口の中に運ばれた。

 アイスクリームを口の中で含み、味を確かめる。

 

 ミルクが強めで、ねっとりとした甘さを持つアイスクリーム。……あまり好みではない。でも、

 

「美味しい?」

「……うん。美味しいよ」

 

 にやにや笑いながら僕にそう聞き、美味しかったと返せば笑っている鹿野ちゃん。

 楽しそうだし、美味しいってことにしておこう。嫌いな味ではないし。……でも、食べるならブラックのコーヒーが欲しい。甘すぎる。

 

「で、私が恋をしたことがあるかって話だっけ?」

「うん。食べてるんだから、ちゃんと話してもらうよ」

「ちゃんと話すよ。約束だもんね」

 

 アイスクリームを食べながら、鹿野ちゃんは僕のコーヒーに手を伸ばす。

 

「甘いけどいいの?」

「甘いのは好きだからいいの」

 

 そう言って僕のコーヒーを飲んで一息つく。

 

「あるよ。恋をしたこと」

 

 鹿野ちゃんはそう言った。

 

「へえ。どんな感じだったの」

「うーん。そうだねえ。とても楽しいよ。そして、とってもハッピーだ」

「……」

 

 なんだそれ。

 

「うーん。言語化が難しいなぁ。恋はね、感情の動きなんだよ。だから、一定じゃないというか、なんというか」

「……。激しい時もあれば、そうでもないこともあるってこと?」

「まあうん。近い」

 

 感情だから波があるのか。

 

「他には? 抽象的でもいいから教えて欲しい」

「うーんっと。世界がキラキラして見えるよ。暗い世界に太陽が出てきたみたいな。夜空に星を見つけたみたいな感じかな」

「……夜空に星、ね」

 

 何もない暗闇で光る星を見つけたね。……暗い世界で太陽だったり、眩しかったり身を焦がして苦しむことも実際にあったりするのかな。

 

「でも、恋はしたいと思ってするものじゃないんだよ。気がついたらそこにあって、拾い上げてる。それが恋なんだと思うよ」

「……探しても見つからないってこと?」

「そう」

 

 ……なるほど。なら、僕が恋を知って。自分で体験するのはまだまだ遠そうだ。

 

「でも、意外とすぐ近くに落ちてたりするから。自分の〝好き〟って気持ちに敏感になったらいいんじゃないかな」

「…………なるほど。記憶しておくよ」

 

 そっか。……なら、僕が恋するとすれば。

 

「……僕は、鹿野ちゃんに恋をするのかな」

「へ?」

「?」

 

 鹿野ちゃんが固まって顔を赤くし始めた。僕の好きな鹿野ちゃんの面白い顔だ。本当に感情が豊かだ。

 なんでこの顔になっているのかはわからないけど。

 

「な、ななななにを」

「動揺しすぎじゃない? 僕が鹿野ちゃんに恋に落ちるとするのが意外?」

「あ、いや。そうじゃなくて……。なんで私なんだろうって」

 

 なんで鹿野ちゃんなのか。そんなの簡単なことで。

 

「だって、僕の目に映る異性は鹿野ちゃんぐらいだから」

「へ、へぇ」

 

 性別が違うだけなら姉さんがそうだ。でも、僕は姉さんを異性として見ることはないし、見れないだろう。

 

 なら、僕の目に映る異性は鹿野ちゃんだけ。

 

 だから、現状だと僕は鹿野ちゃん以外に恋に落ちることはないだろう。

 

「そっか。私に恋、ね。…………玲音くんだから、純粋な感情だけでは無いんだろうけど、嬉しいよ。ありがとう」

「? どういたしまして」

 

 純粋な感情だけでは確かにないけど、感情もちゃんと混ざっている。

 

 だって、僕は鹿野ちゃんが好きなんだから。

 

 

 

 

 

 

 結局、僕も鹿野ちゃんのアイスクリームを食べてお店を出た。

 それからは駅近くの公園でダラダラと話をしていた。

 

「ああ、そうだ」

 

 鹿野ちゃんが僕の方を振り向いて微笑む。

 

「私ね、まだ初恋が続いてるんだ」

 

 鹿野ちゃんの初恋ね。それがいつから始まっているのかはわからないし、相手が誰か聞いても答えてはくれないだろうけど。

 

 僕は鹿野ちゃんの友達だから、精一杯応援するよ。現状、ただ君の隣にいる者として。

 

「そうなんだ。……叶うといいね」

「……いや。私は、叶わなくてもいいかな。恋は、している時が楽しいから」

「そっか。……なら、その恋が続くといいね」

 

 どこか影を持つその顔を見て、僕の胸が痛んだ。

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