深灰と赤紫の糸   作:空白零無

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また明日

 

 

 

 

 

 

 暑い日差しが照りつける夏の日。

 定期的に運動のために外出するけど、水筒と汗拭きためのタオルを手放せないほど気温は高く、暑さにぐでる日々。

 

 学校も夏休みに入り、僕も家にいることが増えた。

 家にいることが増えれば、家事はいつでもするし、食事も凝ったモノになりがちになった。

 そうめんに天ぷらをつける様になったり。錦糸卵や、ハムなどを細切りにしたり、飾り切りをする様になったり。手間をかけて作ることが増えた。

 

 家にいる間は自室で絵をいていたりすることも増えた。

 ……そして、それとなく寂しさを感じることも増えた。

 ほぼ毎日隣にいた鹿野ちゃんが居ない。しつこく絡んで来たり、意味ありげに笑ったりされることもない。

 

 僕の中で、鹿野彩と言う存在がかなり大きくなっていたんだろう。

 

「……またか」

 

 なんとなしに描いていた絵は、曖昧な輪郭ながらもいつでも僕の隣で笑っている鹿野ちゃんとなり、絵の中ですら微笑みかけてくる。

 

 これで何枚目だろうか。3日に1枚ぐらいのペースで書くけど、全て鹿野ちゃんのことを描いている。

 

「……うん。気持ち悪いな、僕」

 

 流石に気持ち悪い。

 相手はただの友達。無意識ながら絵に描くとは、なかなかに気持ち悪い。

 

 ……でも、あの見た目。顔面は好みではあるけどここまで絵に描いたり、手癖の様にパッと出てくるまでのものではない。

 絵を描く上で、見ている分には好きな造形をしているだけ。それ以外はただ友達のはず……なんだけどなぁ。

 

 コンコンッ

「玲音、起きてるかい?」

 

 ただの友達。それ以上の存在ではないし、そうなることもないだろう。

 

 ……だがしかし、我ながら会心の出来だ。

 

「玲音、入るよ」

 

 特に目元や頸あたりは上手く描けたと思う。キレの長い目に、小さな泣きぼくろ。白い頸。うん。完璧だ。

 

「玲音、作業中だったりしたかい?」

「? ……ああ、父さん。どうしたの?」

「いや。特別用事があったわけではないんだけど」

 

 ああ、父さん。部屋に来てたんだ。

 

「また絵を描いていたのかい」

「うん。思いつくままだけど」

 

 特に何も考えずに絵を描いて、描き終えたものが今目の前にある絵だ。

 

「良くかけているね。誰を描いたんのか教えてくれるかな」

「学校の友達。気がついたら描いてたよ」

「ああ、中学に上がってから仲良くなったって言う女の子を描いたのか。上手じゃないか」

「僕も上手く書けたと思うよ」

 

 特徴をうまく捉えた一枚だと思う。

 

「仲良くできているかい」

「ん。仲良く出来てる……と思うよ」

 

 なにぶん、生まれて今まで友達というものを鹿野ちゃん以外に持たなかったから人間関係初心者だ。僕は仲良く出来ていると思っているけど、実際はそんなことないのかもしれない。

 うまく行っているかどうかは鹿野ちゃんのみぞ知る。

 

「そうか。なら、良かったじゃないか」

「そうだね」

「絵を見てもいいかな」

「いいよ」

 

 絵の具の乾いてきたキャンバスを父さんに渡すと、慣れた様に手に持ってじっと眺める。

 すると、小さく微笑んでから絵を僕に返した。

 

「玲音はこの子のことが大好きなんだね」

「まあね」

 

 嫌いなら一緒にいないし、僕が仲良くできるともおもわない。

 

「とても色が鮮やかだ。いつも描くような落ち着いた雰囲気の絵じゃなくて、明るくて、とても暖かそうな色合いだ」

「……そう?」

 

 まあ確かに。今回の絵は暖色系の色と明るめの色を多めに使っているし、そう見えるだろう。

 

「おや、違うのかい」

「特に何も考えずに描いたから僕にもわからない」

 

 だってなんとなしに筆を動かしていたらこうなっていた。それだけなんだから。

 

 返してもらったキャンバスをスタンドに置き直す。笑う彼女の姿の絵は……とりあえず、ちゃんと乾くまでは部屋に置いておこう。乾いたら、貸し倉庫まで持って行って保管かな。

 

「……コーヒー、飲む?」

「淹れるのかい?」

「ん。描き終わったから休憩に飲もうかなって」

 

 とりあえずコーヒーでも飲もう。

 そして、コーヒーを飲んだらまた別のことをしよう。

 

 ……いや、散歩にでも行こうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────────────────────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暇つぶしにやってきた中学校の図書館。読みたい本があったわけでもないし、何か用があったわけでもない。ただなんとなく。なんとなく、僕は学校に足を運んでいた。

 

 夏休みでも図書館は開放されているからやってきただけ。何か新しい創作の種を探しているだけだった。

 

「……」

 

 学校図書館の戸を開き、中に入れば紙の匂いがする静かな空間が広がっている。

 

 入り口から入れば見える学習用の机が並べられた場所には見慣れた人物が座って本を広げたまま僕を見ている。

 手招きで僕を呼び、その顔はとても嬉しそうに笑っていた。

 

 手ぶらな僕は彼女の隣の席を引いて腰かけると、彼女の赤い瞳が僕を見て微笑む。

 

「久しぶり、玲音くん」

「ん。鹿野ちゃんも久しぶり」

「まさか、学校の図書館で玲音くん会うとはね。驚きだよ」

「僕もだ。気まぐれもたまには良いみたいだね」

 

 今日は運がいいらしい。まさか、気まぐれで来た学校で鹿野ちゃんと出会うとは。

 ……うん。やっぱり、絵で描くよりも生身の方が僕は好みだ。絵では物足りないナニカが埋められた充足感がある。会えて嬉しいよ。

 

「何読んでたの?」

「うーん、なんか目についた絵本があってさ。それを読んでたの」

 

 絵本か。ここ数年手に取っていない。興味も特になかった。本が閉じないように手を取って表紙を見る。タイトルは『ともだち』。

 

「『ともだち』、ね。内容はどん感じのやつなの」

「まだ読んでないからわからないなー。一緒に読む?」

「ん。読む」

 

 誰かと一緒に本を読んだことないからやり方が分からないけど。

 なんで手に持つんだい? 

 

「じゃあ、読み聞かせのはじまりはじまりー」

「読み聞かせ?」

「うん。これなら私も玲音くんも読めるでしょ?」

 

 ……それもそうか。

 それに、鹿野ちゃんも楽しそうだし。

 

 表紙を開いてページが捲られる。

 優しさを感じながらも、淡々と読み上げられる鹿野ちゃんの読み聞かせは、どこか冷たくて。少し暗い雰囲気を感じる。

 

 母さんの読み聞かせとは違う。……まあ、ジャンルの違い。当時の僕の年齢の違いもあるし、養育の観点から反応を伺いながら、対話をしながら読み聞かせて反応をみながらと言うのもあったんだろう。

 教育、養育に対する知識はあまりないから推測でしかないけど。違うのは個体差とそう言った教育的役割の有無も関係しているんだろう。あとは、内容の違い。

 

「──ふくろうさんは、ねずみさんと仲良く過ごしました。おしまい」

「……」

「どうだった? 人に読み聞かせするのって初めてだったけど」

「上手だったと思うよ」

 

 比較対象が母さんと幼少の姉さんぐらいしかいないけど。上手だと思う。

 

「ふふーん。そっか。じゃあ、そうだなあ。この絵本ってシリーズものらしいんだけど、まだ入荷してないんだって。だから、続きが出たらまた読んであげるね」

「それは別に良いかな」

「なんでさ。私が読んだの聞いて行ってよ」

 

 絵本、小説なんであろうと別に自分で読めるし。わざわざ鹿野ちゃんに読んでもらう必要はない。

 

「……でも」

 

 でも。

 

「……また、お願いするかもね」

 

 優しくて冷たい声。落ち着いた声はとても聞きやすかったから。別のやつをお願いしようかな。

 ……そんな不思議そうな顔をしないでよ。別に変なこと言ってないでしょ。

 

「……へえー。玲音くんも恥ずかしがったりするのかあ」

「?」

 

 恥ずかしい? 一体何が。

 

「あれ、違う? いつもより少し耳赤いよ」

「?」コテッ? 

「ああ、自覚ないんだ。耳触ってみなよ。きっと、いつもよりあったかいんじゃない?」

 

 言われるがまま耳を触ると少し熱を持っているようで、熱を感じる。

 ……そうか。今、僕は恥ずかしいのか。

 

「……これが恥ずかしい、か。初めて理解した」

「え?」

 

 なんでそんな驚いた顔するのさ。

 

「まさかだけど、恥ずかしいとか今までなかったの?」

「うん。基本何も気にしないから」

 

 今でもそうだけど。基本、誰がなんと言おうが気にしないし。理解できないからね。知識としてそう言うものだってのは知ってるけど、経験することは滅多にない。

 

「……恥ずかしいって、こんな気持ちなんだね」

「人の心を少しだけ理解したバケモノみたいな事言ってるよ」

「そう言うものだって知識はあるんだけどね……」

「感情育ってないの? 本当に人間? 奏さんは普通に感情あるみたいだし、やっぱり玲音くんって変?」

「かもね」

 

 まあうん。変な部類の人ではあるんじゃないかな。

 

「でも、そんな僕と仲良くできてる鹿野ちゃんも変な人だね」

「うわー、複雑だあ。というか、自覚があるなら直せば良いのに」

「別に直す必要を感じたことがないからいいや」

 

 必要を感じれば直そう。でも、今の僕には鹿野ちゃんがいればそれで良い。

 

 

 

 

 

 

 

 話していれば時間は経っていく。

 図書館も閉館の時間が来る。話すことも特にないけど、学校近くの公園の日陰にあるベンチに座って話をした。

 夏休みに入って何をしていただとか。夏休みの課題の進捗だとか。最近描いた絵の話。鹿野ちゃんの読んだ漫画の話を聞いたり。

 

 とにかく、話をしていた。

 

 19時頃に、そろそろ解散しようと言う話になった。逆光だからなのか、鹿野ちゃんの顔が暗く見えた。

 

「ねえ、玲音くん」

「なに?」

「また明日、図書館で会おう」

「…………ん。わかった。また明日ね」

「うん。また明日ね。玲音くん」

 

 うん。また明日会おうね。鹿野ちゃん。

 

 僕と鹿野ちゃんは公園で別れた。……とても、不思議な気分だった。

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