深灰と赤紫の糸   作:空白零無

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キミがいた夏は

 

 

 

 

 あの日以降、学校の図書館で鹿野ちゃんと待ち合わせをして一緒に過ごすようになった。図書館が休みの日は学校近くの公園や公共の図書館で待ち合わせをしていた。

 

 学校にいれば、田代行形先生も居るし。美術室の鍵を借りて2人で絵を描いて過ごしていた。

 

 そんな日々が続き、鹿野ちゃんが。とある日。具体的に言えば、今日から2日ほど前に僕を夏祭りに誘ってきた。

 

 僕は特にお祭りに興味はない。

 人が多く集まるし、出店が多く集まる分、会場にはいろんな匂いが混在して少し気分も悪くなる。花火は好きだけど、別に会場に行かなくても見れるから1人で行く理由も特になかった。

 

 しかしまあ、やる事がなかったのも事実。

 鹿野ちゃんに誘われて断る理由もないから適当に準備をして、駅前で待ち合わせしていた。

 

「君可愛いね。今から誰かとお祭り行くの?」

 

 待ち合わせの時間よりも早く来たし、コンビニで飲み物でも買っておこうかな。

 

「君、一人?」

「……あの、どうかしましたか?」

 

 不意に手首を掴まれる。振り向くと少し歳上そうな男の人。多分、高校生ぐらいの年齢の人が僕の手首を掴んでいる。

 

「可愛い子がいたからついつい声をかけちゃったんだ。今暇? 一緒にお祭り行かない?」

「……! ああ、ナンパ」

 

 この男の人は僕をナンパしに来たらしい。

 しかし残念なことに、僕は男だ。わざわざナンパしに来たところ悪いが、おかえりいただこう。

 

「これから友達と会う約束があるので遠慮します」

「二人なの? 俺も友達とこれから待ち合わせなんだ。良ければ俺たちと回らない?」

「いいえ。僕は友達と約束があるので遠慮します。それに、お兄さんの名誉のためにも、同性の僕にナンパしているところを目撃されるよりはいいと思いますよ」

 

 この男の人が同性愛者であるなら話は別なんだろうけど、今の一瞬の反応的にそんなことはないだろう。一瞬だけ思考をフリーズさせていた。多分、僕を女の子だと思ってナンパしてきたんだろう。

 

「……何を言っているのかさっぱりだ」

「あの、僕男なんですよね。学生証で良ければ確認しますか?」

 

 住所は見えないように。名前は別に見られてもいいし、所属校も見られて構わない。ただ学生証にはちゃんと僕の性別が表記されている。……まあ、持ち逃げされたりしたら嫌だし。見せる程度でいいか。

 ……でも、財布を出してそこから学生書出すのも面倒くさいなぁ。

 

「お待たせー。ごめんね、遅くなって」

 

 前の方からよく知る声が聞こえてくる。

 視線を向ければパタパタと走ってくる鹿野ちゃんの姿が見える。

 掴まれた手を振り解いて鹿野ちゃんの手を掴む。さっさとここから離れよう。

 

「ん。待ってたから、早く行こう。そういう事ですので、さようなら」

「え? ああ、うん」

「あ、ちょっと」

 

 鹿野ちゃんの手を引いてその場を離れる。別にナンパはいい。好きにやるといい。ただ、僕は面倒なのでご遠慮願いたい。

 

「玲音くん、私コンビニに」

「……後で行こ」

「もー、強引だなぁ」

 

 強引でごめんね。……でも、鹿野ちゃんがナンパされるのも嫌だから大人しく着いてきてほしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 駅の中に入って休憩スペースにある自販機で適当に買って椅子に座る。僕はペットボトル水。鹿野ちゃんはエナジードリンクなるモノを飲んでいる。

 

「ふーん。ナンパされてたんだ」

「何故かね」

「まあ、玲音くんは顔整ってるからねー。ワンチャン狙って頑張って声かけたのかな?」

「……もうちょっと別の人に勇気出して声かければいいのに」

 

 なんであの場で僕だったんだろうか。女の人なんて他にも居たのに。

 

「……解せない」

「ある意味、玲音くんも私と同類だからねー。なんで此処まで鈍感なのかはわからないけど」

「?」

 

 どういう意味なんだ。

 

「まあ、ナンパしてきた人なんて忘れて、コンビニによってからお祭り行こうよ」

「……そうしようか」

 

 ……なんでコンビニに行こうとしたんだっけ。ああ、飲み物が欲しかったんだ。でも、もう飲んだんだよね。鹿野ちゃんは何か用事があるのかな。

 

 缶飲料をグイッと飲む鹿野ちゃん。……美味しいのだろうか。

 

「そういえばさ。玲音くんってお店とかだとコーヒーよく飲むけど、ペットボトルとか缶コーヒーって飲まないよね」

「味があまり好みじゃないんだ」

 

 缶コーヒーとペットボトルのコーヒーはあまり好きじゃない。後味とか、変な酸味とか。缶だと、若干鉄臭くなってたりして好きじゃない。

 

「記憶にあるモノと違ったりして違和感が強く感じやすかったりするのかな」

「なのかな」

 

 実際どうなのかはわからないけど。まあ、あまり好きじゃない。

 

 飲み終わったペットボトルのラベルを剥がし、キャップも外してゴミ箱に捨てに行く。鹿野ちゃんも飲み終わったようで一緒に席を立ってゴミ箱まで行って捨てた。

 

「よし、コンビニ行こう!」

「……なにしに?」

「さっき飲んでたエナドリにコンビニ限定の味があるんだよね。それが欲しくて」

「まだ飲むの? 飲み過ぎは体に良くないんじゃ」

「まあいいじゃん。美味しいし」

 

 美味しいのか。……そんなに美味しいのかな。

 

「あ、玲音くんはダメだよ? 体にあまり良くないんだから」

「なら、鹿野ちゃんも飲まないでほしいんだけど」

「私はいいの」

 

 何がいいんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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 少し時間は早いけど、人は沢山いる。人混みに屋台で売られる食べ物の匂い。いろんな匂いが混ざって思わず顔を顰めそうになる。

 

「おー、賑わってるね」

「……そうだね」

 

 香水の匂いに、味の濃いタレの匂い。そして、チラチラと注がれる視線。不快だ。

 

「あっちにたこ焼き売ってるよ! 買いに行こうよ!」

「……ん」

 

 目をキラキラさせてはためくたこ焼きの旗を指差す鹿野ちゃん。……楽しそうだし、いっか。君が楽しいなら僕はそれでいいし。

 僕の手を掴んで引っ張るようにたこ焼き屋を目指す鹿野ちゃんに連れられて待機列に並ぶ。ワクワクとしている上機嫌な鹿野ちゃんを見ながらふと目に入ったたこ焼き六個入りの値段……600円か。一個100円と考えると高い。

 父さんが多めにお小遣いをくれた理由がよくわかった。

 

「……これがお祭り。イベント価格」

 

 9年前。僕が3〜4歳の頃はもう少し安かったと思うんだけど。……これが物価高。

 

「玲音くん?」

「たこ焼き、一緒に買う?」

「最初からそのつもりだよ。色々回って食べたいじゃん」

「よかった」

 

 よかった。これを一人で買って、一人で食べて他も回るかもと思うとあまりに懐に良くない。

 それに、元々僕はあまり食べないし、食べ歩きを考えるならたこ焼き半分もいらないからね。僕。

 

 たこ焼きを買って、他の出店も鹿野ちゃんに手を引かれて回った。

 焼きそばと焼き鳥とフランクフルト。

 持ちきれなくなってりんご飴やらかき氷は断念。しかし、諦めきれないようなので一旦休憩スペースで座って食べることにした。

 

 少し冷えて丁度いい温度のたこ焼き。ソースの味が濃くて口の中に残る。

 焼きそばを買うときに一緒に買った瓶ラムネの開け方が分からず苦戦していると、鹿野ちゃんが開けてくれた。

 

「はい。開けたよ」

「ありがとう」

 

 開けてもらったラムネを口に含むめば、口の中で気泡が弾けて爽快と言うよりは慣れない刺激で痛い。

 この感じがあまり好きじゃなくて炭酸は苦手だ。確か、初めて来た夏祭りでも同じ経験をした。

 

 カラン♪ カラン♪ 

 

 ラムネ瓶の中にあるビー玉がカラカラと鳴る。いい音だ。……喧騒がなければ、もう少し聞いていきたい。

 

「? ラムネ見るの初めてだっけ?」

「そんな事はないよ。こうやってよく見るのは初めてだけど」

 

 ラムネが入っている間は境界の見える透明な球体があって。ラムネがなくなってくるとビー玉がはっきり見えるようになって、揺れるとカラカラ音がなる。

 

「んぐ、んぐ。……ぷはー。うまー」

「おお、一気飲み」

「あー、美味し。夏に飲むラムネは美味しいね」

 

 鹿野ちゃんは楽しそうだ。

 いつも笑ってるけど、いつも見ている笑みとは違って見える。

 

 ふと道行く人に目を向けた。

 みんな笑っていたり、少し不機嫌そうだったり。ムスッとしていたり。みんな違った表情をしている。

 とても賑やかで、うるさくて、いろんな匂いが入り混じって少し気分が悪くなる。

 

「玲音くん、楽しい?」

 

 空になったラムネ瓶の中に入るビー玉を見ながら鹿野ちゃんが僕に問いかける。

 

「そうだね……」

 

 色んな人がいて、色んな感情がそこにあって。とてもじゃないけど、一人なら絶対に来ないし楽しめない。

 

「楽しいよ」

 

 鹿野ちゃんと一緒だから。

 

「鹿野ちゃんは楽しい?」

「当たり前じゃん。今年は玲音くんも一緒だから、いつもより楽しいよ」

「そっか」

 

 僕を見てニコッと笑う鹿野ちゃんにつられて僕も微笑みを浮かべた。

 

「さあ、夏祭りはまだまだ終わらないよ。食べ終わったし、りんご飴とかき氷とチョコバナナ買いに行こ! 買ったらイカ焼きも買って、その後は射的とかくじ引きとかやろうよ!」

「そんなにお金あるの?」

「ないよ。でも、それぐらいやるつもりで楽しまなきゃね!」

 

 鹿野ちゃんが立ち上がって僕の手を掴む。

 

「行こ、玲音くん」

 

 そう言って僕を引き起こした。

 

「……ん。行こうか」

 

 友達と行く夏祭りは、とても楽しかった。

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