秋初めの九月半ば。
秋初めとは言ったものの、まだ暑い日が続く。とは言え、僕は気候変化に弱いから体調を崩しやすい時期に入った。
「──私たちはスポーツマンシップに則りー」
ああ、退屈だ。何故こんな天気のいい秋空の下で体育祭なんてやるんだろうか。……眠たい。
「……宵崎、また立ちながら寝てるぞ」
「……でも、このまま狂いなく動けるから凄いよな」
……別に寝てない。目は閉じてるけど、頭は起きてる。
流石に寝ていたら、機敏には動かないよ。
選手宣誓に、学校長の挨拶。
立っているのは別に苦ではないけど、手が寂しく思う。運動よりも絵を描きたい。程々に加減しないと目立つから、好きじゃないんだよね、体育祭。
「──体育祭、開会とします」
長い開会式が終わって学級のテントまで帰る。
列を崩さない様に。なんとなく覚えた歩幅や歩数で歩く。歩き方もお手本をそのまま真似て動く。
多少の誤差は視界に入る情報を元に修正して、周りに合わせる。
集団で動こうとすると、どうしても誤差が出る。
その誤差が気になって。その誤差でぶつかりそうになる。
苦手だ。他人に合わせて動いて。他人に合わせられなければ排斥される。
僕は模範をやっても、その模範が周りとズレていればダメなのは僕だ。結構理不尽だと思う。でも、社会というのはそういうモノなんだろう。
……あとで、鹿野ちゃんに訊いてみよう。
きっと、鹿野ちゃんなら、何かしらの答えを持っているだろうし。僕に教えてくれるかもしれない。
テント下に敷かれたブルーシート。テントで作られた影の中で座る鹿野ちゃんの隣に座る。
相変わらずのジャージ姿。暑くないのかな。
「おかえり。あと、お疲れー」
「鹿野ちゃんもね」
学校指定のジャージに身を包む鹿野ちゃん。
体育の時は、いつもジャージだし。体調は大丈夫かな。
「いやー、一緒になれなくて残念だね」
「そうだね」
体育祭の出る種目は一緒になれなかった。
僕は借り物競走で、鹿野ちゃんは学年対抗の男女混合リレー。二人三脚じゃなくて良かった。と、なんとなく考えてしまった事は伏せておく。
「応援は任せて」
「私もちゃんと応援するからね」
もちろん応援するよ。頑張ってね、鹿野ちゃん。
「そういえば、玲音くんはお父さん来てるんだっけ?」
「ん。一緒にご飯作ってきた」
「そっか。私はお婆ちゃんたちが来るんだって」
鹿野ちゃんの親は、基本的に多忙らしくてこういった行事には来られないらしい。
だから、こう言った行事は祖父母が来る事が多いのだとか。
なんの仕事をしているのかは、教えてくれなかったし、鹿野ちゃんが教えられないという事は、僕が知るべきではない。知らなくても良い、知られたくないという事なんだろう。
だから、僕は何も聞かない。鹿野ちゃんの親が何者であろうと、僕には関係のない事だ。
「そっか。じゃあ、挨拶に行こうかな」
「いいねー。じゃあ、私も玲音くんと奏さんのお父さんに挨拶に行こうかな」
「いいと思う」
夏休みのあの日以来、父さんは鹿野ちゃんに興味があるみたいだから。挨拶に来てくれるのは嬉しい。
鹿野ちゃんの祖父母か。どんな人なんだろうか。
「男女対抗の応援合戦も出るんでしょ?」
お昼前にある男女の応援合戦。男女混合種目の参加者から数名か、有志五人がすることになる。と、締め切った後に伝えられた。担任め、許さない。寝て話を聞いていなかった僕が悪いのではあるけどさ。
「鹿野ちゃんのチア服見たかったのに」
「あはは……。私は、恥ずかしいから着られないし。ちょっと遠慮したいかな」
「二人の時でも、ダメ?」
「うーん。……うん。やっぱりダメ」
「……そっか」
ダメか、似合うと思ったんだけど。残念。
「玲音くんは学ランだっけ」
「うん。暑そう」
「体の線が細いし、学ランが似合うイメージがないなぁ」
「……まあ、実際。似合っているかと言われれば別だね」
学ランを着るのは、今回の体育祭が初めてだ。
一応、前日練習で着たけど動きにくい。動き自体は問題なくできるけど、素材が重たいし、季節的にまだ夏の暑さが残っている。そのせいで、動きにくい上に暑い。
衣替えになるまでは着たくない。
「そうなんだー」
「うん。……でも、そういえば」
そういえば、先輩から貸してもらったやつを着たら。顔背けてたな。耳も赤かったし、なんでだろう。
「まだ注文してないから、学ランを先輩から借りたんだ」
「へえ。それで?」
「着てみたら、思ったよりブカブカでさ。先輩が目を逸らしてた」
「……あー、なるほどね。罪な子」
「え?」
なんか、悪いことをしたのかな。
「謝りに行った方がいいかな」
「いや、大丈夫だと思うよ」
「? そう?」
なら、行かなくてもいいかな。……でも、なんか合掌してる。
僕も手を合わせておこう。多分、手を合わせる相手は学ランを貸してくれる先輩だろう。……どんな顔をしていたっけ。名前は確か、田中だったかな。うん。一応覚えてる。
「? なんで玲音くんも合掌してるの?」
「鹿野ちゃんが合掌してたから」
それだけだよ。
それからも鹿野ちゃんと学級のテントで駄弁っていた。
「柊さーん。集合だよー」
「はーい。今行くー。じゃ、行ってくるね、玲音くん」
「ん。頑張って来て、応援してる」
頑張って来てね、鹿野ちゃん。ちゃんと応援してるからさ。
号砲がなって、走者が走り出す。
バトンが回って鹿野ちゃんの番が来て走る。
身体能力は悪くはないけど、良いわけではない鹿野ちゃん。
走って、順位だけは守って。次の走者に繋ぐ。
応援の声を飛ばすけど、聞いていたかはわからない。
でも、一瞬。笑みを浮かべていたから、多分聞こえていたんだろう。
「柊さん、ジャージ脱がねえかなー」
「汗で透けてて欲しい」
「結構揺れてたし、やっぱりデカいよな」
「……」
……ああ、不快だ。
聞こえて来た。ただそれだけ。多分、聞こえてくる。その話をしているのが誰かなんて僕は知らない。
でも、そんな目を向ける奴らが。僕は不快だ。
認識していたくない。弾き出そう。不要な情報だ。
種目が終わって戻ってきた鹿野ちゃんは、やり切ったと言いたげで、後ろから僕に抱きついて来た。
汗と混じった鹿野ちゃんの匂いがする。
「疲れたよぉ。お水ちょうだーい」
「お疲れ様。頑張ったね」
でも、水は自分の水筒から飲めば良いと思うんだ。
「なんで僕のから飲むの?」
「お水切らしちゃった」
「補充あるのに」
「疲れたの。今飲みたいから、玲音くんから飲む」
何それ。別に良いけどさ。
「僕の分が無くなっちゃう」
「補充あるじゃん。あっ、無くなったら私のから飲んでいいよ」
補充あるけどさぁ。
まあ、良いか。鹿野ちゃんだし。
「じゃあ、あとで補充しなきゃね」
「一緒に補充行く?」
「行こうか」
この種目の後は昼休憩だし、一旦解散になるのかな。でも、タイミングとしてはちょうど良いのか。
「ねー、玲音くん」
「なに?」
「暑くない?」
「…………離れたら、少し涼しいかもね」
「えー、嫌だー」
我儘だね。
「なら、我慢しなきゃ」
「しょうがないかぁ。……もう少し、ぎゅってさせてね」
「……いいよ」
自分に向けられる視線が嫌なんだろう。
鹿野ちゃんの胸に向けられる視線が、今回は露骨かもね。
「……どこか、別の場所行く?」
「いや。大丈夫だよ」
「本当?」
「うん……」
……これは、どうすれば良いんだろう。
無理にでも移動させるべきか。それとも……ああ、そうだ。
「水、今入れに行かない?」
「いいね。行こうか」
今、水を入れに行けば、時期に終わる午前最後の種目の終わりと重なって逃げられるだろう。
「おぶって運んでー」
「わかった」
重心を前に持って来て、鹿野ちゃんを背に乗せたまま立ち上がる。僕の水筒は首にかかってるし、鹿野ちゃんのは……まだ置きっぱなしだ。少し屈んで拾い上げて、鹿野ちゃんの太ももに腕を回して支える。
「レッツゴー」
「はいはい」
僕に向けられる視線を気にせず、鹿野ちゃんを背負ったまま水の補充場まで歩いた。
補充場について、水を補充し終えた頃に種目が終わって。昼休憩に入ったからそのまま別れた。
自分の身体に、うっすら鹿野ちゃんの匂いを纏っていた。
かなり、不思議な感覚だった。