「赤組が優勢だね」
「優勢って言っても、大して点差はないんだけどね」
午後の部は少し長い。
彩を迎えて、テントに戻っても三年生がソーラン節を踊っている。
僕の出る借り物競走は、このソーラン節が終わった後だ。
準備は……まだしなくても良いと思う。最悪、呼ばれたら行けばいいだろう。
「点数って、どうやって計算してるんだろうね」
「疑問に思ったこともないや。確かに、どうやって計算してるのかな」
やっぱり王道的に、種目ごとに点数があって。優秀な成績を収めた方に点数が加算されていくとかだろうか。
それとも、審査側の気分次第か。
「こういう競技って、エンタメ性出すために。最終種目で逆転っていうのが王道ではあるけど」
「流石に体育祭でそういうのはないんじゃないかな」
「まあ、流石にないかぁ」
ないだろうね。流石に。
「……」
「……」
……なんでだろう。会話がうまく続かない。
言葉が出てこない? 違う。なら、話したいことがない? これも違う。……本当になんでなんだろう。
「……ねえ、玲音。私のママ、どうだった?」
「?」
「さっき会ったでしょ、私のママと」
「会ったね」
彩の母親とは会った。ただ、僕の中にある印象。記憶の中に残っているのは、彩と少し似ている姿をした香水の匂いが強い人っていう情報だけ。
「感想教えてよ」
「……うーん。香水の匂いがきつくて、一緒にいるのは少し苦手な人かな」
「他には?」
「他には……、他ね……うん。ないね」
他にはない。あるとすれば、彩が苦しそうな顔をして話をしている人。見ていてあまり仲は良くないんだろうな、と思ったぐらい。
「そっか」
「……彩は、自分の母親は苦手?」
「……わからないや」
「……そう」
僕は自分の家庭以外を知らない。他人の家庭に今まで興味を持ったことはない。彩の家のことを知る気もない。
「彩」
「なに」
「いつか、話してね」
今は知る気もない。知らなくてもいいことなんだと思う。だから聞かない。
でも、話せるようになったら話してほしい。
多分、僕には聞くぐらいのことしかできないけどね。
「宵崎ー。準備してくれー」
……呼ばれてしまった。じゃあ、僕は行くとしよう。
「いってらっしゃい。玲音」
「うん。行ってくるよ」
借り物競走。お題によるけど僕はとても不利になる。
……棄権しようかな。でも、父さんも見てるから手を抜きたくないんだよね。
特別疲れたわけでも何でもないけどやる気が出ない。今になって気分が乗らない。頑張るつもりはあったんだけどなぁ。
急に失われたやる気……。もう少し、隣にいたかった。
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並んで歩いて、数回程度授業で教えられた配置につく。
走ってお題を取って、お題に関する物を持ってくるという競技。エンタメ性と走って競うという競技性のある種目ではあるけど、お題に関しては運が絡む。
そして、この手の運に関して。僕は特別強いわけじゃない。
変なお題が書ければ。無茶振りがなければ良いんだけど……。
「位置について、よーい」
パンーッ!
スターターピストルが鳴って走り出す。
お手本のようなフォームで軽めに走って、お題箱を手に持ちながら構えている生徒が待っている抽選所へ向かう。周りと大して変わらない速度で走って、お題箱の中に手を突っ込んだ。
大量の折り畳まれた紙が突っ込んだ指にあたる感覚。特に何も考えずに一枚を掴んで引き抜く。
引き抜いたお題の書かれた紙を開いたらこう書かれていた。
『ともだち』
「……」
ともだち。……友達、ねぇ。
お題を判定する側の人は把握していたりするのかな。……流石にないか。
だとして、ここで楽にクリアするなら適当な人を引っ張っていって、お題を判定する側に突き出せばとりあえずクリア出来たりするのかな。やらないけど。
だとしても、友達ね。一人しかいないから選択がない分、楽でいい。
とりあえず彩に付き合ってもらおう。
学級のテントに向かって足を進めて彩の元へ軽く走る。
彩に声をかけようと思ったけど。
「柊さん。一緒に来てください!」
「えぇ?」
先客がいたらしい。
困惑したように声を漏らして手を差し出している男子生徒を見ている。
……とりあえず、僕も声をかけておこう。
「彩」
「? あ、玲音。どうしたの?」
「ついてきてほしい」
「お題関係? いいよ」
返事が早い。目の前にいる男子生徒をめんどくさがっていたりしたんだろう。
「あ、ちょっと。柊さん」
「ごめんね、大橋くん。じゃあね」
彩の手を取って小走りでゴールまで一緒に走る。
ゴール前でお題を達成しているかを判定する人にお題を見せて、彩を連れてきたことを伝える。
友達なら知っているはずのことを質問されて、それを答えてゴールした。僕は三番目だった。
ゴールしたらそのまま学級の方に帰っていいとのことで、そのまま彩とクラステントに帰った。彩を借りようとしていた男子生徒は他の女子生徒に声をかけて断られていた。一体どんなお題なんだろうか。
「疲れたー」
「ほとんど何もしてないけどね」
「何もしてなくても疲れたの」
「そう」
軽く走っただけなのにそんなに疲れるものかな。……姉さんとかなら疲れそうだ。体力あまりないし。
テントに戻って、彩が座っていた隣に座る。だけど、彩はそこに座らず僕の背中に被さるようにもたれかかってくる。少し重たい。
「……彩?」
「なあに?」
「………………どうしたの?」
「いやー、特に理由はないよ」
……そっか。なら重たいから大人しく隣に座ってほしい。
重みが背中から伝わってくるのと一緒に、少し汗に混じって彩の匂いがする。
こうやってくっついていたい気分なのか。それとも、さっきの男子生徒関連でこの状態になってるのか。
「……彩。さっきの男子生徒のお題ってなんだったの?」
「ん? 『恋人』だって言ってたよ」
「借り物として成立する人の方が少なくない?」
「だよねー」
それは競技として欠陥にならないのか。僕が言えたことじゃないけど、人を借りられる物として認識することもさせることも如何なものだろうか。
「変なお題だよね」
「そうだね。僕は『ともだち』だったし。友達のいない人だったらどうすればよかったんだろうね」
競技としてクリア出来ないお題があるのはどうすればいいのか。もしかしたら彩に声をかけた男子生徒の様に友達や恋人をその場で作らないといけないのかなぁ。
「私が友達になってて良かったね」
「ふふ、そうだね」
僕に接触してきたのは彩の方からだけどね。
「何笑ってるのさ」
「なんでもないよ」
「なんでもない笑い方じゃないんですけどー」
「本当になんでもないことだよ」
そう。本当になんでもない。なんでもないことだよ。
きっと君は覚えていない。なんでもないこと。
「納得いかないなぁ」
「そんなこと言われても」
ぐぐっと背中。首の付け根あたりから体重が前に掛けられる。苦しくも辛くもない。ただ、支える時間が長ければ長いほど背筋を使うから、そろそろ退いて欲しく思う。
「ねえ、玲音」
「?」
「私たち、友達だよね」
「違うの?」
あれ、違う? でも、このやり取りは四ヶ月前にもやっているけど。
その日の気分で何か変わったりするという話は聞いたりするけど、何かしたかな、僕。やっぱり名前で呼ばれるのが嫌だったりする?
「ううん。友達だよ。私と玲音は友達」
反芻するようにそう言って、『友達』という言葉を繰り返している。
……どうかしたのかな。お昼休みが終わってから。母親と会った後からいつもと雰囲気が違う。
「……彩?」
「……なんでもない。……なんでもないんだよ。本当に」
「……」
流石に僕でも知っている。同じ言葉を執拗に繰り返す時は普通の状態じゃない。相手に何か隠している。何か知られたくないことがある。
そんな時に、繰り返して同じ言葉を使う人が多い。
……だけど、僕が踏み込んでいいことなのかな。
僕は彩の友達。だけど、友達でしかない。踏み込んでいいのかわからない。彩を傷つけたくない。
だから
「彩」
「なあに」
「……僕は、彩の友達だよ」
「そうだね」
「僕の友達だから」
「?」
「——僕は、彩と一緒にいたい」
僕は彩と一緒にいたい。
彩と一緒にいると楽しくて、落ち着くから。
「えっと、……告白?」
「? 違うよ?」
「まっ、だよねー」
「?」
彩の雰囲気が戻った。やっぱり、彩のことは知らないことだらけだ。
背中から回された彩の腕を掴みながら、体育祭の残り競技を眺めていた。
最後の得点板を見ている感じ、エンタメ的な逆転するほどの点数というものはなかった。
そして、赤組は負けた。残念だ。