「こんにちは」
「あ、こんにちは」
すれ違った人に挨拶をする。
用務員さんだろうか、作業服を着ていた。
「こんにちは」
「こんにちは!」
今度はスーツ姿の人とすれ違った。
………?
「ねえ、五条先生。今の人、さっきの人に似てなかった?」
「うん?ああ〜………そうだ!悠仁に教えなきゃいけないものがあるんだよね」
「何?トイレの位置とか?」
虎杖悠仁は両面宿儺の器である。
その危険性から秘匿死刑を言い渡され………のちに『保留』とされた。
担任となる五条悟は、短い付き合いであるがちゃらんぽらんということはわかる。
だらしないというか、雑。面倒事をそのまま放置して大問題に発展させそうである。
絶対夏休みの宿題を最終日にやるタイプだ。虎杖もそうなのでよくわかる。
そんなざっくり生きている五条悟が、忘れずに済ませなければならないものとはなんだろうか?
「高専の中に複数ある神社仏閣。その内の一つに、最新の『封印場所』があるんだ」
「そこに封印されている呪物を見にいくよ」
「呪物を見にいくの?それって危ないんじゃ………」
呪物は大なり小なり危険が伴うことは、呪術に疎い虎杖でも理解している。
呪物に釣られて呪霊が寄ったり、或いは呪物そのものが呪いを発し、周囲の人間に悪影響を及ぼすこともある。
「これから見に行くやつは特別。君と同じように、受肉した存在なんだよ」
長い一直線の廊下。
何百、何千と貼られた札。
鳥居やしめ縄、多様な仏具などがそこかしこに設置されている。
「………ねえ先生。受肉した人って、どんな人なの?」
特級呪物 両面宿儺の受肉した器である虎杖は、同じく受肉した存在に興味があった。
「うーん………悠仁とはちょっと違うかな。アレは本当に『受肉』したんだよね」
「“本当に受肉”?俺のは本当じゃないの?」
もしかしたら、肉体元の意識の問題だろうか?
虎杖の場合、完全に乗っ取られることにはならなかったが、それは大分希少らしい。
「まあ、色々複雑でね」
そんな話をしていると、扉が目の前にあった。
扉の奥は、特に異常な部屋では無かった。
体育館ほどの大きさで、奥に何か………小屋のようなものがある。
「やっほー、遊びに来たよ」
「うわ、五条悟」
「遊びに来たんだったら帰って」
五条の声に答えたのは、二人の巫女だった。
歳はおそらく虎杖と同じくらい。二人ともかなり似ている。姉妹なのだろう。
「相変わらず辛辣だね。傑にはあんなに懐いてるのに」
「夏油さんは別」
「人間として尊敬出来る人だし」
「先生、遠回しに人間として問題があるって言われてない?」
やはりちゃらんぽらんで雑という評価は間違っていなかったのだろう。
とはいえ、まずは挨拶だ。
「俺、虎杖悠仁。高一で、前の学校は仙台」
「枷場美々子。高一。菜々子とは双子の姉妹で、“かみさま”の巫女をしてる」
「枷場菜々子。高一。美々子とは双子の姉妹で、“かみさま”の巫女をしてる」
やはり姉妹らしい。しかも双子。
高一ということは、虎杖の同級生ということなのだろう。
「ほら、さっさと“アイツ”に会わせてよ。悠仁に説明すればそれで終わるから」
「………分かった」
「終わったらさっさと出てって」
いかにも渋々承諾したというように、二人の巫女は拒絶感を隠さない。
「………先生、嫌われすぎじゃない?」
「なんでだろうね?あの子達の言う“かみさま”をぶっ殺したくらいしか心当たり無いや」
「めちゃくちゃあるじゃん!え!?先生って神殺しなの!?ゴッドイーター!?」
急にとんでもない情報が出てきた。
うちの担任は最強で神殺しのゴッドイーターだったのだ。
「なんで殺したの?」
「邪魔だったし。あとムカついたから」
「いやー、あの頃は若くてね………」
絶対に若気の至りで済まされる話では無い。
ムカついたからという理由で神に喧嘩を売るとか、絶対にヤバい話である。
虎杖はようやく、担任がこの
後悔し始めた。
「というか、受肉した人の話は?流れ的に“かみさま”がそうなんじゃないの?」
「見ればわかるさ。ほら、ご対面」
双子の巫女が祈祷を捧げる。
祈りという名の呪いが、門を開放させる。
「ぁ………」
奥にあった小屋の扉が開いた。
その中にあったのは、なにか………虎杖悠仁の知識に無いなんらかの生物。
その、『死骸』だった。
全身が警告を発する。死がすぐそこにある。
「せん、せい………これって………」
人型の存在ではある。おそらく二足歩行をするのだろう。
しかし、人とはまるで異なるその
頭に生えた大きな角。形状で言えば、サイが近いだろうか?
しかし、明らかに機械的な
後ろに見える大きなものは、翼だ。
ハンググライダー、というものをテレビで見たことがあったが、大きさはまさにそれだろう。
死してなおこちらの命を脅かしかねないという恐怖を与えるあの『死骸』は、一体何者なのか。
「呪詛師『悪魔』。僕と傑の二人でなんとか殺せた怪物、その残骸だよ」
「受肉したんじゃ無いの?死んでるっていうか、呪物のままじゃん」
「あの残骸が受肉
「そして、ソイツは今も生きている!」
「え───?」
瞬間。明らかに死んでいたはずの死骸が動き、虎杖悠仁に急接近した。
凄まじい速度。咄嗟に何か行動を起こそうとするが、それらは無意味に終わる。
『悪魔』の爪が虎杖に襲いかかり───
「ドッキリ大成功〜!」
“ドッキリ大成功”と書かれた看板を手にした『悪魔』が、虎杖悠仁の目の前にいる。
「………は?」
「おい五条。これドッキリ失敗じゃないか?リアクション薄いぞ?」
「ちょっと悠仁〜。ノリ悪いよ?『うわああああ!』みたいな悲鳴とか欲しかったなぁ」
虎杖悠仁の脳がキャパオーバーだ。
残骸は残骸じゃなくて動いてドッキリ?
「………どっからドッキリ?」
「飛び出てきたところから、襲い掛かってビビらせるまでがドッキリ」
「え?じゃあ今までの話は?」
「全部ホント」
急に襲いかかってきて、それはドッキリで、でも今までの話は本当?
「な………なんでこんなことやってんの?」
「ドッキリは新入生が来るたび毎回やってる。
歓迎会の一発芸みたいな?」
頭が痛くなってきた。
一発芸で命の危機を感じなきゃいけないのか。呪術界とは厳しい世界である。
「伏黒にもやったの?」
「恵は小学生くらいの頃にやったね。尻餅ついて脚ガクガクでさ。生まれたての鹿みたいだったよ」
今思い出しても笑えるね。アハハハ〜。とか言ってる担任の姿に、再び後悔が湧き上がってきた。
なんでこんな存在が教師になっているのか、甚だ疑問である。不正でもしたのだろうか。
「改めて、特級術師で総監部部長の鬼灯百司くんでーす」
「やあ虎杖くん。相変わらず元気そうだね」
悪魔………鬼灯百司は、まるで親戚の叔父のような親密さで話しかけてきた。
「相変わらずって、初対面っすよね?というか、その悪魔面のまま続けるの?」
「この姿の方が威厳があるからこのままで。それと、少し前に会った事があるよ」
「ホントに?」
「ホントホント。悪魔ウソつかない」
ふーむ。一体どこで会っただろうか?
こんな特徴的な悪魔、一度会ったら忘れないと思うのだが………
「さっき悠仁が挨拶した作業服の男だよ」
「えー!?マジ!?」
「ついでに言うとスーツの男も俺だ」
「え?マジでどういうこと?そういう術式?」
分身の術、ということだろうか?
………この悪魔のような姿も術式によるものと考えれば、変化の方が正解だろうか?
「俺の術式は『構築術式』。呪力を消費して物を作れる」
「作れるのは単純な物体だけじゃない。土や水、酸素、複雑な機械だって呪力があれば作れるよ」
「じゃあ、作業服の人とかは?どうやって変身したの?」
「作った」
「作………作った?今作ったって言った?」
「ホムンクルス。ゴーレム。式神。そういう感じだと思ってくれていいよ」
驚いた。すれ違っただけだが、虎杖の目から見た彼らは疑いようもなく人間だった。
アレは作り物だったとは。宿題とか代わりにやってくれないかな。
「どう作ったの?俺もやってみたい!」
「まず、こんな感じで肉体を複製するじゃん?」
「待って待って」
いきなりぶっ飛んだ話になった。
“まず”の段階が高過ぎる。
「肉体を複製って何?俺てっきり泥人形みたいな感じだと思ってたんだけど?」
「コイツの構築術式なら細胞とかも作れるんだよ。肉体を治す方法は別にあるけど、他人の欠損とかまで治せるのはコイツくらいだね」
「ってことは、さっきの人達クローンってこと!?」
「うん」
「クローンってダメなんじゃなかったっけ。倫理的に問題があるみたいなの聞いたことあるけど」
「呪術界に倫理とか無いよ」
最早何度目かも分からないが、また後悔の念が湧き上がってくる。
地獄のように厳しい業界だとは聞いていたが、ここまでとは思っていなかった。
「俺、やっていけるかな………」
「悠仁は才能ある側だよ。ちゃんと努力すれば、僕に次ぐ呪術師になれるさ」
「いや、あんまり嬉しく無いんだけど」
そこまで行ったら人として駄目な気がする。
ピ、ピ、ピ。プルルルル。
女は電話を掛ける。
『………』
無言。電話を掛けた女も、繋がった相手も、言葉を発しない。
『………◾️………◾️◾️………』
ノイズ音が走る。
「………………」
空中に突如足が現れた。否、足だけではない。
その上の胴体、腕、頭すら生えた。
骨が、内臓が、神経が、血管が、筋肉が、皮膚が作られた。その場で
「両面宿儺の器、虎杖悠仁が高専に入学した。
契約通り、お前のために『作って』やる」
「それは良かった。いやはや私も運が良い。まさかあの宿儺の器が現れるとは」
「白々しい。お前が作ったんだろうが」
『両面宿儺の器が現れ、それが高専に入学すること』。それが、女の出した条件だった。
呪術に関する知識を豊富に持つ女が手の内とも言える知識を教え、かつ千年現れなかった器の到来を条件にしてまで望んだもの。
「では、作ってくれるね?呪霊操術の肉体………『夏油傑』を」
拡張術式:電話越しのテレポート
条件:肉体に依らず存在を保てること、肉体を変換できること
・電話を繋ぐ
・肉体を電波に変換し、携帯の電波を辿って相手のところまで行く
・肉体を変換し、元に戻る