インパラ。
アフリカ東部と南部のサバンナに生息する中型のウシ科動物。エサが豊富な雨期になると、数百匹が群れをなして草や低木、新芽を求めて移動する。
成獣の走行速度は時速60キロメートルに達し、跳躍は高さ3メートル、幅10メートルに達する。
そんなインパラに紛れて、とある生物がケニアに居た。
「ヒヒーン!ヒヒーン!」*1
インパラっぽい角を持っているこの怪生物。何を隠そう、『悪魔』の複製体の一つである。
日本全国*2に配置された『悪魔』達。
海外にまで侵略の手を広げるため、大量の複製体達が解き放たれた。
当然パスポートなど無いため、真っ当な手段では出国出来ない。*3
そのため、自力で海を越える必要があった。
念の為
日本列島から大陸に向かう悪魔達。
その数、およそ千。
配置先を縄張りとし、呪術的に土地の管理をするのが今回の遠征の内容である。
縄張りは配置された複製体のもの。必要に迫られない限り、他の複製体は介入しないルールで。
大陸に着いた後はシルクロードを歩き、幾つもの複製体が途中の国で止まり別れた。
その間も彼らは様々な姿に化け、存在を眩まし、おおよそ誰にも知られずにいた。
千いた悪魔も大陸に到着してから複製を繰り返し、今ではその三倍はいる。
悪魔達は、アフリカ大陸にまで進出した。
ケニアに配置されたこの複製体。インパラ君と呼称しよう。
複製体の殆どには角があり、それが呪術的にも肉体的にも人間とは一線を画す存在に押し上げる。
………だが。
「ヒヒーン!ヒヒーン!」
インパラ君はすっかり野生に帰っていた。
仕方のないことではある。悪魔達は面白いものに飛びつく子供のような精神性である。
それは、複製体も変わらない。
見たことのない動物や植物、土の色、言語、建物などを見て興奮するのも、当然ではあった。
そして、出会ってしまった。同じような形の角を持つ存在に。
今まで自分以外見たことのなかった角仲間に出会い、インパラ君のテンションは爆上がり。
結果、インパラ君はインパラになった。
インパラ君の朝は早い。
群れを率いるインパラ君は常に周囲を警戒し、肉食獣からの襲撃に備えなければならないのだ。
その日もいつものように、群れを率いて草を探しに移動をしていた。
しかし。
「ヒヒーン!?」
昨日まで草が生い茂っていた草原は、一本も残さず食い尽くされていた。
何に、と言えば。
「カチ」「カチカチ」「ギチギチ」「ギチギチギチギチ」「ギギギギ」
イナゴ、正確に言えばサバクトビバッタである。
空が黒いものに覆い尽くされる。
幅160km、長さ500kmほどのバッタの大群が、全てを喰らい尽くして進軍している。*5
その数は数億匹にも届き、一日経つ毎に倍以上に増えていく。
当然、ただのバッタでは無い。蝗害への恐れから生まれた呪力によって強化されている。
燃えながら飛び、死んだ同胞すら喰らい、いくらでも繁殖する恐るべき悪魔。
そんな存在に、インパラ達は自分たちの餌である草を全て食べられてしまったのだ。
「───ヒヒーンッ!」
インパラ、キレた───!
火を纏いながら悪魔達は飛ぶ。より繁栄するために、全てを喰らいながら。
カチカチ。ギチギチ。ギギギ。
最早群れは数百億を超えた。
高く、高く、高く。
群れの頂点は1.6kmほどの高さにいる。
知性は無い。だが、本能的な意識があった。
“ここらは食べ尽くした”“別のところに行こう”
如何なる者も障害にはなり得ない。進軍を止めることは出来ず、ただ喰われるのみ───
ボン
───そして、悪魔達は火に呑まれた。
インパラ君の呪力で、バッタを全滅させることは困難である。
火力的に、そして現実的に撃ち漏らしが出てしまうのは避けられない。
………しかし、それはインパラ君だけの話。
『悪魔』の最も恐ろしい点は、その圧倒的な“数”にあるのだ。
「こちら日本。準備完了」「韓国よし」「北朝鮮よし」「中国よし」「ネパールよし」「インドよし」「パキスタンよし」「イランよし」「イラクよし」「ヨルダンよし」「イスラエルよし」「エジプトよし」「スーダンよし」「エチオピアよし」
「────ケニア、準備完了」
「これより『呪術:鬼火』を開始する」
始発の日本から終着のケニアまで15ヶ国。
手印や呪詞、舞を続けて、ケニアのインパラ君に特大のバフを掛ける。
本来、1.8万kmも離れた地に居る存在にまで呪術は及ばない。
しかし『悪魔』は、日本からケニアに至るまでの国々でも同じような手順を踏むことでこの無理難題を可能にした。
更には中継地点にある『世界の屋根』、世界最高の霊峰エベレストの力も借りた。
これら全てをインパラ君の術式出力の上昇に費やした。その上昇率およそ400%。
『構築術式』。呪力を消費して何かを作る。
戦闘向きではない。『悪魔』ほどの力量ですら、自身の肉体に作用させるのが最大効率。
作ったものをある程度操作出来るが、それは『動かす』術式の方が効率的だろう。
向きあって戦うようなものでは無い。これは攻撃では無いのだ。
───地中深く。そこで、マグマを作る。
大量に。プールなんかよりも、ずっと多く。
300万Lを超えたあたりでマグマの生産をやめ、ガスを生産し噴火を促す。
───次の瞬間。
事前に術式反転で作っておいた大穴から、とてつもない勢いでマグマが噴火する。
ちょっとミスって肉体が燃え尽きたが誤差だ。
既に結界で定められた
噴出物は重力を引きちぎり、宇宙にまで到達した。一本の『火』が天を焼いている。
普通の噴火のように、噴出物による周囲の被害などは起こらない。
結界によって標的以外には当たらないようにしたし、飛行機なども確認済みだ。
近隣数十kmには、安全のためにそれぞれの国に配置された『悪魔』たちが結界を張っている。
肉体が燃え尽きたが、術式は使える。
吹き上がった溶岩はただの水に変換しておいた。
事前に計画していた通り、サハラ砂漠の方までこの大雨は続くだろう。
アルジェリア担当辺りはオアシスについて文句を言っていたから、これである程度解決するはずだ。
もし“帷”を張っていなければ、社会は大混乱だっただろう。
突如降る大雨には戸惑うだろうが、恵みの雨だと思って欲しい。それか雨季。
達成感を感じながら、再びインパラの体に戻る。
「ワオ!“インパラ”ガ空カラ降ッテキタヨ!」
「ヒヒーン!?」
しまった、見られた。
「モシカシテ、“コッチ側”カ?」
「───!」
術師だ。しかもこの感じ、かなり強い。
少なくとも、消耗してる今じゃ勝てない。
「“スクマウィキ”、喰ウカ?」
「!ヒヒーン!」
野菜料理が目の前に差し出された。
………スパイスの味が特徴的だ。美味い。
「“ロイコ”ヲ入レレバ何デモケニアノ味ニナル」
「オレト一緒ニクルカイ?」
………ふむ。土地の管理のためにも、この術師に近づく必要がある。
仕方がない。野生はなかなか楽しかったが、ここで野良インパラは終わりのようだ。
これからは、人の側で生きよう。
「ヒヒーン。ヒーン」
「アト、“インパラ”ハソンナ鳴キ方ジャナイ」
「ヒヒーン!?」
呪術:鬼火
物理的・呪術的に噴出物の道筋を作り、方向などを操作して噴火させる。
攻撃用ではなく、環境整備用の呪術。
『悪魔』ほどの術師が数ヶ月かけてようやく今回の鬼火が成立した。殴った方が強い。