「───このように、術式は力量以外にもその術師の思考によってある程度違いが出る」
「君と同じ術式を持っていても、君のように肉体を自由に交換したりは出来ないだろう?」
中々に面白いよ、と女は笑う。
「俺としては、個々人の術式の差異について興味がある」
「特に、肉体と魂について」
悪魔にとって、肉体と魂は“違うが同じもの”。
肉体があれば呪力が発生し、それが魂となる。
呪力があれば術式を使用し、肉体を作れる。
どちらかがあればいい。少なくとも、悪魔の中ではそうだった。
だが、女は違う。
「他に解釈の余地なく、私の術式は肉体=魂だ」
「宿るのではなく、ただそこにある。それが肉体と魂の関係だ」
『器』と『中身』では無い。肉体と魂は切り離せないのだ。
少なくとも、女にとってはそうだった。
「呪力や術式が、それぞれ異なる法則を作り出しているのか。それとも、全体の一側面を見ているに過ぎないのか」
「呪力や術式に限定することもない。全く違う視点というものもあるのさ」
「例えば、こんなことも………」
降霊術。
死者の肉体の一部などを触媒に、生者の肉体にその魂を降ろす呪術。
呪力が保つ限り、死者の生前の術式すら使って戦闘が可能となる。
「『器』は用意した。やれ」
「………分かった」
呪詛師である老婆は、その命を見逃してもらう代わりに悪魔と『縛り』を結んだ。
降霊術を使い、ある男を現世に呼ぶ。
それが終われば、老婆は許されるのだ。
「………」
『器』として作られた複製体が骨を呑み込む。
「─── 禪院甚爾!」
天与呪縛のフィジカルギフテッド。
『縛り』を生まれながらに強制され、失った分だけ何かを得られる。
呪術に関する才能の全てを失い、その引き換えに超人的な肉体を手に入れた。
それがフィジカルギフテッド。その中でも完成系と言えるのが、“術師殺し“。
即ち、禪院甚爾である。
「ん………」
「どうだ?何か感じるか?」
「膂力が上昇している。呪力の減少………いや、肉体と反発していると思われる」
複製体に魂を降ろした。
女の話によれば、その男の肉体は呪力を持たない故に呪術をバグらせるらしい。
魂を優位とする降霊術。呪力を魂とする悪魔。
肉体を優位に置くその男。
一体どれが優先されるのか。あるいは全く別の結果を生むのか。
結果は、少し後に出た。
「──。────」
だらん、と悪魔の身体から力が抜ける。
「………来たか」
肉体と呪力が反発し合う。
同じ極の磁石のように、交わらない。
「───あ?ああ………あ?」
「頭ん中でうっせぇな。黙ってろ」
「………なるほど、そうなるのか」
混ざらないものが交わろうとしている。互いにルールを押し付け合い、引くことをしない。
暴君と悪魔は肉体の主導権を奪い合っている。
「───消えろ」
暴君が拳を振る。
専用に作られた『器』の肉体に技術とセンスが乗り、圧倒的な速度を織り成した。
しかし、そこ止まり。
呪力が残っているせいか、『完全なフィジカルギフテッド』が成立していない。
「中途半端だな」
「ちっ。邪魔すんなよ」
呪力が足を引っ張り、或いは肉体だけが先行し、互いの良さを消している。
このままなら押し切れる。
結果は残念だったが、やる価値はあった。このまま”処分”してしまおう。
悪魔は既に興味を失っていた。
───しかし事態は急変する。
『未知』はいつ訪れるかわからないものなのだ。
「へぇ。話がわかるじゃねぇか」
暴君の肉体に纏わりついていた呪力が、手元の一点に集まる。
悪魔はソレを知っている。
なぜなら、ソレは───
「
暴君の肉体は呪力を生産しない。
全ての呪力を使ってカタチを定めてしまえば、最早邪魔する存在は無くなる。
だが、どうやって術式を操作したのか。暴君には呪力すら無いというのに。
「───まさか」
「『そっちの方が面白い』、だとよ」
『器』となった複製体自身が、暴君のために術式を使用したのだ。
“面白いから”という理由で。
先を考えぬ刹那主義。生命どころか存在の危機だというのに、一時の感情が上回る。
「我ながら
呪力が固まり、物質となった。
「ふん………高く売れそうだな」
「武器を見て言うことがそれかよ」
軽口を叩くが、警戒は解かない。本能が最大級の危機を察知している。
───あの刀は
───ゆらり。暴君が刀を揺らめかせる。
そして、こちらに斬りかかる。
肉体を呪力で強化し、手刀で迎え撃つ。
そのままの勢いで踏み込み───
───死
「───っ!」
「お」
咄嗟に後ろへ飛び退き、気付かぬままに斬られていた己の腕を見る。
悪魔は、六眼のように直接呪力を見ることが出来ない。
しかし術師としての感覚や超人的な肉体から来る第六感、悪魔の角などでソレを理解した。
「斬ったな。
「クイズに正解した報酬にあの世へ旅立たせてやるよ。せっかくのプレゼントだぜ?」
術式で肉体を組み換える。
呪力で強化しただけでは呪力ごと斬られる。最適解は、物理的な強度を高めること。
組成から切り替える。水やタンパク質などの生命体的部分を排除し、金属的な原子を取り入れる。
より固く、重く、強く。
科学的な知識など必要ない。“これを作りたい”と思えば、物理的に不可能でも叶えられるのだ。
───ギイイイィィン。
「どうした、立ち止まって。そんなに斬られたかったのか?」
「冗談………!」
固くなった。生物の規格から外れ、この世に存在する様々な合金達をも凌ぐ丈夫さがあった。
受け止めるのは諦める。
とはいえ、先程のように簡単に斬られたわけでもない。一瞬の抵抗は無駄では無かった。
悪魔によって蘇った暴君のスピードは、音すら
容易く置いていく。
およそ眼で捉えることはできない。
防御不可。回避不能。
それでも、“勝ち筋”は見えた。たとえそれが、
ほんの少しのか細い糸だったとしても。
その刀は呪力を裂き、担い手のその剛力と合わせて全てを斬るだろう。
呪力で強化しても、その呪力を斬られて素の肉体で受けることになる。
まさに術師の天敵。
───だが、付け入る隙はある。
呪力を裂くことで肉体を丸裸にするなら。
呪力と肉体を
「───黒閃ッ!」
───神速の刀は悪魔を腕ごと深く斬り裂き、
しかし肘の辺りで停止した。
「逃がさない………!」
悪魔が暴君を掴む。
呪力を裂く刀は既にない。このまま──
ガンッ!
「グッ──」
「逃げられねぇのはテメェだろ」
交通事故のような音を立てて、暴君は悪魔を殴りつけた。
刀を止めた悪魔の肉体が明らかに変形している。一体どれほどの力で殴ったのか。
それでも、悪魔は手を離さない。
「鬱陶しいんだよ。男が縋り付いてんじゃねぇ」
「───当たって砕けろ。作戦通りだ」
超常的直感で命の危機に気付いた男は、この期に及んで回避行動を取ろうとした。
ソレは悪魔が着々と構築しつつある星を覆う結界を利用した、超超高度からの攻撃。
宇宙空間に展開された、
───ソラから枝が伸びてくる。
常人には視認すら困難な速度で、重力に引かれた枝が落ちてくる。
『神の杖』を参考に作られた衛星兵器が、全てを破壊する光がやってくる。
「チッ………遊び過ぎたか」
「悪いな。俺も死ぬから我慢してくれ」
「ざけんな。酒も呑んでねぇのに」
………そして。
「じゃあな、禪院甚爾」
「………もう禪院じゃねぇ」
轟音と共に、周囲の山脈ごと、彼らは消し飛んだ。何も残さず。
「やらかした」
目の前に映るのは、隕石が落ちてきたような穴。
そして、消し飛ばされた自然。
「急ぐぞ。今すぐ修復を始める」
想定以上の破壊力だった。科学兵器を参考にしたが、これほどまでに強く、残酷なものとは。
「『悪魔の枝』は使用禁止にする。復旧にどれだけの労力がかかるか」
兵器の都合上、汚染は無い。
が、周囲数十kmにまで被害が出ている以上、それは気休めにしかならない。
「これでわかったな。科学と呪術を組み合わせるのは慎重にすべきだ」
「少なくとも、近代兵器全般は呪具化を禁止する。これは決定だ」
こうして、悪魔はルールを作る。
やってはならないことを、やるべきでは無いことを理解する。
いつかの未来に、それが役立つと信じて。
特級呪具:天羽々斬
効果:呪力の切断
・特級術師『悪魔』の複製体が製作した呪具。呪力を裂く効果は肉体強化や結界などにも通じる
拡張術式:金剛体
条件:肉体に依らず存在を保てること、肉体を変換できること
・肉体の生物的な要素を無くす
・金属的な要素に置き換える
・ある程度物理法則に反していても完成する
特級呪具:悪魔の枝
衛星軌道上に構築された超巨大狙撃銃
・原理としては超電磁砲と同じ。設備や莫大な電力、射出物などは術式で用意
・とある呪詛師が持っていた『あべこべ』の術式を利用し、その術式反転で速度を上げている
・一発打つごとに『あべこべ』の術式が焼き切れるが、脳を構築し直している