いかにしてその転生者は世界を変えるのか   作:抹茶螺旋

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開幕

 フレン・エトラルトは流浪の魔術師である。

 顔が隠れる程大きな魔女帽子に、凹凸のない薄い身体を覆い隠す厚手のローブを身に付けた、陰気な魔女といった風貌の彼女は、先に述べたとおり流浪の者。

 一つのところに留まらず、日銭を稼いでは土地を歩く根無草がフレンという少女であった。

 陰気な格好ゆえ、視線を向ける者はいても声をかける者はいない。

 かける者がいるとすれば、それは旅の知己、

 或いは──

 

「助けて下さい!」

 

 厄介事を持ち込む台風の目のいずれかである。

 

 ローブの裾を掴み、フレンに必死の懇願をするのは、彼女よりも小さくあどけない少年。

 髪は緑で、衣服はこの歳の子供のものとしては整った装い。

 何より目を引くのはその目元。

 ぐるぐると包帯で目を覆い、光一つ入らないように目隠しをしている。見るからにただ者ではない子供であった。

 あまりにも濃い面倒事の臭い、常人であるならばまず避けるだろう。

 

「……」

 

 ではフレンはどうかというと、

 

「……よぉうし分かった! アタシが助けてやろう!」

 

 これを快く快諾した。

 

 

 フレン・エトラルト。座右の銘は「旅は道連れ世は情け」。

 彼女は天下御免の人助け魔術師である。

 

 ◇

 

「……で、あたしゃどうしたらいいのだ?」

 

 安請け合いをした彼女であったが、自分が何事に巻き込まれているのかはわかっていない。

 故に彼女は会話の主導権を少年に投げた。

 

「ど、どこか隠れられる場所に……」

 

 少年がその先の言葉を言い切るより先に、バタバタと何人もの足音が近づいてくるのが聴こえてくる。

 一体誰かと、音の方を見てみれば、全身プレート(騎士鎧)の騎士が二から三人ほどこっちへ向かって走ってきているのが見えた。

 少年はそれを見るやいなや顔を青くした。

 

「取り敢えず今は走りましょう!」

 

「よし、了解!」

 

 なんとなく事情は察したが、取り敢えずフレンは走ることにした。

 理由は聞かない、大事なのは勢いである。

 

 少年少女は街を疾走する。

 何処へ向かうのかは誰も知らず。

 あえて目的を定めるならば後ろから聴こえるガシャンガシャンという鎧のぶつかる音が聴こえなくなる場所までだろう。

 

「なあ少年! 一つ、いいか!?」

 

 フレンが若干息を切らせながらも、少年に声をかける。

 

「何、ですか」

 

 応える少年もまた、息が絶え絶えになっている。

 

「アタシな、体力がな、ないんだ、もう、走れない」

 

「ええ!?」

 

 自身の体力の無さを告白すると、彼女は宣言どおり、脚の回転を徐々に遅らせ、遂には止まってしまった。

 膝に手を置いてぜひぜひと息を切らして汗がだらだらと流れる、日が立った朝に、厚手の格好で走る事は自殺行為である。

 少年もこれにはどうしたらいいか判断できず、思わず脚を止めてしまった。

 

「ぜぇ、ぜぇ……少年、ちょっとこっち来て」

 

「え、ええ……」

 

 困惑する少年。

 普通こういう時は先に行けとかではないだろうか。

 

「アタシに、いい考えが、あるから、こっちに」

 

 これは一体どうしたものか。

 極論的な話、ここでフレンを見捨てたとしても相互に問題はない。

 まだ少年は事情をなにも話していない段階であり、仮に彼女が追手に捕まったとしても、数時間の拘束の後解放されるだろう。

 しかしそれは同時に、折角手に入れた協力者候補を失う事になる。

 それが少年には惜しかった。

 彼は、彼女を信じてみる事にした。

 

「……わかりました」

 

 少年はフレンのもとに近づく。

 一方のフレンは呼吸が整って来ている様子だ。

 

「よし、少年。何処でもいいからアタシに掴まって」

 

「え、流石に女性の身体に触れるのは……」

 

「いいから腹にでも掴まりな」

 

 恥ずかしがり、躊躇う少年を一蹴し抱きつかせると、彼女はローブの袖から一本の杖を取り出した。

 大きさは小枝程度、デザインは簡素なもので、加工された杖の先端に小さな宝石が一つ付いているというものだ。

 

「口、閉じてなよ。舌噛むからなぁ!」

 

 フレンは杖に己の魔力を込めて、呪文を叫んだ。

 

魔術番号(Code)22『サイクロン』!」

 

 瞬間、足下から強力な風が巻き起こり、二人の身体を吹き上げた。

 

「……! うわぁ!」

 

 急な浮遊感に襲われて、少年は思わず声を上げた。

 魔術番号22番『サイクロン』。

 大陸魔道協会が制作した簡易魔術の一つ。

 その効果は発生地点から上方向に向けて強力な突風を巻き起こすというもの。

 

「と、飛んでる……」

 

 初めての体験に少年は感激を言葉にする。

 常人にとって、民家より高く飛ぶなど、まずない体験だ。

 

「厳密には飛ばしてるから、別に浮いてはいないぞ」

 

 仕掛け人たるフレンは少年のかわいらしい勘違いを訂正する。

『サイクロン』によって生成された風により、二人は民家よりも天高く飛ばされて、追手から逃げることが出来た。

 だがしかし、ここで当然の疑問が生じる。

 

「これ、着地はどうするんですか!?」

 

 少年の口から、焦りの籠った声が飛び出た。

 現在進行形で二人は自由落下中であり、このままいけば少年とフレンは砕けた卵のような最期を迎えることになる。

 

「まあそう焦んなって、アタシに掴まってりゃ死にゃしないよ」

 

 その状況でありながらも、フレンは余裕を崩さない。

 むしろ、笑っていた。

 

「ちょいさ!」

 

 掛け声と共に彼女は軽く杖を振ると、落下が止まった。

 それは、落ちている訳でも、飛んでいる訳でもない。

 即ち、浮いていた。

 

「う、浮いている……」

 

「おうとも、浮いているとも。でも浮いてるのはアタシだけだから手を離したら落ちるぞ」

 

 純粋な感想を溢す少年に被せるようにフレンは答える。

 それを聞いて少年は思わずフレンのローブを強く掴んだ。

 やや痛いが、彼女はそれを口にも表情にもしなかった。

 

「さて、ここなら追手もこないし、そろそろ教えてもらおうか。アンタは何者で、アタシは何に巻き込まれたのかを」

 

「…………」

 

 未だ腹に抱き着いたままの少年を、フレンはじっと見つめる。

 少年は少しの沈黙のあと、意を決して応えた。

 

「足場のある場所で話しませんか。ここだと落ち着かないし、目も合わせられません」

 

「あ、それもそうだね」

 

 二人はとりあえず、隠れられる場所を探す事にした。




・『大陸魔道協会』
・アステリオン大陸(物語の舞台)に根差す魔術師の最大勢力、大陸の魔術を管理している。
・魔術師の資格免許も管理しており、国に属さない魔術師以外で魔術師免許を持っていない場合、一部公共施設が利用できなくなる。
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