2時間後。
騎士駐屯所、地下牢。
石畳特有の冷たく硬いその感触を頬に感じて、ランクルクは目を覚ます。
明かりとしては心許ない松明が周りを照らし、周囲を認識する。背後左右を石壁に囲まれ、正面には鉄の柵があり、その先には階段があるだけの無機質な空間。
牢屋の中だ。
捕まった、という事なのだとランクルクは理解した。
置かれた状況を理解し終えると、タイミングを見計らったかのようにカツカツと、誰かが歩いてくる音が聞こえた。
――二人、誰かが下りてくる。
注意深く、階段の方を見る。
何か手があるわけではないが、他に出来ることも無い以上、それが最善だ。
最初に見えたのは黄髪の女。
酒場にて自分達を襲撃し、路地裏にて自分を眠らせた人物。
敵である彼女の登場に、レイルの敵意が高まるが、次に現れた人物によって、それどころではなくなってしまった。
「カーレイル、卿……?」
クレスと同じかそれ以上に豪華な貴族服を身に纏い、現れたのは三十代後半から四十台程度の男。
端正に整えられた口ひげが特徴的な その人物の名前は「バゴイズ・カーレイル」
帝国の公爵にして、皇帝に次ぐ政治決定権を持つ
そして、ランクルクにとってはかけがえのない恩人。
少年の目に映る、鉄格子の前に立つ恩人の姿は赤黒い光を帯びて見えた。
ランクルクは立ち上がり、殴り掛かりそうな勢いで鉄格子を掴み、格子一枚挟み、バゴイズに肉薄する。
「うわっ!?急にいかがされたのですか殿下!?」
心配した風な音を垂れ流すバゴイズに、ランクルクは敵意をむき出しにした表情で迫る。
「今すぐその肉を脱ぎ捨てて私の前から消え失せろ!一体誰の許しを得てカーレイル卿の姿を象っている!」
かつてない激情が、ランクルクの内を駆けまわる。
早馬の走りの如く鳴る心臓が彼にこの感情を理解させる。
少年は今、キレていた。
「誰の許しなどと、私、バゴイズ・カーレイルはこの国にて生まれ育って以来誰かの姿を象ったことなどありませぬが」
「嘘を吐くのならもっとましな嘘を吐け!よりにもよって……よりにもよって私の眼前で息絶えた忠臣の姿をするなどと!」
バゴイズ・カーレイルはすでに死んでいる。
皇帝が暗殺された夜、レイルを逃すために襲撃者から身を挺して守り、息絶えた。
彼の目から光が消え、冷たくなっていくのをランクルクは確かに触れて、見た。
であるのならば、目の前に立つ者は何か。
魔眼が強く訴える《赤く映る》。
アレは己の知る男などでは決してないと。
「……全く、良い反応ではありますが、期待したものではない。もっと子供らしく希望を信じればいいものを」
バゴイズは呆れた顔で己の顔を掴み、するすると手を下ろす。
すると、目も鼻も口も、全てが黒板消しで消された文字のようにまっさらになっていく。
最後には半透明で何もない顔だけが残った。
「ほら、これで満足でしょう?」
それは出所不明な声を上げ、先程までとはまるで違う声で答えた。
腕をうねうねと触手のように動かすその姿には見覚えがある。
クレスを撃ち抜いた騎士、あれと同じだ。
あの雨の中、無情にも命を奪った魔物と、目の前の存在が頭の中で重なる。
「ひっ……」
短く悲鳴を上げ、咄嗟に鉄格子から手を放し尻もちをつく。
彼の顔には恐怖が映し出されていた。
その顔が、無貌の魔物にとっては好みだったようで、やや嬉しそうに音を発する。
「では、改めて自己紹介でもしようか」
「
恰好つけて、キザったらしく魔物はそう名乗った。
演劇じみたその言葉も、このような場と状況で言えば現実味を帯びてくる。
少なくとも、ラムースの言葉を「あり得ない」と一蹴できる程ランクルクは豪胆な人間では無かった。
「魔王……」
先程までの威勢は何処に行ったのか少年に出来たことはそう短く呟くだけであり、すっかりと縮みあがっている。
それを見てさらに気を良くしたのか、ラムースはパパンと片手を叩いて鳴らすと、隣にいた黄色髪の女は懐から鍵を取り出して彼に渡した。
「そう、魔王リオーズ様だ」
彼はそう言いながら、鍵を錠に差し込むと禁を解き、鉄格子の扉を開く。
「ここまでせっせと頑張ったのだろう? 何も知らず終わるのも趣が無い。偉大なるリオーズ様に代わり、吾輩が冥府までの船代替わりとして話してやろう」
開いた扉からラムースが入ってくる。
思わず、少年は無意識に後ずさる。
扉は閉まり、鍵がかかる。
薄暗い光を背にして、高揚した顔の怪物が立ち、語り始めた。
「事の始まりは二年前、リオーズ様と我々があの憎き竜に負けた所、いや負けてなどいないが、あの小僧が姑息にも吾輩たちを罠に嵌めたりなどしなければ負けなどしなかったが。
とにかく、そこから始まった。魔王様と吾輩たちは国と居城と民を奪われ流浪の身へと堕ちてしまった。なんという不幸!一体我々が何をしたというのか!国民から税を絞るだけ搾りたてて戦争に明け暮れただけだというのに……
リオーズ様と我々忠臣たちは各地を転々とし続けた、安息の場を探す為ではない。あの竜の小僧を殺し、四大魔王として返り咲く、その復讐の為だ。そうした執念が実を結び、遂に我々は足掛かりを掴んだぁ!」
興奮が最高潮に達したのか、ラムースは語尾を伸ばし、ばっと両手を挙げる。
挙動不審な動きにランクルクはまたも後ろに下がった。
ぐるぐると回りながら歌うようにラムースは語りを再開する。
「愚かな帝国の野心家の一人が、偶然にもリオーズ様と接触し、交渉を持ち掛けた。愚物らしくリオーズ様を顎で扱おうとしたが、リオーズ様はこれを好機と見做し、敢えて取り入った! 野望の為であれば己のプライドさえも捨て去れるその在り方は、まぁさしく王の中の王!
我々を引き連れ、このアステリオン大陸に立ったのは四か月前、リオーズ様は我々スライムの擬態能力を使った帝国の傀儡化計画を画策!愚物を殺して成り代わらせ、遂には皇帝を含む政府用人どもを一か所に集めさせ、これを一網打尽!帝国の乗っ取りは完璧に成功した!……はずだった」
ぴた、と回るのを止め、首だけを180度回してランクルクを睨む。
「よりにもよって最後の最後でとりこぼし。まさか皇子が逃げ延びてしまうとは」
体も180度回して首と体を合わせると、ランクルクへと歩き始める。
「千変万化のスライムといえど既存の人間の姿を再現するためには取り込む以外に手段はない。皇帝の体では長く使えばボロが出てしまう、お前の体ならばある程度いじれば、より長く使える」
先ほどまでの興奮した声とは一変、冷酷ともいえるほどに落ち着いた声でラムースがにじり寄る。
ランクルクが後ろへ後ろへと後ずさろうにも背後には壁、これ以上は下がれない。
少年の顔が恐怖を通り抜け、絶望に変わる。
「ああ。いい表情、良い絶望だぁ!」
恍惚とするラムースの触手が、ランクルクへと迫る。
まさにその瞬間であった。
ズドォォォォォォン!!!!
「「「!?」」」
地上から響くような爆発的衝突音が鳴り響き、地下が揺れた。
・『魔王』
・魔界を統治する君主に与えられる名称。
・現在、魔王は七人存在し各々が土地を支配している。
・魔王リオーズは若きの竜に土地を奪われているので厳密には魔王ではない。