いかにしてその転生者は世界を変えるのか   作:抹茶螺旋

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『確実たるパラトス』

背中に走る鈍い痛みを感じて、クレス・パラトスは目を開く。

 ラムースに上階へと投げられ、その衝撃で意識を失ったところまでは記憶している。

 

――どのくらい意識を失っていた? 殿下は……

 

 状況を確認するべく周囲を見まわすも、近くにランクルクたちの姿は無い。

 それどころか、よく見れば周囲の部屋も違う。

 

――上に飛ばされたのか。

 

 あの時、天井が崩落し、上の階が見えていた。

 あの怪物(ラムース)は分断を狙ったのか、そこ目掛けて自分を投げたようだ。

 

「急いで、殿下の下へ向かわねば」

 

 現在、自分は二階にいるということを理解し、クレスは立ち上がる。

 全身のいたるところが痛み、幾つか骨がやられたという感覚があるが、幸運にも致命的なダメージもなく、『姿くらましの魔剣』も手元にある。

 下の階へと向かうべく、踵をして走ろうとするも、不意に何者かから声をかけられる。

 

「行かせるとでも?」

 

 殺気。

 背筋に悪寒が走り、クレスは後ろを振り返る。

 つい数秒前まで、誰もいなかった筈のその場所に彼女は立っていた。

 

「サエリファ補佐官……」

 

 サエリファと呼ばれた黄色髪の女はうんざりとした顔で「違うわよ」と呟く。

 

「折角だし教えて教えてあげる。私の、本当の名前」

 

 彼女は指をパチンと鳴らすと、彼女の外見に小規模の変化が起こる。

 黄色く短かった髪は白く変色して伸び、肌色は暗くなった。

 耳は長く尖り、前とはまるで違う印象を見る者に感じさせる。

 

「サウジャナ。彼女に殺されたと、冥府で待ってる彼女に言うといいわ」

 

 伸びた髪をわざとらしく後ろでに広げる。

 正体を現した黄色髪の女改め、サウジャナをクレスは注意深く見つめる。

 

「ダークエルフ……」

 

 耳を見て彼がそう言うと、サウジャナはこれまた酷い顔をした。

 

「あのさぁ。私たちをあの老いぼれどもと同じカテゴリに加えないでくれる?ただ耳の形状が似ているだけで全くの別種なのに、これだから……」

 

 わなわなとサウジャナは指を怒りで震わせる。

 どうやら、彼女にとってその呼び名は禁句だったようだ。

 

「これだから人間は嫌いなのよ!」

 

 力強くそう宣言し彼女は床を逆手で触れる。

 そのまま巻き上げるような姿勢で手を振り上げる。

 

ガルバキト(大地の爪)ォ!」

 

 振り上げた腕から旋風が巻き起こり、地面が削り取られる。

 削られ巻き上げられた石片は風に押され高速の弾丸となる。

 

「っ!?」

 

 咄嗟に横へとステップを踏む、緊急回避であった為バランスが取れず体制を崩すが、回避には成功する。

 先ほどまで自分がいた場所に石の嵐が尋常ではない速さで通り過ぎ、やがて廊下の端の壁にぶつかると壁を貫いていった。

 その光景を見て、クレスは顔を青くする。

 

――今のを喰らっていたら、間違いなく死んでいた……

 

 自分の反射能力が捨てたものではないと思う以上に避けられなかった時の恐怖が彼を埋め尽くす。

 間違いなく、クレスが太刀打ちできる相手ではない。

 すぐさま『姿くらましの魔剣』を機動する。

 魔剣が一瞬光った後、クレスは姿を隠す。

 

「勝てないと判断したら逃げるあたり、やはりあなたは合理的。でも、隠れた所を見せるなんて、素人丸出しねッ!クレス・パラトスッ!」

 

 両手を横に広げ、声高々にサウジャナは叫ぶ。

 

 「ガゴドウン(風よ来い)!」

 

 強風が()()()()()()()()()()()吹き始める。

 その勢いは強く、辺りに散らばる石片のような軽い物は吸い込まれていく。

 台風の日の風を何倍も強くしたような強風、クレスにこれを振りぬいて逃げるほどの力は無かった。

 

――体が、吸い込まれる

 

 持ち上げられるように体が浮き上がり、サウジャナへと吸い寄せられる。

 必死で何かに捕まろうとするも、廊下に捕まれる物は何もない。

 なすすべなく吸い寄せられ、遂には魔剣の効力も切れる。

 

「見つけた!」

 

 獲物を見つけた捕食者のごとき笑みを浮かべ、彼女は広げた手を合わせ魔力を収束させる。

 次第にそれは一つの球体となる。

 純粋な、魔力の圧縮体だ。

 

ゼオラバル(我が怒り)!」

 

 クレス(素人)から見ても、その球体は明らかに危険な何かであると理解出来た。

 魔力は千変万化の物質、例えそれがソフトボール程度の大きさなのだとしても、人を殺しうる可能性は十分にあり得るのだ。

 吸い込まれるクレスにサウジャナは圧縮魔力体を押し付ける。

 

「くっ!」

 

 咄嗟に彼は剣を盾にした。

 衝突、そしてすぐに爆発が起きた。

 

 吸い寄せられた体が、今度は吹き飛ばされる。

 しかも今度は吸い込まれた時よりも更に速い速度で。

 衝突した時の角度から廊下ではなく、横の部屋へと飛んでいき、壁を壊して入室する。

 

「がはっ、ごふっ」

 

 奇跡的に剣が先に触れた事で直撃は免れたが、それでも余波で壁に叩きつけられるどころか壁を突き破る威力。

 大した鍛錬をしていない文官であるクレスが生きているのは奇跡だとしか言いようがない。

 奇跡の代償は、その分高くついた。

 壁にぶつかった衝撃で更に体の骨が何本か持っていかれたようで、口からは血を流し腕に力が入らない。

 まだ足が動くとはいえ、派手な運動をすれば間違いなく怪我が悪化する確信があった。

 

「今の防ぐなんて、あなたはどうしてそんなにしぶといのかしら?」

 

 事態は最悪なままだが、それでもまだ最低を更新し続ける。

 サウジャナは開いた穴から入って来ると、クレスには近寄らず、一定の距離をとった。

 クレスは部屋の奥に位置し、サウジャナは入り口の近くにいる。

 先ほど空いた穴にも近い距離に陣取り、部屋から出る為には彼女を横切る必要がある。

 部屋の中は当然廊下よりも狭く、この場でじっとしていればまず命はないだろう。

 今すぐにでもこの場から離れるのが最も合理的な判断、それは彼女も分かっている事。

 あえて距離を取ることでクレスの動きを観察し、動き出したら即座に対応する事が出来る様にしている。

 

 二人の間の実力差は特別な武器一つで埋まるものではない。

 サウジャナが切れる手札は無数にあるが、クレスに出来ることは事実上一つ。

 空いた穴の方へ逃げるか、ドアの方に逃げるか。

 それ以外の行動はあまりにも不確実で分の悪い賭けであった。

 

「運が良いだけですよ。ムジカさんと比べれば私など吹けば飛ぶ木の葉にすぎませんよ」

 

「あら、随分と彼女を過大評価するのね。その言葉、冥府の彼女も嬉しいと思うわよ」

 

「……なんですって?」

 

「そのまんまの意味よ。彼女、労いのふりして毒入りの茶を出したら、それはもうあっさりと。序列第三位とか言ってたけど所詮は人間ね」

 

 当時の光景を思い出して、思いだしたようにクックッと含み嘲笑うサウジャナ。

 

「そんな……」

 

 一方、クレスはあり得ないという表情を浮かべていた。

 

「その感じ、本気で信じられないみたいね。つくづく、信頼されてたのねぇ。まあ、意味なかったみたいだけど」

 

「ッ!」

 

 その嘲りに憤りを感じたのか、クレスはドアでも穴でもなくサウジャナの方へと走り出した。

 

「馬鹿がっ!」

 

 冷静さを欠いた特攻に嘲笑しながら腕を振り上げる。

 

 「ガルバキト(大地の爪)!」

 

 風が巻き上がり、石の弾丸がクレスへと迫る。

 魔界にて多くの戦いを切り抜けてきたサウジャナと、ただの文官であるクレスとでは反応速度が違う。

 例え奇襲だとしても、彼の攻撃が届く前に彼女の魔術の発動が間に合う。

 最後の最後で、彼は冷静さを欠いて負けたのだ。

 サウジャナは、そう判断した。

 そして、それは間違いであった。

 

 彼女が魔術を発動した同時か、僅かに遅れて、彼は全力で身を伏せた。

 倒れるような勢いで頭から体を下げて、石片を回避する。

 標的を失った石片たちは通り過ぎ壁を粉砕する。

 

「……呆れた。まさか死ぬのが怖くなったの?」

 

 頭を垂れたかのように見えるその姿勢を見て、 汚物を見るような目で彼女は吐き捨てる。

 サウジャナは多少なりともクレスを評価していた。

 合理性を持ち、確実に事を進めていくその考え方は人間であるものの確かに敬意を払えるものであったからだ。

 それが命おしさにここまで合理を外れた事をするのを見て、彼を高く見積もった自分が馬鹿だったように思えた。

 

「正直、興醒めだわ、命乞いとか聞きたくないからさっさと」

 

「……魔術師は咄嗟の判断をするとき、手癖が出る」

 

「……はぁ?」

 

 命乞いを喋りだすのかと思えば、彼は唐突に変な事を言い始めた。

 

「魔術を行使するためには魔術式を暗算する必要があり、急な選択を迫られた時直近の記憶で使ったものが出やすい」

 

「……何の話よ」

 

「仮にここから逃げたとして、結局は貴女は追いかけてくる。石片による攻撃を正面から避ける事でさえ困難な私が、背を向けて逃げ切れるわけがない」

 

 ゆっくりと立ち上がりながらクレスは続ける。

 

「それならば、誰かに倒してもらおうと、そう思いまして」

 

「は?」

 

「ムジカさんは外勤の時以外はこの騎士庁舎の二階、休憩室にて休憩を取っている。そこは彼女の場所であり、滅多な事では離れたりしない」

 

 サウジャナは、彼の話していることの意味が理解出来なかった。

 なぜ、彼は今、自分が殺した人間の事を話している?

 

「貴女は先ほど、『労いのふりをして』と言った。それはつまり自分から談話室に向かったということなのではないか?」

 

「はぁ!?」

 

 驚愕と怒りで、声が出る。

 なんで、この男は自分の行動を言い当てられる。

 

「私は、戦う事においては完全に素人です。ですが、記憶力は他と比べて優れていると、自負しています」

 

 

 

 

 

 

 

「ご存知でしたか?この部屋の隣には休憩室があるんですよ」

 

 

 

 

 

 

 

 全て計算通りという口ぶりで、男は言う。

 ありえない、そんなわけがない。

 クレスの発言をサウジャナは脳内で否定する。

 魔術師の手癖のことも、ムジカのことも、この部屋の隣に休憩室があることも。

 自分が魔術で開けた隣の部屋へと続く穴から、人の姿が見えることも。

 

「それでも、しっかりと隣の部屋まで穴が開くかどうかだけが懸念点でしたが」

 

「ちょいちょい、私が生きてるかどうかくらい心配しろー?」

 

 隣の部屋から聞こえる声が、こちらに向かう足音と共に聞こえてくる。

 それはどこか気だるげで、眠たそうでもあった。

 

「毒ごときで貴女が死ぬのなら私と出会うはるか前に、貴女は死んでいるでしょう」

 

「ははっ。言えてる。んでも今回のは結構凄い毒でさ。中々どうして解毒に時間が掛かっちゃたよ」

 

 かつ、かつ、と彼女はこちらへと歩いてくる。

 騎士鎧を脱いでいるが、その姿に毒の影響らしきものが見られない。

 完治した姿のムジカ・オルドスが立っていた。

 

「ところで、プレート(騎士鎧)はどうしたのですか?」

 

「熱いし血が内側について気持ち悪いから脱いだ」

 

 「ば、ばばっば、馬鹿なぁ!」

 

 狼狽えすぎて呂律が回らなくなりながらも、サウジャナは驚愕の声を上げる。

 まさしくもってありえないものを見た顔でムジカの顔を見る。

 

「な、なんで生きているの!?」

 

 震えた手でムジカを指さし困惑の声を上げながら糾弾する。

 

 「なんで、ねぇ」

 

 糾弾された側であるムジカは何を思ったのか、サウジャナの方へと歩き始めた。

 

「ひっ、ぜゼオラバル(我が怒り)!」

 

 震え、怯えながらも魔術を放つ。

 圧縮した魔力で出来た球体をぶつけようとする。

 これに対してムジカは何の抵抗もせず、これを受け入れる。

 弾かれるでもなく普通に爆発し、ムジカの頭を爆炎が包む。

 

「そりゃ私がムジカ・オルドスだからだよ」

 

 爆炎の中から声が聞こえる。

 彼女は軽く手を振って煙を払い、自分の顔を見せる。

 そこには脳みそを垂れ流したりもしておらず、わずかに顔が焼け焦げただけのムジカの顔があった。

 驚くべきはその耐久力だけにあらず、よく見ればその火傷も見る見るうちに治っていた。

 

「この程度の傷、すぐに慣れる」

 

 オルドス家は代々、異常な免疫力を有した家系であった。

 切り傷、火傷、服毒、自らを害する大抵のものに強い回復力と、二度と効かなくなる耐性を持っていた。

 ムジカはそんな特異体質の一族の中でも一際強い免疫能力を持っていた。

 幼少より、毒を服毒し続け並外れた毒耐性を持つムジカを毒で殺せるはずが無かったのだ。

 そんなムジカを、常軌を逸した怪物のように、サウジャナは感じてしまった。

 

「い、いやぁぁぁぁぁあぁぁ!!!」

 

 狩る者と狩られる者、その立場は一転した。

 追い立てていた筈のサウジャナは、一目散に部屋のドアへと走る。

 ムジカは彼女の豹変ぶりを眺めながら、クレスに声をかける。

 

「クレスさん、剣借りるよ」

 

 彼の言葉を聴くよりも先に事後承諾で彼の持つ『姿くらましの魔剣』を手に取る。

 そして剣を投げ槍のように構え、

 

「そい」

 

 気の抜けた掛け声でサウジャナへと投げた。

 彼の投げた『姿くらましの魔剣』は恐ろしい速度で飛んでいき。

 

「あぉ」

 

 サウジャナの頭を見事に貫いた。

 さながらリンゴのようにさっくりと彼女の頭を貫通し、サウジャナは斃れた。

 

「うわぁ、凄い切れ味。クレスさんこれどこで拾ったの?私も同じやつ欲しいんだけど」

 

 魔族とはいえ先ほどまで会話を交わした相手を殺したというのに、ムジカの表情に曇りはない。

 あるのは投げた剣の思わぬ切れ味に対する驚きだけだ。

 クレスはそんなムジカの在り方に少し寒気を感じながら答える。

 

「あれは私が貰ったものですが、私が持っていても宝の持ち腐れですので差し上げます」

 

「いいの!?よ!太っ腹!クレス大臣!」

 

「管理官です」

 




・『クレス・パラトス』
・元帝都在住の官僚であり、現在は商業都市『コレヌ』の管理をしている。
・帝都にて勤務していた頃、帝都内に巣食う多くの問題を解決し、一部の者からは『確実たるパラトス』と称されるほどの仕事ぶりを見せる。
・その一方、古株の大臣達からは快く思われておらず、水面下で対立していた。
・彼がこの都市で管理官を務めることになったのは、そうした政治闘争の結果である。
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