「セイハァー!!」
こなれてきた掛け声と共に黄金の魔剣から光が奔り、水粘邪龍を包み込んで焼き尽くす。
光が消えた時、スライムは一片として残っていなかった。
「はぁ、はぁ、無駄にしぶとかった……」
肩で息をしながら、アランは体についていたスライムの破片を手で払う。
「早く、二人を助けに行かないと」
呼吸を整えて、アランは入口へと向かう。
彼の体に傷は無かった。
◇
「へーあのガキンチョ、皇太子殿下だったんですね。びっくり」
「状況がわかったのならもう少し焦ってください」
状況を説明しながら、クレスとムジカは騎士庁舎を走る。
厳密にはクレスはムジカにおぶられているのだが。
「今、フレン殿がいるとはいえ、あの魔物は明らかに他とは違った。早く加勢に向かわないと」
「いうてクレスさんが行ったところで出来ることないでしょ」
「肉盾になれます」
「ははっナイスジョーク」
「……」
「そこで黙らないでよ……」
気まずい沈黙が二人の間に流れたが、すぐにその空気は霧散する。
「しっ、前方に強力な気配」
急停止し、一度クレスを下ろす。
「敵ですか?」
「私にゃそこまでわかりませんって、そういうのは第一位の奴に聞いて」
ぶっきらぼうに言葉を返しながら、走って来る人影を見つめる。
次第に見えてくるシルエットから、ムジカは一人見覚えのある人物を思い出す。
「あれ?アラン・セノアック?」
「アランさんですね」
クレスにも見えたのか、彼は安全を伝える為に腕をふる。
「ご無事でしたか」
「当然だよ、そっちは大分大変そうだね」
「あばら以外も何本か持っていかれたみたいです」
「……そっちの彼女に関しては仲間ってことでいい?」
アランはやや緊張した目線でムジカの方を見る。
彼からすれば、死ぬ寸前まで追い詰められた相手だ。
意識しない方が無理だといえる。
「おっけおっけ」
片手でピースサインをして自分の友好性をアピールするムジカだが、アランは若干引いた。
「じゃあ、いいや。ところで殿下とフレンさんは?一緒じゃないの?」
「いえ、殿下を奪還こそ出来ましたが、その後私は投げ飛ばされたので二人の場所を探している途中です」
「成程、事態は急を要するみたいだ」
「貴方の『双魂剣』で探すことは出来ないのですか?」
「あれに関しては一部作りが未熟なところがあってね。大まかな座標は分かっても細かくは分からないんだ」
「そうですか」
「一応、あの剣には自動防護機能があるけど。あまりうかうかはしていられないな」
「急ぎましょう」
そう言うと、クレスはムジカにおぶられる。
「正直、その恰好恥ずかしくない?」
アランは微妙な目で、彼を見る。
「恥で殿下は救えませんよ。あと肋骨が何本かいっているので」
クレス・パラトスは何一つ恥じることなくそう言いのけた。
◇
ランクルクの行動に間違いは無かった。
前提としてラムースはスライムであり、コアを突かれるか肉体の大半を消滅させるかでしか死亡しない。
スライムはコアを突けば殺すことが可能だが、それを外部から把握することは不可能に近い。
多くを認識する彼の眼であったからこそラムースのコアを認識できた。
あの瞬間、彼が選べる中で最善の選択と行動をし、確かに彼はラムースのコアに刃を突き立てた。
だが、悲しきことに、どんなに最適解を選んだとしても、最後に命運を握るのは運である。
「運命とは残酷だなぁ、ランクルク」
粘ついた声で男は少年と、彼が起こした奇跡を嗤った。
次の瞬間、ランクルクの体が急に軽くなり、バランスを崩した。
――え、
倒れ伏し、立ち上がろうにも右手の感触が無い。何なら右足の感触もない。
おそるおそる、右手の方を見る。
そこに、自分の手も足も無くなっていた。
「あ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
絶叫が、庭園の中を木霊する。
今まで体感したことのない痛みがランクルクの脳を爪を立ててひきずり下ろされる。
さながら栓の壊れた蛇口の如く血が流れ続け、急速に体が重く、冷たくなり始める。
――痛い、イタイ、いたい!
痛みが脳を支配し、次いで恐怖が駆けまわる。
さっきまでの興奮とも違う、脳の緊急信号による感情の暴走。
意味の分からない状況に絶叫を上げ続けることしか、今の彼には出来なかった。
「こうして攻撃が通るあたり、防護していたのはこの短剣によるものか。」
混乱するランクルクとは対照的にラムースの声は長い事のどに引っかかって魚の骨がとれたかのように、納得した風であった。
「運がなかったなぁ、ランクルクぅ。見ろ、貴様が突き立てた短剣のさまを」
ラムースはランクルクに近づくと、彼の髪を掴んで上を向かせる。
確かに、短剣はラムースの胸に突き刺さってはいたが、刃がラムースの体の中で粉々に砕けていた。
「あ、ああ」
「ははは!そうだ、その様だ!私は貴様のその顔が見たかった!自分の持てる全てを使ったというのにそれが無駄だった瞬間! そう! これこそが絶望だ!」
恍惚そうに、ラムースは叫ぶ。
この瞬間は彼にとって最上の戦利品であり、報酬だ。
「ああ、痛いだろう? 心配せずともその出血量ならあと数分もせず息絶えるだろう。遺言でも聞いてやろうか?」
勝ち誇り、勝者の特権だと言わんばかりにランクルクを煽り立てる。
「……」
痛みを感じすぎて脳が麻痺してきたのか、ランクルクは叫ぶことを辞め、数秒の間黙った後、彼は口を開いた。
「僕は、何も選ばず生きてきました」
少年は己の罪を告白するように、語り始めた。
「立場も、将来も、復讐さえも、誰かが用意したもので、自分が選んだ道なんて何もなかった。タイミングは無数にあったのに、僕は、『それが一番正しいから』と選んだフリをし続けてきました」
もしも、父が死ぬこともなく無事に大人になって皇帝となったなら。
ランクルクはきっと、周囲の意見を聞いて、出された選択肢の中から選ぶだけのつまらない君主となっていただろう。
「やりたいことが出来たんです」
今度は未来について、少年は語り始めた。
「僕は、不条理が嫌いだ。自分が何もしていないのに、どうしてこんな目に合わないといけない。こんな事がまかり通る世界は間違っている。僕はこの世界から不条理を無くしたい。そのためには力が必要だ、国一つ動かせる力が」
「僕は皇帝になる。なって、世界をより面白くしてみせる。だから、力を貸せ」
薄れていく視界、冷たくなる体を押して、全力でランクルクは、彼の名を呼んだ。
「
「いいね。面白そうだ」
花が咲いた。
ランクルクとラムースの間に一輪、さっきまでなかったはずのそれはいつの間にか咲いていた。
花が咲いた。
地面から何輪もの花が荒廃した庭園の中で咲く。
花が咲いた。
ぽぽぽぽんと、まるで増殖しているかのように花が庭園の地面を埋め尽くして咲き誇る。
先ほどまでの殺風景が嘘かのように一面は色彩豊かな花畑に変貌する。
「な、何だ?何が起きている!?」
突然の状況変化にラムースは困惑する。
そんな彼をよそに、事態は変化し続ける。
突如、強いつむじ風が巻き起こる。
強風によって幾つもの花弁が浚われ、つむじ風は花を纏う。
花を巻き上げ続けながら、つむじ風は拡大していく。
「大抵の奴にとって人生は一度きりだ」
花嵐の中、声が聞こえる。
軽快で、楽しそうな、聞いたことのある声。
「だったら、正直に生きるべきだ。そうだろ?少年」
花嵐が一層強く巻き上ったかと思いきや、次の瞬間霧散する。
花弁はひらひらと落ちて、そこには一人の少女が立っていた。
「魔法使いが、お前の願いを叶えてやろう」
この都市には、転生者が二人いた