いかにしてその転生者は世界を変えるのか   作:抹茶螺旋

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スラムへ行こう!

 商業都市コレヌ。

 その歴史は北の帝国が建国された早い時期からあるとされており、かつては交易の場として栄えてはいたが、帝国の領土拡大により、より交易に適した都市が建設され、商業の中心地としての立ち位置を失う。

 その後度々、時の市長達は何度か立て直しを図ろうとするも、全て失敗する。

 度重なる都市改革の失敗により、財政の悪化、治安の低下、都市人口の減少がドミノ倒しで発生し、全盛期の繁栄は見る影もなくなった。今では、多数の無法地区(スラム)を形成した、余り住みたくない都市となっている。

 

「──というのが、この都市の現状です」

 

「残念都市、って感じだ」

 

 レイルの解説に、フレンは都市に抱いた印象を口にする。

 

「そして、この都市で最も法の目が通らないのが、ここ。開発地区アスルーンです」

 

 フレンは改めて、周囲を見た。

 二人が立つ通りには建てられた後、一度も整備工事をされていないのではないかと思う程、傷だらけの家や、建築途中で未完成で終わったものを素人が強引に補強したような建物が立ち並ぶ。

 床にはゴミや、酒なのか水なのかそれ以外なのか不明な液体が散らばり、清潔とは無縁な街並みである。

 数時間前まで二人のいた一般地区と比べて、同じ都市とは思えなかった。

 

「敢えて聞くけど、本当にここにいるの探し人(転生者)?」

 

 人の目もあるため、彼女はあえて言葉をやや濁しながら、レイルに問いただす。

 

「根拠はあります。ここに来る前に魔術師を頼りました」

 

「アタシ?」

 

「違います。大陸魔道協会に属さない、いわゆる裏の魔術師です」

 

「おおう、裏、ねえ……」

 

「何ですかその反応は。まあいいです。その方に探知魔術をしていただきました」

 

「探知魔術? 馬鹿みたいにコストと時間がかかる割に効果の薄いで有名な探知魔術?」

 

「その探知魔術です。それを使って、この短剣の作成者の居場所を見つけ出しました」

 

「それが、ここだと」

 

「はい。私がこの都市に来て三日、ここで収集した情報でスラムの何処にいるのかの目星もついています。ここ数か月スラムの間で『鍛冶師』と呼ばれる謎の男が魔剣を探しているのだとか」

 

「ぜってーその人。怪しすぎるけどぜってーその人だわ」

 

「『鍛冶師』は毎日、決まった時間にスラムの違法酒場に現れ、酒も飲まずに数時間のあいだ座り込むのだそうです」

 

「そこまで分かっていて逆に何でまだ会ってないのか疑問なんだが?」

 

「酒場は夜にしかやっていない事、そしてこのことを知ったのは今朝だからです。僕らの目的はその人に接触し仲間に引きこむ事です」

 

 思いのほか集まっていた情報にフレン少し驚嘆する。

 ここまで準備が出来ていて、特に自分にやる事がないなと思うが、軽く頭を振ってそうした考えを振り落とし、会話を続けた。

 

「そういや、アタシと出会った時、少年は追っかけられていたが、あれってもしかせんでも……」

 

「憲兵ですね」

 

「やっぱりかぁ……顔、というか見た目を憲兵に見られているってことじゃーん……」

 

 あー、とやる気のない声を上げるフレンの悩みを解決させる言葉をレイルは紡いだ。

 

「そこに関しては問題ないかと、この布は特別製なので」

 

「ほん?」

 

 レイルは自分の顔に巻いてある布を指さす。

 

「僕が顔に巻いているこの布は特殊な魔術式が編み込まれており、身に着けた人物の認識を阻害される効果を有しています、一度目を離したならば記憶に残ることはないかと」

 

「おおー、そいつはすげえ、ていうかどおりで最初見た時から少年の顔周りがぼんやりしているわけだわ」

 

 調子よく立ち直るが、じゃあ何故彼はその布で目元を隠しているのか気になったが、それを聞くよりも先にレイルは言葉を続けた。

 

「ですが、憲兵に関しては二人警戒に当たる人物がいるので、油断はできません」

 

「ほほう、どんな奴なんです?」

 

「一人は武官、『翠星騎士』ムジカ・オルドス。そしてもう一人は文官、クレス・パラトス都市管理官。この二人に関しては目撃次第距離を──」

 

 取ります、そう言い切るよりも先に、後ろから挟まれた言葉によってレイルの言葉は止められてしまった。

 

「こんばんは」

 

 それはとても穏やかな声はレイルでも、フレンでもない、大人の男の声であった。

 唐突なその挨拶に、二人は歩みを止めて、思わず、振り返る。

 振り返ってしまう。

 そこには、何人もの鎧を着た者達を後ろに従えた、身なりの良い男がいた。

 髪は青で

 男はニコニコと張り付けたような笑みを浮かべながらこちらを見ていた。

 

「いやはや、足を止めてしまい申し訳ありません。私達は見ての通り公務員ですが、取り締まりに来たのではありません、質問をしに来たのです」

 

 男はにこやかな表情のまま、ゆっくりと、二人の下に歩いて近づいていく。レイルは思わず後ずさろうとしたが、それをフレンが彼の肩を掴みそれを止めた。レイルは意図を探るべくフレンの顔を見たが、フレンの顔はじっと男の後ろ、騎士たちを見ていた。

 後ろの騎士たちは動かないが、二人をじっと、見つめていた。不審な動きをしようものなら、いつでも斬り落とせるように。

 

「見たところ、お二人はこの都市の方では無いようですが、旅行ですか?」

 

「まあ、そんなところです」

 

 フレンが答えた。

 彼女はこういったやりとりが苦手ではあったが、見るからに幼いレイルが答えて、相手に印象ずいて覚えられるよりはマシと思ったからだ。

 当のレイルはそんなことはなく、内心フレンの行動に頭を抱えているが、この時の彼女にそれを知るよしは無かった。

 

「成程。しかし旅の方が何故このような場所に? この辺りは観光には適していませんし、危険だと思うのですが……何故?」

 

「ええと、それは……」

 

 思わず口どもるフレン。普通に考えれば当然の問いであったが、そこまでの事を彼女は思い至れて無かった。

 彼女は、アドリブが苦手であった。

 

「知人を、探しに来ました」

 

 舌と頭の回らぬフレンの代わりに、レイルが答えた。

 突如、口を開いたレイルに、男は一瞬目をひくつかせて驚いたが、誰にも気づかれる事なく調子を戻した。

 

「より厳密に言えば数年の間、音信不通であった知人が連絡を寄越したので会いに来ました」

 

「そのご友人がこの都市のこの地区にいると?」

 

「友人ではなく知人ですが、その通りです」

 

 虚偽ではあるが、完全に間違いはではない。

 嘘とは真実を着飾らせることで、より強い効果をもたらすのだ。

 男は少し考える様子を見せた後、再び張り付けた笑みを浮かべ、口を開いた。

 

「わかりました。ご協力に感謝します。この地区は危険ですのでお気をつけて」

 

 ゆっくりと頭を下げて、男は踵を返し、騎士たちを連れて歩いて行った。

 その後ろ姿を見て二人はようやくほっと、胸撫で下ろそうとするが、突如男は立ち止まった。

 

「失礼! 一つ聞き忘れていたことがありました!」

 

 急な大声にビクッとするフレンとレイルだが、それに構うことなく、男は奇妙な質問を出した。

 

「マシマエイセイ、という方をご存知ですか」

 

 瞬間、瞬きすらも遅く感じるような一瞬、空気が変わった。

 

 いままでスラムに漂っていた陰鬱としたものではなく、張り裂けるような、押しつぶすような。

 重圧が、あった。

 しかしそれを、誰も気づかない。

 男もその後ろにいる騎士たちでさえも。

 その程度の刹那的出来事であった。

 

「いや、知らないっすね、そっちは知ってる?」

 

「わからない、そもそも名前なのか?」

 

 二人は何か大きな反応を見せなかったが、それも男にとってはある種想定の内であった。

 

「これはどうも、本当にありがとうございました」

 

 短くそう言い残して、今度こそ男と騎士達は帰っていた。

 そうして残ったのはスラムの猥雑な喧騒と、男達が見えなくなるまで眺める二人組。

 彼等が確認出来なくなったのを確認して、フレンは横に立つレイルに問いかける。

 

「……行ったよね?」

 

「……私が確認出来る限りは」

 

 二人はゆっくりと顔を見合わせて、事を確認する。

 

「一応聞くけども、彼が話してたあの?」

 

「クレス・パラトス……、この都市において最も警戒しておくべき人物です。彼がこの地区で動いてる以上、夜間まで行動は控えるべきでしょうね」

 

「え、そこまで? 今の会話だけでその判断なん? アタシらそんな怪しかった?」

 

「いいえ、私もフレンさんも尻尾を出すような発言はしていませんでした。ですが、相手はあのクレス・パラトスです」

 

 レイルは思い出すように空を仰ぎ、過去を回想する。

 

「かつて、彼が帝都にいた頃の渾名は『確実たるパラトス』。彼が行動を起こした時、そこに間違いや無駄は無い。……警戒に越したことはないと、私はそう評価します」

 

「……おっけー。あんまわからんけど、レイル少年がそう言うんなら、信じるわ」

 

 

「先程の二人に監視をつけなさい」

 

 それがフレンとレイルから離れた後に、男──クレス・パラトスが開口一番に発した言葉であり、その顔に先程迄の貼り付けた笑みは無かった。

 

「クレス卿、彼女らを我々が監視する理由が理解出来ません、詳しくご説明願います」

 

 付き添いの騎士がそう尋ねると、クレスは先程迄とは違う、感情を完全に律した落ち着き払った、穿って見れば感情がないとさえ感じられる表情で質問に答えた。

 

「表情筋の不自然な硬直、自然な会話では起こり得ない僅かな時間の隙間。色々とありますが細かい要素を挙げても貴女が満足しないのは分かっています。……一番割合の大きな理由は、私の質問に嘘を吐いた。それに尽きます」

 

「嘘を吐いたという証拠は?」

 

「貴女に嘘の見抜き方まで教授するつもりはありませんよ。私が説明したのは理由を伝える為ですが、貴女が納得する事とは同一ではありません。御理解いただけましたか? ムジカさん」

 

 ムジカ、そう言われた騎士は、僅かに動きを止め、

 次の瞬間にはケラケラと笑い声を溢した。

 

「あはは、わるいわるい。バレてたとは思ってたけど、いつ言うのか迷っててね、いやー情けなさすぎてこれもう笑うしかないね」

 

 口調とは裏腹に寝る前のような抑揚の低い声で、その騎士は謝罪する。

 

「どんな理屈ですかそれは。それに何故ここにいるのか説明する義務がありますよ貴女には」

 

 文句をたれるクレスをよそに、騎士は己が被っていた鉄兜を脱ぎ、その結んだ髪の毛を露わにする。

 

「アンタが頼んでた仕事は全部午前のうちに片しておいたよ。御膳立てしてくれたお陰でパーっとやるだけで大楽勝ー。ホント、神様知事様クレス様だわ」

 

「その感謝の対象である私に対してこの様な悪戯をした理由に関しての釈明は何か?」

 

「何もなし、ご自由に理由を考えて」

 

 事もなさげに、長い髪を纏めた騎士が答えると、さしものクレス・パラトスもこれには面食らわざるえなかった。

 はぁ、とため息を吐いたあと、彼は調子を戻して会話を再開させた。

 

「貴女がバゴイズ殿の部下で無ければ減給させている程の愚行をどうもありがとうございます、ムジカ・オルドス特務騎士」

 

「どうも、もうしませんので許して下さい」

 

 悪気も罪悪感もまったくない謝罪の言葉を、髪を結んだ女騎士──ムジカ・オルドスは紡いだ。

 

「そんで、あの二人組を見張っておけば良いの?」

 

「そちらは私の部下にやらせます。貴女には別の仕事を予定していますので、夜までこの地区で待機してもらいます」

 

「うへぇまじか。ここら辺美味い飯屋少ないから好きじゃないんだけどな」

 

「御託はよろしいので、調査報告をお願いします」

 

 項垂れるムジカを無視したクレスの対応であったが、それに対して特にムジカは気にした様子を見せなかった。

 こういう対応が常態である為気にしないという事だろう。

 

「調査の結果としてはまぁ、何の成果も得られなかった。って言えたら楽なんだけどなぁ」

 

「勿体ぶりますね、何かあったのでしょう?」

 

「残念なことにあったのよ。魔族の痕跡」

 

「……詳しい話は、場所を変えてしましょう」

 

「了解了解。行きつけの飯屋でいいかな?」

 

「百歩譲っても、私の行きつけの店です」

 

「ナイス冗談」

 

「いえ、そろそろ昼過ぎですし昼休憩を取るつもりでしたので」

 

「……まじかぁ」

 




・『帝国』
・アステリオン大陸を席巻する、三つの国家の内の一つ。
・「幸福が欲しくば戦え、勝利の為ならば全てを使え」を国是とし、戦争に勝つことで土地を獲得することで地位を確立させた。
・貪欲に勝利を求める在り方から、敵国からの評価は劣悪だが、帝国民からの評価は良好。
・手段を選ばないことは、いかなるものだろうと受け入れる器量の大きさの表れでもあるのだ。
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