これからどうしようか。
フレン・エトラルトは遅まきながらそう考える。
安請け合いとは言わないが、後先考える事なく手を差し伸べた結果、国に追われた者と行動を共にする事になり、なにやら壮大な物語に巻き込まれている。
少年は転生者に会うまでで良いと言っているが、彼女も馬鹿ではない
そこまで踏み込めば、無関係ではいられない。
彼女もまたその「壮大な物語」の中に組み込まれることだろう。
ここが分岐点なのだと、彼女は考える。
事が始まるまでのあと一歩、今ならやっぱナシと逃げて忘れることも出来る。
それは安全ではあるが、
こんな面白くなりそうなことから逃げようだとか、その方がどうかしている。
フレンはそう結論付け、選択する。
すべてはこれから始まる刺激的な物語の為に。
彼女はあの面白みに欠ける少年の助ける事にした。
◇
ここからが本番だ。
レイル少年は心中で状況を再確認する。
ここに来るまでの間、様々な犠牲があった。
元々少なかった仲間達は、ここに来るまでに全員いなくなってしまった。
現地で協力者を一人獲得できたことは、奇跡でしかない。
彼女は優秀な魔術師であり、貴重な戦力だ。
弁舌による立ち回りは得意ではないが、それは彼女に求める範囲から外れている。
偽りだらけの自分を信じ、報酬を用意出来ないにも関わらず手を貸してくれる、信じられない程に都合が良い人物。
本当に大丈夫なのか? と選んだ自分の眼が疑わしく思う程に。
仮に自分の判断が間違いだったとしても、もう止まれない。
自分の命は自分だけの物ではなく、亡くなった親しき者達の命とこの国で暮らす臣民達の運命、それらが自身の両肩にかかっているのだから。
今はただ最善を為すだけだと、レイルは自分に言い聞かせた。
仲間達の遺志に、応えるためにも。
◇
前提として、スラムにある飲食店の殆どが公式的な認可を受けていない違法商売である。
無論スラムの中を歩けば、許可を得た飲食店は点在するが、それを遥かに上回るほど裏酒場は多い。
挙げられる理由としては、この地を根城にする闇社会的組織の縄張りとしての意味合い、脛に傷ある者たちが大手をあげて出歩き集まれる安全性。
これらだけが理由ではないが、おおまかにはそのようなところである。
大半は騎士団による捜査を逃れる為地下に作られている。
二人が向かった酒場もそのような地下にある薄暗い所であった。
酒場の内装としては、そこそこ、といった所である。
目を引く綺麗な装飾があるわけでも、床に酒が散らばる程汚いという訳でもない。
基本的には木造りで出来た、普通の大衆酒場といった所だろう。
「いやーこういう場所はあんまりこないけど、やっぱいつ見ても強面ばっかりだなぁ」
周囲を見渡し、何処を見ても危険な雰囲気を醸し出す客たちを見て、フレンはそう感想を残す。
「見た所、『鍛冶師』はいないようです。席に座って待つとしましょう」
──いや見たところって……顔に布着けてて見えるもんなのか……?
そんな疑問がフレンの頭に過ぎりはしたが、今までレイルはその辺り特に問題なく行動しているのを鑑みるに、どうやら視覚以外で認識しているようだ。
二人は近くのテーブル椅子に座り、辺りを軽く見回す。
今の所『鍛治師』らしき者は確認できない。
転生者『鍛冶師』
数週間前より、このスラムにて出没するようになった正体不明の人物。
フードで己の顔を隠し、特に誰とも話さない事から、目撃情報に反して謎が多い。
鍛治師に対する目撃情報の多くは酒場に集中している。
いつの間にやら酒場に入り込み、何を食べる訳でもなくただ座っており、その様子は誰かを探しているとも、待っているとも言われている。
「何か注文していい?」
着席からあまり間を置かず、フレンがそう提案する。
「……今することですか?」
当然ながら、レイルからの反応は良くはなかった。
彼からすれば、今は一秒とて気の抜けない時間であり、周囲に集中したいというところは大いにある。
「いやでも、何も注文せず何も話さずだと、流石に周りからの心象悪いし、悪目立ちするとアタシは思うが?」
「……支払いは自分でしてください」
「よっしゃ、すいませーん!」
元気に声をあげ、近くにいる店員に呼びかけて注文をとるフレンを尻目に、レイルはゆっくりと聴覚と嗅覚を研ぎ澄ます。
今現在、この酒場の中には十何人という数の人が席についている。それら全てを認識し、識別する。
彼にとってこの行為は何も大したことではなく、日常的なものである。
彼は幼き時より、見えずとも生活できるように訓練を受けてきた。
目が見えぬことで不自由することも多々あったが、その甲斐あってか、彼は視覚ではなく心音や匂いの違いで他者を見分ける事が出来るようになった。
流石に心音から心情を把握するような事は出来ないが、そこまでいけば技術ではなく才能の領域だろう。
彼が探しているのは特別な心音、或いは匂いの持ち主である。転生者は特殊な能力を持つとされているが、見かけの上では普通の人間と何も変わらない、ならば判別するなら見かけ以外だろうとレイルは考えた。
一つ、美味しそうな匂いが、近づいてきた。
「お待たせしました、こちらベリアチキンのソテーになります」
ウェイトレスがそう言ってチキンソテーの乗った皿をテーブルに乗せる。
特殊な調味料やソースが使われている訳ではないが、何故だかその料理から意識が離せなかった。
「おお、きたきた。いただきまーす!」
両手にナイフとフォークを持ち、フレンはチキンを食べ始める。
子供じみた言動とは裏腹に、彼女の食事マナーは良好であり、綺麗に食べていた。
そのときレイルは自分の集中が途切れ、チキンの方に意識が離せなくなっている事に気づいた。
何故チキンに意識がいくのか、彼は理解していた。
今日は、とても忙しい日であった。
昨日の夜から徹夜してこの都市の中を歩き回り情報を集めて、朝方からは憲兵から逃げ回り、夜になるまではクレスへの警戒から人の少ない場所で隠れていた。
思い返せば、今日は何も食べていないのだ。
ぐぅぅぅー。
レイルの腹の底から、嘆くような音がした。
「おや、少年も腹が空いてるのか? 食べる?」
フレンは彼の腹の叫びを聞き、フォークに刺してあったチキンを差し出す。
塩と胡椒で味付けされた普通のチキンソテーだが、今のレイルにとっては、輝いてさえ見えた。
「い、いえ。結構です。先程も言いましたが今することでは──」
ぐぅぅぅぅぅぅ。
乾いた、実に乾いた叫びであった。
例えどんなに取り繕っても、所詮は彼も未成熟男児、本能的に肉を欲するのだ。
「……ほい、あーん」
フレンはゆっくりとソテーの刺さったフォークを彼に差し向ける。
レイルはいくらか躊躇う様子を見せたが、結局最後は食への本質的欲求には勝てなかった。
彼は肉に食らいつき、もきゅもきゅと咀嚼する。
肉の感触が口の中に行き渡り、空腹の身体が歓喜の歌を歌い上げる。
「……美味しいです」
「ならよかった、もう一切れいるか?」
「いえ、結構」
口をハンカチで拭きながら、片手を前に出して静止させる。
それを見て、フレンはやや残念そうな顔を見せた。
口を拭き終えて、レイルは次の言葉を発した。
「自分で頼んで食べます」
そういうと、彼は近くのウェイトレスに呼びかけた。
「すいません。注文をお願いしたいのですが」
──素直だか素直じゃないんだか。
内心そう思いながらも、それを言う意味もないと、フレンは言葉を頭の中へと閉まった。
「はーい注文は何にしますか?」
ウェイトレスがお気楽に尋ねる。
「このフラーヌパンと季節野菜のスープセットをお願いします」
この時、彼は片手にメニューの載った目録を持っており、料理について、意識が寄っていた。
それ故か、或いは他に特別な理由があるからなのか、
自身の傍に立つ影に、少年は気づけなかった。
「じゃあ僕はミルクをお願いします」
「「!?」」
急な第三者の声、本日だけでも二度目である。
二人はすぐさま、声の方に目と顔を向け、フレンに至ってはテーブルのナイフを握りしめていた。
「かしこまりました! 少々お時間いただきますね」
ウェイトレスはそう言って去って行くが、誰もそれを気に留めない。
声の主は、フードを被っており姿が見えないが、一般的な成人男性の程度の身長と、先程発した低めの声から察するに男性である事だけはかろうじてわかる。
「ごめん、他に座るところもないし丁度ウェイトレスさんが来ていて頼んでいたから。勿論料金は自分で払うよ」
「それはどうも、じゃあ自分が誰か自己紹介して貰おうか」
フレンの目からは警戒が強く感じられ、男もそれを感じとったのか、すこし落ち込んだ声で答えた。
「そんなに警戒されると傷付くなぁ……。たぶん君たちの待ち人って僕だと思うのだけど」
「残念ながら。仮に私達が待っている人であったとしても、それを証明する証拠を用意して貰わなければ信じる事は出来ません」
それを聞くと、男はやや意気消沈した様子で、自分の懐から何か探し出す。
「証拠かぁ、じゃあ……コレとかどうかな?」
男が取り出したのは小さな短剣。
しかし、その短剣には魔力が込められている。
「魔剣……」
フレンの驚いた声を聞いて、男は言葉を切り出す。
「よかった、わかる人がいた。この魔剣はね、魔力を通すと……」
男が魔剣に何かすると、魔剣の刀身は青く光り始めた。
しかし光ったのはその魔剣だけではない。
「少年、なんか服が光ってない?」
「え? ……あ!?」
自身の身の異変を指摘され、己の格好を確認するレイル。
すると、ズボンのポケットが光っていた。
そのポケット中には、あるものが入っている。
「私の魔剣……」
ポケットに手を入れて魔剣を取り出すと、魔剣の刀身が赤く輝いていた。
「これはいわゆる兄弟剣って奴でね、片方に魔力を込めるともう片方が光る隠し仕様があるんだ」
自慢げにその魔剣の蘊蓄を語る男と、今も光る魔剣を交互に見ながら、レイルは確信する。
「……この剣は、とある転生者が自作し、皇帝陛下に献上したもの、その兄弟剣を持つということは、貴方はつまり……」
男は自らフードを外し、その姿を露わにする。
髪は黒く短く、その相貌は若い。
幼いというよりかは、瑞々しい若さが目立つ。
この裏酒場には似つかない、年端もいかない青年であった。
「アラン・セノアック。巷では『鍛冶師』って言われているよ。そろそろ、座ってもいいかな?」
「……どうぞ」
アランは軽く会釈して、レイルの正面に置いてある椅子に座った。
「こっちが先に自己紹介したわけだし、そっちも自己紹介してもらってもいいかな?」
至極当然の提案をするアラン・セノアック。
これに対して、レイルはフレンの方に耳を傾けた。
そして、彼女が杖を持っていることを音で把握した彼は、その提案に返答する。
「わかりました。ですが、このままでは目立ちそうですので一つ、フレンさん」
「
彼の呼びかけに応え、彼女の起点に周囲が暗黒に包まれた。
・『レイル少年の魔剣』
・兄弟剣。正式名称不明。
・魔力を流すことでもう片割れを光らせる事が出来る。
・他にも様々な特殊効果を内蔵しているが、そのことをレイル少年は知らない。