数時間前、廃墟にて。
「アタシ実はいい所のお嬢様でさ、ちょっと前までは魔法学院に通ってたのよ。そこで簡易魔術は大体学習したんで使える」
「……」
「んで付け加えるなら、卒業後に色々と独学で勉強してて。南方呪術とか、聖結界術とかが使えるね。他に何か聞きたいことある?」
「いや別にありませんが、どうされたのですか急に自分の事を語り始めて」
「いやさ、いつになっても聞いてこないもんだから先に話しておこうかと」
「その心遣いには感謝致しますが、よろしいのですか? 魔術師にとって自分の使える術というのは秘匿しておくものだとお聞きしましたが」
今日に至るまで、数多の魔術師が数々の魔術を生み出し、その数は千とも万ともされている。
『魔術師との戦いは初見殺しとの戦い』と呼ばれるほどに、未知の魔法が飛び交うのが魔術師の世界であり、逆接的に既知の魔法は対策を講じやすい面があるという事。魔術師は基本的に信頼のおける者にしか自身の手札を公開しないとされている。
「この程度がバレてもあたしゃ死にはしないよ。それにこんぐらいは伝えないと、協力もくそもないだろ」
あっけらかんとそう言い放つ彼女を見るたびに、レイルは自身の知る常識が本当に世の常識であるのか疑いたくなる。未だ何も明かさぬ自身に対して、一体何が彼女をこのまで協力的にさせるのか、疑問は尽きないが、今のところはそれ以外に縋るものもなし、今はそれをを受け入れるのが丸いだろう。
そこまで自身の頭の中を整理して、ふと彼は頭の中である事を思いついた。
「……フレンさん、簡易魔術は何番まで使用できますか?」
「ふふーん。自慢だが、全部出来るとも」
「それなら、106番は使えますよね」
「幕張るやつね、いけるけどなんに使うん?」
「フレンさん、一つお願いしたい事があるのですが」
◇
「これは……」
周囲を暗黒に包まれ、辺りを見回すアラン。
しかし周囲を黒い何かに遮断されて遠くは見れない。
「簡易魔術106番『ドーム』この中にいる間、中にいる者は外を確認できず、外側からは幻を投影する。おそらくは座っているところでも映してるんじゃない?」
「……何をされたのかは分かった。じゃあこれから何をするつもりなんだい?
「『目は口ほどにものを言う』。貴方相手なら言葉を尽くすよりも、見てもらう方が早いかと思いましてね」
レイルは己に巻き付かせていた布を外し始めた。
『フレンさん、もしも酒場にて転生者に出会った時、私が合図をしますので106番を使ってください』
『上手くいけば、手間をかける事なく事が運ぶ筈です』
「もしも、貴方が陛下の御前に立ち、そのご尊顔を拝謁したというのならば」
布が全て取り払われる。
「私が誰かも、わかる筈です」
明らかとなるレイルの顔はフレンの想定したよりも遥かに美少年であった。
もとより、気品漂う立ち振る舞いをした少年であったが、その高貴さが顔面からも滲み出るかのようである。
俗に表現すればまつ毛バシバシであった。
しかし、それ以上に彼には注目される特徴があった。
目だ。
よく人の眼を誉める時に宝石のような瞳という定型文があるが、その例えがこの上なく彼の目には相応しかった。
人間の目とはこれ程迄に色鮮やかで、爛々と輝く事の出来るのかと、人体の神秘に感動さえ覚えた。
総じて、凄まじい美少年であるとフレンは思ったが、
その一方でアランが抱いた印象は、それだけではないようだ。
「その眼、その顔立ち、まさか……」
ブツブツと小声で何かを呟くアランの声は、フレンの耳にはイマイチ届かない。
レイルは何も言わず、アランの思考がまとまるのを待った。
そして程なくして。
「貴方の、目的を聞かせてください」
それは今までと声の感覚が違った。
ここまでは初対面の相手に対する、警戒を含めた様子であったが、今の言葉には確かな畏まり、敬意があった。
「復讐。玉座に座った簒奪者を引き摺り下ろし、然るべき罰を与えます」
怒りと覚悟の混じった、強い宣言だった。
「……」
レイルとアラン、二人はじっと互いの眼を見つめ、その言葉の真偽を見極める。
フレンはそんな二人を遠巻きに眺めている。
彼女には彼等がどのような関係で、如何なる思考が巡っているのかはわからない。
そのことで悔しいとも寂しいとも感じない。
もとより自分は部外者なのだから。
「君の望みは理解した。アラン・セノアックではなく、鶴城柳人として誓おう。君の大望を叶える為に僕は全力を持って君を助けよう」
アランは椅子から立ち上がり、レイルの前で傅いた。
◇
「フレンさん、幕を下ろしてください」
顔の布を再び巻き直して、レイルはフレンにそう要求する。
「……彼が本物の転生者かどうかは確認しなくていいの? 正直、剣の機能を知ってるぐらいだと証明にならない気がするけど」
フレンは内心思っていた疑問を吐露する。
部外者である彼女から見ればあまり納得が追い付かないスピード解決であり、もう少し説明が欲しいというのが本心である。
「ご安心を、そこについての確認は終えています」
「終えているんだ……」
「別に適当を言っている訳ではありませんよ」
「いやわかってますって」
怪訝そうな表情から内心を察してか、そう付け加えるレイルに言葉を返し、彼女は魔術を解除した。
瞬時に覆っていた暗闇が消えていき、周囲の景色が戻っていく。
しかし待っていたのは先ほどまでの喧騒などではなく。
周囲を騎士たちが立ち取り囲む異常な光景であった。
「…………わぁ、これはびっくり」
これは一体何事なのか。
端的に表せば囲まれているということに尽きるが、ではどうして囲まれているのかという点についてはフレンの頭ではてんで思いつかない。
先程までいた筈の他の客はおろか、ウェイトレスや従業員の姿さえも見つからない。
騎士達は無言で三人を取り囲み微動だにしないが、しかしその威圧感は確かなものだった。
「我々に、何の御用でしょうか?」
「………………」
レイルが取り囲む騎士達相手に質問するが、騎士達は答える気配がない。
その代わりに、別の者が彼の質問に回答した。
「アラン・セノアック、貴方には武器の違法密売の容疑が掛けられています」
答えた者の声は囲む騎士達から少し離れたところから聞こえた。
声は移動しているようで、騎士達を分け入れ三人の元に姿を現した。
黄色の髪に、眼鏡をつけた如何にも仕事人といった出立ちの女性であった。
「事情聴取の為、騎士庁舎までの任意同行を貴方に要求します」
女はそう言うとそれ以上は口を開かなくなった。
武器の密売、女はそう言ったが当のアランには全く見当のつかない容疑である。
だがしかし、冤罪をこの場で叫んだとしても、それが聞き入れられる可能性は薄いだろうことはアランだけならず、他の二人も理解していた。
彼等はハナから身柄を抑えるつもりでここに来ている、でなければこんなに騎士を用意などしないのだから。
「申し訳ありませんが、その要求を受け入れる事は出来かねます」
女からの要求を、アランではなくレイルが突っぱねた。
「別に貴方の意見は聞いていないわ、黙ってなさい」
「それも出来かねます。彼にはこれから私の下で働いて貰う予定ですから、彼の処遇については私を通してもらわないと」
辛辣な言葉に物怖じする事なくレイルは真っ向から女に立ち向かう。
「では、あなた達三人を公務執行妨害の名目で現行犯逮捕って事で、捕まえなさい」
黄色髪の女が騎士達にそう命じると、今まで微動だにしていなかった騎士達は三人を捕まえるべく動き始めた。
しかしそれよりも速く、行動を起こしたものがいた。
フレンである。
「
彼女が杖を掲げ、その杖の先より激しい光が起こる。
魔術番号33番『サンライト』。
名前程の眩しさではないが、非常に明るい光を発生させる魔術である。
効果はそれだけであるがそれ故に簡易魔術の中でも簡単な魔術でもある。
「くっ……」
騎士達は光によって視覚を一時的に奪われるが、聴覚については依然として健在であり、彼等は残された感覚を使って敵を探し出す。
飛び越える音が三つ、その後に走る音が聴こえる。
音の方向は、この酒場で唯一の入り口の方向。
騎士達はその方向に向き直り、走り始める。
視力はまだ復活していないがその程度は問題ではない。
彼等は入り口へと走りだし、
そして最初の数名が吹き飛ばされた。
「!?」
吹き飛ばされた事に騎士達は驚き一度足を止める。
入り口の前に誰かが立っていて、騎士達が出ようとしたのを留めたのだ。
この時視力が戻り始め、敵の姿が明らかになる。
入り口の前に立っていたのは──
「悪いがこんなことでもしないと、存在意義がないもんでね」
頭より大きな魔女帽子を被った黒いローブの少女。
フレン・エトラルトである。
・『簡易魔術』
・大陸魔道協会が開発した魔術式。
・年々、複雑化の一途を辿っていた魔術の原点回帰として開発された
・その簡易性と確かな効果により大陸を瞬く間に席巻、現代魔術師の大半は簡易魔術を取得している。