いかにしてその転生者は世界を変えるのか   作:抹茶螺旋

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酒場での戦い

「本当に良かったのですか? 彼女を置いていって」

 

 地下通路を駆けながら、アランはレイルにそう質問する、彼女とは会話すらしていない間柄だが、同じ人の下で働く同志であり、それを一人置いていく事に罪悪感を感じる程度には、彼の心に良心があった。

 

「問題ありません、フレンさんが殿を足止め役を担当するのは元々の予定通りです」

 

「予定通り、という事は、こうなるとわかっていたのですか!?」

 

 思わず声を荒げて問うアランに表情を変えず、はい、と彼は答えた。

 

「あくまで想定していただけです。もしもこのような状況になった時、フレンさんが時間を稼ぐという取り決めでした。心配はいらないでしょう」

 

 何の問題もないという、確信を持ったレイルの発言を聞き、アランもこれ以上の追及は必要ないと判断して、二人は一時無言になって階段を駆け上がる。

 長い地下階段を抜けて、地上へ抜けた。

 そこは幅の広い大通り道。

 外は完全に夜となり、寒い風が吹き始めている。

 少しすれば雨が降るだろう。

 

「…………前方に一人、手練れです」

 

 アランはレイルの前に庇うように立ち、前方やや遠くに立つ何者かを警戒する。

 遠くからのシルエットはじっくりと近づいていき、姿形が明確になっていく。

 纏めた長い髪に高い身長の女性。

 先程迄の騎士達とは違いラフな格好をしているが、彼女がただの一般市民だと判断するには、その手に持つ直剣がノイズであった。

 

「いやー本当に出てきちゃったよ。クレスさんの読み通りって訳だ」

 

 彼女はクレス、と名を溢して独り言を呟きながら歩いて近づいてくる。

 

「あーあー、そこのガキンチョ止まりなさい。君には色々と容疑がかかっており騎士庁舎まできて貰う必要があるの、従うなら傷一つ付けないって約束するから」

 

 勧告する女性──ムジカの声を聞き入れながらも、レイルはその言葉に応えない。

 沈黙、それが意味する事は即ち、

 

「交渉決裂、かぁー」

 

 溜め息を吐くムジカに対して、アランは何処からか剣を取り出す。綺麗な装飾と魔力を纏う魔剣である。

 魔剣を手に構え、二人は対峙する。

 

「ほんと、どうしてみんな血気盛んなのかねぇ。もっと平和に出来ないもんなのかなぁ」

 

 面倒そうに愚痴るムジカであるが、剣は握ったままであった。

 

 ◇ 

 

 二人とフレンが別れてから五分後、地下の酒場での戦闘は拮抗した状況になっていた。

 

魔術番号(Code)7『バスターフレイム』!」

 

 呪文の詠唱後、杖を向けた方向に火球が生成される。

 魔術番号7番『バスターフレイム』。

 火球を生成する魔術。

 その術式の安易さと攻撃魔法としての需要、そして工夫の奥深さから、簡易魔術の中でも屈指の使用率を持つ。

 

 火球は速やかに騎士達の一人へと飛んでいくが、その最中に火球は勢いを失っていき、発生時の半分程度の大きさと勢いで落着した。

 威力としては相殺されたわけではないが、決定打にはならなかった。

 

 ──やはり、威力が弱まってるな

 

 自身の魔術の弱まりを認識し、フレンは周囲を警戒する。

 

 ──この感じ、何かしら対策がされてんな。

 

 魔術への対策。

 一息に対策といってもその手段は多い。

 古くから魔術の抑制、あるいは無効化する方法は模索されてきたが、その多くがメリットよりもデメリットが目立つようなものばかりであり、そこからデメリットが控えめな

 ものは魔術技術の進歩により無力化され、汎用的な魔力の抑制手段となるものは現時点では生まれていない。しかしそれは汎用的なものだけであり、局所的な、或いは短期的な用途で利用可能な物は少数だが存在している。

 

 ──魔力を分散させるってことは結界術? いやそれなら下準備に時間がかかる。さっきまで『ドーム』を出せた以上、奴らが来たのはついさっきだ。

 

 迫り来る騎士達の攻撃力を避けながら、フレンは相手の手段を探る。

 

「魔術師一人相手に対策用意して何人も囲んで叩くとか、ちょっとどうかと思うな!」

「全くもって同感だけど、クレス管理官からの命令だから逆らうのも面倒なのよね」

 

 思いがけず黄色髪の女がフレンに対して言葉を返す。

 そこに反応してフレンは彼女の方をちらりと見るが、黄色髪の女は騎士達からやや距離が離れた場所で立っている。

 先程から攻撃する様子もなく、騎士とフレンの戦いを傍観している。

 指揮をとっている訳でもなくただ突っ立っている。

 フレンの勘が伝えている、あの女には何かあると。

 

魔術番号(Code)61『ボルトスピア』!」

 

 魔術番号61『ボルトスピア』。

 魔力に雷の属性を付与し、槍状にして放つ魔術。

 同じ攻撃型である『バスターフレイム』との違いは、威力ボルトスピアの方が威力並び発射速度が高く、より遠くまで飛ぶ事と、具現化させた後、発射までに僅かなタイムラグが存在することだ。

 

 フレンの頭上に雷の槍が現れ、発射する。

 狙う対象は騎士ではなく、黄色髪の女。

 先程迄と同じように『ボルトスピア』も勢いを失い始めるが、それよりも速く雷の槍は飛んでいく。

 騎士達はその速さに反応出来ない。

 回避不可能、防御必須の攻撃が黄色髪の女へと接近する。

 迫り来る脅威を前に、黄色髪の女は片手を前に突き出した。

 衝突、魔力が弾ける事で生じる一瞬の花火が薄暗い地下酒場を僅かに照らす。

 花火が消えた時、黄色髪の女は傷一つなく立っていた。

 そして、先程彼女が突き出した片手にはソフトボール大の、虹色に光る石が握られていた。

 

魔集石(ましゅうせき)……」

 

 その光景を見て、フレンはニヤリと笑みを浮かべた。

 魔集石。

 或いは魔喰石と呼ばれるそれは名の通り自然界に原生する鉱物の一種である。

 周囲の魔力を吸収するという特徴を持っており、空間に魔力が満ちる地下遺跡にのみ存在する希少鉱石でもある。

 魔術の根源たる魔力に干渉する為、魔術である以上、魔集石の影響から脱する事は出来ない。天然の魔力対策(メタ)だが、その希少性から滅多に市場に出ることはなく、汎用性という点においては壊滅的である。

 

「そんなレア物まで用意してくれるとか、魔術師冥利尽きるって言った方がいい?」

「随分と自己評価の高い女ね、ここで一度へし折れておく?」

「悪いけど、アタシより強い魔術師は今まで見たことないから」

 

 それは虚勢や自己への過大評価ではない。

 フレン・エトラルト、彼女が生まれ落ちてから17年間。

 数百を超える魔術戦にて、黒星はない。

 

「こんなとこで道草食うわけにゃいかねぇのよ!」

 

 杖を前方に構え、呪文を詠唱する。

 

魔術番号(Code)7──」

 

「何度も同じ魔術を! 見苦しいわよ!」

 

「『バスターフレイム』!!」

 

 それは、今までとは規模の違う炎だった。

 人間大、或いはそれ以上の大きさと、遠くからでも感じられる程の熱気。

 文字通り、火力の違う業火であった。

 

 黄色髪の女はふいに握っている魔集石を見る。

 魔集石は確かに魔力を吸収している。

 しかしそれでも火球の火力は弱まらない。むしろ、強まっているようにも見える。

 

「何事にも許容量ってものがある。コップでもバケツでも限界がきたら溢れ出す、ガキでもわかる理屈だ。やってることも、それと同じ。簡単だろ?」

「あり得ないわ、魔集石が吸収出来る魔力量は魔術師五人分に該当するのよ!」

「説明口調ありがとう。なら単純な話だろ、アタシに五人分以上の魔力があれば、そいつは石ころ同然ってわけだ」

 

 火力は弱まらない、延々と勢いを増し続け、縮小よりも拡大を続けている。

 目の前の魔術が彼女の言葉を嘘、ハッタリでないという証拠となっている。

 

「今のうちに言っておくけど、降伏するなら今のうちだぞ。これが当たれば命の保証はない、ていうか保証させない」

 

『バスターフレイム』が放たれれば、その効果は酒場全体に及び、防御も回避もままならない。

 騎士達は何を思ったのか、黄色髪の女の前に集まり防御陣形をとっている。

 

「それで、答えは?」

 

「……」

 

 フレンの問いかけに黄色髪の女は答えない。

 沈黙、それこそが返答であるからだ。

 

「それなら、後悔すんなよ!」

 

 火球が、放たれる。

 地面を抉り、人を飲み込まんとする業火が走り出す。

 その勢いに、衰えはない。

 黄色髪の女は手に持つ魔集石を力の限り強く放り投げた。

 飛んだ先は火球の方向、炎が騎士達を飲み込むよりも先に、魔集石が衝突する。

 そして、時間にして十分ぶりに酒場は閃光に包まれた。

 

 魔集石のもう一つの特徴。

 魔力を限界まで吸収した魔集石は、起爆する。

 どの程度魔力量が吸収され、限界容量を迎えたかどうかは、外側から判別することは出来ない。

 

 辺りに火が広がり、煙が立ち上り始める。

 元々木造りの酒場であるのもあり、燃焼しやすいのだろう。

 フレンは燃え始めた酒場で一人立ち、改めて辺りを見回す。

 周囲には崩壊した椅子やテーブル達。

 鎧が砕かれ、倒れ伏す騎士達。

 その中には黄色髪の女の姿は無かった。

 

「あん畜生、逃げやがった。一人だけで逃げるとか、なんつう薄情者だよ。追っかけねえと」

 

 フレンは身を翻し、出入り口へと向かおうとする。

 その時背後、耳の片隅で何かが動く音が聴こえた。

 ガタガタと、誰かが立ちあがろうとしている。

 

 ──まさか、まだ元気な奴がいるのか? 

 

 思わずフレンは振り返り、そして想像だにしない光景を目にする。

 先程迄倒れ伏していた騎士達、全員が立ちあがろうとしているのだ。

 一瞬、自身の詰めの甘さを後悔したが、何か様子が違う。

 騎士達は立ちあがろうとしている、しかしその挙動は奇妙の一言に尽きる。

 両手両足の関節が明らかに曲がっておりながらも、それをさも当然の如く動かしている。

 ぐにゃりぐにゃりと極めて人間の生命に対して侮辱的なまでの動きで立ち上がる、騎士達はそれぞれ生きているとは言えない肉体状況だというのに、のそりのそりと、糸に操られた人形の如く動き出す。

 その光景にフレンは思わず顔を歪める。

 

「なんなんだよ。こいつらは……」

 

 ◇

 

「正直な事を言うとさ、私は殺し合いとか嫌いなんだよね。野蛮で何の生産性のない行為だし」

 

 うす暗い夜の道で、ムジカ・オルドスは語る、肩から血を流し続けながらも飄々と。

 降り始めた雨が傷口に染みようと、構うことなく。

 

「騎士は帝国臣民を守る尊い仕事だとかいうけれど、それで死んだら元も子も無いとムジカ思う訳よ。だから私は戦う上でいくつか決めていることがある。『強敵とは戦わない』『戦ったとしてもマジにならない』『死にそうになったら恥も外聞も捨てて逃げる』この三つを徹底すれ命だけは助かる、つまりは私の勝ちだ」

 

 つぅっと冷たい何かがムジカの頭から流れて頬に触れる、頭から流れる血だ。

 そんなことを気にする様子も無く、辺りを意味もなく歩く。

 

「ああ、あと一つあったわ、決めてたこと。『勝てる戦いなら、どんな手使ってでも勝つ』まあそんぐらいか。いやぁこう痛いとなんか喋ってないとどうにかなりそうでさ。……こう長々と話してるのに返事が無いとかちゃんと聞いてるの? ……なぁんて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「もう聴こえちゃいないだろうけど」

 

 

 彼女の視線の先には、多量の血を流しうつ伏せに倒れている()()()()()()()()()()()()

 




・『魔術師戦』
・かつて、魔術の発動には長い詠唱と術式の構築が必要であり、後ろで砲撃する後衛として扱われていた。
・簡易魔術の普及により、魔術師たちの戦いはより身軽なものとなった。
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