いかにしてその転生者は世界を変えるのか   作:抹茶螺旋

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掌上

 あるところに、ムジカ・オルドスという少女がいた。

 27年前、帝国の名門貴族であるオルドス家の次女として、彼女は生を受けた。

 貴族の三人目として産まれた彼女は特に大きな役割を持たず、ごく普通の貴族として育てられる筈であったが、そうなる事は無かった。

 先祖代々、有力な騎士を輩出してきたオルドス家は、武勇に重きを置いており、子供達には男女の性別差を問わず剣を握らせるような家系でもあった。

 ある日偶然にも、ムジカに隠されていた剣の才能が発覚、彼女の人生は大きく進路を変える。

 騎士としての教育を施されたムジカは、彼女の本意とは裏腹にその素養を伸ばしていく。

 成人を迎え、正式に騎士として仕官した後数々の戦場で戦果を上げ、五年足らずで帝国において最高位の騎士称号たる『星』を獲得する。

 序列第三位『翠星騎士』ムジカ・オルドス。

 彼女としてはこの立場に色々な意味で不満を抱いているが、そのことを知る者はいない。

 

 ◇

 

 雨が降っている。

 数分前よりぽつりぽつりと降り始めた水滴は、今しがた大雨となり大地を濡らしている。

 道路は長らく整備もされず、ところどころで穴が空き、水溜まりへと続く水路となっている。

 その水路の中で、水とは違うものが流れてきた。

 赤黒いそれは、雨に埋められる事なく次々と流れ続け、行き先の小さな水溜りが薄ら赤い色になっている。

 流れたものが何処から流れたのか、視線を上に上げていけば、そこには否定できない事実がそこに横たわっている。

 

 人が、倒れている。

 うつ伏せに、夥しい血を流しながら人が倒れている。

 アラン・セノアック。

 転生者と呼ばれ、理外の異能を持つ彼はこうして無様にも地に伏している。

 

「そんな……」

 

 立ち尽くすレイルの顔には絶望と驚愕があった。

 ここに至るまで、可能な限りの可能性を彼は考えてきた。だがそれは何処までいっても年端のいかぬ少年の浅知恵、彼は最も重要なことを失念していたのだ。

 アランの実力の振れ幅を。

 計画の中で鬼札として組み込んでいたアランがこんなにもあっさりと倒れるということを、レイルは想定していない。

 困惑と絶望と混乱と失望と憤怒と驚愕でレイルの頭の中は中身をかき混ぜられたボウルのようにぐちゃぐちゃになっていた。

 

 呆然と立ち尽くすレイルとは対照的にムジカ・オルドスはペタペタと雨を踏む音を立てながら、周囲を歩き回る。

 彼女の肩にある貫かれたような傷跡と、血に濡れ、ところどころが破けた衣服が戦いの壮絶さを物語る。

 ただ、そこで倒れ伏す男と違い、彼女の傷はもう塞がっているが。

 

「一応言っておくと、アンタは強かったよ」

 

 ムジカは未だ倒れたままびくともしないアランに対して独り言にも等しい言葉を投げかける。

 

「ま、でも私がそれよりもちょい〜っと強かっただけなんだけど」

 

 謙遜風自慢をかますムジカであるが、これに対して返事を返す者は誰もいない。

 彼女は軽く負傷した腕を振り、トントンと両足のつま先を地に叩く。

 

「さて、傷も塞がったことだし。休憩は終わりだ」

 

 ムジカの眼が、レイルを捉える。

 軽薄さが滲み出るような彼女の表情とは裏腹にその眼からは突き刺すような鋭き視線をレイルは感じる。

 ムジカは彼の元へと歩き出す。速くもなく遅くもない、普通の速度。走れば引き離せる程度の距離、しかし彼の足は動かない。

 

 ──逃げる? ──何処へ? ──追いつかれる

 

 ──逃げきれない ──逃げてどうする? 

 

 ──次の作戦を ──次なんてない ──失敗した

 

 ──なんでこんなことに

 

 矢継ぎ早に思考こそ回れど、身体は動かない。

 思考がまとまらぬレイルの心情など構う事なく、ムジカは近づき──

 

「待てよ」

 

 上から、声がした。

 

魔術番号(Code)7……」

 

 聴き覚えのある声だった。

 

「『バスターフレイム』!」

 

 ◇

 

 爆炎により周囲の水は蒸発し、水蒸気が立ち上がる。

 

「いったぁ、今のは流石に効いたわぁ」

 

 身体から煙を上げ、そう言葉を流しながらも、ムジカ・オルドスの五体に不満足は無く、依然として健在なままであった。

 襲撃者たるフレンは、その様子に動揺する事なく、杖を構え次の行動に移る。

 

魔術番号(Code)101『ロッドウィップ』」

 

 杖の先端から縄らしきものが生成され、ムジカの腕に素早く巻き付く。

 魔術番号106『ロッドウィップ』。

 棒状の物から魔力で構成された縄を生成させ、射程範囲に捕縛対象がいる場合は即座に拘束を行う。この時、縄は術者の所有者する杖の先端から生成される。

 

「へぇ、驚いた。ここまで強い縄を作れる魔術師はアンタが初めて」

 

「そりゃどうもっ!」

 

 フレンは杖を強く引っ張り、ムジカの手を引き上げて剣を振れなくさせる。

 ムジカは縄からの拘束を解こうとするも、縄の拘束力が高く解くことが出来ない。

 魔力によって生成された物の多くは生成する時に消費した魔力量で強度・精密さ等が決まる。

 

「少年! 早く逃げろ」

 

 フレンの声が

 

「で、でもフレンさんは……」

 

「アタシがコイツを抑えっからその隙に逃げな!」

 

「……っ!」

 

 少年は逡巡した。

 

 ──このまま逃げ出してもいいのだろうか? 

 

 フレンの前に立つのはあのムジカ・オルドス。たった数分もしない前に、転生者であるアランに勝利した怪物だ。そんな怪物を彼女に任せて自分が逃げるなど、本当にいいのだろうか。

 

 ──良いわけない。

 

「フレンさん! 貴女も一緒に……」

 

「そりゃ無理だ!」

 

「!?」

 

 否定でもって言葉は遮られるが、彼女の声色はいつもと変わらない。

 

「さすがにそいつは難しい! だから少年、後で落ち合おう!」

 

 それはとても、自信に満ち溢れた言葉であった。

 自分が、死ぬわけがない。ありえることはない。

 そう聞こえてくるような気さえするほどに。

 おかしな話である。

 目の前の敵は簡単には勝てないと言っているのに、負ける気もないとも言っている。理屈も論理も不明な彼女の言葉。

 その言葉の温かさに、レイルは甘えてしまった。

 

「……っ! 後で必ず、会いましょう!」

 

 少年は走り出す、逃げるために。

 

「なんか無視されてるみたいでムカつくな」

 

 その行為を易々と見逃すほど、ムジカは空気の読める人間ではなかった。

 今、彼女の縛られている右手には剣が握られている。

 その一方で、もう片方の左手に拘束は無い。

 彼女は器用にも長剣を持っていた右から空いている左へと投げ移し、そして間を置かず長剣を投げナイフのように投擲する。

 精度は正確であり、速度も凄まじい、何よりも不意打ち気味の行動だ。

 当然レイルは気付ける筈もなく、認識しているフレンも魔術で撃ち落とすには時間が足りない。

 レイルは脚を貫かれ、無惨にも血を流し蹲る筈であった。

 

 何処からか飛んできた短剣にぶつかり、長剣は弾かれた。

 

「うわぁ、よくやるなあ」

 

 これはフレンとレイルが知らない事だが、周囲にはクレスが人払いを徹底させており、第三者が介入する余地はなく、魔術の詠唱も聴こえていない。

 では一体これは誰の仕業か? 。

 

「詰めが甘かったかぁ、これならトドメを刺しとくべきだった」

 

 自己反省を溢し、その背後で誰かが再び倒れる音がした。

 

 ◇

 

 夜、雨が降りしきる町の中を、レイルはひた走る。

 雨に打たれ、冷え切った彼の頭に去来する感情は『恥』であった。

 ムジカから尻尾を巻いて逃げ、

 フレンとアランを見捨て、

 彼女たちを助ける力を持たない、無様で矮小な己を恥じた。

 許されるならその場に蹲り、声を上げて涙を流したかった。

 しかし、そのようなことは許されない。

 フレンに、アランに、多くの者達に託されてきた。

 自分がここで膝を折ることはそれらを全て投げ捨てるということ。

 そのような間違った選択は、許されない。

 例え、それがどれほど屈辱的であったとしてもだ。

 

 これから先、どうすれば良いのか、何も分からない。

 計画は瓦解し、クレス・パラトスには完全に目を付けられている。

 考えれば考えるほど活路は見えず、暗い闇の中を走り続ける、

 

 ──まだだ

 

 まだ、自分は生きている。

 ここを乗り切れば、続けられる。

 まだ、終わっては……

 

「先に言っておきます。ここは行き止まりです」

 

 路地裏で、クレス・パラトスは少年の前でそう宣言した。




・『帝国騎士序列』
・通常、帝国騎士の身分は尉官から佐官である。
・帝国において最も優れた騎士達には通常の階級とは別に『星』の称号が与えられる。
・『星騎士』達には特別な権限が与えられるが、権限の強さは序列にて決まる。
・序列一位にもなれば、その権力は宰相や大臣に匹敵する。
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