いかにしてその転生者は世界を変えるのか   作:抹茶螺旋

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「貴方は……」

「な、なんで……!?」

 

 レイルは困惑する。

 この瞬間まで、誰も追いかけては来ていなかった。

 完全に振り切ったとさえ思っていた。

 すかさず、転身し元来た道へと逃げようとするも、足が止まる。

 後ろにもまた、騎士が立っている。

 

「!?」

 

「貴方は自分の考えでこの場所まで逃げたと思っているのでしょうが、実際は私が用意した道を貴方が誘導されたにすぎない」

 

「それは、いったい……」

 

「私はこの都市の知事、支配者です。当然スラムの街並みは頭に全て入れています。故に貴方の逃走経路を誘導するのも容易です」

 

 当たり前だという口調で話すクレスであるが、スラムとは常日頃街並みが変わるからスラムであり、それは通ってはいけない道理である。

 

「嘘だ……あり得ない……」

 

「では、この状況はどう説明するのですか? 偶々逃げてきた場所に敵がいて、偶然後ろからも敵が来ていて囲まれたと?」

 

「……」

 

「私がこうしてベラベラと喋っているのは、貴方に抵抗なく投降してもらう為です。このまま大人しくしていただけるなら、傷一つ付けないと保証しましょう」

 

「……その後はどうなる? その後に断頭台に送られたならば、結果は同じでしょうに」

 

「生憎とこれは上から頼まれた仕事ですので、身柄を引き渡して以降は私に関係ないことです。全く、傷一つ付けるな、などと言われなければこんな回りくどい真似をせずにすんだことを……」

 

 泣きっ面に蜂とはまさにこの事、危機から脱したと思っても、運命とは逃げる者に対して容赦なく追撃を加える。

 レイルの実力で、目の前の状況を物理的に打開する事は不可能である。翻って交渉でこの場をやり過ごすには、自身が切れる手札は確実に効果が出るのか不明瞭だ。

 故にレイルは、賭けに出る事にした。

 

「……貴方、なんのつもりですか?」

 

 今までの鉄面皮から、初めて怪訝そうな表情に変わるクレス。

 レイルは、己の首に短剣を当てがったのだ。

 

「交渉。ここで私が死んだら貴方も困るのでしょう?」

 

 首に短剣をかけ、少しでも誰かが動こうものならその瞬間に首を切り裂くという意思を周囲に見せつける。

 その事は言葉にせずとも伝わった様で、クレスは勿論の事、レイルの後方にいる騎士も動けずにいた。

 

「確かに困る。しかしその程度の脅しで貴方を見逃すとでも? 貴方が自分の首を斬るも速く、後ろの騎士達は貴方を捕縛できる」

 

「なら、試してみますか?」

 

 挑発するレイルの言葉に、クレスは一時沈黙する。

 彼が思考する数十秒程度の僅かな時間、レイルにとっては或いは数時間のの様にも感じられた。

 

「……いいでしょう。話程度ならば聞いて差し上げましょう」

 

 一つ目の賭けは成功した。

 レイルの心臓は早鐘を打ちのめしているが、それを必死で隠しながら、言葉を返した。

 

「三つ、質問がある。これに全て答えない限りはこのままです」

 

「……私の知る限りであるならば、全て答えると誓いましょう」

 

 彼は軽く片手を挙げた。

 何のつもりなのかと気になったが、直ぐに、後ろに立っていた騎士達の気配が少し離れたのを感じた。

 彼らを下げる事で信頼の担保にした、という事なのだろう。

 

「一つ目の質問です。貴方が最後に王都にいたのはいつですか?」

 

「一年前。この都市(コレヌ)の管理を任ぜられてから、着任以降、ここから離れた事はありません」

 

「二つ目、私の捕縛は誰に命令されたのですか?」

 

「……バゴイズ・カーレイル卿です」

 

 その名前で、確証が取れた。

 あの日の事件と今回の襲撃は、やはり繋がっている。

 これまでの状況と二つの質問、これらを考慮し、少年は最後の賭けに出る。

 

「最後に、クレス・パラトス」

 

 あえてもう一度、彼の名前を呼びかける。

 自分を、しっかりと見てもらう為に。

 少年は、濡れて冷たくなった己の顔に、顔に巻き付けた布に触れた。

 そして。

 

「この顔に、見覚えはありますか」

 

 布を、脱ぎ捨てた。

 今一度、その宝石の如き瞳が露になり、クレスを見つめる。

 見つめられたクレスの表情は、過去1番の驚愕を見せた。

 

「馬鹿、な。何故、貴方様が此処に……」

 

 ありえないもの見ているといった様子で、クレスは少年を見つめる。

 その一方でレイルと呼ばれていた少年は、静かに己の勝ちを確信した。

 緑の髪に、宝石と見紛うその眼の持ち主をクレスは知っている。

 

「ランクルク殿下……」

 

 男はレイルの真名を口にする。

 ランクルク・アスタバイオン。

 帝国の皇位継承者、皇帝の長子、その人であった。

 

 ◇

 

 少年は過去を回想する。

 それは今より数か月前、何事も無い日の夜の事だった。

 毎日の修練を終えて、就寝していたランクルクは妙な物音を聞き、目を覚ました。

 現場との距離は開いており、常人なら聞きとりづらい音であったのにも関わらず彼が音を聞き取れたのは、

 日頃目を使わず、それ以外で生活していたランクルクの聴覚が常人より発達していたことが挙げられる。

 断続的に続く物音を不審に思った彼は、ベッドから立つことを決める。

 一体何事なのか、使用人を呼ぼうにも誰も現れない。

 この時点で何かしらの異常事態が起きているという疑惑は確信に変わりつつあった。

 諦めて、一人で部屋を出る。

 不安から、布を顔には巻かなかった。

 薄暗い城内を歩きながら、音のする方へと歩いていく。

 途中、誰にも会わなかった。

 この時点で何かただ事ではないという

 たどり着いたのは謁見の間。

 滅多に使われず、その癖に広いその場所の門を開き、彼は両の目で目撃する。

 玉座に座り込み、おびただしい血を腹から流す皇帝──己の父の姿を。

 

 ◇

 

 そこからはフレンにも話した事と同じである。

 彼は、己の素性以外に嘘を吐いたつもりはない。

 フレンを警戒していたわけでもない。

 それでも、彼が素顔を隠したのには二つ理由がある。

 一つは保険、敵の正体がわからない以上、敵に割れているであろう自分の顔を晒し続けることは目に見えて危険だという判断。

 もう一つは、相手というよりも自分自身の問題になる。

 

 ──黄色、困惑している。

 

 黄色い光を全身から放つクレスを見て、ランクルクはそう判断する。

 これは、クレスが実際に発光しているのではなく、ランクルクの眼にはそう見えているだけだ。

 ランクルクの眼には、特殊な力がある。

 感情、能力、敵意、多くのものを視覚的に捉える事が出来る。

 代々、皇帝の血筋が持つ、特異な力。

 無論、それに伴い脳に掛かる負荷は尋常ではなく、常時使用するには超人的脳処理能力が必要になる。

 ランクルクの一族は代々、幼少期からそれを慣らし続け、やがて成熟した力を常に使い、歴代皇帝は自国を繁栄に導いてきた。

 若きランクルクはその段階まで脳が仕上がっておらず、眼を常に使い続ける事は出来ない。

 それ故に、平常時は脳の過熱を防ぐためにも眼を隠していた。

 逆接的に、この眼を持つという事は紛れもない皇族の証という事でもある。

 

 それでもクレスは目の前に立つ人物を疑っていた。

 この世には顔を変える技術が無数に存在する。それらは容易な技術でこそないが、可能性としては確かに存在する。

 むしろそう(偽物)であった方が話として筋が通るとさえも思っていた。

 だがその考えにも、一つ穴がある。

 ランクルクの顔を知る者など、自分を含めて両手で数える程度なのだ、

 

「……4年前、貴方は私に算術を教える機会がありましたね」

 

「それは……」

 

「その日は記録的な猛暑日で、私は暑さのあまりに、貴方の前で布を外してしまった」

 

「!?」

 

「私と貴方だけの秘密。忘れた、などとは言わせないぞ」

 

 押し込むように、決め手となる台詞を言い放つランクルク。

 その言葉にクレスは、ゆっくりと跪き、言葉を返した。

 

「今までのご無礼を、どうかお許しくださいランクルク殿下。我が忠誠は変わらず、皇帝陛下と貴方様だけに」

 

 慌てることなく、冷静な口調でクレスは頭を垂れる。

 ランクルクの視界に映るクレスの発光色が、黄色から緑色に変わる。

 緑色の光は、安全・友好的を意味している。

 

 ◇

 

「陛下が、暗殺された……」

 

「信じられないかもしれませんが、真実です」

 

 顔を青くするクレスに、ランクルクは言い放つ。

 ランクルクはクレスに、ここまでの一部始終を話し、彼は事の重大さに驚愕する。

 

「確かに、それならば幾らか辻褄は合いますが……やはり、起こった事態に対して、あまりにも平和すぎる……」

 

 奇しくもフレンと同じ感想を述べるクレスであったが、彼は加えてもう一つ言葉を付け加えた。

 

「……殿下、一つお伝えしたいことがございます」

 

 彼は懐から一つ、小さなものを取り出した。

 それはただの小瓶であったが、よく見れば瓶の中にはそれまた小さな液体のようなものが入っている。

 

「これは……?」

 

「アークスライム、その破片です」

 

「な……」

 

 スライム、骨や神経を持たぬ流体の体を持ち、人を襲う異形の怪物。

 大枠に魔物・魔族と称されるそれらは当然ながら人里では滅多に現れない。

 稀に低級のスライムが田舎にて現れたりもするが、ランクルクが驚いたのはその破片がただのスライムのものであったからではなく、より高位の『アークスライム』の物であったからだ。

 

「この破片は今朝、部下がスラムを捜査している最中に発見しました。アークスライムは魔界にしかいないとされる上位の魔物。自然に現れたとは考え難く、何者かが連れてきたかと」

 

「アークスライムがこの都市にいるという確証は? ブローカーか何かが商品として破片だけ持ち込んだ可能性も考えられますが」

 

「否定しきれませんが、可能性は低いかと。今朝の内にその手の組織は全てムジカさんに潰してもらいましたので」

 

「……え?」

 

「この破片はそれらとは無関係な場所にて発見されています」

 

 何かさらりと、ものすごい事を言われたような気がしたが、それはクレスにとってもランクルクにとっても重要ではないことなので流すことにした。

 

「付け加えて、この破片はこれ一つだけでなく、都市の各所で見つかっています。殿下、これは私の推測になるのですが、この都市には……」

 

 そこまで流暢に話していたクレスは急に会話を止めた。

 不審に思うランクルクの耳が何者かが歩いてくる音を捉える。

 急な人の気配に振り返ると。

 そこには少し前まで自分を包囲していた騎士のうちの一人が歩いてきていた。

 歩いている様子からは特に異常な所は見られなかったが、ランクルクの目に映るその者は、妙に赤く映った。

 

「何をしているのですか、命令外の行動は慎みなさっ」

 

 ざしゅ。

 

 何かが、突き刺さるような音がした。

 それと共にクレスの言葉が遮られる。

 クレスの腹の部分に、何かが刺さっている。

 刃物でもなければ、弓矢でもない。

 五本、細長いものが突き刺さっている。

 それは長くどこかへと続いていて、出先を辿ってみれば、騎士の指に辿り着いた。

 あり得ない事だ。

 騎士とクレスまでの距離は、腕をいくら伸ばしても届き得ないものだ。

 だが、事実としてその手はクレスに届いている。

 こうして腕を長く長く伸ばして。

 

「は?」

 

 本日は慌ただしい日である。

 いくら落ち着こうと、心を律しても、目の前に広がる不可解はランクルクの心を乱し続けるのだから。

 

「クレス卿!?」

 

 口と腹から血を流し倒れるクレスに駆け寄り、腹にあいた傷口を塞ぐよう試みる。

 穴の開いた箇所自体は急所から外れていて、塞ぎさえすれば一命を取り留められる。

 それを邪魔する者がいなければの話であるが。

 

「何をっ!? 放しなさい!」

 

 クレスを助けようとするランクルクの救護は、騎士のような者に捕まり、引っ張り上げられ阻止される。

 何とか藻掻き拘束を解こうにも、びくともしない。

 

「既にそこまでの事を掴んでいるとは、やはりあなたは消しておくべきですね。クレス管理官」

 

 もう一人、歩いてくる。

 黄色い髪に眼鏡をかけた女性。

 少し前まで、酒場で騎士たちを引き連れ、ランクルクたちと相対した彼女である。

 

「ですが、些か警戒心が足りないようで。貴方はもう少し自分の周りを見た方がよろしいかと」

 

 意識のないクレス相手に黄色髪の女はべらべらと喋る。

 さながら勝利宣言のように。

 

「私はランクルク・アスタバイオン! 帝国の皇位継承者! 拘束を解きなさい! 早くしないと彼が!」

 

 無様にも自分の権威を振りかざすことしかできないランクルクを嘲笑うような口調で黄色髪の女は答える。

 

「知ってる」

 

「え」

 

「お前が皇帝の息子だということも、皇帝が死んでいることも、この国が乗っ取られていることも全部、知ってます」

 

「どういう、意味だ……?」

 

 困惑が隠せないランクルクを見て、黄色髪の女は何かを閃いたような邪悪な笑みを浮かべ、ランクルクを捕まえている騎士の兜を掴み。

 

「こういう事」

 

 兜を引っこ抜いた。

 そこに、顔は無かった。

 本来そこに収まるべき丸い頭はなく、代わりに水色の何かが蠢いている。

 それは水のようであり、粘液のようであり、それ以外のようにも見えた。

 ランクルクはそれの正体を知っている。

 つい先程まで話していたのだから。

 

「スライム……」

 

「御名答」

 

 騎士であった筈のそれは兜を失い、うねうねと、純然たる生き物としての動きを見せている。

 

「スライムは上位に行く程、頭がよくなる魔物。こんなことも出来るという訳」

 

 近くから、ガシャガシャと音が聴こえる。

 騎士が近づいてくる音だ。

 それも複数人。

 彼等は現場に到着し、兜を外したままのスライム騎士を見ても、驚く様子一つ見せない。

 騎士達の声一つ出さない冷静そのものな立ち振る舞い。

 そういうものと受け止めていた彼等の有り様が、今となっては恐怖でしかない。

 

「まさか、ここにいる全員」

 

 黄色髪の女が軽く手を叩くと、騎士達は己の兜に手をかけ外す。

 人間の頭を持つ者は一人としていなかった。

 

「そう、騎士団は殆ど成り代わって、既に壊滅。もうお前に味方する奴はいないわよ」

 

 黄色髪の女はそれだけ言うと、ランクルクの頭を掴んだ。

 

「『アカトリープ(眠りなさい)』」

 

 青く冷たい光が彼女の手元にて輝き、ランクルクは光に包まれると、その意識を強引に刈り取られた。

 ガクン、と首を落とし動かなくなったランクルクを、スライム騎士が持ち上げる。

 

「さて、さっさと運びなさい。落とす事のないように。ここまできて傷一つでも付けたら固めて溶かすわよ」

 

 せっせと騎士達はランクルクを運びだし、路地裏から消えていく。

 黄色髪の女がそれに続いて路地裏を歩いて抜け出す。

 最後には血を流したまま放置された一人の男だけが残った。

 雨は勢いを増して降り続けている。

 

 




『ランクルク・アスタバイオン』
・アスタバイオン家の長子にして、唯一の皇位継承者。
・兄弟はいない。
・母は彼を産んで程なく事故に巻き込まれ死亡。
・父は暗殺された。
・趣味は城にある庭園の花を眺める事だった。
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