微睡の中、少年は過去を回想する。
それは何年も前の、今より幸福であった頃の記憶。
王城の庭にて、彼は父と話していた。
剣術が上手くならないことを相談し、解決策を求めていた。
『ランクルク……隕也せ繧貞、峨∴縺ェ縺輔>』
父の言葉が聞き取れない。
なんと言ったのか、聞き返そうとしたが、声が出ない。
それどころか身体も動かない。
あまりにも不自然な状況から、少年はこれが夢なのだと気づいた。
それと同時に世界がぼやけ始める。
つい先程まで言葉ではない言葉を垂れ流す父親は粘土細工の人形のようにぐにゃりと潰れ、庭園もまた不定形に歪む。
夢の終わりが近い。
目覚め始める意識の中、少年は考える。
この時、父は何を言っていたのかを。
◇
クレス・パラトスが目を覚ました時、目にしたのは空ではなく、見知らぬ天井であった。
「ここは……一体……」
上体を起こし周りを見回そうとすると、はらりと何かが落ちる。
毛布だ。
誰かが自分をここまで運び、毛布を掛けていた。
加えて、毛布が落ちた事で自分がいま上半身裸であることにも気づく。
クレスは思わず、自分の腹を見た。
意識を失う前、確かに自身の腹は貫かれていた。
服が朱に染まるほどの量の血を流し、仮にあの後塞いだのだとしても無事で済むかは怪しい。
腹には何枚か白布が巻かれているが、驚くべきはその回復状況。
「傷が塞がっている」
「目が覚めたようだね」
「!?」
横から聞こえる声に、クレスはすぐに顔を向ける。
そこには一人の青年が、クレスと同じように上体を起こしてこちらを見ていた。
青年のことは知っている。
直接顔を合わせて話をしたわけではないが、彼の事はある程度リサーチしていた。
「アラン・セノアック」
「知っているんだね」
「転生者である貴方は、陛下のお言葉があると言えど、放置するわけにもいきませんので」
「僕と陛下の関係も知っているのに、それでも僕を監視するとか、忠誠心を疑いたくなるね」
「良き臣下とは、主君が見えぬ気にせぬところを補佐するものだと私は考えています。真に忠誠を捧げるからこそ、盲信では無く警戒が必要なのです」
「屁理屈に聞こえるね。それは結局のところ主君を信じていないという風にも受け取れるよ」
「それは──」
口論が始まりかけた所で、バタン! と何かが音を立てて閉まるのが聴こえる。
何者かの来訪に、二人は口を閉じ、そちらの方を見る。
「おう二人とも起きとるみたいやな」
その者は二人を見ると、近くに置いてある椅子に座った。
「面子もそろったみたいやし、そろそろ始めよか」
「「…………」」
どんと構えるその人物に対して二人は何も言いだせずにいた。
少し間を置いて、クレスが尋ねた。
「一つ質問しても?」
「なんでも答えてちょ」
妙な訛りで話すその人物にクレスは尋ねる。
「貴方は誰ですか」
「アタシは悪魔術師だよ」
仮面を被った女性──フレン・エトラルトはそう答えた。
「フレンさん。そういう悪ふざけはやめてくれ。笑わせるにしてもあまり面白くない」
「うおうザクザク言いおる。一応これでも変装の意味くらいはあるからな」
アランの率直な一言に、フレンは仮面を外して答える。
特に悪びれた様子はない。
「だとしてもその鉄仮面はないでしょ。余計目立つ」
「んだとう、このブリキの仮面に文句があるっていうのかオメエ!」
──文句しかない。
そう言いたくなる気持ちをグッと堪え、アランは話を切り替える事にした。
「それで、始めるというのは?」
「そうそう、忘れるところだった。やっと事情を知ってそうな奴をとっ捕まえられたからな」
フレンは椅子の向きを変え、身体ごとクレスの方に視線を向ける。
「いい加減、こんがらがってきたからな。そろそろ纏めなアタシの頭が爆発する」
「質問。嫌でも全部答えてもらうぞ、クレス・パラトス」
◇
「嫌でも、ですか。そのような事が出来ると?」
「魔術師舐めんなよ。お前の口を割らせる事も割らせずに抜き取る事だってちょちょいとすれば簡単に「わかりました話しましょう」……判断が早い!」
長いフレンの言葉に被せて、クレスが答える。
あまりに早い返答に、フレンの勢いは削がれた。
「今となっては私と貴女方で敵対する理由もありませんし。私が話せる事、出来る事ならいくらでも」
「じゃあ殿下を解放してもらおうか」
横から、アランが会話に水をさす。
「それは出来かねます」
「何故だ? 出来る事ならやるんじゃないのか?」
「殿下の所在は、私にもわかりかねます。この街はもう、私のものでは無いようですので」
「一体、何を言って──」
「ちょい待ち、お前ら何二人の世界に入ってやがりますやんか。さっきから何だデンカデンカって。誰の話をしてるんだ」
「ランクルク殿下の事ですが」
「誰だよ知らねぇのよ」
「貴女も一緒にいたと思いますが」
「アホ抜かすな、アタシがこの都市に来て、同行した奴はレイルっていう砂利ん子だけ……」
喋る途中で、カチリと頭の中で何かが音を立てて嵌まった。
「あ、あー、あいつ王族だったのか」
「気づいていなかった事もですが、君のその反応の薄さの方が僕は驚きですよ」
ポンと手を皿にして、叩いて驚くフレンに対して、アランは白い目を向ける。
その一方でクレスもまた驚いた様子であった。
「まさか、殿下から何も知らされていなかったのですか?」
「いやいや、流石に皇帝暗殺とかそこら辺は聞かされて……まさかこれも嘘だったり?」
「その可能性は薄いと思うな」
「根拠は?」
「追い詰められてでもしなきゃ、君みたいな無関係な人を巻き込まない」
「確かに」
合点がいったようで、またポンと手を叩いてそれをアピールするフレン。
何かと喧しい彼女の声は、怪我人である二人としては傷口に響くので静かにしてほしいというのが本心であった。
「どうやら、前提条件は揃ったようですので話させていただきます」
閑話休題。
クレスは、情報共有を始めた。
「まず最初に。私は貴女方の敵ではない。寧ろ味方だと思っています」
「襲撃しておいて何の真似だ、と思うでしょうが、これには一つ誤解があります。私もまた依頼されて貴女方の襲撃を計画しました。『顔を隠した少年を傷一つ無く捕まえろ』これを遂行するために色々と迷惑をかけた事は申し訳ないと思っていますよ」
「主君の事は疑うのに、依頼内容は疑わないのか」
「まさか、寧ろその逆ですよ。勅命でしたもので」
勅命、それは皇帝自らの命であり、臣下である以上、拒否権のない命令。
「でも皇帝死んでるじゃん」
皇帝が死んだのは今より数ヶ月前の事である。
幾らこの都市が王都より離れているとしても、王からの命令が数ヶ月も遅れて届くというのはあり得ない。
「偽造、偽の勅命だったのでしょう」
バツの悪そうな顔で、クレスは答える。
結果論とはいえ、まんまと騙されたという事実を改めて認識し、そのことを恥じている表情だ。
「全体が見えるようになった今、振り返るとこの時点で私は嵌められていたのですね……」
「反省は後にしてもらっても?」
「……これが私と貴女がたが敵ではないという根拠です。これでも疑われるのでしたら、拷問でもなんでも好きなように」
「オーケー、信じましょ」
「フレンさん!?」
「いいよいいよ別に、信頼とか疑いとか、そういうの私には関係ない話だし。そういうのはツルちゃんがやんなよ」
「ツルちゃ……!?」
思わぬ呼び方にアラン=ツルギリョウセイは固まる。
なおも黙ることなくフレンは喋り続ける。
「まどろっこしい事は好みじゃない。大事なのは少年の命で、アタシらには情報が足りない。味方だっていうんならアタシは迎え入れるし、騙すってんならブッ殺す。それで十分でしょ」
「それに、三人いる方が面白いだろ?」
幼稚な持論をつらつらと並べるフレンにアランはおろか、クレスでさえも唖然とする。
「んで、ツルちゃんはどうするの? 殺すんならそれでいいけど」
「どうして、君は極端なんだ。……もとより彼を害するつもりはないよ」
「おや思ったよりも温厚。てっきり怒り心頭活火山だとばかり」
「彼に対して思うところがない訳ではないけど、さっき君が言ったように殿下の命が最優先だ。私情は捨て、使えるものは使う」
「しかし、私を信頼した訳でもないと」
「当然。怪しいと思ったら斬るつもりだよ」
「そうするがよろしいかと」
睨むアランに、クレスは涼しい表情で応えた。
◇
「じゃあ色々聞きたいのだけど」
「答えられる限りは」
クレスは恭しく頭を下げ、恭順の意思を見せる。
「アタシがアンタの腹を治すとき、傷口には五本穴が空いていた。最初は槍かなんかかとも思ったけど、そうでもない。アンタは一体、何にやられた?」
フレンの問いかけに、クレスが答えるよりも先に、アランが彼女に疑問を投げかける。
「フレンさん? どうしてそんな事を聞くんだい?」
「ちょっとした確認」
クレスは己の腹部、傷があった部位を軽く触り、話し始めた。
「私の腹部は部下に、少なくとも部下だと思っていた者に刺されました」
「でも実際は部下でも何でもなかった」
「はい。腕を変形させ、伸びたそれは間違いなく人間のものではなかった」
「というと?」
アランが合いの手を入れる。
「魔物が擬態し、部下に化けていた……でしょ?」
そう答えたのは、フレンだった。
「何故、そう思ったのですか?」
「酒場でアンタのところの部下とやり合ったのだけど、途中から明らかに動きがおかしくなってた」
そう答えるフレンの頭に浮かぶのは数刻前、酒場での光景。
大火力の火球を正面から受けた騎士達。
驚くべきことに、彼等は大した傷も負わず立ち上がり、奇妙な動作で動き始めた。
あの後、しぶとく動き続ける騎士達をどうにか無力化させてランクルク少年の元へと急行したが、今に至るまで、騎士達のことが頭の中で引っ掛かっていたのだ。
「……数日前より、魔物の痕跡が都市の各所で見つかり、潜伏している事は把握していましたが……」
「まさか自分の部下に成り代わられてたとは思わんて」
「貴女が戦った騎士達から察するに、成り代わられているのは一人二人ではないでしょう」
ここまでの話を聴いて、アランはようやく話の流れを理解し始めた。
「……さっき、貴方がこの街が自分のものではないと言った理由がわかったよ」
「殆どの騎士が成り代わられ、私という統治者が消息不明となっている今、この都市の実権は別の方に移っている」
「今、この都市は魔物に占拠されていると言ってよいでしょう。……それと、これは私の憶測の部分が強いのですが」
「この一連の出来事には、魔王が関わっていると思います」
・『皇帝とアラン』
・アラン・セノアックは身寄りのない孤児であったが、幸運にも皇帝に保護された。
・転生者である彼の力を確保するという理由もあったが、皇帝は彼を丁重に扱い、最後には彼を開放した。
・アランはこれに恩義を感じ信頼の証として魔剣を献上した。
・何か起きた時、この魔剣を辿って会いに来るという言葉と共に。