魔法少女を辞められない。   作:魔法少女って良くない?

1 / 7
魔法少女モノの供給に餓えすぎて、気付けばなんか書いてました。


芽吹き
1. 白昼の悪夢


 生きるということが、存外困難に満ちているということを知ったのは、いつのことであっただろう。少なくとも、俺──わたしが知っている限りにおいて5年前の日本は、こんなにも悲嘆に溢れた国ではなかった。先の大戦以降国全体が戦争に巻き込まれることもなく、100年近くもの平穏に甘んじていたこの国は、突如として【向こう側】からやってきた【魔物】になすすべもなく蹂躙された。いや、蹂躪()()()()()。そう、実際に日本が塵芥に帰すようなことは起こらなかった。魔物がやってきてから少しして、不可思議な力を使って魔物を倒すことができる者が現れたからだ。

 

 彼ら──彼女ら──は、なぜか決まって10代後半までの少女であった。同じような年代の少年がそういう不思議な力を使って戦うことはなかったし、同じ女性だとしても10代を過ぎた人はいなかった。ただ、何故か10代までの少女しか不思議な力を得ることはなかったのだ。

 

 子供を、しかも少女たちを戦わせるとは何事だ、という意見は、はじめこそ大きく主張された。自衛隊は、警察はどうなっているんだ、税金泥棒だと口汚く罵る者もいた。しかし、彼女たちしか魔物に対抗しうる戦力が存在しないということを薄々理解し始めてからは、彼女たちはむしろアイドルのように扱われだした。政府が彼女たちの身分を保証し、自衛官としての階級と呼称を与えたことに加え、積極的な広報活動が行われたからだ。

 

 しかしながら、彼女たちを正式な呼称である「対敵性異界生命体特殊戦術歩兵」の名で呼ぶものはいない。感謝と敬いと畏れ、或いは親しみをこめて、こう呼ぶ。

 

 魔法少女──と。

 

 

✡❂✡❂✡❂✡❂✡❂✡

 

 くそっ、こんなの聞いてない。そう悪態を吐く。なぜ俺なんだ。どうして誰も助けに来ないんだ。なにも今じゃなくても良かっただろ。どうしようもない不平が、口からぽろぽろと零れだしてしまう。魔物が現れてから、およそ5年。魔法少女の活躍で、俺たちはそれまでと変わらない日常を謳歌していた。だからこそ、俺は勘違いしていた。気が付いていなかった。それまでの日常なんてものは、もうとっくの昔に壊れ切ってしまっていたということに。

 

 走る。ただひたすらに走る。駅前から延びる大通りには、休日の真昼間だというのに人通りが全くない。そのことに少し疑問を覚えるが、今はむしろ都合がいい。人通りが少ない通りは、走って逃げるにはうってつけだ。けれど、化け物は高さ10メートルはあろうかというその図体と、その亀のような見た目には似合わない速度でぐんぐん追いかけてくる。奴が一歩踏み出すごとに道は砕け散り、コンクリートの建物は豆腐のように崩れる。そんな化け物に追いつかれたら────死ぬしかない。

 

 奴は図体がデカい。細い通りなら通れないだろうと考え、裏道に入る。だが、奴は建物をぶっ壊して無理やり追ってきやがった。化け物か? 化け物だよ。このまま逃げ続けたら地図が役に立たなくなるな、なんて考えているが、余裕はもちろん全くない。ただ、こうやって空元気でも思考を回し続けていなければ恐怖で竦んでしまう。もう、自分がどこにいるのかすらわからない。

 

 走る。文字通り死ぬ気で走るが、息が上がってしまう。必死で逃げても、だんだんと化け物が近づいてくる。あぁ、もっと普段から運動しておくんだった。もはや先程のように振り向いて確かめる余裕はない。それでも、奴が迫ってきているのを感じる。いくつめかわからない角を曲がって、俺は絶望した。クソッ、行き止まりだ。

 

 万事休す。もはや逃げ切ることは不可能だと悟った俺は、折れそうになる心を奮い立たせて振り返り、目の前の化け物を睨みつけた。ここで死ぬことになろうとも、惨めに泣き叫びながら死ぬのはごめんだ。どうせ死ぬのなら、最期くらい矜持を保ったままで死にたい。化け物が前足を振り上げた。世界がスローモーションになって、ああ、これが走馬灯か、なんて言葉が浮かぶ。ゆっくりと化け物の前足が俺に向かって振り下ろされるのを見て、思わず目を閉じた。

 

「インカント・マギア! 焔華(えんか)(あまね)く乱れ咲け!」

 

 ────────だが、予想していた痛みは来ない。不思議に思っていると、突然地面が大きく揺らいだ。目を開けて、化け物の姿を探す。俺を今にも潰さんとしていたその化け物は、何十メートルも吹っ飛ばされてひっくり返っていた。あまりにも現実離れしたそれを成したのであろう少女は、化け物に近づくと、手に持った大きな剣をその化け物の顎から切り上げて、脳天へと突き立てた。

 

「これで一丁上がり、ってね! 魔法少女ルビーブロッサム、C級異界生命体討伐完了よ!」

 

 これで、C級。人間を襲い、鉄筋コンクリートでできたような建物すらも軽々と壊すような化け物がC級だというのか。まだこれよりも上がいる? 冗談は大概にしてくれよ。自分が過ごしていた日常が、いかに薄氷を踏むが如き現実の上で成り立っていたのかに思い至り、思わず呆然としてしまう。

 

「────ぇ、ねぇってば、聞こえてる?」

 

 ルビーブロッサムと名乗った少女に揺さぶられて、唐突に俺は現実に引き戻された。視界に飛び込むのは、こちらの顔を覗き込む少女の顔。中学生か高校生といった歳だろうか。目鼻立ちはかなり整っており、気が強そうな目に憂いの色を浮かべている様は、思わずどきりとしてしまうほどに大人びている。

 

「ねぇ、あんた。大丈夫?」

 

 ぼんやりと少女の顔を眺めていると、こちらを気遣うような声音で少女が声をかけてきた。

 

「あ、ああ。大丈夫だと思う。君のおかげで碌な怪我もしてないし、助かったよ。ありがとう」

 

 そうだ、俺はこの少女に助けられたのだ。魔法少女。子供に戦わせるなんて大人としてどうなんだよと思っていたけれど、その力を間近でみてしまえば言葉もない。彼女と同じことができる大人がいるとでもいうのだろうか? この目の前の少女に対する畏怖の念を抑えられない。これは、縋ってしまう。

 

「ルビー、ルビー、この人が死んでなくてよかったミ〜」

 

 突然、少女の横から場違いにコミカルな声が聞こえて、思わずそちらを見る。すると、少女の右肩のあたりに、白い綿のような名状し難いふわふわとした塊があった。耳と尻尾の形から、それがかろうじて白い犬を模したぬいぐるみだとわかる。いや、ぬいぐるみのわけないだろ、ぬいぐるみが喋ったら怖いわ。目を丸くしてそちらを凝視していると、白い塊がこんなことを言い出した。

 

「ルビー、僕のことを無視しなくてもいいミ〜。あの人、多分ぼくのことみえてるミ〜。視線ばちばちだミ〜」

「あれ、メルってあたしたちにしか見えないんじゃなかったっけ?」

「ちょっとでも魔法少女の適正があれば見えることがあるミ〜。ルビーも魔法少女になる前にぼくのことが見えていたミ〜?」

「たしかにそうかも」

 

 なんと。俺には魔法少女の適性があるらしい。思わず浮かんだ疑問を口にする。

 

「けど、魔法少女の適性って少女にしかないんじゃないのか? だから少女しか戦えないんだと思っていたんが……」

 

 俺の疑問に、ふわふわが答えた。

 

「適性があっても、強い魔法少女になるのは難しいミ〜。ぼくたちもいろいろ試したけど、やっぱ少女と契約すると強い魔法少女になりやすいみたいミ〜」

 

 ふわふわの言葉に、少女が補足する。

 

「そうそう。あたしもそんなに適性があるほうじゃないからさ。ひとりで戦えるのは今日みたいなのが限界。魔法少女も夢がないよなー」

「にしても、ぼくはツイてるのかもミ〜」

「どういうこと?」

「なんでもないミ〜」

「そう? あ、そろそろ結界を解除した方がいいかも。そこの彼も予定があるだろうしさ」

 

 彼女たちは撤収しようとしている。だが、俺が名前すらも名乗っていない。

 

「ちょっと待ってくれ、玲理(れいり)だ。編笠(あみかさ)玲理。俺の名前だよ」

 

 思わず彼女たちを呼び止めてしまった。慌てて言葉を口にする。

 

「ありがとう、本当に助かった。感謝してもしきれない」

「いいってことよ、それが仕事だしな。あたしはルビーブロッサム。で、こっちのふわふわしたのはメルことメルシー。妖精だよ」

「じゃあ、そろそろ結界を解除するミ〜」

 

 ふわふわ改めメルがそういうと、蜃気楼のように辺りの景色がゆらめく。気がつけば、メルとルビーの姿はどこにもなかった。白昼夢だったのだろうかとも思ったが、全力疾走をした後の疲労感と、瓦礫が掠ったわずかな傷がそれを否定している。空はうっすらと色づき始めていて、時間はもうそろそろ夕方だ。

 

 スマホが壊れていなかった幸運に感謝しつつ、地図アプリを頼りに駅前まで戻った。ああ、疲れた。帰ったらそのままベッドに潜って寝よう。いろいろありすぎて頭がもうパンクする寸前だ。ちょうど最寄りのバス停に停まるバスがロータリーに来ていた。一生分の不幸の埋め合わせがこれかと思うと割りに合わなさすぎて笑えてくるが、それでも運がいい。

 

 最寄りのバス停で降るや否や、恥も外聞もなく、どこにこんな体力が残っていたのかと思うくらいの速度で家に向かって駆け出す。そして、家に入ってすぐさまドアの鍵を閉め、そのままへたり込んだ。

 

 無事に帰ることができた安堵感で冷静になってしまった俺は、すっかり腰が抜けてしまった。現実味のない化け物の恐怖に、思い出したかのように冷や汗が吹き出し、どうしようもなく体が震える。

 

 なぜ生きている? これは現実か? 俺はなぜ、いや、あの少女は、俺に都合のいい幻覚だったんじゃないか? あんな怪物、たかが人間ごときに勝てる相手じゃない。この家すらも酷く頼りなく思えてくる。あの化け物は、砂山を蹴散らすようにビルを蹴散らしたんだぞ?

 

 とりとめもない言葉が、疑問が、俺の意識を埋め尽くし、なにか意味のない声を叫び出してしまいたい衝動に襲われる。現実と幻想の境界が失われてしまった。俺がこれまで日常だと信じていたモノは、現実から目を背けた逃避に過ぎなかったのだ。俺達が「日常」を謳歌する裏側で、彼女たちは戦っていた。俺達、いや、俺が彼女たちをエンターテイメントとして消費する裏側で。

 

 ああ、寒い。体に血が通っている感覚がしない。体の震えをどうにか抑えつつ、這いつくばるように寝室へ向かった。そして、そのままベッドに潜り込み、震えながら固く目を閉じる。しばらくそうしていると、だんだん意識が薄れていって、途切れた。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。