魔法少女を辞められない。 作:魔法少女って良くない?
メルシーに無理やり少女の姿にされた俺──わたしは、目下の大問題に直面していた。そう、学校である。今はちょうど春休みの真っ最中だが、あと少しで新学期が始まってしまう。これは非常に重大な問題だった。
メルシーに聞いたところによれば、
困ったことに、俺には
恥を忍んでメルシーに相談してみたところ、14歳の少女としての常識や振る舞いを叩き込まれることになった。最悪だ。
わかりきっていたことではあるが、メルシーはかなりの
エクセンテラーレほどではないにしろ、ラエデーレもかなり痛い。どうやら殴られるような痛みを一定の時間継続的に与える呪いのようで、衝撃や肉体的な傷を伴わずにただ痛みだけを受ける。オマエらは痛みがなければ覚えないだろう?とはメルシーの談。
この妖精が
そういうわけで、1週間もすれば意識せずとも
それで、4月7日。始業式の日を迎えた。中学校なんて何年ぶりだろうか。
初めは、学校なんて行くつもりではなかったのだ。いくら
唯一の救いは、わたしが元からその学校にいた生徒ではなく、転入生として扱われることだ。もし
いつの間にかクローゼットの中にしまわれていた真新しい制服に袖を通し、鏡の前に立つ。濡羽色の艷やかな髪は腰まで伸びていて、制服の白いブラウスに映える。いっそ病的なまでに白い肌は、黒いスカートと対比されて蠱惑的なほどだ。こう見れば、どこからどうみても可憐な少女でしかない。この
陰鬱な気分を振り払うように、鏡の前でくるりと回ってみる。どうせ、わたしに選択肢など端から用意されてはいないのだ。こうなったら、わたしとして人生のやり直しを楽しまねば損だ。あの悪魔よりも悪魔じみた妖精に目を付けられた時点で、どのみち俺は終わっていたのだ。そう思わなければやっていられない。
俺だった頃から愛用していた栄養バーを口に放り込むと、鞄を肩にかけて玄関に出る。ピカピカに磨かれた真新しいローファーを履いてドアを開けると、思ったよりも眩しい朝日。なんだ、外は晴れているじゃないか。なにかに怯えていた自分がバカらしくなる。
「いってきます」
わたしは、誰もいない部屋に向かって呟いた。当然ながら返事はないけれど、わたしは確かに出立を告げた。麗らかな春の空気が、そっとわたしの肩を撫でる。わたしはわたしとして、うまくやっていけそうな気がした。
わたしが通うことになった中学校は、家から歩いて15分くらいのところにある。メルシーの目がないというだけで、わたしは心底晴れやかな気持ちで道を行くことができた。なにやら用事があるとかで、メルシーは昨日の夜から姿を見せていなかったのだ。メルシーの用事なんて知るわけもなかったし、わたしには久々の解放感を楽しむ余裕があった。
だが、学校が近づくにつれてわたしと同じような制服を着た子どもたちが少しずつ増えてくる。そうなると、わたしとしてうまくやれる自信はすっかりどこかへ消えてしまった。こころなしか、周囲の視線がわたしに向いているような気がする。なにか不自然なのだろうか、もしかしたら笑われているんじゃないか、そういう疑心暗鬼が心の片隅に生まれ、みるみるうちにわたしを押しつぶそうとする。
成人した大人が子どもに混じって学校に通うなんて、そもそも無理があったのだ。ましてや、わたしはもともと男だったのだ。そう思うと、足取りが重くなる。けれど、今更家に引き返すこともできはしなかった。学校に行かなかったわたしをメルシーが許すとは思えないからだ。
どんなに遠くても歩いていればいつかは着くものだ。家から学校までの道のりなんて、そう長いものでもないのだからなおさらだ。わたしは、あれこれ思案しているうちに学校にたどり着いてしまっていた。ここまで来てしまったのだから、もう覚悟を決めるしかない。男は度胸、近くにいた適当な女子生徒に声をかけて、職員室の場所を聞く。こういうときは女子を選んで声を掛けなければならないというのも、メルシーの教えだった。男子に声を掛けるとめんどうなことになるというのは、メルシーに言われずとも薄々気付いていたことだ。無論不出来な外見であるよりは整った外見であったほうが良いとは思うものの、いざ自分のこととなってみればそういうことに配慮せねばならないというのは心底めんどうだった。
公立の中学校なんて、そう広いものでもない。職員室はすぐに見つけることができた。ドアの前に立ってなんどか大きく深呼吸する。そうしたのち、意を決してドアをノックした。
すぐに中から「入ってくださーい」と返事があったので、ためらいがちにドアを開けて中へ入る。
「失礼します……」
震える声で挨拶をすると、職員室の中にいた数人の先生がこちらを見た。わたしは思わず体を竦め、目を逸らしてしまう。すこし年嵩の女の先生がわたしの方に近づいてきて、わたしをまじまじと見つめる。
「あっ、あの……」
耐えきれずに声を上げると、その先生はぽんと手を打った。
「ああ!そうね、転入生!白森先生、あなたのとこの生徒さん来たわよー」
白森先生と呼ばれて来たのは若い女の先生だった。白森先生は、わたしが不安と緊張でいっぱいになっているのを察してくれたのか、わたしに優しく微笑みかける。それを見届けた年嵩の方の先生は「じゃ、白森先生。あとはよろしくー」と言い残して、自分の席に戻っていった。
「網笠零さん、これからよろしくね」
「よ、よろしくお願いします……」
「今日はこれから始業式があるから、まずは講堂に行こうか。わたしが案内するから、ついてきてね」
始業式が行われるという講堂は、職員室と同じ建物の4階にあった。生徒は講堂に各自来ることになっているらしく、白森先生について講堂に向かう途中、廊下で何人かの生徒とすれ違った。先生に連れられるわたしはそれだけで好奇の視線を浴びているような気がして、恥ずかしさや気まずさが募る。わたしは、うつむきがちに歩くしかなかった。
講堂に着いて、自分のクラスの場所を教えてもらったわたしは、一番うしろの壁際に座ることにした。堂々と前のほうに座る勇気なんてあるわけがなかったし、なによりそこが適切な場所に思えたからだ。
しばらくして、始業式が始まった。かつて俺が通っていた学校もそうであったように、大人の話は長い。周囲のどことなく弛緩した空気を感じて、わたしの緊張も少しずつほぐれていく。始業式が終わる頃には、なんとかなるさという気持ちが戻ってきた。
大丈夫、きっとなんとかなる。声にならずに消えた呟きが、けれど自分を鼓舞するものなのか、それとも単なる強がりなのかは、わたしには分からなかった。
次回は5月15日の予定です。