ハリー・ポッターと友情、努力、勝利の本   作:じゃあな・アズナブル

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第十話 クリスマスとみぞの鏡

冷たい風が窓を揺らし、ホグワーツの廊下には早くもクリスマスの飾り付けが顔を見せ始めていた。大広間では巨大なツリーの準備が進み、色とりどりのリースが壁を彩り始めている。

生徒たちはそわそわと休暇の話題で盛り上がり、フクロウ便には家族からの包みが増えていた。だが――ハリーたちは図書館の片隅で、分厚い本を山のように積み上げていた。

 

「だめね、また載ってない……」

 

ハーマイオニーが『著名な魔法使い事典』を閉じ、疲れたようにため息をつく。

 

「ダンブルドアと関わりのあるくらいの人物なら、絶対にどこかには出てるはずなのに」

 

ロンもあくび混じりにうなずいた。ハリーは黙々と『ドラゴンと戦う前に覚えておく呪文百選』をパラパラとめくっていたが、目的の名前は見つからなかった。そのとき、後ろから鼻にかかった声が飛んできた。

 

「ホグワーツに残るなんて、帰る場所がないのか、ポッター」

 

金髪を揺らしながら、少年が現れた。マルフォイだった。

 

「僕は実家でごちそうを食べて、温かいベッドでのんびりする予定だけど?」

 

嫌味たっぷりな笑顔で言う彼に、ハリーは落ち着いた声で返す。

 

「こっちのほうが静かで修行しやすくて助かってるよ」

 

そう言いながら本を閉じ、ふと訊ねた。

 

「ところで、ニコラス・フラメルって知ってる?」

 

マルフォイは一瞬だけ眉をひそめたが、すぐに鼻で笑う。

 

「何それ、また奇妙な名前を追いかけてるのか? 相変わらずだなポッター」

 

そして、にやりと口を歪めた。

 

「知らないけどさ――実家に帰ったら父上に聞いてやろうか? ポッター。“お願いします”って言えたらな」

 

ハリーは少し考えるような素振りを見せたあと、にっこりと微笑んだ。

 

「……じゃあ、頼むよ。お願いします」

「……は?」

 

マルフォイは完全に反応に困り、口を開いたまま固まった。ハリーは心底楽しそうに笑った。

マルフォイはしばらく睨みつけていたが、やがてローブを翻し、つまらなそうに立ち去っていった。ハーマイオニーが小声で苦笑した。

 

「……なんだか、嫌味をまるっきりすれ違いで受け取られてたみたいだったわね」

 

ロンがニヤリと笑う。

 

「いや、あれ絶対わざとだろ。ハリーって、案外腹黒いとこあるよな?」

 

ハリーは真顔のまま言った。

 

「腹黒くなんてないよ。ただ……マルフォイも探してくれるって言うから」

 

その声はあくまで真剣だったが、どこか楽しげな空気が漂っていた。

 

***

 

その夜のホグワーツは、雪に覆われた静寂のなかにあった。生徒たちが寝静まった城の奥、吐く息すら白く凍る中庭の片隅で――ハリー・ポッターは、ひとり立っていた。

星明かりだけが彼の背を照らしている。杖を握る指はかじかんでいたが、その目はまっすぐに前を見据えていた。

 

「……ディセンド」

 

低く、短く呟いた瞬間――足元に、ずしりとした重みがのしかかる。まるで空から目に見えない石が降ってきたかのように、体全体が沈む感覚。

(よし、効いてる……)

図書館でニコラス・フラメルについて調べていたとき――合間にこの呪文の使い方を調べた成果がでていた。この呪文は使い方次第で“疑似的な重力負荷”を生み出すことができる。ハリーはそれを、自分流に鍛錬に取り入れていた。

魔法の重圧に耐えながら、ゆっくりとスクワットを繰り返す。関節がきしみ、太ももが熱を帯びて震える。

(前回はリュックを背負ってるくらいの重さだったけど……今は“大きな石を抱えてる”くらいにはなったかな)

吐く息は白く、夜気に溶けていく。額から垂れた汗が、頬を伝って冷たくなる。

 

「……っは……もう一回」

 

息を整えて、もう一度――「ディセンド」。何度も負荷を調整しながら、全身の軸を鍛え直す。心も体も、“戦うための自分”に近づいていく感覚。周囲の静けさが、彼の集中を研ぎ澄ませていく。

そして、ふと――

ハリーは地面をにらみ、体勢を変えた。

(もう一度、“あれ”を試してみたい)

あのとき、クィディッチの試合で――スニッチを追い、箒を捨てた瞬間。ほんの一瞬だったが、空に浮いた。

(……たしかに、浮いた感覚があった)

足の裏に空気の“手応え”があった気がした。重力に抗って、自分の体が空間を掴んだような――

けれど、今思い返しても、それがどうしてできたのかはわからない。

(あの時は……ただ、必死だった。考える暇もなかった)

それでも、確かに“できた”。ならば、再現できるはずだ。ハリーは両足に魔力を込め、意識を研ぎ澄ませる。

(魔力を“下”へ。空気を押し返すように――)

大きく一歩踏み込み――跳ぶ。……が、空気は沈黙したままだった。感触すら掴めない。足はそのまま、しっかりと地面を踏みしめていた。

 

「……くそ、全然浮かない」

 

できた“はず”なのに。なぜ? 何が違う? どうしてあのときは飛べた?

(……なんで……?)

雪が舞い、風が髪をなでていく。中庭に響くのは、風の音と自分の呼吸だけ。その中で――ハリーは、拳を静かに握りしめた。

くやしい。悔しさが、胸の奥からじわじわとこみ上げてくる。でも、まだ終わりじゃない。

あの瞬間が嘘じゃなかったことを、彼は体で覚えていた。頭じゃなく、体が覚えている。だから、また飛べる。きっと飛べる。

そのときが来るまで――今は、修行を続けるしかない。

 

 

***

 

朝――。ホグワーツの寮に、やわらかな日差しが差し込んでいた。外は一面の雪景色。白く染まった森と湖が、静かに光をたたえている。

グリフィンドールの男子寮では、誰もが少し遅めの目覚めを迎えていた。ハリーだけはいつものように朝の修行から帰ってくる。すると部屋ではロンがニット帽をかぶりながら包装紙をばりばりと破っていた。

 

「ハリーにも届いてるよ。開けてみなよ!」

「そう?」

 

包装紙を一つひとつ開けていく。中にはセーター、チョコレート、いたずらグッズ、そして――差出人の名前を見て、ハリーは思わず目を細めた。

――ダドリー・ダーズリー。

(……え?)

二度見するほどの、意外な名前だった。封筒を開けると、中には薄い包みと、雑な字で書かれたカードが入っていた。

 

ハリー

一応送っとくぞ。勘違いするなよ。

もう俺が読んだから送るだけだ。帰ってくるときはちゃんと持って帰って来いよ。

魔法の面白い品があったら、オレに送れよな。あと漫画は汚すな。

                         ――ダドリー

 

手紙を読み終えたハリーは、ふっと小さく笑った。そして、包みを開ける。

そこに入っていたのは――まだハリーがよんだことのない新しい漫画が入っていた。

(まったく……素直じゃないな)

それでも、胸の奥をじんわりと温かくする。たとえ言葉は素直じゃなくても――“つながり”は、確かにそこにあるのだと思えた。ロンが覗き込む。

 

「なにそれ?」

「……修行の参考書、みたいなもんかな」

 

ハリーはそう言って、ニヤッと笑った。次の袋には、柔らかな手触りの赤いセーターが入っていた。胸には大きく「H」の文字。添えられたカードには、丁寧な筆跡でこう書かれていた。

 

ハリーへ よいクリスマスを

               ― モリー・ウィーズリー

 

「……ウィーズリーって、ロンのお母さん?」

 

ハリーがセーターを手にとって眺めていると、隣のベッドからロンの声がした。

 

「うわ、ほんとに送ってきたのか……! 恥ずかしいな、ママってば……」

 

「何言ってんだよ。これ、ものすごくうれしいよ。最高だよ!」

 

ハリーはセーターをすぐにかぶり、嬉しそうに腕を広げる。

 

「暖かそうだし、絶対着るよ。ありがとう!」

 

ロンは目を丸くし、それから苦笑した。プレゼントの山の中で、ひときわ目立たない、無地の包みが一つだけ残っていた。

ハリーがそれをそっと開けると、中には銀色の布が入っていた。まるで水のように柔らかく、淡く光を反射する――不思議な布だ。

 

「……これは?」

 

ハリーがそっと広げると、その布は空気に溶けるように、彼の手を覆い隠していった。ロンが目を見開く。

 

「それって……透明マントじゃないか!?」

「透明……?」

 

ハリーがもう一度布を持ち上げる。たしかに、マントの下にある自分の腕が、すっと視界から消えていく。

そのマントの内側に、折りたたまれた一通の手紙が挟まれていた。ハリーはそっとそれを広げた。中には、手紙が一通。

 

君のお父さんが、亡くなる前にこれを私に預けた。

君に返す時が来たようだ。

上手に使いなさい。

             メリークリスマス

 

手紙には、差出人の名はなかった。

 

「父さんが、ぼくに……」

 

ハリーが呟くと、隣でロンが興奮気味に叫んだ。

 

「それを被れば――透明になれるんだ! 完全に見えなくなる!」

 

ハリーは驚きながらも、思わず口元をほころばせた。

 

「へえ……じゃあ、修行のために夜に出歩くのが、もっと楽になるな!」

 

そう言った瞬間、ふと真顔になり、うーんと唸る。

 

「……でも待てよ。誰にも見つからないってことは、隠密行動の修行にならないんじゃ……?」

「え? そこ悩むとこ?」

 

ロンがぽかんとする。ハリーはマントを手にしたまま、少し困ったように笑った。

 

***

 

その夜――ハリーは透明マントをそっと肩にかけた。

 

「せっかくだし、今夜は使ってみるか」

 

姿がすっと消える。不思議な感覚だが、悪くない。

(これがあれば、修行に向かうのもラクだな……でも、見つからないことに甘えるのもダメか。今日は“試験運用”ってことで)

軽やかな足取りで、ホグワーツの夜の廊下を抜け、中庭へ向かう。その夜の修行は、短めだった。足腰に負荷をかけながらの動き強化、魔法による反復重力トレーニング、そして杖の基本型の再確認。冷たい空気の中で汗を流し、呼吸が整うころには、雪も静かに降り始めていた。

(よし、今日はここまで)

そう思って寮へと戻る途中、廊下の角で灯りが揺れた。

 

「ん……? 足音……フィルチか」

 

ランタンの明かり。そして、猫のシルエット。

(ミセス・ノリスも一緒か……)

ハリーは素早くマントをかぶり直し、気配を消す。静かに、足音を殺して反対側の廊下へ回り込む。

――そのとき、ふと目に入った。少しだけ扉が開いたままの部屋。

 

「……ん?」

 

ハリーは様子をうかがいながら、中へ足を踏み入れた。そこは薄暗く、埃っぽい空気が漂う、使われていない倉庫のような場所だった。だが――その中央に、ただならぬ存在感を放つ鏡が、静かに置かれていた。

(……鏡?)

巨大な鏡。装飾の施されたフレームには、見たことのない文字が刻まれている。ハリーはゆっくりとその前に立った。最初は、ただの自分の姿が映っていた。だが、ほんの数秒後――鏡の中の“自分”が、勝手に動き出した。

 

「……!?」

 

思わず息をのむ。鏡の中の自分は、制服ではなく、動きやすそうな修行着を身にまとっていた。身体つきも今より明らかに引き締まり、どこか風格すらある。

(……あの構え……)

腰を落とし、両手を腰の横に寄せる。手のひらに魔力が渦巻くように集中し、青白い光が生まれ始める。

 

 

「か────め────は────め──」

 

 

口の動きだけで、ハリーにはわかった。迷いのない、圧倒的な“気”が、鏡の中から伝わってくるそんな気までする。

そして――

 

 

「波ァッ!!」

 

 

まるで部屋全体が震えたかのような錯覚。鏡の中で放たれた蒼い光線が、前方の敵影を吹き飛ばす。

その姿は、まさしくハリーが心の奥でずっと憧れてきた“ヒーロー”だった。地球を救う戦士。鍛錬を重ねて、限界を超える男。鏡の中の“自分”は、その理想そのものだった。

戦いの中で誰かを守り、勝ち、成長していく自分。魔法と肉体、両方を極めた戦士としての姿が、鏡の中に映っていた。

――その背後に、ほんの一瞬、ぼやけた二つの影が見えた。

温かく、遠く、優しく見守るような佇まい。けれど、ハリーには、それが誰なのかはわからなかった。ハリーは鏡の前で、小さく呟く。

 

「……こんなふうになれるかな、僕……いや、なるんだ。絶対に」

 

その声に応えるように、鏡の中の“未来の自分”は、わずかに微笑んで――静かに、力強く頷いたように見えた。そのときだった。背後から、静かな声が響く。

 

「――ハリー。君には、この鏡に何が見えるのかな?」

 

驚いて振り向くと、そこには――いつの間にか、ダンブルドアが立っていた。

ハリーはとっさに言い訳を探そうとしたが、ダンブルドアは手を上げて、静かにそれを制した。

 

「大丈夫。怒ったりはせんよ。この鏡には、不思議と人を引き寄せる力があるからのう」

 

そう言って、彼は鏡の隣に立つ。

 

「それでハリー、君にはこの鏡に何が見えた?」

 

ハリーは少し迷ったが、嘘はつかなかった。

 

「……強くなった自分です。魔法も、体も、全部鍛え上げて……誰にも負けないくらい強い自分」

 

ダンブルドアは静かに、しかしどこか嬉しそうに頷いた。

 

「なるほどのう。このみぞの鏡は、“最も切実な願い”を映す。君が見たのは――君自身の“なりたい姿”そのものじゃ」

 

ハリーはしばらく黙っていたが、やがてそっと問いかけた。

 

「……先生は、何が見えるんですか?」

 

ダンブルドアの目が、一瞬だけ、遠くを見るような色を帯びた。だがすぐに、また優しい笑みに戻る。

 

「わしかね? 厚手のウールの靴下を一足、手に持っておるのが見えるよ。クリスマスじゃからのう」

 

それ以上語らないまま、彼はそっとハリーの肩に手を置いた。

 

「今夜はもう遅い。そろそろ寮へ戻るとしようか」

 

そのまま二人で廊下へと歩き出す。そして、歩きながらダンブルドアは静かに言った。

 

「おぬしが望む未来が、いつの日か現実となるとよいのう。――じゃが、覚えておいてほしい。そこに至る道で、本当に必要なのは“強さ”だけではないということを」

 

ハリーは、その言葉の意味を――まだ理解できなかった。けれど、心に刻まれる何かを、たしかに感じていた。

 




ダンブルドアってみぞの鏡をわざとハリーにみせたんですかね
こんなところに置いとくな
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