ハリー・ポッターと友情、努力、勝利の本   作:じゃあな・アズナブル

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第十四話 試験そして決着の日

それから――ホグワーツにはいつもの日常が戻ってきた。授業、食事、談話室での賑わい。誰もが慌ただしく、けれどどこか楽しげに日々を過ごしていた。だがハリーだけは違っていた。

表面上は以前と変わらぬ姿を見せ、授業にも出席し、仲間たちと過ごしてはいた。けれど――あの夜以来、ふとした瞬間に、何かを深く考え込むことが増えた。

昼休みの中庭で、誰かの声が遠く響くなか。静まり返った教室の空気のなか。ふと、心の片隅に――あの森の闇が居座っていることに気づく。

闇の正体。あの気配。まだ答えは出ていない。けれど、それを考えずにいられるほど、心は鈍くなかった。

その思考を振り払うように、ハリーは夜ごと、ただひとりで修行に打ち込み続けた。呪文の反復。身のこなしの鍛錬。

呼吸を整え、音のない空間に神経を研ぎ澄ませる――静寂と孤独の中で、自分を限界まで追い込んでいく。

最近では、禁じられた森の中にすら足を踏み入れていた。誰にも言わずに、誰にも見せずに。そこには不安もあった。だがそれ以上に、確かにあったのは――欲求だった。

(もっと強くならなきゃ)

逃げるためか。戦うためか。その違いさえ、もうどうでもよかった。ただ一つだけ、ハリーにはわかっていた。

あの夜の“何か”と再び対峙するその時まで――立ち止まるわけにはいかない、ということだけは。

 

***

 

そして、ホグワーツの試験期間が始まった。ホグワーツ中が妙に静まり返り、談話室には羽ペンの走る音と、ページをめくる乾いた音だけが響いていた。

ハーマイオニーは、それでもいつも通り完璧だった。授業中に取ったノートを何度も見直し、呪文も歴史もすらすらと口から出てくる。

先生からの質問にも迷いなく即答し、周囲の生徒たちも「まあ、そうなるよな」といった顔で頷いていた。

ハリーはといえば――筆記では、さすがに彼女にはかなわなかった。だが、実技となると話は別だった。杖の動き。魔力の集中。詠唱の速度と正確さ。

どれをとっても、明らかに他の生徒とは一線を画していた。とくに呪文学の試験では、フリットウィック先生が一瞬ぽかんと口を開け、次の瞬間には何かを確かめるようにハリーの杖先をじっと見つめていた。

 

「……完璧です、ミスター・ポッター」

 

ハリーは軽く一礼し、「ありがとうございます」とだけ返す。ロンはというと、どうにかついていこうと奮闘していた。

呪文はときどき失敗するが、まあまあの出来。本人も「これくらいなら上出来だろ」と、わりと満足そうだった。

そして――ネビル。

最初のうちは相変わらず自信なさげだったが、最近は明らかに変わってきていた。呪文を唱える声が、ほんの少しだけ大きくなっている。ノートも、自分なりに工夫してまとめているらしい。

 

「ネビル、あいつ頑張ってるな……」

 

ロンが小声でぽつりと呟いたその声には、素直な敬意がにじんでいた。ハリーも同じ思いだった。それぞれが、それぞれの歩幅で――この一年の終わりへと進んでいた。

 

***

 

試験がすべて終わった日の夕方。ホグワーツの空気はどこか緩んでいて、生徒たちの表情にも、ようやく安堵の色が浮かび始めていた。だが――ハリーだけは、ひとり、誰もいない廊下へと足を向けていた。

(……クィレル)

ついさっき、彼の姿を見た。それが気になって、気づけば体が勝手に動いていた。無意識のうちに足が廊下を曲がった、そのときだった。

視界の隅で、ローブの裾が扉の奥へ吸い込まれていくのが見えた。足音を消すようにして、教室の前へと近づく。扉の前に立ち、そっと耳を澄ませた。中からは、かすかな声が聞こえてくる。

 

「……もうすぐです……はい……今夜には……」

 

低く、囁くような声。誰かと話している。それは間違いない。だが、返事をしている相手の声は聞こえなかった。ハリーの胸の奥で、心臓がひときわ強く脈打つ。

(誰と……? 今夜って……何がある?)

戸惑いと警戒が入り混じる中、ハリーは意を決し、扉に手をかけた。

 

「……失礼します」

 

扉をそっと開ける。中にいたのは――クィレル、ただひとりだった。ハリーの姿を見るなり、クィレルの肩がわずかに震える。その顔は引きつっていて、手に持っていた本をあわてて畳む動作も、どこかぎこちなかった。

 

「ポ、ポッター……ど、どうしたのですか? きょ、今日は授業はもう……ありませんよ……?」

 

明らかに不自然な動揺。ハリーは目を細め、少しの間だけ沈黙したまま彼を見つめた。

 

「……教室を間違えました」

 

静かにそう告げて、すっと身を引く。扉を閉め、足早に廊下を戻りながら、ハリーの思考はぐるぐると渦を巻いていた。

(あの声……誰かと確かに話していた。なのに、誰もいなかった)

ただの勘ではない。あの空気――あの場の“異様さ”は、紛れもなく本物だった。胸の奥に、得体の知れない違和感がはっきりと残っていた。

 

***

 

教室を後にしたハリーは、すぐにロン、ハーマイオニー、ネビルのもとへと戻った。人気の少ない中庭の一角。夕暮れの光が伸びる中、ハリーは小声で、さっきの出来事を手短に説明した。

 

「……クィレルが賢者の石を狙ってる。今日、何か行動に出ると思う。誰かと話してたんだ。相手の姿は見えなかったけど――明らかに様子がおかしかった」

「クィレルが……犯人!?」

 

ロンが目を見開く。衝撃と困惑が入り混じったような表情だった。

 

「スネイプじゃなくて? でも……どっちにしても、フラッフィーがいるんだぞ。あの犬が通路を守ってる限り、そう簡単には――」

「そのことなんだけどさ」

 

ハリーが口を挟んだ。慎重に言葉を選びながら、落ち着いた口調で続ける。

 

「ノーバートの卵のこと、覚えてる? あのとき、ハグリッドは“ある男と賭けをして卵を手に入れた”って言ってたよね。……でも、考えてみて。あんなに貴重な卵が、あのタイミングで、偶然手に入るなんて――都合よすぎると思わない?」

「……まさか」

 

ハーマイオニーが顔をこわばらせる。ハリーの意図に、すぐに気づいたのだ。

 

「その相手に……何か聞かれたってこと? フラッフィーのこと、通り抜け方とか……?」

「可能性はある」

 

ハリーの声は低かったが、確信に満ちていた。沈黙が落ちる。ロンが無言でハリーを見つめ、ネビルは緊張した面持ちでこくんとうなずいた。そしてハーマイオニーが言った。

 

「ハグリッドに、もう一度ちゃんと話を聞きましょう」

「行こう!」

 

ロンが力強く言い、ネビルもすぐに頷いた。四人は、言葉を交わすこともなく、足早にハグリッドの小屋へと向かった。

 

***

 

「おう、よく来たな。試験はどうだった?」

 

ハグリッドが薪をくべながら、いつもの調子で出迎える。だが、四人の顔に笑顔はなかった。目を見合わせ、一瞬の間ののち――ハーマイオニーが踏み出す。

 

「ねえ、ハグリッド……」

 

声はやや食い気味だった。そこに込められた焦りを、ハグリッドもすぐに察したようだった。

 

「ノーバートをもらった相手って、どんな人だったの?」

「顔は見えんかったな。ローブのフードを深くかぶっとってな。酒場じゃよくあることじゃ。いろんな奴がおるからな……あれはドラゴンの密売人か何かかもしれんが」

 

ハグリッドは何でもないことのように語っていたが、ハリーたちの目は鋭く光っていた。

 

「その相手に――何か、しゃべったりしてないよね?」

 

ロンが慎重に言葉を選びながら、踏み込むように尋ねた。

 

「たとえば……フラッフィーのこととかさ」

「え? ……まあ、ちょっとな。聞かれたんで、ついな……」

 

その瞬間、ハグリッドは自分の失言に気づいたように口を押さえた。だが、もう遅かった。

 

「まさか、どうやってフラッフィーをおとなしくさせるか、とかって……」

 

沈黙が落ちる。

 

「……」

「ハグリッド、それを相手に話しちゃったの!?」

 

ハーマイオニーの声が一瞬、感情の高ぶりで大きくなる。ハグリッドは慌てて手を振った。

 

「お、おいおい、大したことじゃない! フラッフィーは音楽が好きなんだ。それだけだ! それだけなんだ!」

 

だが、その弁明を聞きながらも、ハリーたちの顔色はみるみるうちに青ざめていた。ハリーは、視線をまっすぐにハグリッドへ向けた。

 

「……クィレルだ。クィレルが、賢者の石を狙ってる」

 

その言葉が落ちた瞬間、室内の空気がぴたりと凍った。

 

「賢者の石!?」

 

ハグリッドが思わず椅子から腰を浮かしかける。

 

「おまえさんたち、なんでそのことを知ってるんだ!? それに、クィレル先生はホグワーツの先生だぞ!? むしろあの人は……石を守る側じゃ……そんなはず、ない……」

 

揺れる目。動揺を隠しきれないまま、ハグリッドはゆっくりと首を振る。

 

「……どうやって賢者の石のことを知ったかは知らんが、あそこには俺のフラッフィーだけじゃない。先生方が、それぞれに守りの魔法をかけちょる」

「でも、その守りを……もしクィレルが――」

 

ハーマイオニーが言いかけたところで、ハグリッドが語気を強めた。

 

「たとえ、もしだ。もし仮にクィレル先生が狙ってるとしても、他の先生方の守りの突破方法は誰にもわからん。全部を知っているのは――ダンブルドア先生だけじゃ」

 

室内に沈黙が落ちた。外では風が木々を揺らし、小屋の窓がかすかに震えていた。

 

「……今日はもう帰れ」

 

ハグリッドが腕を組みながら、どこか苦しげに言った。

 

「試験も終わったばかりで、疲れとるだろ。明日にでも、俺がダンブルドア先生にちゃんと話を通しておくから。それでええな?」

 

けれど、誰も動かなかった。その静寂のなかで、ネビルがぽつりとつぶやいた。

 

「……でも、もし今夜のうちに賢者の石が取られちゃったら? そんなの……遅いよ。今すぐ知らせたほうがいいよ」

 

その一言が、部屋の空気を変えた。ハグリッドの表情がわずかに揺れ、その大きな手がほんの一瞬、組んでいた腕からほどけかけた。

ハグリッドはしばし口をつぐんだ。薪のはぜる音だけが、妙に大きく響く。やがて、低く長いため息が漏れた。

 

「……ダンブルドア先生はな、今日は魔法省に呼び出されてもう向かってるはずだ。今、ホグワーツには……おらん」

「……!」

 

言葉を失った。ハリーの心が冷えていくのがわかる。ロンも、ハーマイオニーも、ネビルも――全員が、顔を見合わせたまま、目を伏せた。守るべき存在が、今、ここにはいない。

 

「連絡……なんとか連絡は取れないの!?」

 

ハーマイオニーの声がわずかに上ずる。焦りと不安、それでも諦めたくないという意志がにじんでいた。ハグリッドは重く頷くと、ゆっくりと椅子から立ち上がった。

 

「……お前さんたちがそこまで言うなら、おれが今すぐフクロウを送ってやろう。ちゃんとダンブルドア先生に知らせる」

 

そして、一拍置いてから――その声は、まるで子どもをなだめるように、優しくて、重たかった。

 

「だから、お前さんたちは、おとなしく寮に戻って休むんだぞ。……いいな?」

 

***

 

ハグリッドの小屋を出ると、夕方の風が丘の上を静かになでていった。空はゆっくりと茜に染まり、湖の水面にも淡い光が揺れている。

四人は坂道をゆっくりと歩いていた。それぞれの胸の内に、まだ言葉にならない不安と疑念がくすぶっていた。

 

「……で、どうする?」

 

ロンがぽつりと口を開く。

 

「ハグリッドがフクロウ送るって言ってたけどさ……本当にそれで間に合うのかな?」

 

その問いに、ハーマイオニーも声を落として応える。

 

「でも、私たちだけで動くのはさすがに……危なすぎるわ」

 

ネビルはうつむいたまま、小さくつぶやいた。

 

「……何も起きなければいいけど」

 

三人の言葉はどれも正しかった。けれど――

 

「……おとなしくするしかないよ」

 

ハリーの声は静かだった。どこか諦めを含んだようで、淡々としていた。だが、その瞳だけは違っていた。

(――誰かが行かなきゃならないなら、僕が行くしかない)

心のどこかで、ひとつの結論にたどり着きかけていた。けれどそれを言葉にはせず、ただ前を見て歩いた。それが「誰か」の目に触れているとも知らずに――。

少し離れた塔の影。そこに、ひとり立ち尽くしていたのはマルフォイだった。夕日を背に、風に髪をなびかせながら、黙って丘を見下ろしていた。

何も言わず、何もせず。ただ、じっとハリーたちの背中を見つめていた。その表情は、夕暮れの陰に溶けてはっきりとは見えなかったが――確かに、何かを感じているように見えた。

 

***

 

その夜――ホグワーツは、深い静寂に包まれていた。廊下には灯りひとつなく、足音すらはばかられるような、しんとした暗闇が広がっている。

ハリーはベッドの下から透明マントを取り出し、そっと身にまとった。握った杖に、自然と力がこもる。

(誰にも気づかれずに――あそこまで行く)

クィレルの教室で聞いた“声”。そして、ダンブルドアの不在。すべてが“今夜”を指していた。だから、動くしかなかった。

寮の扉に手をかけ開きかけた、そのとき――

 

「やっぱり、行くつもりだったんだな」

 

背後から声がした。驚いて振り返ると、そこにはロン、ハーマイオニー、ネビルの三人が、しっかりとローブを着込んで立っていた。ハリーは思わず言葉を失う。

 

「……どうして……?」

「バレバレだったよ。顔に“一人で行きます”って書いてあったもん」

 

ロンがニヤリと笑った。

 

「こんなときに一人で行こうとするなんて、水くさいわよ」

 

ハーマイオニーも、腕を組んだまま目を細める。

 

「……でも、危険だよ」

 

ハリーが小さく言った。

 

「これは、本当に命に関わることかもしれない。何があるか、わからないんだ。だから――」

「知ってる」

 

ロンが遮った。

 

「だから一緒に行くんだよ。誰かがやらなきゃいけないなら、ハリーひとりに押しつけるわけにはいかない」

「僕、怖いけど……でも、ハリーが一人で行く方がもっと怖いから」

 

ネビルの声はかすかに震えていたが、その目はしっかりとハリーを見つめていた。

 

「それに私たち、ずっと一緒にやってきたじゃない?」

 

ハーマイオニーの声は優しくて、強かった。

 

「最後だけ置いていかれるなんて――そんなの、耐えられない」

 

ハリーは、何も言えなかった。胸の奥が熱くなって、喉の奥がきゅっと詰まった。どうにかして、声を絞り出す。

 

「……ありがとう」

 

それだけが、精一杯だった。そして四人はそろって、ホグワーツの夜の中へと歩き出した。それぞれが違う勇気を胸に抱きながら、同じ未来へと進むために。たとえ怖くても、たとえ無謀でも――踏み出す一歩が“勇気”なら。彼らは、まぎれもなくグリフィンドールの生徒だった。

 

寮の扉をそっと開け、四人がこっそりと外へ出る。廊下には誰の気配もなく、ただ夜の空気だけがひんやりと流れていた。

だが――曲がり角の先に、人影があった。ハリーが思わず立ち止まる。手が無意識に杖に触れそうになる。だが、ランタンの灯りがその顔を照らしたとき、ハリーは息をのんだ。マルフォイだった。

 

「……やめとけよ」

 

静かに、だが鋭く切り込むような声だった。その声音に、皮肉も見下しもない。ただ、感情が抑え込まれていた。

 

「この前のこと……禁じられた森で起きたあれ、ユニコーンの血が吸われてた――あれが関係してるんじゃないかって、なんとなくわかる」

 

四人は無言のまま立ち止まり、マルフォイを見つめる。彼は肩をすくめながらも、視線はそらさなかった。

 

「詳しくは知らないけどさ。お前ら、なんか危険なことしようとしてるんだろ?」

 

その目は真剣だった。軽口を叩くような雰囲気は一切ない。ただ――止めたかったのだ。心配と、苛立ちと、そして“止められないとわかっていても言わずにはいられない”気持ちが滲んでいた。

 

「そんなのは先生に任せろよ。僕たちは生徒だろ。もし本当にまずいことになったら……後悔しても遅いんだぞ」

 

一瞬の沈黙。四人は立ち止まり、そしてハリーが静かに口を開いた。

 

「……心配してくれて、ありがとう。でも、行くよ。ごめん」

 

マルフォイの目が、わずかに揺れた。だが、何も言わなかった。四人は再び歩き出す。マントを翻し、闇の奥へと消えていく。

マルフォイは、その背中をただ見送っていた。何かを言いかけて、伸ばしかけた手が――宙で止まる。

 

「……!」

 

“僕はスリザリンだ。あいつらとは寮が違う。そもそも、友達じゃない”

“僕は純血だ。あいつらの中にはマグル生まれだっている”

“僕はマルフォイ家の人間だ。無謀な真似はしない。それが父上の教えだ”

そんな言い訳が、頭の中で次々に浮かんでは消えた。自分を納得させるための言葉。臆病を誤魔化す理屈。

だが――

(……それでも……)

(僕は……!)

拳を握る。歯を食いしばる。

(僕は……行けない……)

足が動かない。声も出ない。目の前の四人にむけて、一歩を踏み出す勇気が――どうしても出なかった。

四人の背中が、やがて暗闇に溶けて見えなくなる。その場に立ち尽くしたまま、マルフォイはただ、夜の空気の中に取り残されていた。

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