ハリー・ポッターと友情、努力、勝利の本   作:じゃあな・アズナブル

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第十六話 最終決戦(前)

黒い炎をくぐり抜けた瞬間、ひやりとした空気が肌を刺した。ハリーとネビルは、静まり返った石の部屋に足を踏み入れる。そこは冷たく、ただならぬ緊張が漂っていた。広間の奥にひときわ目を引くものがあった。

――鏡。

それは背丈よりも大きな、装飾の施された鏡だった。見覚えのある鏡に、ハリーの胸がわずかに騒ぐ。

(……みぞの鏡……!)

以前、心の奥底を映し出されたあの鏡が、ここにある。

そして、その鏡の前には――ターバンを巻いたクィレルが、静かに立っていた。

 

「……クィレル……!」

 

ネビルが小さく息を呑み、震えるような声を漏らす。

 

「本当に……クィレルだった。スネイプじゃなかった……!」

 

クィレルはゆっくりとこちらへ振り返った。その表情は穏やかで、声も柔らかい。だがその瞳には、ぞっとするほど冷たい狂気が宿っていた。

 

「そう……スネイプ。セブルスは“いかにも怪しい”からな」

 

軽く笑いながら、クィレルは続けた。

 

「私があいつのそばにいるだけで、疑いは自然と奴に向かう。実に便利だったよ」

 

その口調には、まるで誇らしげな皮肉が込められていた。ネビルが一歩、ハリーの隣に進み出る。緊張に震えながら、それでも目を逸らさずに問いかけた。

 

「で、でも……クィディッチの試合の時……スネイプが、ハリーの箒に呪いをかけてるのを、ハーマイオニーが見たって……! あれは……!」

 

クィレルはふっと口角を上げた。あくまで穏やかにつげる。

 

「……あれは“呪い”ではない。あれは――反対呪文だ」

「反対……?」

 

ネビルが言葉を繰り返すと、クィレルはうなずいた。

 

「そうだ。私が――君の友達、ハリー・ポッターを殺そうとした時、セブルスはそれを止めようとしていた。だから彼は、ずっと呪文を唱えていたんだ。私の呪いを打ち消すためにね」

 

ハリーは息を飲んだ。

(……スネイプが……僕を……守ってた?)

言葉にできなかった。だが、ネビルがぽつりと呟く。

 

「……そんな……!」

 

クィレルは楽しげに首を傾げ、声を低める。

 

「信じがたいか?」

 

そして――笑った。

 

「守っていた存在にすら、犯人だと思われる。いやはや、哀れなやつだよ……セブルスは」

 

その言葉に込められた愉悦と皮肉は、まるで深い穴の底から響いてくるようだった。

 

「でも……! スネイプは明らかに、ハリーのこと嫌ってたよ!」

 

ネビルの声には、戸惑いが感じられた。あの態度、あの目つき――疑うなという方が無理だったのだ。

クィレルは、その言葉にくすりと笑った。ターバンの下の顔をわずかに傾ける。

 

「確かに。だが、あいつが本当に憎んでいたのは――ポッター、お前ではない。お前の父親さ」

「……父さん……?」

 

ハリーが小さく呟く。

 

「そう。セブルス・スネイプとお前の父は、ホグワーツで同じ時を過ごした。“犬猿の仲”というやつだ。あいつは、お前の父ジェームズ・ポッターを心底嫌っていた」

 

クィレルの目が細まり、楽しげな光を宿す。まるで、知識をひけらかす教師のような調子だった。

 

「だが、何もその息子を殺そうとは思わないだろう?……いくら嫌っていたとしてもね」

 

口元が歪む。全てを知っている者だけが持つ、いやらしい余裕の笑みだった。

ハリーは何も言えなかった。あの厳しさ、冷たい視線の裏に、そんな意図があったなんて……。クィレルは一度、息を吐くと背を向ける。そして、ゆっくりと、みぞの鏡の前へと歩を進めていった。

 

「……さて」

 

背中越しに、クィレルが静かに呟いた。その声には、不気味なほどの落ち着きがあった。

 

「お前たちと話しているのも楽しいが――ダンブルドアがいないうちに、この鏡の謎を解かねばならない」

 

振り返ることなく、彼は淡々とそう告げると、軽く右手を振った。

 

「……少し大人しくしていろ」

 

その言葉に対して、ハリーもネビルも動かなかった。ただ構えたまま、じっと相手の動きを見つめ続ける。クィレルは鏡の前に立ち、まるで魅入られるように、その中を覗き込んだ。

 

「……見える。“石”が見える……」

 

その声は、夢を見ているかのように淡く、だが確かに熱を帯びていた。

 

「私はそれを手にして、ご主人様に差し出している……」

 

クィレルの目が細まり、口元にかすかな笑みが浮かぶ。その顔は、恍惚と困惑の間を彷徨うような奇妙なものだった。

 

「なのに……いったい石はどこだ? ……鏡の中に見えるのに、この手には何もない……!」

 

低く、焦燥を押し殺すような声。手のひらを何度も確かめるように見つめながら、クィレルの眉間に深い皺が刻まれていく。

 

「どういう仕掛けだ……?」

 

呟きは徐々に荒くなり、指先がかすかに震えているのが見えた。確実に冷静さが崩れはじめている。鏡の前で焦りを滲ませるクィレルの耳に、低く、絞り出すような声が響いた。

 

「……その子を使え……ポッターだ」

 

その瞬間、クィレルの肩がわずかに揺れる。

 

「……わかりました、ご主人様」

 

振り返ったクィレルが、ゆっくりとハリーの方へ歩み寄ってくる。

 

「ポッター。少し――手伝ってくれるか?」

 

その口調は穏やかだが、言葉の奥には明らかな“意図”が滲んでいた。

 

「お前にだけ、見えるものがあるかもしれない」

 

ハリーはわずかに一歩身を引いた。だが目は逸らさなかった。クィレルの奥にある何か――その得体の知れない“何か”を直視するように、まっすぐに。そして、静かに、だがはっきりと口を開いた。

 

「お断りだ」

 

その瞬間、クィレルの表情から、笑みがすっと消えた。

 

「……残念だ」

 

言葉と同時に、クィレルの杖が鋭く振り上がる。

 

「エクスペリ――!」

 

しかし――

ハリーの身体が、雷光のように横へ跳ねた。閃光が彼のいた場所を掠め、背後に炸裂する。その破片が白く跳ねた時には、すでにハリーは地を蹴っていた。

一気に間合いを詰め、拳がクィレルの脇腹に深くめり込む。

 

「ぐっ……!」

 

クィレルの顔が苦悶に歪んだ瞬間、次の動きがもう始まっていた。足払い――そして、崩れた体勢に肘を叩き込む。ハリーの動きに、迷いはなかった。

部屋の端で様子を見ていたネビルが、息を呑んだまま、ぽつりとつぶやいた。

 

「……ハリー……強い……」

 

だが――その時だった。

 

「……何をやっている」

 

重く、冷たい、底知れぬ声が部屋全体に満ちた。クィレルの動きが、ぴたりと止まる。まるで操り人形の糸が急に引かれたかのように、背筋が不自然にまっすぐに伸びた。

そして――

 

バサッ。

 

頭を覆っていたターバンが、音を立てて崩れ落ちる。その下に現れたものは――“顔”だった。クィレルの後頭部に、ありえないはずの顔が刻まれていた。

肌は青白く、禿げた頭皮に直接浮かぶように、目と口があった。目は血のように赤く、鼻はなく、口がゆっくりと動いていた。

 

「……ハリー・ポッター」

 

その声は、クィレルの口から発せられたものではなかった。音ではなく――空気に染み込むように、頭の中に直接流れ込んでくる。

 

「この有様を見ろ……」

 

ヴォルデモート。“名前を言ってはいけないあの人”と呼ばれた魔法界最大の闇の魔法使いが、クィレルの後頭部からこちらを見ていた。その声には、怒りと……わずかな自嘲が混ざっていた。

 

「誰かの体を借りて、ようやく形になる……。俺様は今、生きているとも呼べぬ存在だ」

「ユニコーンの血を飲まねば、この姿にすら、なれなかったのだ……」

 

ハリーは喉の奥に重たいものを感じながら、拳を握り直した。

 

「……そうか」

 

ハリーは静かに、だがはっきりと口を開いた。

 

「ずっと……わからなかったんだ」

「禁じられた森で会った“あれ”……あの気配は、確かにクィレルのものだった。寒気がして、嫌な感覚がした。でも……」

 

脳裏に、あの夜の光景がよみがえる。銀の毛並みを血で染めたユニコーンの死体。血をすすっていた黒い影。あのときの、不気味な沈黙と――ぞっとするような気配。

 

「最初に会った時――漏れ鍋でクィレルに会った時から、何か引っかかってた。握手を拒まれた時……妙に、嫌な感じがした」

 

言葉を吐きながら、ハリーは自分の中で点と点がつながっていくのを感じていた。

 

「でも、あのときはまだ、意味がわからなかった。血を吸うなんて、クィレルだったらおかしい」

「……血を必要としていたのは、クィレルじゃなくてお前だ。ヴォルデモート」

「お前は――クィレルの体に、取り憑いていたんだな」

 

返したのは、後ろの“顔”だった。

 

「……その通りだ、ハリー・ポッター」

 

その声は低く、冷たく――けれど、どこかに興味の色を含んでいた。

 

「やはり、“生き残った子”には……凡百とは違うものがあるらしい」

 

赤い瞳がじっと、ハリーの瞳を見据える。その視線は、獲物を見極める蛇のようで、同時に品定めのようにも感じられた。

 

「惜しいな」

 

その一言に、言葉以上の重みがあった。

 

「その力……その洞察……お前がもし、俺様の側に立つなら。どれほどの価値があるか……わかっているのか?」

 

背後でネビルが、小さく息を呑む音が聞こえた。けれどヴォルデモートは構わず、ゆっくりと言葉を続けた。

 

「ポッター。お前は――力を求めているのだろう?」

 

その声は甘い毒のようだった。囁きかけるように、心の奥をなぞるように。

 

「知っているぞ誰よりも強くなりたいと、願っているのだろう?」

 

ハリーの心が、微かにざわめいた。だが、それを顔に出すことはなかった。

 

「ならば……俺様に仕えよ」

 

その言葉には、確かな誘惑があった。現実離れした悪夢のようで、妙に現実的な“救い”にも聞こえた。

 

「すべてを教えてやる。この世界の理、魔法の極致……そして、恐れられる者だけが手にする“真の力”を――」

 

一瞬、空気が深く沈んだ。そして、ヴォルデモートの口調がわずかに変わる。まるで古い友に語るように、静かで、落ち着いた声。

 

「……おかしいとは思わなかいか?」

「魔法使いが、なぜ――“力なきマグル”に隠れて生きねばならぬのか。己の力を、誇ることもできず。その存在を、ひた隠しにしながら……」

 

赤い目が、じりじりとハリーににじり寄るように、ゆっくりとこちらを見つめてくる。視線の圧だけで、体の芯が冷たくなるような錯覚を覚えた。

 

「理由はただ一つ――今の魔法界は、穢れた血に汚されている」

 

その言葉を聞いた瞬間、ハリーのすぐそばでネビルが小さく息を呑むのがわかった。肩がかすかに震えている。

 

「“マグル生まれ”どもが、魔法界に入り込んできたからだ。血の誇りも、歴史の重みも知らぬ連中が――まるで当然のように杖を振るう」

「そんな腐った世界に、“真の魔法使い”の居場所などない」

 

声が、次第に熱を帯びていく。だがその熱は激情ではなく、冷徹な確信の火――燃やし尽くすことを前提とした炎だった。

 

「だからこそ、俺様はそれを正す。“純血の支配”を取り戻す。魔法の力を持つ者が、持たぬ者の上に立つ。それが、この世界のあるべき姿だ」

 

言葉は整っていた。理屈も、論調も、恐ろしく冷静だった。

そして――その口から、明確な“命令”が放たれた。

 

「だから、ハリー・ポッター」

 

赤い瞳がまっすぐにハリーを射抜く。

 

「お前は……俺様の手下になれ」

 

その言葉は、冷たく、重く、そして――確信に満ちていた。

 

「お前には力がある。魔法に選ばれた才能がある。特別な運命を持つ者だ」

「それを――無駄にするな」

 

語りかける声は、まるで手を差し伸べるように柔らかい。だがその奥にあるのは、支配の欲と、絶対の意志だとハリーは感じた。

 

「俺様と共に来い。力ある者の側に立ち、世界を変えろ」

 

ヴォルデモートの顔に、うっすらと笑みが浮かぶ。

 

「もう一度言おう……ポッター。愚かな者たちに縛られ、滅びるか。それとも、俺様のもとで――“真の強さ”を手にするか」

 

その言葉は、低く、まるで運命を告げる鐘の音のように、静かに部屋に響いた。ネビルが、震える足で一歩前に出た。

 

「……ハリーは……お前の手下になんかならない……!」

 

声はかすれていたが、その中には確かな意志があった。ヴォルデモートの赤い瞳が、ゆっくりとネビルに向けられる。

 

「……ロングボトムか」

 

その名を口にした瞬間――ほんのわずか、ヴォルデモートの目が細まり、表情に変化が現れた。

 

「貴様も、可能性のひとつだったな……」

 

赤い目が、どこか愉悦に染まる。

 

「ポッターと揃ってここに現れるとはな。ならば貴様も、俺様に仕えよ。ロングボトム――」

 

だがその言葉を、ハリーが遮った。彼は一歩前に出て、真っ直ぐにヴォルデモートの赤い目を見返した。そして、静かに、だが揺るぎない声で言い放つ。

 

「僕も、ネビルも――お前になんてつかない」

 

一拍置いてから、皮肉を込めて付け加える。

 

「というか……自分のその姿、見たことある? 誰がそんなヤツについていくんだよ」

 

クィレルの後頭部から覗く顔。ユニコーンの血で命をつなぐだけの、寄生された亡霊のような存在。

 

「お前は“強さ”を語るけど――自分の足で立ってもいない」

 

ヴォルデモートの表情が、わずかに歪んだ。ハリーは続ける。その言葉には、怒りと信念と、確信が込められていた。

 

「それに、マグルは“劣った存在”なんかじゃない」

「僕はマグルの世界で育った。確かにひどい人もいたけど、それでも――」

「マグルは“素晴らしいもの”をたくさん生み出してる。優しさも、夢も……漫画だってそうだ」

 

言いながら、ハリーの中で、少年時代の記憶がよぎる。誰にも理解されなかった日々、そして――漫画の中に見つけた“強さ”と“希望”。

 

「お前はそれを知らないから、そんなこと言えるんだ」

 

拳を握る。体中に、確かな力が満ちていくのを感じていた。その言葉を聞いた瞬間――ヴォルデモートの顔が、ぎり、と歪んだ。

 

「……そうか。ならば、お前も――お前の両親と同じだ」

 

その声は、怒りに満ちていた。冷たく、鋭く、そしてどこか哀れみを含んでいた。ハリーの目が、ぴくりと動く。

 

「お前の母親は、命乞いをして死んだぞ。“子供だけは”と、震えながら――な」

「父親も同じだ。“勇敢”気取りで俺様に立ち向かい――一瞬で、殺された」

 

かちり、と奥歯が鳴る。胸の奥が、怒りで軋んだ。

 

「愚か者は、いつの時代も同じ道を選ぶ――そして、滅びる」

「お前も同じだ、ハリー・ポッター。今ここで、死ぬ」

 

ヴォルデモートは静かに嗤った。静寂が、戦いの始まりを告げていた。




ヴォルデモート、喋りすぎ注意。
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