ハリー・ポッターと友情、努力、勝利の本 作:じゃあな・アズナブル
戦いの夜が明けた翌朝、ネビルも無事に目を覚まし四人は顔をそろえた。そのまま四人は連れ立ってハグリッドの小屋を訪れていた。扉が開いた瞬間、分厚い腕がぐいと四人を抱き寄せる。
「すまんかった……! 全部、おれが……おれが馬鹿だったせいだ……!」
そのままハグリッドはがくりと膝をつき、ぽろぽろと涙をこぼした。何もかもを悔やんでいるのが、言葉よりも、震える背中に滲んでいた。
ハリーたちは一瞬、驚いて動けなかったが――やがて、穏やかな笑みを浮かべた。
「いいんだよ、ハグリッド。みんな、無事だったし――」
「……ヴォルデモートも、倒せたしね」
「それで……」
ハーマイオニーが慎重に言葉を選びながら、静かに続ける。
「私たちも、最後の試練の前に二人と別れたから、その後どうなったのか分からないの。だから……聞かせて」
ロンも神妙な面持ちでうなずいた。
「ハリーたちは、“最後の部屋”で何があったんだ? ……クィレルがいたんだろ?」
ハリーは、すぐには答えなかった。どこから話せばいいのか。どう言えば、伝わるのか。思い出すたび、胸の奥がざわめく。その沈黙を、ネビルの声がそっと埋めた。
「最後の部屋に着いたら、クィレルがいたんだ」
ネビルの声は震えてはいなかった。けれど、あのときの空気をなぞるように、言葉をひとつずつ慎重に紡いでいた。
「クィレルは石を探してて、鏡を調べても見つからなくて……そうしたら、声が聞こえてきたんだ――」
そこでネビルは口をつぐんだ。代わりに、ハリーが続ける。
「……ヴォルデモートがいた。クィレルの後頭部に、顔があったんだ。目が赤くて……ひどく、冷たい声だった」
ロンが息を呑んだ。ハーマイオニーは、無言で口元に手を当てた。そして――ハグリッドの顔が、みるみるうちに青ざめていく。
「……やっぱり例のあの人が、生きとったのか」
「生きてるっていうより……ギリギリ存在してるって感じかな。ダンブルドア先生が言ってたんだけど、今のヴォルデモートは“生きている”とも“死んでいる”とも言えない状態なんだって。だからクィレルに寄生して、石の力で完全に復活しようとしてたんだ」
「……ってことは、クィレルが“犯人”だったってことよね……?」
ハーマイオニーが慎重に言葉を選びながら尋ねる。目は真剣だった。疑いではない。ただ、真実を確かめたかった。
「やっぱり、スネイプ先生は……関係なかったの?」
「ああ。逆だった。スネイプは、僕を――守ろうとしてたんだよ」
「……は?」
ロンが眉を跳ね上げ、信じられないものを見るような目でハリーを見た。
「嘘だろ!? スネイプが、ハリーを? あのスネイプが!? 信じられないって!」
その反応は想定内だった。ハリーは軽く肩をすくめる。
「信じられないはわかる。でも、事実だよ。あの試合のとき、僕の箒が暴れたでしょ? あれを止めようと呪文をかけてたのが、スネイプだったんだ。クィレルの呪いを、打ち消してたんだよ」
ロンの口がぱくぱくと動く。言葉が出ない。信じたくない。だけど、否定できない――そんな顔だった。ハグリッドが重々しくうなずいた。
「だから言ったろ……スネイプ先生はな、ああ見えてダンブルドア先生に信頼されとるやつなんだ。お前の親父さんとは昔いろいろあったらしいが、それでも……ダンブルドアには忠誠を誓っとる。そういう男だ」
ハリーは思う。スネイプがどんな感情で自分を守っていたのかは、正直わからない。義務だったのかもしれないし、過去へのけじめかもしれない。それでも――守ろうとしてくれていた。それだけは、たしかなことだった。
ハーマイオニーが、まだ半信半疑といった表情で首を傾げた。
「でも……ヴォルデモート相手に、よく二人とも無事だったわね」
「正直、危なかったよ」
ハリーはそう言って、少し息を吐いた。
「ヴォルデモートは、ネビルを狙って……服従の呪文をかけたんだ。僕が動いたら、ネビルがどうなるかわからないって――脅された」
その言葉に、ハグリッドの目が見開かれる。
「……なに!? 服従の呪文って、それは……“許されざる呪文”だぞ!?」
「うん、それ。僕……杖を捨てろって言われて、何もできなかった」
少し間を置いてから、ハリーはネビルの方へ視線を向ける。
「でも――ネビルは……呪文を打ち破ったんだ。あの呪文にかけられたのに、動いて……僕を、守ってくれた」
言いながら、自分でも信じられないような気持ちがこみ上げてくる。あの光景は、忘れられない――そのくらい強烈だった。ネビルは、視線を少しだけ落とし、ぽつりと口を開いた。
「……僕、ハーマイオニーに『ハリーをお願い』って言われたのに、ずっと足を引っ張ってばかりで……何にも役に立てなくて……でも、あの時だけは……なんとかしなきゃって、必死だったんだ」
声は小さかったが、弱さはなかった。その言葉は、まっすぐ胸に届いてきた。ハーマイオニーは、ゆっくりとうなずいた。
「ありがとう、ネビル」
それだけ。けれどその声には、飾り気のない、まっすぐな気持ちが込められていた。ロンも、笑いながら言葉を添えた。
「ほんと、すごいよ。ネビル」
ネビルは小さく笑った。でも、その目元だけが、少し赤くなっていた。そして、少しの沈黙のあと――ふっと顔を伏せる。
「……あのね、僕……話したいことがあるんだ」
ぽつりと落ちたその声に、誰も口を挟まなかった。空気が静かに、ぴたりと張りつめる。ネビルは、膝の上で指をぎゅっと組みしめたまま、ゆっくりと言葉を紡いでいった。
「僕の両親……昔は、闇祓いだったんだって」
ハリーたちは、ただ黙って耳を傾けていた。
「でも……ヴォルデモートの手下に襲われて。ひどい呪文をかけられて……今でも、ずっと……」
ネビルの声が震えた。喉の奥に何かがつかえたようで、言葉が、途中で途切れる。
「ずっと、精神を病んだままなんだ。僕のことも……もう、自分の子供だってわからない。会いに行っても……僕の名前も、呼んでくれないんだ」
その目に、涙がにじんでいた。
「……だから、僕は……絶対に負けたくなかったんだ。あいつにだけは。……絶対、負けたくなかった」
絞り出すように吐き出されたその声には、重みがあった。
「……こんな話、人にするの……はじめてだよ」
顔を上げたネビルの目は、涙で潤んでいた。けれどその瞳は、どこかまっすぐだった。
そのとき――
ぐすっ……と、鼻をすする音が聞こえた。肩を大きく震わせながら、ハグリッドが泣いていた。
「ネビル……お前さん……!」
ついに、声を上げて泣き出した。まるで堤防が決壊したように、豪快で、それでいて優しい涙だった。
「お前さんの両親は、立派な魔法使いだった……!おれは知っとる。誰よりも勇敢で、誰よりも仲間思いで……今のお前さんの言葉を聞いたら、きっと誇りに思うはずだ!」
ネビルは、涙をこぼしながらも、必死に笑おうとしていた。
うまく笑えてはいなかったけれど――その顔には、確かに、ほんの少しだけ誇らしさが浮かんでいた。
隣に座るハーマイオニーは、口元に手を当てたまま、ぽろりと涙をこぼしていた。
「……ネビル。あなた、本当に……すごいわ」
その声は震えていたが、まっすぐだった。ハリーとロンは、何も言わなかった。ただ、そっとネビルの両肩に、それぞれ手を置いた。言葉では言い表せない思いが――その手のひらから、静かに伝わっていく。
「……ありがとう、みんな」
ネビルは、小さくそう呟いた。その声には、もう迷いも、怯えもなかった。ネビルは、涙を拭う間もなく、急に声の調子を上げた。
「で、結局、動けるようになったハリーが――クィレルを倒しちゃったんだ! すごかったよ、太陽みたいな光でバーンって! クィレルも、もうボコボコにされちゃって――!」
興奮のあまり、身振り手振りで再現しようとするネビルに、ハリーがくすっと笑いながら口を挟んだ。
「……でも、結局ヴォルデモートは、どこかに逃げていったよ。姿は霧みたいになって……ダンブルドア先生が言ってた。“あいつは今も、次に憑りつく相手を探している”ってさ」
一瞬だけ、部屋に重たい沈黙が落ちる。けれどハリーは、視線を逸らさなかった。真っすぐ前を見据えたまま、はっきりと言った。
「だから、僕はもっと強くなるよ。――次こそ、完全にあいつを倒せるくらいに」
その真っ直ぐすぎる言葉に、ロンとハーマイオニーは思わず顔を見合わせた。そして、ふっと苦笑を漏らす。
「……これ以上、強くなる気なのかよ」
ロンは半ば呆れたように笑い、肩をすくめた。
「ほんと、ハリーらしいわ」
ハーマイオニーも、あきれ半分、微笑ましさ半分といった顔でつぶやく。だが、ネビルだけは笑わなかった。真剣な表情で、そっと口を開いた。
「……僕も、強くなりたい」
少し迷いながら、それでも真っ直ぐに言葉をつなぐ。
「ハリー、もしよかったら……僕も一緒に修行してもいい?」
ハリーが驚いたようにネビルを見ると、彼ははにかんだように笑っていた。けれど、その瞳にははっきりとした意志が宿っていた。
「もちろん。一緒にやろう」
ハリーがそう返すと、ネビルは目を輝かせてうなずいた。だが、そのやりとりを見ていたハグリッドは、顔をくしゃくしゃにして頭を抱える。
「……頼むから、もうそんな危険なことはせんでくれ。お前さんたちはまだ一年生なんじゃぞ……心臓がもたん……!」
ぼやきながらも、その声にはどこか安堵と誇らしさが混じっていた。彼の大きな手は、四人それぞれの肩に、ぽんぽんと温かく触れた。
そして、小屋の中には――また穏やかな笑い声が戻っていた。
***
大広間は、赤と金――グリフィンドールの色に輝いていた。天井には無数のキャンドルが揺れ、魔法で映し出された夜空には、星々が静かにまたたいている。
学年度の終わりを祝うパーティーはすでに始まっていたが、会場全体がどこか落ち着かない空気に包まれていた。
ハリーは、ロン、ハーマイオニー、ネビルと並んで、グリフィンドールの長テーブルに座っていた。
スリザリンの席では、マルフォイが不満げに腕を組んでいる。目の前のローストビーフには見向きもせず、仏頂面のまま、何度もグリフィンドールのテーブルを盗み見ていた。
だが――その視線がハリーに届くたびに、ほんのわずかに、目をそらす。壇上に立つダンブルドアが両手を広げ、ゆっくりと口を開いた。
「さて――また一年が経った!」
その穏やかな口調に、大広間のざわめきがぴたりと止まる。
「皆がごちそうに飛びつく前に、少しだけ、この老いぼれの話を聞いてくれんかの」
笑いがちらほらと漏れる。だがその中で、ダンブルドアの表情がふっと引き締まった。
「最後に――まだ発表できておらん、“駆け込みの点数”が発生しての。これは、どうしても伝えねばならんと思ってな」
会場がざわついた。言葉にならない期待と緊張が、子どもたちの間にさっと広がっていく。
「まずは、ロン・ウィーズリー。――最高のチェスゲームを見せてくれたことに、五十点!」
「やったぞ、ロン!」
グリフィンドール席が歓声に包まれる。ロンは満面の笑みでガッツポーズを取った。周囲の生徒たちも、次々に彼の背中を叩く。
「次に、ハーマイオニー・グレンジャー」
名を呼ばれた瞬間、ハーマイオニーの肩がぴくりと震えた。
「冷静な判断力――そして、その答えを導き出した頭脳に、五十点!」
またも大きな拍手が沸き起こる。ハーマイオニーは少し頬を赤らめながら、照れくさそうに俯いた。
「そして、ネビル・ロングボトム」
場の空気が、わずかに変わる。ネビルが、はっとしたように顔を上げた。
「恐怖に打ち勝ち、闇の魔法を退けた、その精神力に――五十点!」
今度は、ひときわ大きな拍手が巻き起こる。ロンもハーマイオニーも、隣にいるネビルの背中を何度も力強く叩いた。ネビルは真っ赤になりながらも、小さく、けれど確かに笑っていた。
ダンブルドアはゆっくりと視線を巡らせ、再び大広間を見渡す。そして、その目が――静かに、まっすぐに、ハリーへと向けられた。
「そして――ハリー・ポッター」
名を呼ばれた瞬間、全身にわずかな緊張が走った。ハリーはまっすぐ壇上を見つめる。
「並外れた勇気。そして、それを支えた恐るべき研鑽。それらを十二分に生かし――またしても、偉業を成し遂げた。その力と心に……五十点を授けよう!」
大歓声が、グリフィンドール席から一斉に沸き起こる。ロンが勢いよくハリーの背を叩き、ハーマイオニーは満面の笑顔でうなずいた。ネビルは感極まったように、何度も、何度もうなずいていた。
そして――
「最後に……ドラコ・マルフォイ」
スリザリン席の空気が、ぴしりと凍りついた。名を呼ばれた本人が、ぽかんと目を見開く。
「己の誇りと葛藤の末――それでも他者のために動いた、その決断に。……十点を授けよう」
ざわめきが広がる。スリザリンの長テーブルのあちこちから、「え?」「なに?」という声が漏れた。
だが、ドラコは――ゆっくりと顔を上げ、壇上のダンブルドアをまっすぐに見つめていた。
そのときだった。彼の耳にだけ、柔らかな声が、そっと届いた。
『……君がもし、もう一歩を踏み出せたなら――次は、共に歩ける日が来るじゃろう。わしは、それを信じておるよ』
魔法によって直接語りかけられる、ダンブルドアの優しい声音。誰にも聞こえないその言葉が、静かに、確かに――ドラコに届いた。
ドラコは、ゆっくりと視線を落とした。うつむいたその横顔からは、何を思っているのか――誰にも読み取ることはできなかった。
ハリーは、その様子を横目に見ながら、何も言わなかった。ただ、どこか遠くを見つめるようなまなざしで、静かに微笑む。ダンブルドアは壇上をゆっくりと見渡し、にやりと、おちゃめに笑った。
「さて――では、飾りつけを変える必要はないようじゃのう。優勝は……グリフィンドール!!」
大広間が、爆発したように湧き上がる。空中を走る赤と金の帯が天井いっぱいに広がり、グリフィンドールの紋章が大広間を埋め尽くす。机には次々とごちそうが現れ、子どもたちの歓声が渦を巻いた。
フレッドとジョージは肩を組んで踊り出し、ネビルは戸惑いながらも笑っていた。ハーマイオニーは目を潤ませながら拍手を送り、ロンは口いっぱいにパイを頬張っていた。
グリフィンドール席の端では、マクゴナガル先生がほんのわずかに両拳を握り、喜びを隠しきれずにいた。普段は厳格な彼女が見せたその珍しい笑みに、生徒たちはさらに盛り上がる。
一方、スリザリン席では――スネイプが口をへの字に曲げ、腕を組んだまま天井を見上げていた。
顔色はさらに悪く、不機嫌を隠そうともしない。その様子を見ながら、ダンブルドアは満足そうに目を細めていた。
――そして、ホグワーツでの一年目が、静かに幕を閉じていく。だが、少年たちの戦いは――まだ、始まったばかりだった。
***
その夜、グリフィンドールの談話室では、遅くまで祝宴の余韻が続いていた。けれど、ハリーの姿はそこにはなかった。
彼はひとり、中庭に立っていた。月明かりが静かにハリーを照らし、吐く息が白く浮かぶ。
いつものように、体の軸を整え、深く呼吸する。肉体と魔力、精神と集中力――鍛えてきたすべてを、静かに確認するように。
(……この一年、強くなれたか?)
体を動かしながら、自分に問いかける。ホグワーツに来たばかりの頃を思えば、あの頃の自分はもう、別人だ。
でも――
まだ遠い。魔法は未熟で、戦い方も荒削り。目指す先には、届いていない。
「よし……アレを試してみるか」
ハリーは、腕をすっと構える。両手を胸の前で重ね、ゆっくりと気を練る。イメージするのは、あの日、鏡の中で見た――未来の自分。
(気を練って、集めて、解き放つ。かめはめ波……っぽい何か、でいい)
「はあああああっ……!」
掌に魔力が集まり、小さな光球が膨らんでいく。けれど、まだ不安定で――すぐに、ぷつんと消えてしまった。
「……くそ、だめか。でも……」
手のひらに残る、じんわりとした余熱。それでも、確かに手応えはあった。もう、夢ではない。
ハリーは夜空を見上げる。星々が、静かに――まるで応えるように、またたいていた。
あと一話で賢者の石編は完結の予定です。
……いろんな人が言ってると思うけど、飾りつけは最初から変えておいてー