ハリー・ポッターと友情、努力、勝利の本   作:じゃあな・アズナブル

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第三話 ホグワーツへ

いよいよ、出発の日がやってきた。ハリー・ポッターは、キングズ・クロス駅に立っていた。

手には、ホグワーツから届いた手紙。その中にあった「9と3/4番線へ」という指示を、何度も読み返しては眉をひそめる。

(……9と3/4番線って書いてあるけど、どこだよ)

目の前には、9番線と10番線。そのあいだに、それらしきホームはどこにも見当たらない。

駅を行き交う人々は、もちろん魔法界のことなど知らない様子で、忙しそうに足早に通り過ぎていく。柱の前で立ち尽くしていると、ふと、赤毛の家族が近づいてきた。

母親らしき女性が子どもたちを引き連れて、きびきびと歩いていく。目で追っていると、その中の誰かが言った。

 

「9と3/4番線ってどこだっけ、ママ?」

 

ぴくりと耳が反応する。慌てて声の方へ近づくと、母親がにっこり笑って答えた。

 

「見てなさい、パーシーが先よ」

 

その“パーシー”という少年が、まっすぐ柱へ向かって歩いていく。そして――ふっと、姿が消えた。

ハリーは思わず目を見開いた。呆気にとられていると、母親がやさしく声をかけてくれた。

 

「あなたもホグワーツ? 初めてかしら? 柱に向かって、まっすぐ歩くのよ。少し勢いをつけて」

「えっと……ありがとうございます」

 

カートの取っ手を握り直し、深く息を吸う。

(大丈夫かな……僕が思いっきりぶつかったら、柱の方が壊れそうだけど……)

ほんの少し笑って、心の中でつぶやいた。

(その時は、お金を使わせてもらうよ、父さん、母さん)

思いきって踏み出す。柱を抜けた瞬間、景色がぱっと開けた。笑い声、フクロウの鳴き声、ローブをひるがえして歩く大人たち。

スーツケースを押す子どもたち。そこに広がっていたのは、間違いなく“魔法の世界”だった。

 

「……すっげえ」

 

ハリーは、思わず声を漏らした。

 

***

 

ホグワーツ特急に乗り込み、誰もいないコンパートメントにすべり込む。荷物を棚に押し込んで、ほっと息を吐きながら座席に腰を下ろす。

窓の外には、別れを惜しむ家族たちの姿。ペットを抱えた生徒、そわそわとした親たち。

ここでもまた、知らない世界が静かに広がっていた。そのときだった。

 

「ねえ、ごめん。そこ、座っていい? ほかに空いてなくて……」

 

扉をそっと開けたのは、赤毛の少年だった。

声には、少し不安が混じっている。

 

「うん、もちろんどうぞ」

 

ハリーがうなずくと、少年はほっとしたように笑って中へ入ってきた。

 

「僕はロンっていうんだ。ロン・ウィーズリー」

「僕はハリー。ハリー・ポッター」

 

名乗った瞬間、ロンの動きがぴたりと止まった。

 

「……ほんとに!? 本当に、あのハリー・ポッター!?」

 

目をまん丸にしながら、じりじりと額をのぞき込んでくる。

 

「それ……その傷、やっぱり……」

「……ああ、これ?」

 

前髪をかきあげて、額の稲妻型の傷を見せる。

 

「うん。たぶん、“その”ハリーで合ってると思う」

 

***

 

コンパートメントの扉が開く。

 

「なにかいかが?」

 

お菓子カートを押したおばさんが、にこにこしながらやって来た。

カートには、見たことのない不思議なお菓子が山ほど積まれている。ロンはちらりと見てから、そっと視線をそらした。

 

「……僕はいいや」

 

そんな様子を見て、ハリーはおばさんに尋ねた。

 

「えっと……ジャンプとかって、ないですよね?」

「ジャンプ……? 風跳び豆のことかい?」

「……いえ、ちがいます……」

 

肩を落とすと、ロンが不思議そうに聞いてきた。

 

「ジャンプってなに? 呪文の名前?」

「いや、漫画だよ。日本のやつで……友情とか努力とか勝利とか、そういうのがいっぱい載ってる雑誌」

「まんが……? それって、魔法の本?」

 

(やっぱり……魔法界には漫画がないのか)

ハリーは窓の外を見た。流れる景色が、やけに遠く感じた。

(ちょっと……やっていける気がしないかも)

 

***

 

「ねえ、ロン? なにかおすすめのお菓子ある? 僕、魔法界のお菓子って全然わからなくてさ」

 

気を取り直して声をかける。

 

「うーん……カエルチョコとか定番だけど、動くから気をつけて」

「動くのかよ……」

 

興味半分でカエルチョコを二つ買い、ひとつをロンに差し出す。

 

「よかったら、一緒に食べよう」

「えっ、いいの? ……ありがとう!」

 

包みを開けると、チョコがぴょんっと跳ねた。

ふたりとも慌てて押さえ込み、目を見合わせて笑った。

 

***

 

「そうだ、このチョコにはカードがついてるんだよ」

 

ロンがカードを取り出して見せる。

 

「ほら、これ。ダンブルドアだ」

「……ダンブルドア?」

「えっ、知らないの? ホグワーツの校長だよ。現代で最も偉大な魔法使いって言われてる」

「へえ……そういえばハグリッドが言っていたような……」

 

カードを見ながら、ハリーはつぶやいた。

 

「この人、強いの? なんかおじいちゃんに見えるけど……」

 

少し考えたあと、ふっと笑う。

 

「……まあでも、亀仙人みたいに強いおじいちゃんもいるかもしれないしな」

 

ロンはぽかんとしながらも、うなずいた。

 

「うん、ダンブルドアは強いよ。今はおじいちゃんだけど、昔はすごかったらしい。闇の魔法使いを何人も倒してるって」

「へえ……会うのがちょっと楽しみになってきたかも」

 

***

 

話が落ち着いたころ、ロンが荷物をごそごそ探って小さなネズミを取り出した。毛並みはくすんでいて、動きもにぶい。名前はスキャバーズ。

少し誇らしげに抱えているあたり、意外と気に入っているらしい。ロンは杖を取り出し、ネズミを座席に乗せる。

色を変える呪文を試すつもりのようだった。ハリーが興味津々で見守っていたそのとき――

コンパートメントの扉がガラリと開いた。ふわふわした茶色の髪、きれいに整えられたローブ、分厚い本を腕に抱えた少女が立っていた。

 

「カエルを見なかった?」

 

ネビルという少年のペットが逃げ出したらしい。

ロンとハリーが「見てない」と答える前に、彼女の視線はスキャバーズとロンの杖に向いた。

 

「呪文をかけるの? ちょうどよかった、見せて」

 

当然のように中へ入ってきて、椅子の端に腰を下ろす。ロンは少しうろたえながらも、杖を構えた。

 

「お陽さま、雛菊、とろけたバター。デブで間抜けなねずみを黄色に変えよ!」

 

小さな声で唱えたが、ネズミには何の変化も起きなかった。

 

「語尾の発音が違うわ。それに、杖の振りが甘いの」

 

少女――ハーマイオニーは当然のように口を挟み、空中に完璧な軌道を描いてみせた。

ロンは苦笑い。

ハリーは黙って、その様子を見つめていた。

 

「私、ハーマイオニー・グレンジャー。あなたたちは?」

 

ロンとハリーも名乗ると、ハーマイオニーは目を輝かせた。

 

「あなたのこと、知ってるわ。読んだ本に載ってたの!」

 

そこからは矢継ぎ早だった。どこの寮に入りたいか、教科書はもう全部読んだこと、魔法の歴史について……。

(……すごいな、この子)

それだけの言葉が、すとんと胸に落ちた。一通り話し終えると、ハーマイオニーは満足そうに本を抱え直して立ち上がった。

 

「ネビルのカエル、探さなくちゃ」

 

そう言い残し、振り返ることなく去っていった。まるで嵐のような訪問だった。扉が閉まり、静けさが戻る。ロンが背もたれに寄りかかる。ハリーもそれにならった。

(あっ……)

ふと気づく。あれだけ魔法に詳しいなら、修行に使えそうな呪文がないか、聞いておけばよかった。

けれど、もう彼女の足音はとっくに遠ざかっている。

(あの子……また会えるかな)

次に会えたら、修行に使えそうな呪文をひとつくらい教えてもらおう。そう思いながら、ハリーは窓の外に目を向けた。

空が、ゆっくりと夜の色に変わっていく。ホグワーツまで――もうすぐだ。

 

***

 

汽車がゆっくりと減速し、車窓の外に灯りが増えていく。

ガタン、と最後の音を立てて、列車はぴたりと止まった。

 

「イッチねんせーい! こっちじゃ、みんなおりてこい!」

 

聞き覚えのある大声が、夜の空気を震わせる。ハリーは窓の外をのぞき込んだ。

そこには、ランタンを掲げて立つハグリッドの姿。

大きな影が、灯りの中にぼんやりと浮かび上がっていた。ハグリッドを先頭に、新入生たちはそのあとに続く。夜の空気はひんやりとしていて、ほんの少しだけ緊張を誘った。

 

「足元気ぃつけるんじゃぞ! さあ、こっちじゃ、小舟で湖を渡るぞ!」

 

――湖?

森を抜けた先に、黒々とした水面が広がっていた。その向こうには、そびえ立つ巨大な影。ホグワーツ。魔法学校の本拠地。

窓の灯りが点々と瞬き、高い塔、広い屋根、長く続く石の壁が、暗闇の中で浮かび上がっていた。まるで絵本の中の城が、そのまま現実に飛び出してきたかのようだった。

(……すげえ)

声にならない感嘆が、自然とこぼれた。魔法界に足を踏み入れてから、驚くことばかりだった。

けれど、こればかりは――桁違いだった。

 

***

 

小舟には四人ずつ乗ることになり、ハリーはロン、そして見知らぬ二人の生徒と同じ舟に乗り込んだ。

誰もオールを持っていないのに、舟はすうっと湖面を滑っていく。

水音ひとつ立てず、静かに、確かに進むたび、ホグワーツの姿がどんどん大きく、近づいてくる。

胸の奥がじわじわと熱くなる。未知の場所に向かうはずなのに、不安よりも期待が勝っていた。

やがて舟が岸につき、一年生たちは順番に上陸する。ハグリッドに続き、石造りの階段をのぼり始めた。

冷たい石の壁。高い天井。広がる空間のすべてが巨大で、重厚で――

それだけで、胸がわずかに高鳴った。やがて大扉の前でハグリッドが立ち止まる。

 

「ここでちょっと待っとれ」

 

そう言い残し、扉の向こうへと姿を消していった。

残された一年生たちは、そわそわと落ち着かない様子で待ち始める。

 

***

 

「やっぱり君だったんだな。マダム・マルキンの店で会ったよな」

 

聞き覚えのある声に振り向くと、金髪の少年が取り巻きを引き連れて近づいてきた。

 

「僕、ドラコ・マルフォイ。……それで、君の名前は?」

「あ、ハリー。ハリー・ポッター」

 

名乗った瞬間、マルフォイの目がわずかに見開かれる。けれどすぐに、作り直したような表情に戻った。

 

「へえ、やっぱり……。君なら、どの寮に入るか、よく考えたほうがいいよ。僕はスリザリンかな。マルフォイ家は代々そうなんだ。ちゃんとした血筋の魔法使いが集まる寮だしね」

 

その言葉の端々には、自信と誇り、そしてわずかな優越感がにじんでいた。

 

「あと、アドバイスだけど――」

 

そう言って、マルフォイはちらりとロンを見やった。

 

「そういうのとつるむのは、あんまりおすすめしないな。見た目でわかるだろ?」

 

ハリーはきょとんとした表情でマルフォイを見返した。

“いまのって、どういう意味だったんだ?”という顔。

 

「……ああ、そうなんだ。えっと……ありがとう」

 

やんわりと返したその声には、敵意も反発もなかった。ただ、少しの困惑がにじんでいるだけだった。

マルフォイは拍子抜けしたように肩をすくめ、取り巻きを連れて去っていく。ロンは眉をひそめながら、その背中をじっと見送っていた。

 

「なんか……ちょっと変わったやつだったね」

 

ハリーはぽつりとつぶやいた。その声に、特別な感情はなかった。

“ちゃんとした魔法使い”かどうかなんて、ハリーにとってはどうでもいい話だった。

 

***

 

マルフォイの背中が見えなくなったころ、ハリーはふとロンに向き直る。

 

「そういえばさ……あの女の子も汽車で言ってたけど、“寮”とか“スリザリン”って、どういうこと?」

 

ロンは少し驚いた顔をしてから、「ああ、そっか」と納得したようにうなずいた。

 

「ホグワーツには、四つの寮があるんだ。グリフィンドール、ハッフルパフ、レイブンクロー、スリザリン。入学した生徒はどれかに分けられて、その寮ごとに寝室も食事も一緒。学校生活も、ほとんど寮の仲間と過ごすことになる」

「へえ……なるほど」

 

ハリーは素直に感心して、うなずく。

 

「それぞれ特徴があってさ。グリフィンドールは“勇気”、レイブンクローは“知恵”、ハッフルパフは“努力と誠実”。で、スリザリンは……“狡猾”とか“野心家”とか、そんな感じ」

 

声を落として、少し言いにくそうに付け加える。

 

「……悪い魔法使いのほとんどが、スリザリン出身なんだって」

 

その表情には、わずかな不安がにじんでいた。

 

「それでさ。組み分けって、何をするのか知らされてないんだよ。うちの兄貴――フレッドが言ってたんだけど……」

 

声をひそめる。

 

「組み分けって、すっごく痛いんだって。何かと戦わされるとか……かも」

 

目に見えて不安げなロン。どうやら半分以上、本気で信じているらしい。

 

「ま、まさかとは思うけど……もしそうだったらどうしよう……」

 

その様子を見て、ハリーはつい笑いそうになった。けれど、それはからかいの笑いではなかった。

 

「戦いか……」

 

心の奥に、ふつふつと湧き上がるのは――妙な期待だった。

修行を重ねてきた自分にとって、もし本当にそんな“試練”があるのなら。それは、得意分野かもしれない。

(戦えるなら、やってみたい)

知らずに口元が緩んでいた。ロンが不思議そうな顔でこちらを見るが、ハリーは気づかないふりをする。

(どこの寮になるんだろう、僕)

ロンの話を思い出す。グリフィンドールは“勇気”、ハッフルパフは“努力と誠実”。

(どこでもいいけど……)

(入れるなら、どっちかがいいな)

そんなことを考えていた、そのとき。大きな扉が、ゆっくりと開いた。

現れたのは、メガネをかけ背筋の伸びた女性。鋭い目つきに、少しだけ身が引き締まる。

 

「一年生は、こちらへどうぞ」

 

落ち着いた声だったが、空気は一気に張り詰めた。誰もしゃべらなくなり、バタバタとした足音だけが廊下に響く。

ハリーもその列に加わる。胸の奥が、ほんの少しざわついていた。

(組み分け、か……)

さっきまでは楽しみ半分だったけど、こうして本番が近づいてくると――やっぱり、少し緊張する。

でも、それと同じくらい――期待もしていた。

(ここから始まるんだ。僕の“魔法の修行”)

城の中を進んでいくと、大きな扉が目の前に現れる。その向こうからは、にぎやかな声と、あたたかな灯りがこぼれていた。

扉が開いた瞬間――ホグワーツの大広間が目の前に広がった。

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