ハリー・ポッターと友情、努力、勝利の本 作:じゃあな・アズナブル
大広間に足を踏み入れた瞬間、ハリーは思わず天井を見上げた。天井が……空だった。
いや、よく見れば本物ではない。魔法で映し出された空なのだと、隣のロンが小声で教えてくれた。
満天の星々が、静かに、そして確かに輝いている。空気すらも、どこか澄んでいるように感じられた。
「すごい……」
思わず、そんな言葉がこぼれた。ふと視線を前方に移す。
そこには、見るからに古びたとんがり帽子――そして、その奥にひときわ目を引く人物がいた。
(あの人が……ダンブルドア)
カエルチョコのカードで見た顔だ。そこでは笑って手を振っていたが、実物はそれ以上に、強い“存在感”を放っていた。
(たしかに……何か、感じる。力強い気配みたいなものが)
「それでは、組み分けを始めましょうかの」
そのとき――
イスに置かれたボロボロの帽子が、ぴくりと動いた。ぱっくりと口のような裂け目が開き、帽子が歌い出した。
グリフィンドールに行くならば
勇気ある者の住まう寮
勇猛果敢な騎士道で
他とは違うグリフィンドール
(騎士道……勇気……)
ハッフルパフに行くならば
君は正しく忠実で
忍耐強く真実で
苦労を苦労と思わない
(修行にはもってこいの寮だな)
古き賢きレイブンクロー
君に意欲があるならば
既知と学びの友人を
ここで必ず得るだろう
(知識の寮か……鍛えるには悪くないけど)
スリザリンではもしかして
君はまことの友を得る
どんな手段を使っても
目的遂げる狡猾さ
(……まるで悪役だな。DIOとか、フリーザとか)
帽子はそこまで歌うと、まるで満足したかのように静かになった。
イスの上で、再び微動だにしない。静寂を破ったのは、きっちりとした女性の声だった。
「名前を呼ばれた者から、椅子に座って帽子をかぶりなさい。――アボット、ハンナ!」
ハリーのすぐ近くにいた少女が、小さくうなずいて前へ進む。帽子を頭にかぶせられると、すぐに声が響いた。
「ハッフルパフ!」
拍手が広がり、テーブルの一角で生徒たちが立ち上がって彼女を迎える。
緊張しつつも、どこか安心したような表情で、少女はその列に加わっていった。
***
組み分けは次々と進んだ。帽子が即決する者もいれば、しばらく悩む者もいた。
ロン・ウィーズリーの番になると、彼は肩をこわばらせて前へ出る。
「グリフィンドール!」
帽子が叫ぶと同時に、ロンの顔にぱっと安堵の色が広がった。
ハーマイオニー・グレンジャーも数秒の沈黙ののち――
「グリフィンドール!」
(もしかして、レイブンクローと迷ったのかな)
汽車の中での彼女の様子を思い出しながら、ハリーはふと思った。そして、ドラコ・マルフォイ。
「スリザリン!」
結果は当然といった様子で、満足げにうなずきながら列に加わっていく。
(やっぱりな……)
***
「ハリー・ポッター!」
広間が静まり返る。ハリーはゆっくりと息を吸い、前へと進み出た。
椅子に座ると、帽子が深くかぶせられ、視界が暗くなる。ざわめきが遠のき――次の瞬間、低い声が頭の中に響いた。
「ふむ……これは、なかなか迷うな」
帽子の声は、思っていたよりも穏やかだった。
「君にはスリザリンの素質がある。ずる賢くはないが、狡猾になれる頭はあるし、意志も強い。スリザリンに入れば――偉大な魔法使いになれるぞ」
(偉大な魔法使い……)
一瞬だけ心が揺れる。だが――ハリーの中に、はっきりとした思いがあった。
(僕は、偉大な魔法使いになりたいんじゃない。ただ、強くなりたいんだ)
誰よりも。自分自身を、過去を、弱さを乗り越えられるような力がほしい。帽子はしばし沈黙した。
「……なるほど。ならば――グリフィンドール!」
その瞬間、視界が開ける。帽子を脱ぎ、椅子を降りると、グリフィンドールのテーブルから拍手と歓声が上がった。
ハリーはその音の中を歩きながら、胸の奥に確かな感覚を抱いていた。これが、自分の道だ。新しいスタートだ。
グリフィンドールのテーブルから湧き上がる拍手と歓声の中、ハリーはまっすぐ歩を進めた。
緊張していた胸の奥が、少しずつほどけていくのを感じる。席につくと、すぐ隣でロンが笑顔を向けてくれた。
「ハリー! 一緒の寮でよかった……ほんとに、ちょっとホッとしたよ」
「うん、僕も。なんか……落ち着くよ、ロンがいてくれると」
自然と口から出た言葉だった。
ロンは照れくさそうに目をそらしたが、その顔にはどこか安心しきった色が浮かんでいた。
「グリフィンドールってさ、“勇気ある者の寮”なんだよね……僕なんかで本当に大丈夫かな」
「大丈夫だよ。むしろ……」
ハリーは肩をすくめて、笑いながら言った。
「たとえば組み分け試験で怪物と戦うってルールだったら、ロンだって戦ったでしょ?」
「えっ……いやいやいや、全力で逃げるよ!? そんなの冗談じゃないから!」
その必死な声に、思わず吹き出した。ロンもつられて笑い、ふたりの緊張が少し和らいだ。
ハリーはふと、グリフィンドールのテーブルを見渡した。木の長テーブル、真っ赤な紋章、あたたかい笑い声。そこには、どこか安心できる空気があった。
(……ここから、始まるんだ)
***
壇上に立ったダンブルドアが、にこやかに両手を広げる。
「ようこそホグワーツへ、新入生たちよ。楽しむ前に、いくつか注意事項を伝えねばならん。まず――禁じられた森には、決して立ち入らぬように。名前のとおりじゃからな」
そして声のトーンを変えずに、さらりと続ける。
「それと――とても痛い死に方をしたくない者は、四階の右側の廊下には入らぬことじゃ」
穏やかな声のはずなのに、背筋がひやりとする。
その後、ダンブルドアは笑みを浮かべ、唐突に校歌を歌い始めた。
***
歓迎のひとときが終わると、生徒たちは上級生に案内され、寮へ向かった。長い廊下、いくつもの階段、そして――大きな肖像画がかかる入り口。
合言葉を言うと、肖像画が左右に開き、グリフィンドールの談話室が現れた。赤を基調にしたインテリア、暖炉の灯り。けれど見学もそこそこに、一年生たちはそのまま寝室へと案内された。
天蓋つきのベッドが並ぶ部屋。自分の荷物を置いたとき、ハリーはようやく深く息をついた。
(……ここが、僕の部屋か)
長い一日だった。けれど、不思議と心地よい疲労感だった。
***
その夜。すでに部屋には寝息が漂い始めていたが、ハリーは静かにベッドを抜け出す。
杖を手にし、談話室をそっと通り抜ける。
“魔法の修行”の可能性を思うと、体が自然と動いてしまうのだ。夜の城を抜け、中庭へと出た。
月明かりが石畳を照らし、冷たい空気が肌を撫でる。誰もいないのを確認して、準備運動を始める。
(魔法を使うとき、どこに力が集まるのか……意識するだけでも違ってくるはず)
杖を手に魔法を試すにはまだ早い気がした。
今夜は、まず“感覚”を探る。体内のどこかにあるはずの“魔力の流れ”――それを見つけるために。
腕立て、スクワット、ジャンプ。
いつものトレーニングをこなしながら、意識を内へ向ける。
(“気”のような流れ……あるはずだ)
けれど焦らない。修行とは積み重ねだ。
汗をひととおり流したあと、ハリーは月明かりの下で深く深呼吸した。
(明日から、いよいよ授業……)
そのわくわくを胸に、静かに談話室へ戻る。
誰にも気づかれることなくベッドに戻り、心地よい疲労に包まれて眠りに落ちた。
修行の第一歩は、すでに始まっていた。
***
朝。ロンはあくび混じりに目を覚ました。
寝室には朝の光がうっすらと差し込んでいる。のそりと体を起こし、隣のベッドに目をやった。
(……あれ、ハリーがいない?)
枕も布団もきちんと整っていて、まるで最初から誰も寝ていなかったようだった。
「どこ行ったんだ……?」
ぼやいたその時、扉が静かに開いた。入ってきたのは、案の定ハリーだった。
「どこ行ってたの?」
ロンの問いに、ハリーは額の汗をぬぐいながら、あっさりと答えた。
「ちょっと、修行してきた」
「修行って……この時間に?」
「うん、毎朝やってるから。日課なんだ」
さらっと言って、自分の荷物のところへ向かう。ロンはしばらく呆然と、その背中を見つめていた。
(ハリーって、ちょっと変人かも……)
少しだけ、遠い目になった。
***
朝食は大広間でとった。テーブルには、魔法で次々と現れる料理が並び、どれもおいしそうに湯気を立てていた。
そのあと、ホグワーツ最初の授業――変身術が始まった。
教室は石造りの静かな部屋。机と椅子が整然と並び、教壇の上には――一匹の猫。
生徒たちはなんとなく席に着きながら、そわそわと周囲を見渡していた。
「先生、まだ来てないのかな……?」
そんな声が上がった次の瞬間。猫が、ぴたりと動きを止めた。
背筋を伸ばし、前足を揃える。そして――体がぐにゃりと揺れ、姿が変わり始めた。
気づいたときには、眼鏡をかけた魔女が、そこに立っていた。
「おはようございます。私はマクゴナガル。変身術の担当です」
静かで落ち着いた口調だったが、教室は一瞬で静まり返った。
「変身術は高度な魔法です。便利ではありますが、誤れば危険を伴う。だからこそ、正確さが求められる」
ハリーはじっと彼女を見つめながら考えていた。
(姿かたちも、まるごと変わってる……これ、幻覚ってわけじゃないよな)
ただ驚くだけでは終わらない。どう応用できるか――修行にどう組み込めるかを、すでに考えていた。
(動物に変身できるってことはもし、魔法で体を強化できるなら……)
ハリーの瞳が、わずかに輝いた。
***
授業はすぐに実践に入った。目の前に置かれたのは一本のマッチ棒。
「これを縫い針に変えてください。杖の動きと呪文の発音、両方が正確でなければ成功しません」
マクゴナガルの声が響くと、教室には杖を振る音と、つぶやき声が飛び交い始めた。ハリーはマッチ棒を見つめた。
(質量、形状、素材……すべてを正確に“イメージ”して、魔力を流す)
修行で培った“力の流れ”への感覚と、魔法の理屈が自然と重なっていく。
(これは精密操作の訓練だ。大事なのは集中とコントロール)
深呼吸。静かに呪文を唱え、杖を振る。
マッチ棒がかすかに光り――
ゆっくりと銀色に染まり、先端が細くとがっていく。やがて、完璧な縫い針がそこにあった。
「お見事、ポッター」
マクゴナガルの声に顔を上げると、彼女はわずかに口元を緩めていた。
その横でも、カシャッという音。ハーマイオニーのマッチ棒も、縫い針へと変わっていた。
「ハリーも成功したの? やっぱりすごいわね!」
ハーマイオニーが嬉しそうに言い、マクゴナガルも頷いた。
「グレンジャーもよくやりました。ポッター、グレンジャー、ふたりともグリフィンドールに5点」
教室がざわつく。
「ハリーすげえ……」
「やっぱ“あの”ポッターか……」
けれど、ハリーの意識は別のところにあった。
(……この魔法、応用できる)
たとえば――皮膚を硬化させて刃物を防ぐ。骨格を変えて、跳躍力や瞬発力を向上させる。筋肉の密度を一時的に高める。
あるいは――体の一部を金属化して打撃力を増す……。
(できる。きっとできる)
ハリーの目が、興奮にきらめいた。あらゆる魔法を、身体強化につなげる。
(変身術ひとつでこれだ。他の授業だって……)
拳を握る。ハリーの脳内は、すでに修行プランでいっぱいだった。