ハリー・ポッターと友情、努力、勝利の本 作:じゃあな・アズナブル
朝のホグワーツは、いつも通りの賑わいを見せていた。グリフィンドールの長テーブルには、焼きたてのパンにカリカリのベーコン、湯気の立つスープが次々と現れ、生徒たちの食欲をそそっている。
ハリーは目の前のスクランブルエッグをつつきながらも、どこか上の空だった。昨夜の三頭犬との遭遇が、まだ脳裏に鮮明に焼き付いていた。
(あいつに勝つには……スピードとパワー。それに、今の僕じゃ魔法も使えないと無理そうかも……)
そんなふうに考えていたとき、天井の上から羽音が聞こえた。ホグワーツ恒例のフクロウ便が、宙を舞いながら次々と各テーブルに手紙や荷物を届けていく。一羽のフクロウが、すいっとハリーの前に降り立った。
「え、僕に?」
ハリーが半信半疑で包みを取ると、フクロウはすぐに飛び去っていった。包みは細長くて軽い。丁寧に封がされており、添えられた手紙の筆跡には見覚えがあった。
中身は新品のニンバス2000です。
あなたが箒を持ったことがわかると、みんなが欲しがるので、
気づかれないようにしなければなりません。
今夜七時、クィディッチ競技場でオリバー・ウッドが待っています。
最初の練習です。
――マクゴナガル
「な、なんかすごいの来てない!?」
ロンが興味津々でのぞき込んだ。
「えっと……」
ハリーは少し迷ったが、包みの中身をそっと見せた。
「うわ、ニンバス2000じゃん! 新品!? 本物!? やっば……最新モデルだよ、これ!」
ロンは小声ながら早口になっていた。
「内緒って書いてあるんだ。みんなに知られないようにって」
ハリーは封筒を見せながら、口に人差し指を当てる。
「了解。バラしたりしないって。でも……すげーなハリー。君、本当にクィディッチの選手になったんだな」
ハリーは少し戸惑いながらも、静かにうなずいた。
「まあ、やるだけやってみるよ。やったことないことをやると、別の視点からいろいろ思いつくこともあるだろうし」
「一年生でクィディッチの選手なんて、本当にすごいことなんだけどな……」
ロンが笑いながら肩をすくめる。
「まあ、そういうところがハリーらしいけどさ」
ハリーは笑って、箱をそっと閉じた。その表情には、明らかに期待と好奇心が浮かんでいた。
(夜七時、か……クィディッチ、ちょっとだけ楽しみにしてみよう)
***
午後七時。夜風にざわめく芝の上、ハリーはひとり、ニンバス2000を手にグラウンドへと現れた。
ウッドはすでに待っていた。数名の上級生たちも、練習の準備を整えている。
「よく来たな、ハリー。まずはクィディッチの基本を教えようか」
ウッドから簡潔な説明を受け、ハリーはうなずいた。チーム構成、ボールの役割、勝敗条件――要点だけを頭に入れると、すぐに空へと意識を向ける。
「じゃあ、乗ってみろ」
ウッドの合図とともに、ハリーはニンバス2000にまたがった。柄を握る手に、心地よい緊張が走る。
(呼吸……集中……)
風が止まる。いや、周囲の雑音が消えただけだ。無意識のうちに、感覚を研ぎ澄ませていた。次の瞬間、跳躍。足が地を離れ、身体が空に溶ける。視界が一気に広がり、冷たい空気が肌をかすめる。
(……これは、使える)
身体と箒が一体になる感覚。訓練の成果か、それともニンバスの性能か。おそらく、その両方だ。
「すごい……!」
誰かの声が聞こえたが、ハリーは反応しない。ただ空を舞う。旋回、急降下、そして急上昇――重力との駆け引きを楽しむように、飛び続ける。
スニッチの代わりに、夜空のどこかにいる見えない敵を思い描く。
(この高度なら、落ちても死にはしない……いや、ギリか?)
自分で自分に笑いながら、さらに速度を上げた。地上では、ウッドが他のメンバーに言った。
「……ありゃすげえ。まるで、箒が体の一部みたいだ」
ハリーは、まったくの初心者だったはずだ。だが、その動きには無駄がなく、荒削りながらも鋭さがあった。
まるで、既に何度も空中で鍛錬を積んだかのように。空を切るように飛び回っていたハリーが地上に戻ると、ウッドが手招きした。
「ハリー、OKだ! 次いくぞ!」
彼はポケットから金色の球体――スニッチを取り出す。その小さな羽がピクピクと動き、まるで逃げる気満々だった。
「これがスニッチだ。捕まえてみろ!」
ウッドがそれを放り投げると、スニッチは一瞬で夜空に消えた。が、そのとき。
「いいけどさ、もし僕が捕まえたら……上級生が習う呪文、教えてよ」
ハリーはにやりと笑った。ウッドは一瞬ぽかんとしたが、すぐに苦笑した。
「取れるもんならな!」
ハリーはもう飛び出していた。ニンバス2000が風を裂く。
(小さくて速い。でも、気配はある)
目だけで追うな。耳を澄ませ、風の流れを読む。スニッチが羽ばたいた方向を予測し、軌道を読む。
(――そこだ!)
ハリーは急降下と急上昇を繰り返し、蛇のように滑らかな弧を描いてスニッチの前へ回り込んだ。
そして――
「取った!」
空中で手を伸ばし、金の球をガシッと掴む。わずか三十秒。ハリーは無言で地上に降り立ち、手の中のスニッチを開いて見せた。
静まり返ったグラウンドに、グリフィンドールの誰かが最初に口を開いた。
「……おい、マジかよ」
「今年の優勝はもらったなこれ!」
「ひゅ〜〜〜〜! ポッター最高!」
歓声が爆発する。チームメンバーが笑顔で肩を叩き合い、ウッドは驚きを通り越して呆れ顔で笑った。
「まったく……ありえねぇ」
だが、ハリーは興奮する様子もなく、ひとことだけぼそっと言った。
「……で、呪文、教えてくれる?」
「……ああ、俺が教えられるやつなら、なんでも教えてやるよ」
呆れつつも、ウッドは笑いながらスニッチを回収した。
***
今日は呪文学の授業がある日だった。教室に向かう途中、周囲の生徒たちの会話が聞こえてくる。
「なあ、聞いた? フリットウィック先生って、昔は決闘チャンピオンだったんだってさ」
「ウソだろ?あの背丈で?」
そんな噂話が飛び交うなか、ハリーはちょっと目を輝かせていた。
(決闘チャンピオンか……やっぱ教師ってのは実力がなきゃ務まらないよな)
教室の中央では、小さな先生が椅子の上に立って生徒を見渡していた。
「さあさあ皆さん、今日はとっても面白い呪文をやりますよ!」
フリットウィック先生はそう言うと、杖をくるりと振った。
「今日は浮遊の呪文、《ウィンガーディアム・レビオーサ》です!コツは――」
小さな手に杖を握り、はっきりとした口調で言った。
「ビューン、ヒョイ、ですよ。いいですか?ビューン、ヒョイ!」
教室内にふわっと笑いが起きるが、先生は至って真面目だった。
「杖の動きも重要です。ゆっくりと、しなやかに――焦ってはいけませんよ!」
ハリーは興味津々で、手元の羽根を見つめた。彼はゆっくりと杖を振り、「ウィンガーディアム・レビオーサ」と唱えた。ふわりと、羽根が浮かび上がる。
「おお、ハリー、すごい!」
周囲の歓声に、ハリーはどこか冷静な表情で頷く。浮かせることはできる。問題は、これを自分に応用できるかだ。
一方その頃、隣の席では――
「ウィンガーディアム・レビオサー!」
「違う!“レビオーサ”、よ!“サー”じゃなくて“オーサ!”!」
ハーマイオニーの鋭い指摘に、ロンがむくれている。
「そんなに言わなくてもいいだろ……!」
「発音が違うんだから、できるわけないじゃない!」
ロンとハーマイオニーは言い争っている。教室のあちこちで羽根が浮かび上がり、歓声や失敗の呻き声が入り混じる中、ハリーは静かに手を挙げた。
「先生、質問いいですか」
フリットウィック先生は嬉しそうに頷いた。
「もちろんですとも、ミスター・ポッター。なんでも聞いてください」
ハリーは少し考えてから、こう言った。
「浮かせる呪文があるなら……逆に、“重くする”とか、“落とす”呪文もあるんですか?」
フリットウィック先生は感心したように目を細めた。
「ほほう……実に面白い発想ですね。ええ、ありますとも。例えば《ディセンド》という呪文は、物を下に落とす魔法です」
「へぇ……」
「他にも、《デプリモ》という呪文もあります。これは、物に強い重圧をかけて、押しつぶすような力を発生させることができます。ですが――」
先生はにっこりと笑った。
「これらは、まだ上級生になってから学ぶ内容ですよ。いま皆さんがやるべきは、まず《レビオーサ》をしっかり習得することです!」
「なるほど……」
ハリーは納得したように頷きながらも、心の中ではすでに妄想が膨らんでいた。
(……それを使えば、『あれ』ができるかも……)
物を落とす魔法、沈める魔法……それを制御して使えば――
(重力修行……!)
悟空が劇的に強くなったのは、宇宙船の中で重力を操ったトレーニングのおかげ。それは今でも、彼の中で「最も燃える修行シーン」のひとつだった。
(つまり、ディセンドやデプリモで、魔法的に重力を増幅させれば……!)
ハリーの目がキラキラと輝く。魔法界での生活には少しずつ慣れてきたが、「魔法的修行」が進んでいないことには、彼なりに不満を感じていた。
(ディセンドかけ続ければ……動くたびに重くなる……魔力の消費と相談しながら段階的に負荷を上げる感じか……!)
ワクワクが、もう抑えきれなかった。ハリーはぽつりと呟いた。
「フリットウィック先生……やっぱすごいな、さすが決闘チャンピオンだ……」
その小さな声に、隣のハーマイオニーがちらりとこちらを振り返る。
「ハリー?どうかしたの?」
「いや、なんでもないよ!」
そう答えながらも、ハリーの頭の中はすでに“訓練メニュー作成モード”に突入していた。
***
授業が終わり、生徒たちは教室を後にして、ぞろぞろと廊下へ散っていった。ロンは憮然とした表情で羽根をカバンに詰めながら、ぶつぶつと文句をこぼしている。
「あいつさ……ほんと悪夢みたいなやつだよ。言い方ってもんがあるだろ、いくらなんでもさ……」
その声は、意図的なのか無意識なのか、ハーマイオニーにもはっきり聞こえるほどの音量だった。ハリーはため息をつき、肩をすくめる。
「まあ、そう言うなよ。ハーマイオニーも悪気があって言ってるわけじゃない。正しくあろうとしてるだけなんだ」
その言葉が届いたのか、廊下の先を歩いていたハーマイオニーがぴたりと立ち止まる。ほんの一瞬、背中が強ばったように見えた。
そして彼女は、顔を手で覆うようにして、駆け足で廊下の奥へと消えていった。ロンは、目を見開いたまま呆然とその背中を見送る。
「ロン、謝ったほうがいいよ」
ハリーの言葉に、ロンは口をへの字に曲げたまま、うつむいた。
「うん……でもさ。アイツ、ちょっと言いすぎるだろ? それに、僕だって……バカにされっぱなしで……」
「……それでも、言いすぎたと思うなら、早く謝るほうがいい。機を逃すと、もっと謝りにくくなるよ」
ロンは地面を見つめたまま、何も言い返さなかった。