ハリー・ポッターと友情、努力、勝利の本 作:じゃあな・アズナブル
ハロウィンの夜。大広間は色とりどりの装飾とごちそうで賑わっていた。かぼちゃのランタンが天井をふわふわと漂い、香ばしい焼き菓子と香辛料の香りが立ち込める。だが、その喧騒のなかに――ハーマイオニーの姿はなかった。
気になったハリーは、彼女と同室の女子に声をかけてみた。その子は一度、冷ややかな視線でロンの方をちらりと見てから、口を開いた。
「……トイレで泣いてるって。ずっと出てこないの。あなたたちのせいじゃない?」
ロンがうつむいた。言い返す言葉もないようだった。ハリーは静かに言った。
「……行ったほうがいいんじゃないか。僕も付き合うよ」
ロンは戸惑いながらも、小さくうなずく。
「……うん」
そのときだった。大広間の扉が勢いよく開き、クィレルが駆け込んできた。
「ト、トロールです! 地下牢に……トロールが!」
瞬間、大広間に悲鳴が響き渡る。空気が一気に凍りついた。生徒たちがざわめき、教師たちが声を張り上げて誘導を始めるなか――ハリーはロンの方を向いた。
「トイレって、地下牢のそばじゃないよな?」
「……一階の奥のほうだった気がする!」
「なら、まずい!」
二人は同時に駆け出した。教師の制止もかいくぐり、混乱の中を一直線に。ハリーの足が止まったのは、女子トイレへと続く廊下。鼻を突く異臭。奥から響く、ぬめるような足音と鈍い重圧。
「うわ、くっさ……」
「……いた!」
そこには――三メートルを超える巨体。皮膚はぶよぶよで、鼻水をずるずる垂らし、棍棒を引きずるように持っている。
トロールが、女子トイレの扉を押し開けて、中に足を踏み入れた。
「ロン、ハーマイオニーを連れて逃げて! あいつは僕がやる!」
「え、ちょ、ハリー!? 待てって!」
だが、ハリーはすでに飛び出していた。
(魔法を使ってる暇はない。だったら――)
視界の奥で、棍棒が振り上げられる。中からハーマイオニーの悲鳴。その瞬間。
「しゃあっ!!」
ハリーの体が宙を舞った。助走もなく、驚異的な跳躍。振り抜かれた脚が、正確にトロールの顔面を捉える。
バシィッ!
鈍い音とともに、巨体がよろめき――
ドシンッ!!
床が震える勢いで倒れ込んだ。だが。
「まだ……動いてる……!」
倒れたトロールが、もがくように棍棒を探る。指先が、転がった柄に触れかけた――その時。
「ウィンガーディアム・レビオーサ!!」
ロンの叫びが廊下に響いた。棍棒がふわりと宙に浮き、トロールの手から遠ざかる。
「ナイス、ロン!!」
ハリーが再び地を蹴った。トロールの胸元に飛び乗り、拳を振り上げる。
(――今だ!)
そのまま、渾身のストレートを眉間に叩き込んだ。
ガッ!!
鈍い衝撃が手首を伝い、巨体がぐらりと揺れる。間髪入れず、回し気味の右拳をこめかみに打ち込む。
ゴンッ!!
トロールの目がカクンと揺れ――そして、
ドサッ。
重い音を立てて、完全に動かなくなった。一瞬、静寂。そして、ハリーが息を吐きながら言った。
「……やった……!」
ハリーは息を切らせながら、拳を軽く握り直す。皮膚が擦りむけ、そこから血がじんわりと滲んでいた。
「ハリーきみ……素手で倒したのかよ……」
ロンがぽかんと呟く。
「いや、ロンの援護がなきゃ危なかった。たすかったよ、ロン」
「……あ、ああ。うん、僕も……ちょっとは役に立てたかも……」
と、そこへ――
「ありがとう……!」
震える声とともに、ハーマイオニーが駆け寄ってきた。頬には涙がにじんでいる。
「ほんとに……ありがとう。……私、ずっと……ひとりだと思ってたから……」
ハリーは小さく頷いた。
ロンも、気まずそうにそっぽを向きながら、ぽつりとつぶやいた。
「……悪夢みたいとか言って、ごめん」
「……ううん、私の言い方も悪かった」
三人の間に、静かな沈黙が流れる。ハーマイオニーは涙をぬぐいながら微笑み、ロンは照れ隠しのように頭をかく。誰も言葉にはしなかったが、確かに“何か”が変わっていた。
そんな中で――
ハリーは自分の拳を見つめていた。血のにじむ右手が、まだ微かに震えている。
(……ちゃんと実戦で戦ったのは、初めてだったんだよな)
思えば、これまでの修行はすべてひとりきりだった。走り込み、腕立て、気配の読み取り、イメージトレーニング、魔法の練習――強くなるための、孤独な時間。
そして今、その“強さ”が求められた場面に、ついに出会った。
(怖さより……ワクワクの方が、勝ってた)
自分でも、その感情がよくわからなかった。でも確かに――あの瞬間、血が騒いだ。拳を見つめる目の奥には、淡く、燃えるような光が宿っていた。
そんな彼らの前に――重たい足音が廊下に響いた。
マクゴナガル先生が先頭で駆け込んでくる。その後ろにはスネイプ先生、さらにクィレル先生が青ざめた顔で追ってきた。
「ポッター! ウィーズリー! グレンジャー!」
マクゴナガルの怒声が廊下に響く。普段は冷静な彼女の声が、今は明らかに揺れていた。
「いったい、ここで何をしているのですか!!」
ハリーは一歩前に出て、落ち着いた声で答えた。
「ハーマイオニーがトイレにいるって聞いたんです。だから、ハーマイオニーが危ないと思って……二人で助けに来ました」
ロンも慌てて加わる。
「そ、そうです! ハリーが……いや、僕たちが、なんとかやっつけました!」
ハーマイオニーが小さく、震える声でつぶやいた。
「全部……私のせいなんです……」
マクゴナガルは、三人の顔を順に見た。そして床に倒れたトロールへ視線を落とす。その表情は、信じがたいものを見るかのようだった。
「……あなたたちが?」
「はい」
ハリーは真っ直ぐに答えた。右手にはまだ血が滲んでいたが、その表情には迷いがなかった。スネイプが音もなく近づき、トロールを見下ろす。
だが――
なぜか、その足取りはぎこちなかった。ハリーはちらりとその様子を見た。
(……足、引きずってる?)
何かが引っかかった。だが、いまはそれを深く考える余裕はなかった。マクゴナガル先生は深いため息をつき、厳しい顔で言った。
「正直言って、命の危険があった行動です。普通なら重い罰則ものです。ですが……」
一瞬、視線を落とす。
「あなたたちは……今回は運がよかっただけですそれは忘れないように」
ハリーとロンは顔を見合わせる。
「三人に五点づつ……合計十五点、グリフィンドールに」
「えっ!」
ロンが思わず声を上げた。だが、次の瞬間、マクゴナガル先生の表情がピシッと引き締まった。
「ですが――次に同じような真似をしたら、その時は減点しますからね!」
ピシャリと釘を刺され、三人は反射的に背筋を伸ばした。
「は、はい!」
「わかりました!」
「……気をつけます!」
そう声を揃えたものの――ロンとハーマイオニーは、ちらりとハリーを見て、内心で苦笑いしていた。
(……ハリーは、次また同じようなことが起きたら、きっと喜んで戦いにいくんだろうな)
頼もしいけれど、同時にちょっと心配にもなる。そんなふうに思いながら、二人はそっとため息をついたのだった。
***
三人の生徒たちはすでに安全な場所へ戻され、そこに残っているのは教師たちだけだった。マクゴナガルはため息をつき、倒れたトロールを見つめる。
「……しかし、一年生がトロールを倒すなんて……前代未聞ですよ」
「しかしこれは……」
スネイプがトロールの顔面に残る傷を指でなぞりながら、渋い顔をする。
「杖による魔法の痕跡はない……肉体による衝撃だな。これは……殴った跡だ」
クィレルは、震える声で付け加えた。
「そ、そんな……人間が、それも一年生の子供が……トロールを素手で……?」
マクゴナガルも、信じがたいという顔でトロールを見下ろしている。そのとき、背後から静かな声が響いた。
「――非常に、興味深いのう」
教師たちが一斉に振り返る。そこに立っていたのは、ホグワーツ校長――アルバス・ダンブルドアだった。
ダンブルドアは、床に倒れたトロールと、すでに遠ざかった生徒たちの足音が消えた廊下を、悠然と見渡していた。
「たしかに、常識では考えられぬこと。しかし……」
長い指で髭を撫でながら、目を細める。
「ハリー・ポッターという子は――時に、常識を超える力を見せてきた。それは、わしらはよく知っておるじゃろう」
誰にともなくそう呟いたその声音には、期待とも、不安とも、あるいは別の何かとも取れる、複雑な響きがあった。
スネイプは鋭い視線をダンブルドアに向けたが、何も言わなかった。クィレルは、額に汗をにじませたまま、そっと顔を伏せた。夜のホグワーツに、ひときわ深い静寂が広がっていく。
***
トロール騒ぎの収束後――
グリフィンドールの談話室では、興奮冷めやらぬ生徒たちが、まだざわめき続けていた。しかし、その中心にいるはずのハリー・ポッターの姿は、そこにはなかった。
ハリーは中庭にいた、月明かりが差し込む静かな空間で、彼はゆっくりと構えを取った。
(……トロール戦。あの感覚……)
目を閉じる。イメージの中で、巨大なトロールが再び現れる。
跳びかかり、顔面へのハイキック、膝裏への蹴り、素手での渾身の一撃――
(……楽しかった……!!)
胸の奥が、熱くなる。恐怖は、なかった。ただ――全力をぶつけたときの高揚感。体が思いどおりに動いた瞬間の歓喜。
それだけが、今も全身を駆け巡っていた。興奮は、まだ冷めない。拳を握る。自然と膝が弾み、体が戦闘態勢を取り戻していく。
(もっと強くなれる。まだまだだ)
その確信が、静かに、だが確かに、ハリーの中で燃え上がっていた。
(今夜は……授業で教わった呪文を試そう)
浮遊の魔法、《ウィンガーディアム・レビオーサ》。そしてその逆――《ディセンド》。
理屈ではできるはずだ。重くして、自分自身に負荷をかける。杖を構え、まずは試す。
「ウィンガーディアム・レビオーサ!」
杖を振ると、足元の空気がわずかに動いた。ふわりと軽くなる感覚。
――だが、これでは重力修行にはならない。
(違う。軽くなったんじゃ、意味がないんだ)
今度は逆だ。重みを意識して。
「ディセンド!」
しかし、膝に感じたのは――リュックを背負った程度の負荷。重力十倍どころか二倍にすら程遠い。
(……なにがダメなんだ……)
額に汗がにじむ。けれどハリーの目は、まっすぐだった。浮かせる、落とす。
ただ呪文を使うだけでは、足りない。方向性、力のコントロール、魔力の流し方――
(魔法は、単純な力押しだけじゃないってことか……)
まだ答えは出ない。だが、ハリーは構え直した。何度でも挑戦するために。さらに高い領域に到達するために。
――そして、次の“戦い”で、もっと強くなるために。
今回の話は何回か書き直しましたが
なかなかうまく書けませんでした