どうやら1年A組の副担任はTSっ娘らしいよ 作:高身長女性大好きマン
相澤先輩による除籍予告があった、その後。
やはりと言うか何と言うか、生徒は皆必死になって記録を伸ばしてきた。その点で言えば先輩のやり方も間違いでは無いんだろうけども、根っこから肯定できるかと言われたらちょっと苦しいよ、流石に。
持つ個性を予想通りに活用する者、そう来るか!と思わず唸らされた者、いくらなんでもやり過ぎだろ!と関心させられた者。
特にあの丸っこい少女━━
記録:
とまあ、大半の生徒は何かしらの種目で何らかの大記録を出しているのだけれど。
未だにパッとしない━━人並みの成績しか出せていない生徒が、一人。
「……あの、相澤先輩。
「彼って……ああ、緑谷のことか?」
「そうっす。今んとこは記録全部が凡というか、個性も使ってないし……」
先輩に耳打ちすると、向こうも分かっていたのかすぐに返事が返ってきた。
「入試の時のあのパワーがあればいくらでもやりようはあると思うんすけど……どうしたんすかね?」
「知らんよ。使うにも条件があるのか、それとも使えないのか……まあ、そろそろだろ」
「?そろそろってどういう……」
話していると、次は件の緑谷少年のボール投げである。これを除けば残るは持久走・上体起こし・長座体前屈であり、''個性''でどうこうしにくい種目ばかりだ。
本人や他の生徒たちもそれを分かっているのだろう。緑谷は焦っているようだし、周りも不穏なざわめきが止まらなくなっている。
「緑谷くんはこのままだとマズいぞ……?」
「ったりめーだ。無個性のザコだぞ!」
何やら気になる発言も飛んでいるが、まあそれは一旦置いておく。問題は緑谷本人だ。
緑谷は傍から見ても気の毒になる程思い詰めたような顔をしていて、それはボール投げの円の中に入っても変わらない。
「……彼、入試では大怪我してましたよね」
俺の呟きに、しかし相澤先輩は何も答えない。
━━━━━━━━嫌な予感がする。
「何かあったら━━止めてくださいよ」
「言われるまでも無く、そうするよ」
緑谷からは目を離さず言うと、ぶっきらぼうな答えが帰ってくる。
そしてついに、緑谷が振りかぶって━━
◆◆◆
緑谷出久は苦悩していた。
憧れのNo1ヒーロー・オールマイトから''個性''を託され、必死の思いで訓練してヒーロー科の名門・雄英高校へと入学できた。
しかしその入学初日に、最下位をとれば除籍という厳しい条件のもとで体力テストが実施される。個性がまだ体に馴染んでいない彼は思うような結果が残せず、いよいよ除籍が現実味を帯びてきた事で追い詰められていた。
残る道は''個性''を使わず凡な記録で除籍されるか、''個性''を使い大記録を出して体を壊すか。
(お母さん……!オールマイト……!!)
そして、しかし。
彼の心の中では、そのどちらを選ぶかは既に決まっていた。
腕に力が入る感覚。電子レンジに入れた卵が爆発するような、確実な『破壊』のイメージ。
(僕はヒーローに……絶対なるんだ!!!)
その恐れを無理やり飲み下して、個性を発動して思いっきり振り抜こうとしたその腕は━━━━
「はい、そこまでね」
後ろから伸ばされた
◆◆◆
「はい、そこまでね」
緑谷の行動は思った通りだった。もう後がないと思ったのだろう、ボールを振りかぶった彼の腕に、微かに違和感が感じ取れた。
脆いホースにとんでもない圧力で水を流そうとしているような、莫大な『何か』が起こりそうな予感。だから先手を打ってその動きを阻止しようと、彼の腕を掴んで無理やり止めたのだけれど。思っていた程の衝撃が来なかったことから、恐らくは。
「な、なんで……!『使ってた』ハズじゃ……!」
「ありゃ、先輩が
「……腕山。コイツの入試は見てただろ?それなのに無警戒で掴みにいくんじゃない。俺が
ギロリとこちらを睨む相澤先輩の髪は逆立っており、つまり個性を使っているのだと分かる。
俺は緑谷の腕を離して距離をとり、腕の硬化・巨大化━━もとい、
「ちゃんと鱗で防具付けてましたしいいじゃないっすか。それに先輩もきちんと個性消してくれましたし」
「それは結果論だろ……まあいい。今回は緑谷、お前だ」
うんざりした様子でため息を吐いた相澤先輩は緑谷の側へと歩いていくと何かを話し始めた。少し離れているためその内容までは聞き取れないが、恐らくは説教しているのだろうとその雰囲気から分かる。
「ガントレッド先生。聞いてもよろしいですか?」
「んー?なになに、何でも聞いてよ」
二人の様子を眺めていると、後ろから一人の男子生徒に声をかけられた。眼鏡を掛けた、見るからに真面目で堅物そうな男子である。
「飯田くん……だよね。何が聞きたいの?」
「ありがとうございます。あの、先程の事ですが。相澤先生は何を……?」
「あー……そりゃ分かんないか。あの人滅多にメディアにも出ないし、有名じゃあないもんね」
頭の上に疑問符が見えそうなくらいに、お手本のような疑問の表情を浮かべる飯田。そして私は答える。
「相澤先輩━━イレイザーヘッドの''個性''は『抹消』。見た相手の個性を消す事ができるの。もちろん制限はあるんだけど……まあ、そこは社外秘って事でね。今回はそれを使って、緑谷くんの''個性''を一時的に使えなくしたってこと」
返答にイレイザーヘッドの名を出せば、何人かはヒーローとしての彼を知っているようで納得してくれた。流石に知名度全くのゼロって訳では無さそうである。
「なるほど。分かりやすくご回答頂きありがとうございました!」
「ってかガントレッドってアレですよね?イレイザーヘッドの
「あー、やっぱそう見えてた?だよねー、でも実際はね……」
「おい、誰が誰の何だって?」
「うわぁ!?」
ぬるり、と擬音がつきそうな調子で声が割り込んできた。言うまでもなく相澤先輩━━イレイザーヘッドである。
「びっくりしたぁ……あれ、緑谷くんはもういいんですか?」
「キツく言っておいた。腕山のせいで投げられなかった分は無効、あと二回投げるぞ」
言われて見ると、緑谷は何事かをブツブツと呟きながら俯いている。
「……先輩、何言ったんすか?彼、何か心病んでませんか?」
「一般論を言ったまでだよ」
「ええ……大丈夫かなぁ……」
呟き続ける彼の表情は位置的によく見えない。顔が見えれば少しはその内心も分かりそうなものだが、あいにくとよく分からないままだ。
「……でも、あれですよね。これで性懲りも無く全力を出して玉砕するか、それとも萎縮して最下位になるか」
どっちに転んだとしても見込み無し。気の毒だが、今年の除籍第一号は緑谷出久だろう。
俺の言葉には答えなかったが、相澤先輩も同じ事を考えているのだろう。神妙な顔で緑谷を眺めていた。
「……めだ……だめだ……!」
相変わらず何かを呟き続けたまま、緑谷がボールを振りかぶる。
その勢いに先程より劣っている様子も、より高まっている様子も感じ取れず、つまりは何も変わっていないという事で。
「見込み……」
最後までその勢いは変わらず、脆いホースに強い水圧をかけるような━━━━
「ゼロ……」
「━━━━今!」
SMAAASH!!!!!!
ぐおん、と空気の唸る音。振り抜かれた腕は勢いよくボールを投げ飛ばし、記録は━━━━
「705.3m!ようやくヒーローらしい結果が出た!」
俄に色めきたつクラスメイト達。そして、それを為した当人と来たら。
「痛い……けど、あの時程じゃない……!」
ぐっ、と
緑谷は誇らしげな顔で、笑みを浮かべる相澤先輩を見返して言った。
「先生…………!まだ、動けます……!」
「こいつ…………!」
━━━━なるほど。ボールを投げるその瞬間の、リリースする指先にだけ力を込めたのか。
動けないほど壊さず、かといって何も出来ないほど非力ではなく。そのちょうどいいバランスを、この一瞬で身につけたのか━━!
「すっっっっげえ!かっこいいじゃんか緑谷少年よぉ!」
「うわちょっとまた抱きつかうわやわらか……!」
あまりの成長っぷりに思わず感極まって抱きついてしまった。
「この一瞬でよくもまあそれを思いついて成功させたよ!すごいよお前はよぉ!」
「むぐ、むぐぐ……」
「緑谷……!貴様、一度ならず二度までも……!」
ぐりぐりと撫で回していると紫髪の少年━━峰田が緑谷に殺気を送っていた。しかも今朝のやつよりもずっと強い殺気。
「!ああ、ごめんごめん。つい感極まっちゃってさ。苦しくなかった?」
「い、いえ……大丈夫です……」
その殺気により自我を取り戻した俺は抱きしめていた緑谷の顔を離して尋ねた。ていうか、今朝は気づかなかったけども峰田だけじゃなくて麗日もなんかスゴい顔してない?気のせい?
「……おい、腕山。お前いい加減に……」
「どーいうことだコラァ!」
心底うんざりした、とでも言わんばかりの相澤先輩の声はしかし、それ以上の怒声で遮られた。
声のした方を見れば、声の主は怒りでとんでもなく顔を歪ませた爆発くん━━━━もとい、爆豪勝己だった。
「ワケを言えデクてめぇ!」
「うわぁぁぁぁ!?」
''個性''により両手を爆発させながら走ってくる爆豪。今にも殴りかかりそうな気迫であり、二人の間にどんな確執があったのかは知らないが、流石にそれを見逃すのは教師として、いちヒーローとしてできないことである。
「ちょっ、ちょっと落ち着━━うわダメだこれ言葉じゃ止まんねえ!ごめん殴るね!」
「覚悟しろデ━━」
そして、無理やりその勢いを止めようと拳を握って振った、その瞬間。
「んぐぇ!?」
奇妙な鳴き声と共に爆豪が急停止し、そして爆発も止まった。全身に巻き付いた捕縛布と唐突に止まった爆発から見て、相澤先輩がやってくれたのだろう。流石は先輩、仕事が的確で早い……けど。けども!
「えっあれちょっと待っごめん!」
けれども、振り抜いた腕は急には止まってくれない。
鱗を纏った俺のアッパーカットが爆豪の顎に炸裂して。
爆豪は先輩の捕縛布のせいでろくに避けることもできず━━その顎の先を掠めるようにして俺の拳が通り抜けた後、がっくりと全身の力が抜けたようにその場に倒れ込んだ。
━━━━━━やっちまった。
「…………」
「…………」
「…………」
そして、訪れるは重い沈黙。
誰も彼もが状況を飲み込めず、呆けていたが。
「か、かっちゃん!大丈夫!?」
「うわうわうわごめん爆豪くんしっかりして、死なないで!」
さすが幼なじみと言うべきか、最初に我に返ったのは緑谷だった。それに引っ張られて俺も復活、急いで脈と呼吸の確認。
脈拍、ヨシ!自発呼吸、ヨシ!意識、ナシ!
「最後のが一番ダメじゃん!どうしよう緑谷くん!?クビかなぁ!?私教職もヒーローもクビかなぁ!?」
「だっだだ大丈夫です!かっちゃんはしぶといから多分大丈夫です!多分きっと!」
「うわーん何も安心できない!もう終わりだー!」
「……安心しろ、気を失ってるだけだ。お前らも騒ぐな」
なんて、二人で倒れ伏す爆豪を囲んでワンワン喚いていると、相澤先輩が静かにそう言った。
「多分軽い脳震盪だろ。数分もすれば目も覚めるだろうが……念の為
後から容態を確認していたのか、俺たちの横でしゃがみこんでいた相澤先輩が続けた。
「……おい、腕山」
「……はい……」
「お前、何年
「十年と少しです……」
「そうか。もう中堅、どころかベテラン呼びでもいいくらいのキャリアだよな?」
「はい……」
淡々と詰めてくる先輩が怖い。こちらを一切見ようとしないのも怖い。なんなら殺気すら感じるのが怖い。『このグズが……』とか言い出しそうなのが怖い。
「処分と説教は後でみっちりやってやる。楽しみにしとけ」
「はい…………」
ようやくこっちを見たその顔は、やべえよ、
「あ、あの!中断って事は、除籍処分の話はどうなるんスか!?」
「今それ聞けるの心臓強いなキミ……!ですが確かに気になります!どうなるのでしょうか!?」
そんな相澤先輩に上鳴が手を挙げて聞くと、信じられないといった表情で飯田が合わせつつ尋ねる。
「あー、除籍の話。あれウソな」
一瞬の間。そして、響く叫び声。
「はぁぁぁぁぁぁ!?」
「君らの最大限を引き出すための、合理的虚偽」
その言葉には全員が……いや、何人か「分かってましたけど?」って反応の奴はいるけども、概ね全員が驚いていた。
というか俺も驚いてる。だって去年は結構容赦なく除籍してたはずなんだけど……まあ、今年は見込みがある奴ばっかりだったと、そういう事にしておこう。
「俺は緑谷と爆豪を保健室連れてくから、それ以外は教室戻ってろ。あと腕山、お前は職員室な」
「はい…………」
ともかく。そんなこんなで、俺が一年A組に赴任してからの初日は終わった。
生徒たちが校舎へ戻っていく中、空を見上げる。
バカみたいに晴れた空が何だか俺を嘲笑っているように感じて、どうしようもなく泣きたくなってしまったのは内緒だ。
***
ちなみに、俺に下された処分は一週間の停職と減給だけだった。処分の軽さの理由としては爆豪が割とすぐに目覚めて後遺症も無かった事と、A組の生徒たちが爆豪の暴れっぷりを見て証言した事と、相澤先輩が多少なり手を回してくれたおかげらしい。
俺はもう、相澤先輩とあの子らに一生頭が上がんねえよ……
''個性'' 『
両腕に金属でできた鱗っぽいものを纏うことができる。重ねて纏うことも可能で、普段使いには五枚重ねくらいで十分、とは本人の談。
纏えば纏うほど腕と手は大きく、力強くなるが、同時に重量もかなり増すためやり過ぎには注意。過去最高記録は三十枚重ねくらいらしい。