東方懐古録   作:暁桃源郷

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一話

 ──────男はただ死にたかった。

 

 ──────名も無き妖怪はただ生きていたかった。

 

 ──────その為に、楽園の礎を築いた矮小な存在は決意した。

 

 

「さぁ、始めましょうぞ。拙僧が贈る最高のエンターテイメント!人も妖も!神も妖精も!皆が混ざり溶け合う蠱毒の坩堝。此度こそ、拙僧の命に足る()であると信じて───」

 

 

 ─────幻想郷。

 それは忘れ去られた者達にとっての最後の楽園。日本の人里離れた山奥の辺境の地に作られたそれは普通ならば訪れることすら不可能な場所である。そんな場所を護るために貼られた結界、博麗大結界の管理者である博麗霊夢は今日も今日とて参拝者すら来ない神社の掃除をしていた。

 齢は十四ほどだろうか。こんな冬の寒空だと言うのに袖がなく、肩や脇を露出した赤い巫女服を身に付けて、頭には遠くからでも目立つ縫い目入りの大きな赤いリボンをした少女。救いがあるとするならば、茶色いマフラーをしていることくらいだろうか。

 朝から掃除をして昼過ぎになり、ようやく掃除を終わらせた霊夢は一息付くために神社の縁側へと腰を落ち着かせて同居人である小人の少名神妙丸が入れた暖かい茶を啜る。

 

「暇ね」

 

 そう呟いた霊夢はふと、思うことがあった。大抵、こう言う暇になったときに限って面倒事が舞い込んでくるのだ、と。

 博麗霊夢の勘は当たり続けると言われて十数年。名残惜しそうにお茶を飲み干した霊夢は昼寝へと移行するために立ち上がる。

 次の瞬間だった。神社の東側からシャラランと軽快な鈴の音が聞こえてきたのだ。

 幻想郷の最東端に位置する博麗神社には二つの鳥居がある。一つは参拝者を迎えるためにある西側の鳥居。そしてもう一つは比較的に結界の綻びが出来やすく、幻想郷の出入口にもなりえる東側の鳥居だ。

 東側から聞こえたと言うことはつまり、何者かが結界を越えてきたことになる。幾ら綻びが出来やすく比較的に出入りがしやすいとしても、それでも大妖怪や強力な神々でなければなしえないことだ。時たまただの人間が紛れ込む事もあるが、それでもやはり普通はあり得ない。

 霊夢は飲み干されたお茶の器に残った茶葉を見る。

 

「茶柱、立ってたんだけどなぁ」

 

 霊夢が平和への別れに嘆いていると、鈴の音と足音が近づいてくる。

 霊夢は御幣を握り締め、縁側へと向かってくる人物の影に目を向ける。

 黒い袈裟を見に纏い、右手には錫杖、頭には深編笠と見るからに虚無僧と言った感じのものが錫杖を鳴らしながら霊夢に声を掛ける。

 

「そこな赤巫女。一つ尋ねごとをしたいのだが構わんか?」

 

 虚無僧の言葉からは敵意などは特に感じられず、霊夢も毒気を抜かれた様に御幣から手を離してゆっくりと口を開く。

 

「───ここは幻想郷よ。そしてここはその最東端、博麗神社。答えてあげたんだからお賽銭払いなさい。素敵な賽銭箱はあっちにあるから」

「む?ならば主が博麗の巫女なのか?」

「だったら何よ」

 

 やはり怪しい奴なのか?、と霊夢は訝しみながらも虚無僧の正体について考える。

 人間と言うにはあまりに異様な雰囲気を漂わせ、妖怪と言うには何の変哲もなさそうだ。

 

「博麗の巫女にしては何だ。ちと、胸が貧相な気がするのう」

「アンタ、喧嘩売ってんなら色付けて返してやるわよ!?」

「あ〜………。すまんの。儂に子供を抱く趣味は無い」

「………?」

 

 こう言う所はまだ子供なのであろう。訳が分からないと言った感じで霊夢は小首を傾げる。

 一方の虚無僧は申し訳なさそうに袈裟の裾から財布を取り出すと霊夢へと放り投げる。

 それを受け取った霊夢の手には結構な重さがのしかかった。

 

「まぁ、何じゃ。金に困っているのならそれをやろう。儂には無用なモンじゃ。だからあんまり身体を売ろうとするで無いぞ」

 

 何となくではあるが、ようやく意味に気付いたのだろう。見る見るあと顔を赤くした霊夢は浮き上がりその周りに白と黒が基調の陰陽玉が浮かび上がる。

 流石に揶揄いすぎた、と、冷や汗を流した虚無僧は錫杖を構えてどうやって逃げるかの算段を立てる。

 

「ま、待て博麗の巫女!今のは儂が悪かった!謝るからその陰陽玉を下ろしてくれ!」

「今更謝ったって遅いのよ!」

 

 陰陽玉が虚無僧へと襲いかかる。

 ここ時点で、一つの予想外があった。頭に血が上りすぎた霊夢が攻撃の加減を間違えたのだ。

 

「ヤバッ!逃げなさい!」

 

 間違いなく、下手な妖怪だと死んでしまう様な威力に正気に戻った霊夢は叫ぶ。

 だが、聞こえていないのか無視しているのか虚無僧は避けようともせずに陰陽玉を見据える。

 これはもう間に合わない。陰陽玉は確かに虚無僧の頭を貫いた。

 

「ッ!」

 

 吹き出した血を見ながらやらかしたことの大きさに気付く。

 だと言うのに─────。

 

「ハハハハハハ!流石博麗の巫女!歴代に比べて貧相な身体ではあるが、歴代に比肩を取らない才能だわい!」

 

 確かに頭を貫かれ、血も吹き出していたはずの虚無僧が大笑いで声を上げている。

気味悪いと思いながらも、最悪な事態にはならなかったことに霊夢は安堵のため息を吐く。

 

「安心せい。才能あれど主はまだまだ未熟な巫女よ。それでは儂は死なん」

 

穴が空いて真っ赤に染まった深編笠を脱ぎ捨てて虚無僧の顔が露になる。

喋りにしてはまだまだ若い男だ。

 

「自己紹介が遅れた!儂は名無し。こんな格好ではあるが別に坊主というわけではない」

「.........そう。私は霊夢。博麗霊夢。アンタ、妖怪?」

 

顔を見ても外傷など何処にもない。能力を持っている可能性も脳裏によぎったが、それにしても特に何かをした様子は見られなかった。

だとするならば、名無しと名乗る男は妖怪、しかも上級の妖怪であると言う結論になってしまう。

 

「妖怪、と聞かれると少し返答に困ってしまうのう。確かに儂は妖怪ではあるのじゃが、人間で、でも人間じゃないと言うか」

「アンタ、訳のわかんないこと言ってケムに撒く訳じゃ無いわよね?」

「安心せい、霊夢よ。そんなつもりは元よりない」

 

 馴れ馴れしいわね………、と心の中で悪態をつく霊夢。

 そもそも、名無しだって明らかに偽名だ。本名を言いたくないのなら霊夢も態々問い正そうとは思わないがそれでも目の前の男には不審なことがありすぎる。

 

「………一応聞いとくけど、幻想郷(ここ)で何か問題起こす訳じゃないわよね?」

 

 幻想郷で起こる事件、問題を解決するのも博麗の巫女としての霊夢の仕事だ。

 だからこそ、問題の種はどれだけ面倒臭くても早めに摘み取るに限る。

 

 

「ふむ、問題とな?そんなモン起こすつもりは無いが………。でもまぁ、人生とは分からんモンじゃ。風向きが変われば問題の一つや二つ起きようて」

 

 胡散臭くて仕方がない。

 その胡散臭さに霊夢は知り合いのスキマ妖怪の顔を思い出す。正直どちらが上かと聞かれれば、まだスキマ妖怪だと答えるだろうが、それでも目の前の男が信用できない存在であると言うことはハッキリと理解できた。

 

「…………やっぱ、アンタの目的まで吐きなさい」

 

 突然の霊夢の質問に呆気に取られていた名無しが急に吹き出して笑い出す。

 その光景に霊夢は訝しんで眉を顰める。

 

「ハハハハハハ!!!」

「な、何?」

「あいや、すまん。しかしそうか。儂を信用できんか。いさや、結構!確かに儂は怪しまれても仕方のない見た目じゃのう」

 

 見た目だけではない、と忠告しようと思った霊夢だったが、名無しの次の言葉に遮られる。

 

「儂はここに儂を殺せる者を求めてやってきた」

「はぁ?」

 

 これまた訳が分からない。世の中、死にたい人間なら探せばいくらだっているだろうが自分を殺せる者を探している人間など、それこそ竹林に住まう不死者くらいだろう。

 

「………アンタ、まさか」

 

 そこで霊夢の勘が働いた。

 

「やはり博麗の巫女は勘が鋭いな。そうじゃ。儂は不老不死。この呪いを打ち破るために儂はここに来た」

 

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